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18 王子と決断

 幼い頃に異国の魔獣に好かれ、不法入国した禁猟者どもから守ろうとその魔獣を庇ったことで瀕死の傷を負い、魔獣の魂と混ざってしまったのだ――というエルの過去が語られる間、グレンはずっと魔獣になってしまったエルだけを見ていた。

 その魔獣のおかげでエルはこれまで何度も命拾いをしていて、グレンとの小姓契約にも、グレンからの魔力の受け入れにも耐えられた。その代わり、今、エルはエルでなくなってしまったのだ。

 グレンはこの話を知っていて、エルが魔獣に取り込まれるのを少しでも遅らせようと背中に残された傷跡――術印に封印を施していたのだという。


「――とすると、私がエルにグレンを助けるように命じたことでエルが魔獣に取り込まれるのが早まった、ということか?」

「それはきっかけに過ぎないでしょう。いずれ、そう遠くないうちにこうなることを、私どもは存じておりました。いえ、ある意味想定内でした。むしろ、私が思っていた以上に、物事は上手く運んでいるように感じています」

「話は終わりましたか?」


 グレンは、アッシュリートン男爵がいるというのに、外面に構うことなく強引に私の話を遮り、ようやくエルから目を離して男爵に向き直った。


「男爵、僕がエルを助けられる方法があるなら教えていただきたい」

「グレン殿、貴殿はもう気づいていらっしゃるのでは?」

「確証はないんです」

「私とてありません」

「僕の元にエルをあえて行かせて、僕にあいつと小姓契約を結ばせるように仕向けたのは貴方でしょう?貴方ほどの方が、何の勝算もなく、自分の大切な娘を僕のような男のところにやる――のみならず、小姓契約なんていう物騒極まりないものを結ばせるとは考え難い」

「グレン殿は随分私を買っているのですね」

「別に。客観的に導き出せる事実を述べたまでです」


 グレンの言葉に、男爵が笑みを深めた。


「あなたの、その情熱的で愛情深い性格は、本当にレイフィー様――そう、あなたのお母上にそっくりだ。きっと、エルにその気持ちを向けてくださると信じていたのです」


 グレンが、母の名前を出され、訝し気に顔を顰めた。


「貴方と母に接点があったことは存じておりますが、それとこれとに何の関係が?」

「グレン殿。あなた様自身の魔力が回復していない今、あなた様の中には、エルと交換したことで入った、エルの魔力が多く残っている。そして、あなたとエルは小姓契約で結ばれている。小姓契約はあくまで()()()()()()可能性を広げるにすぎません。いわば出入口を作るだけです。魔獣の中に眠ってしまったエルの魂を揺り動かすには、呼びかけにも、応答にも、強い気持ちが必要でしょう」


 言われた内容にグレンは特段驚きを示さなかった。やはりグレンの想像どおりなのだろう。


「どういうことか、私にも分かるように説明してほしい」

「殿下。恐れながら申し上げますが、小姓契約とは、()()()()()()()()()()()()、人がなしうる魔術の中でも、最も強い絆の作る類いの魔術です。その小姓契約の紋章がグレン様から消えていないということは――」

「――エルの人としての魂が生きている……?」

「その通りです。エルの魂は、まだ、魔獣として変質化しきってはいないのです。――私は、エルが魔獣の魂と混ざってしまったことを知った時、いずれエルの人としての魂が、魔獣の魔力に飲まれてしまい、消えてしまうだろうことを予想しました。そして、それを邪魔するにはどうすればよいか、必死に考えました。強い魔獣の魔力と魂に抗える、人としての繋がりを残す魔術がないか、昼夜寝ずに探し、そうして、ようやく小姓契約を見つけたのです」

「なぜあなたはそれほどまでに小姓契約に詳しいのだ?」

「私の大事な()()()と……大事な人に係わるところですからね。ユージーンも一緒に探したり、準備をしてくれていました。そのために学園にも行っていないのですよ、この子は。本当に苦労しました」


 そう話す男爵に、ユージーンが痛みを堪えるような顔をする。


「しかし、肝心の小姓契約は王家しか使えません。私たち臣下がお願いして使っていただけるものでもないでしょう。では、殿下方王家の方が自ら使う場面を見極めなければなりません。フレデリック殿下。あなたが誰か臣下に小姓契約が使うとしたら誰か?そう考えれば難しいことではございません。――フレデリック殿下、あなたはお優しい。だからこそ、主従双方に危険と負担を強いる小姓契約を安易に使うとは思われない。となれば、その対象は、その身に重い障害を抱え、その障害をなんとかするには小姓契約のほかには道が残されていないグレン殿以外にいらっしゃらないでしょう?ですから、私はエルをグレン殿の元に行かせることを決めました」

「ですが、エルとグレンが小姓契約を結ぶかどうかなど、分からなかったのではありませんか?」

「えぇその通りです、ジェフィールド殿。ですからそこは、勘です」

「勘!?」

「はい。うちの可愛いエルであれば、きっとグレン様のお気に召すだろうと考えました」


 男爵は、誰にも褒められていないところでなぜか照れたように笑った。その顔は、どこかとぼけたことを言って、にへら、と笑うエルにそっくりだ。

 グレンとエルに小姓契約を結ばせたら、いずれグレンがエルに惹かれ、生きたいと願い、エルにその魔力を渡すことまで予想しているような男が、そこだけは勘なのか。そこがエルの父親らしいと言えば、らしいのだが。


