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小姓で勘弁してください連載版・続編  作者: わんわんこ
第三章 学園大会編(16歳末)
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11  小姓の癒しの時間は貴重です

 教育塔を出てから暫く寮の方に進むと、すぐに目の前に森が広がる。

 森に入ったところでチコとは一旦別れた。あの子はあくまで野生の魔獣だから、自然の風や匂いを本能が欲する。住みかに戻る時間だって楽しいはずだ。


 というわけで、僕は一人で歩いているのだけど、全く不安はない。それどころか、夜の森と昼の森ってこんなに違うんだよなぁ、とうきうき気分が抑えられない。普段、授業の関係で昼間の森の奥深くまで入る機会が少ないこともあって、昼間森に入るときはいつも探検している感覚になるのだ。


 森の入り口部分を過ぎると、わずかに木の合間から零れる日が煌めき、草木がより鬱蒼と茂っているところに入る。鳥たちがチロチロと鳴きながら飛び交う中、木漏れ日のおかげで大体腰くらいの高さがある低木や草をかき分けたり風で切ったりしながら進む。

 あたりの木の洞や枝の陰から、小鳥やリスや、ネズミたちが小さな顔を覗かせている。心の中で「久しぶり、元気?」と話しかけながら歩くと、それに応えるように、木を伝ったり跳んだりしながら僕の後を追いかけてくる子たちもいてほっこりとした気分になる。




 動物たちに挨拶をしながら進むと、石造りの建物のある、日の光が直接降り注ぐ場所に着いた。


 この石造りの建物は、森の中で迷った生徒のために作られた避難所のようなものだ。

 休憩所内部には動物とある程度までの魔獣が入れないような術式(正確には、中に入りたくなくなるような術と隠ぺい魔法)が編み込んであるから、中に入れば一安心、といったところだろうか。中には学園の救援を呼ぶ道具も備えてある――と、入学時の学園施設説明の時に聞いたおぼろげな記憶がある。


 まぁ、動物たちが友達で学園の森はその家!という考えの僕にとっては、この休憩所自体はさして重要じゃない。大事なのはその周り。

 この休憩所周囲には、防虫魔法と無造作に生える植物の生長抑制の魔法がかけられているため、ある程度場が開けていて、落ち着いて動物たちの治療をするのにもってこいなのだ。




 休憩所に入らず、周囲の開けたところにある倒木に腰掛けるとさっそく僕の匂いを嗅ぎつけた動物たちが僕に近寄ってきた。


「うんうん、分かってる。一匹ずつだからちょっと待っててね」


 力なく尾とひげを垂れ下げたやせ細った狐、大きな鳥に襲われて風切り羽を傷つけてしまった満身創痍の小鳥、酷い皮膚病で毛がところどころ抜けてしまって痛々しい傷跡を晒すたぬきに、中途半端に折れてしまった角の雄鹿……病気も怪我もオンパレードなので、一匹ずつ魔法と持ってきた薬を使って治療していく。


 ただ、(人間)という外部者が手を出すのは、あくまで酷い怪我や病だけにしている。やり過ぎれば、自然形態のバランスを崩してしまいかねないからだ。


 今回も、ダニなどの虫にやられて皮膚を荒らしているだけの子たちが意外と多くいたが、これらについて僕がやることは、清めの魔法を威力を弱めてかけ、ダニを一時的に体から飛ばすだけ。あとは自然の法理に従って、自分の力で治していってもらう。

 ちなみに飛ばした害虫(ダニノミ)はというと。


「ほら、行ったよー」


 僕が言い出す前に、目に見えないほどの速度で目の前を丸っこい物体が動く。飛び出した害虫を余さず捕食して、そしてこそっと木の陰(定位置)に隠れて再びこっちに黒い瞳を向ける魔獣たち。

 「恥ずかしがりやムシクイ」という魔獣だ。

 顔は少しアリクイに似ていて丸い黒目にとんがった鼻があるが、全身が毛ではなく、つるつるとした触感の、爬虫類の鱗とカエルの膜の中間のようなもので覆われている。そして丸っこい体は押すとぷにぷにとした弾力で跳ね返される。


