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エピローグ

「本当によかったの?」

「知るかよ」

 なにもわからなかった。ただ俺は彼女を殺せなかった。

 ひたすら南を目指して歩いた。そこに楽園があると彼女は言っていたから。

 王都も魔都も村も、なにもない砂の原。太陽が沈んで星がのぼる。剥き出しの世界から注ぐ温度に耐えられるだけの体力は残っていなかった。最初に彼女が倒れた。放って進もうかと思ったが、一人で進む理由もわからず、彼女の隣に寝そべった。見上げれば死んでもいいような星空だった。

 隣を見る。すでに彼女は息を引き取っていた。泣きたいような気持になったけど泣けなかった。かわりみたいに彼女の乾いた頬に涙の筋が見えた。

 俺は彼女の名前を知らない。もしかしたらアレが彼女の本名だったのかもしれないが、今さらもう確かめるすべも必要もない。

 なのに、死を目前にして考えることは彼女のことばかりだった。

 俺が見ていた彼女は本当だったのだろうか。だとしたら、どんな気持ちで日々を生きてきたんだろう。どんな目で難民の子供たちに施しを与え、勇者を住まわせ、楽園を目指した?ここで死体になることがわかりながらも、俺の後ろについてきた?最後になぜ涙を流した?

 もしも、すべてが本当で、楽園ですべてが洗われ、赦されたのなら、俺と彼女はまたあの日々を送れたのだろうか。

 一切に意味はない。なのに、そんな問答を続けざるをおえなかった。

 星空が濁り、やがて溶け出す。

 彼女に手を伸ばした。冷たくなった手が俺の手を握り返したような気がした。それだけで意味のなかった問答に花丸をつけられた気がして、微睡に沈むように瞼を閉じた――ときだった。


「やっぱり。面白いことになったね」


 あの女神の笑い声が聞こえた。


「いいよ。楽園に連れて行ってあげる」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 急いでた。早くしないとバイトに遅れてしまう。今日、遅れたらマジでヤバい。今日の日本の法律的にクビとかはされないと思う、けど、たぶんクビにされた方がいいような罵詈雑言を浴びることは間違いない。あの店長の美貌にそそのかされて入ったのが間違いだった。美人なのは間違いないんだけど、マジで怖い。それでめっちゃ厳しい。鬼軍曹。

 そんな人を相手に2回連続で遅刻をぶっかます俺もなかなか強者。いや、ぜんぜん弱いけど。昨日とかベソかきながら皿洗いしてたし。3回目はまずい。泣くだけじゃすまない。夢のあとにされる。

 いや違うんすよ。マジで委員会が長引いたんすよ。とか、そーいうのマジでお構いないから、めちゃくちゃダッシュしているのに、こういうときに限って信号に捕まる。

 走りながら腕時計を見る。あと3分。間に合う。あの横断歩道さえ過ぎれば。

 あれ?と思った。

 そこは信号のない横断歩道なのに、みんな足を止めていた。

 ああ。とスピードを緩めず突っ込んできたトラックのライトを見て納得した。

 これ、あれだわ。トラ転。

 回りだした走馬灯とクラクションのハーモニーを聞きながら、楽しい楽しい異世界へ転生できることを祈った。

「あほ!」

 身体がぐん、と後ろへひかれる。鼻の先をトラックの荷台が掠めた。

 何事かと思って振り返れば同い年くらいの女の子が俺の制服を引っ張ってた。

「あ……」

「あほ!アンタ死にたいんか!?」

「え……あ、や、転生」

「はぁ!?今どきトラックにひかれて転生て!古いわ!今の人生を頑張れん奴が転生したとこで頑張れるかい!あほ!!!」

 至極まっとうなことを関西弁でまくしたてるのは、とても日本人には見えない人形のような少女だったので、とても混乱した。さらに自分でも本当にどうかと思うんだけど、こんな時なのにその少女に一目惚れした。いや、こんなときだからなのかもしれない。吊り橋効果の最上級みたいな。いや、てか普通に命の危機をこんな美少女に助けられたら誰でも惚れるっしょ。

「助けてくれてありがとう。お礼をしたいところなんだけど、時間がなくてさ」

 トラックが運んできてくれたこのご縁。なんとかして繋ぎたい。しかし時間が迫っている。せっかく助かった命が鬼軍曹によって潰えてしまう。

「そうだ!俺、あそこのカフェで働いてんだよね。こんど来てよ。お礼に奢るからさ!あ、今でもいいけどね!」

 「は?え、ちょっと!」と困惑している少女に手を振る。今度は左右を確認してから横断歩道を渡った。

「アンタ、名前は!?」

 ああ、そうだった。ホールじゃなくてキッチンで働いてるから、せっかく来てもらっても名前を憶えてもらわなきゃ意味がない。


「日比野慧!シフトは火木金土!お嬢さんの名前は?」


 横断歩道を挟んで、まるで映画のようなやり取りだ。それでも誰も無関心なのがこの街のいいところ。

 彼女は少し躊躇ったのち、頬を染めながら名前を教えてくれた。異国の令嬢のような綺麗な名前だった。

 

 


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