1話
ポロン。
薄暗く小さな部屋から小気味よい音が流れる。
部屋にはギター、ピアノ、ドラム、トロンボーン……。
大小・種類の様々な楽器が壁に寄り添うように並べられていた。
部屋自体はそれなりに広い。広いが、物が多いため、やはり「小さい」もしくは「狭い」と形容するのが正しい部屋だ。
その中で部屋の中心に木製の椅子がひとつ置かれている。
そこには小さな、いや小柄な、はたまた華奢な少年が大きなギターを抱え、口を緩めながら弦を弾いていた。
ポロン。
少年の名は、椎名ゆずるという。
音楽専門学校で培った技術を活かして調律師のアルバイトをしている少年だ。もう二十歳であるため、青年と形容するのが正しいかもしれないが、誰もが童顔と呼ぶほど中性的で幼い顔をしている。髪を長くして化粧を施せば少女といっても十分差支えがないくらいだ。
「……んー」
そんなゆずるはギターを手に持ち、少しだけ考え、ペグと呼ばれる弦の糸巻き部に数回触れた。
「うん。……こ、これくらい、か、な」
ポロン♪ ポロロン♪
もう一度ゆずるが弦を弾くと、今までより一層深みのある音が鳴り響いた。それにつれてゆずるの笑みも深くなる。
数十秒ゆずるは音を奏でると、ギターの腹を愛おしそう、そして名残惜しそうに数回撫でたあと、もともと置かれていた場所に移動させようと、よっこらしょとしっかりとギターを抱えなおした。
「やあ、ゆずる君。今日も精を出しているね」
そこに、部屋の入口から渋みのある男性の声が居室内へ響いた。
「あ、ま、まままマスター?」
ゆずるは焦ったように吃りながら初老の男性のあだ名を呼んだ。初老の男性は、ゆずるが働く楽器屋のオーナーで、柳功夫という。ただし誰もがマスターと呼ぶので、ゆずるもアルバイトとして入る前から同じくマスターと呼んでいた。
マスターは、じぃっとゆずるの抱きかかえるギターを見ると、柔和な笑顔を浮かべ、尋ねる。
「どうだい、ゆずる君。この間の話、考えてくれたかな?」
「……あっ、あっのえっと、ぼ、ぼく」
この間の話とは、マスターから、アルバイトから社員にならないか、と誘われていたことだ。
ゆずるは挙動不審げに耳を触りながら、申し訳なさそうに首を振った。
「ご、ごめなさ、さい。か、考えたのですが、や、やっぱり僕、ゆ、夢があっ、あって」
それを聞いたマスターは、残念そうに少し薄くなった髪を撫ぜて言った。
「そうか。すまない、ゆずる君の夢のことは分かってはいるんだがついね。……これだけ調律が早く正確に行える人間は滅多にいないから」
これは本心からだ。ゆずるには世にも珍しい絶対音感の才があり、どのように音がおかしいかだけを聴けば、以降は聴かなくてもある程度調律が出来る。さらにアルバイトを始めて3年の経験もあるため、あらゆる楽器に精通しており、調律師としてはほぼ満点に近い成果を出すことができていた。
また、それ以上に、音楽が誰よりも好きな少年のことをマスターは気に入っていた。
「まあもし気が向いたら言ってくれ、ゆずる君ならいつでも大歓迎だからね。それで、さっきエレキ社の最新モデルのピアノとギターが届いたんだがこのあとセッションしてみないかい? 僕がピアノでゆずる君がギター。いつもどおり仕事が終わったあと、二人きりで観客もいないけどね。はは」
「は、は、はははい! 是非!!」
それを聞いたゆずるは申し訳なさそうな顔から一転、吃りながらも花のような笑顔をマスターへ向けた。