 彼らは虫全般を食物としていて、中でも動物の血を吸う虫が大好物だ。

 魔獣の血に含まれる魔力は、虫たちの毒になるらしく、魔獣に虫はつかない。だから恥ずかしがりやムシクイたちは動物たちの体につくヤツラを狙うのだが、いかんせん彼らはシャイなのだ。

 だから動物たちの傍によっては、近くで待機し、害虫(ダニ)が跳んで動物の体を離れる瞬間を狙って目にもとまらぬスピードで飛び出し、すかさずご馳走をゲットする。そして元の位置に戻ると、動物たちを見守るかのように静かに傍で待機する。

 速さを戦闘に生かせば脅威になる気もするのに、まったく好戦的でなく、性格も大人しいので、魔獣には珍しく益獣に分類されている。そのため発見されても処分対象になることはほとんどない。(ちなみに、食いしん坊ネズミは、見た目は愛玩向きなのに、食いしん坊過ぎて人間の食べ物を食い荒らすのが原因で害獣に分類されている。)


 驚異的な速さの原理は今のところ解明されていないので、僕たち獣医師課の学生は勝手に「シャイパワー」と呼んでいる。

 そう、好きな相手を柱の陰から覗く女の子のようなこの子たちは、臆病……ではなく、究極の恥ずかしがりやさんなのだ。


「ほら、こっちにおいでよ」


 その証拠にこうやって僕が近づいても逃げてはいかない。

 ただ、もじもじと上目遣いをするだけだ。ちょっと縮んでから、ちらっと視線を向ける子もいる。


「ね、おいで?こっちの方が明るいよ?」


 全ての治療を終えた後、ちょっと休憩してから戻ることに決めてしゃがんで呼びかける。

 すると、二、三匹がそろそろと恐る恐る近寄ってきた。

 抱きかかえてももぞもぞするだけで跳び出ていこうともしないので遠慮なく感触を楽しませてもらう。


「このぷにぷにした弾力感が好きなんだよねー!」


 ムシクイさんたちを抱っこしたまま草むらに寝転がると、小鳥たちが僕を労うように美しい声で(さえず)ってくれる。僕が近くにいると休戦状態に入るせいか、よくよく見ればあたりで平和な追いかけっこが始まっていた。そこらでタヌキの兄弟がじゃれ合いをしているわ、子犬たちがお尻を上げ挑発するように吠えては走り回っているわ、キツネが跳び回るカエルを追い掛け回しているわ。角を鳥たちの止まり木に提供している雄鹿や、悠々と水を飲む雌鹿といった観客までいる。

 この森はたくさんの動物たちの住みかなんだよなぁ、と実感しながらそれをぼんやりと眺める僕の横で、ムシクイさん(究極のシャイガール)たちですら、ぴょこぴょこ小さく体を弾ませてその光景を楽しんでいたようだった。







 動物たちと魔獣の元気な姿に、魔力と集中力を使って疲れた体が十分慰められ、森を抜けることにしたときには、もうとっくにお昼の時間を過ぎていた。お礼代わりにもらった木の実や薬草でポケットをパンパンにして森の入り口まで戻ったところで、見慣れた黒髪のリッツが木を見上げている姿が見える。



「すんげーお見送りの数ー」


 振り返ると、僕にくっついて傍まで来ていた小動物さんたちが森に帰っていくところだった。


「俺のせいで帰っちゃったけどなー」

「リッツのせいじゃないよ。小動物も魔獣も人間を怖がるのが普通だしここら辺まで出てくる方が珍しいんだから」

「ま、お前が動物たらしだからこそだってことは否定しねーけど」

「たらしって言う?なんか悪いことしてるみたいじゃないか」


 たらしって言うと、僕の中ではどうしてもご主人様(女たらし)が出てきてしまうんだよ。あの腹黒確信犯と違って、僕は純粋な気持ちで動物さんたちといるのに。


「獣医師志望からしたら、患者()との信頼関係を簡単に作れるってずりーだろ。立派なたらしだっつーの」

「そ……そんなもんかな……。それはそれとして。わざわざ迎えに来てくれるなんて珍しいね」

「ちょうどヨンサムから午前の訓練終わったから飯食おうって伝達魔法来てさー。俺たちも休憩にすっかーお前は元々休憩してたけど…………って言いに来たとこでこんなん見つけたからどうしよっかなって思ってたとこ」