「あぁだから苦手だ、このおっさん」とグレンがぼそりと呟いたのが聞こえたが、そこにはあえて触れず、私は続きを聞いた。


「それで、小姓契約が入口にしか過ぎないというのは――」

「門を作っても、引きこもり(エル)がそこから出てこないと意味ないってことだよ。あいつをたたき起こしてこっちに戻すためには本人の意思も必要だし……厄介な門番も蹴散らす必要があるでしょ」


 男爵の代わりにグレンがそう答えて私を見る。

 グレンの言う「門番」というのが何か、ここまで話をされれば私にも分かる。


「グレン、それは危険すぎる。今のお前では――」

「話聞いてた?僕とエルが小姓契約で繋がっているのは、エルの魔力が僕の中に残っているからだ。僕が回復しきったら、今度は僕の中にあるエルの魔力が消え尽きて、小姓契約はその時こそ完全に消えてしまうんだろうよ。そうしたら門すら開けなくなる。――フレディ。僕は、エルを取り戻したい」

「――だが……」


 私がそれ以上何ともいうことができずに黙ると、グレンが私の前まで来て跪いた。


「殿下。臣下の身で分不相応なことを申し上げます。どうか私に、自分の小姓を助ける許可をいただきたい」

「グレン……」

「フレデリック殿下、いかがいたしますか?」


 イアンも臣下として私に意見を問うてくる。


「……グレン」

「はい」

「私がエルにお前を助けるように命じたことについて、どう思っている?」

「第二王子殿下としてなすべきことを果たされたと思います」

「では、友として訊くならどうだ?」

「ぶん殴っても収まらないくらい腹立たしい。今回のことがマーガレット様にばれて死ぬほど嫌われればいいと思う」


 グレンのきっぱりした声に、イアンが「グレン、お前、いくら友としてといっても、言っていいことと悪いことがあるだろう……」と呟いた後、柄にもなく、噛み殺せなかった笑い声を漏らした。

 そんなイアンにグレンが不機嫌そうな顔を見せる。


「なんであんたが笑うの?」

「いや、グレンらしいなと思ってな」

「どういう意味かなー?それ?僕が元気になったら覚えてなよ、イアン」

「望むところだ」


 そのいつもどおりの様子を見て、私のなかで引っ掛かっていたもやもやが吹っ切れ、私もくっと笑いを漏らした。


「残念だが、メグは私を嫌えないと思うぞ」

「だろうね。ものすっごい傷つくとは思うけど。あんたの考えの裏まで読んで、あんたを責められないまま、毎晩人知れず泣いたりはするだろうけど。あんたのこと、少しだけ信頼できなくなって、信頼できないご自分をまた責めたりされるだろうけど」

「ぐっ……」

「……相変わらずお前、本当にえげつないこと言うな……しかもそれがあながち間違っていないのがなんとも……」

「グレン」


 私の改まった言葉に、グレンが先ほどまで見せていたいつもどおりの友人としての雰囲気を消し、再び臣下としての顔をしてから頭を下げる。


「はい」

「――エルを助けに行け。そして必ず二人で戻れ」

「もちろんです、主」


 グレンは、私の言葉を聞くと立ち上がり、ぽかんとしているユージーンと、黙って話を聞いていたにこにこ顔の男爵の元まで歩いて行った。

 男爵がグレンに近づき、何やら耳元で囁いている様子を遠くから眺めていると、イアンが近寄ってきた。


「よかったのか?グレンをむざむざ死なせないためにわざわざエルをグレンの元に行かせたんだろう?これじゃ、元の木阿弥じゃないのか?」


 確かに、私も最初はそう思った。だが、あのときとは違う。グレンは、もうこれっぽっちもこの世を――この世でエルと生きていくことを諦めていないのだ。


「グレンに許可を出さないのは簡単だ。だが、あの様子では、グレンは、許可しなくてもきっとやるだろう?もしそのような事態になれば、それは私の腹心の部下でありながら、私の命令に逆らったことになり、主に逆らった部下として、これ以上私の手元に置けなくなる。死んだら元も子もないが、生きていても、私の臣下としては使えない。他人の元にやれるやつでもないからな。どうせ臣下としてのグレンを失う可能性があるのであれば、可能性が低い方にかけるしかあるまい」

「そんなものか?」

「それに、お前もグレンの執着心を知ってるだろう?グレンがエルをあのまま手放すとでも思うか?絶対引きずってでも連れて帰ってくるぞ」

「…………戻ったら戻ったで、エルの未来は悲惨だな」

「そうでもないかもしれんぞ」


 私が笑うと、イアンは「はぁ?」と分からないことを聞いた顔をした。


 エルの性別を知らないイアンには分かるまい。

 もし仮にエルが女性としてグレンの重すぎる愛情に応えたのだとすれば、グレンは――


「……悲惨なことは悲惨だな」

「どっちなんだ」


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