「こんなん?」


 リッツの視線の先を追うと、森の枝の比較的高い位置で、子猫が足を震わせていた。

 親猫の姿が見えないところを見ると、遊んでいてあそこまで行ったか、社会勉強か、だろう。


「たらしのお前なら怯えさせずに近づけるだろ?後ろから俺が風とかで――」

「いらないよ」

「え?」


 風を起こそうとしたリッツを手で止め、木の真下まで行って子猫に声をかける。


「飛び降りてごらん。失敗しても僕が受け止めてあげるから」

「え。風でおろしてやらねーの?」

「しないしない。だってこれは子猫にとって勉強だもん」


 子猫は僕の言葉に不安そうな表情を隠しもせず、尻尾を下げて縮こまっている。

 僕をちらりちらりと見る子猫の丸い瞳に向かって心の中で声をかける。


 うん、怖いよね。最初は勇気がいるよね。

 でもね、君は高いところから飛び降りても、尻尾を使って体勢を立て直すからほとんど怪我をしないんだよ。


 僕の心の言葉が届いたのかのように、震える足を踏ん張らせて枝の上に立って僕の方向に身体を向ける子猫。


 立てたのならもうあと一息だよ。

 僕を信じて、君のその尻尾を上手に使ってごらん?一番近い枝にジャンプだ。そうそう、上手いね!次の枝にぴょん、だよ。うん、ほら、成功。一度やってみたら怖くないでしょ?


 心の中で励ましながら、下から子猫が枝を伝って少しずつ降りていく様子を見守り、一番低いところにある枝まで降りたところで腕を広げる。


 さぁ、最後の一ジャンプだ。それができたら仲間にも、それだけの高さから降りられたって自慢できる。降りておいで。


 子猫と僕の目が合った。

 子猫がぴっと爪まで広げて大ジャンプし、こっちに跳びこんできたのを抱き留める。



「いい子だ!よくできたね!」


 背中を撫でてやってから、ごろごろと喉を鳴らす子猫を地面に下ろすと、子猫は「なぁ」と一声鳴いてから森の中に走っていった。


「ほら、出来たでしょ?」


 得意げにリッツを振り返ると、リッツは、ははっとおかしそうに笑った。


「……まさかなーんも魔法使わねーとは!さすがたらし!」

「それ、褒められてる気がしないってば。……あれで僕が手出ししたら、木に登ることの恐怖だけが残っちゃうだろ。そうしたら、あの子はもう一生木登りできなくなる。木に登って逃げられることは、猫が他の肉食動物に襲われた時の強み(防衛手段)なのに、それができなくなったら、それこそあの子の人生……じゃなかった、猫生にとっちゃ致命傷じゃんか」


 力いっぱい飛び込んできた子猫の爪で薄く破けた手の皮膚に回復魔法をかけていると、リッツがにやにやしながら近づいてくる。


「ついつい楽な方(手出しする)に行きがちなのに、ああいう場面ではそこまで考えられるんだもんなー……。いやー、動物相手ならほんとお前は一流!その冷静な判断力を教養筆記試験前にも生かせたらよかったのになー」

「……発言に悪意を感じるのは僕がひねくれてるから?」

「あれー?国教学の単位落として追試になったのは誰――」

「わぁ――っ!ほ、ほら、お昼行くんだろ!チコ、おいで!」


 森から帰ってきたチコが僕のポケットに入ってきたのを確認してから、僕とリッツは食堂に向かった。



※ 感想等いただき、ありがとうございます。とても更新したいのですが、修正の時間が追い付かなくなって参りましたので、1日1回更新にさせてください!すみません。次更新は明日の夜となります。

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