044 千年雪のドルフィンズ
<ナインテイル九商家>のひとつであるオイドゥオン家のもつ港に寄航した。
万年雪のように街は火山灰をかぶり、白く輝いている。
前を歩く山丹の足跡が点々と続いている。その山丹にイクスがまたがっている。はしゃいだイクスがどうしても先を行きたがったのだ。
その後をウサギ耳のぬいぐるみと子どもが続き、<狐尾族>、狼面の<狼牙族>、和服の男にセーラー服のような少女と大きな鎧を着た少年、ローブを纏った青年が続く。斧を担いだ<ドワーフ>の骨兜の上には尾長鳥が止まっている。
これを目にする<大地人>にすれば、<冒険者>が百鬼夜行のように映るのも当然だと言える。
出会う<大地人>にイクスが聞き込みをしているのにはわけがある。これはある人物を探しているからではない。その人物なら、あざみが念話を入れて場所を特定している。
一軒の冒険者向け飲食店がある。外から見た感じは西部劇に出てくるバーのようだ。名前は「ドルフィンズ」。
これでよく火山灰が店内に入らないなと思いながら、イクスは山丹にまたがったままスイングドアを押し開ける。
「わあ、ここは種族で差別はせんどん、虎はやっせん。どげんかしてこんね」
入り口から荒くれ者がたくさんいるバーを想像したが、昔は看板娘だったというような<大地人>のおばちゃんが出迎えた。
「あ、ヨサクにゃ、おおーい」
「ほいほい、他のお客さんの邪魔って」
おばちゃんに追い払われる。
あざみがその脇をすり抜けて、奥の席に陣取る男の前に回りこんだ。
「まだ酒を飲み終わってないんだ。お前もどうだ」
丸太のような腕でコップを突き出す。
あざみはそのグラスを受けて鼻に近づける。そしてテーブルに置いた。
「芋焼酎? 味あるの?」
「酒豪の台詞か、酒を知らぬ馬鹿の台詞か」
「残念ながら後者。焼酎の造り方知ってる女子大生の方が少ないわよ。あたし農大じゃないし。アイテムとしての酒の味なら知っているけどね。酔うだけの水」
「麹の培養にニ日、酵母を加えて一週間、芋を加えてさらに発酵させニ週間。蒸留して寝かせれば原酒の出来上がりだ」
「そんなこと考えながら飲んで酔える?」
「全く」
どうやらかなり飲んだらしく、酒臭い。会わなかったこの数週間で何があったんだろうか。ヨサクは念願の<エッゾ帝国>にたどり着いたはずだ。
「あ、ギルド名」
ステータスを見つめてあざみが気づいた。
「ああ、脱退したよ。<ブリガンティア>は終わってた」
「何があったの?」
彼は苛立ったようにまた一杯飲み干す。
「欲と暴力に溺れ、帝国の支配者気取って暴虐の限りを尽くしたが、他所から来たギルドにコテンパンにのされて、<ブリガンティア>崩壊。これじゃあ<崇拝される者>じゃなくてただの<略奪者>だ」
また一杯注いで飲もうとしているので、グラスを奪ってあざみが飲み干す。
「おい」
「【工房ハナノナ】に来ない?」
ヨサクは鷹のような目を少しトロンとさせて睨んだ。
「ハッ」
肩を揺らして自虐的に笑った後、首を横に振った。
「オレからも頼む」
いつの間にかユイがテーブルの横に立っていた。
「あ?」
「<武闘家>になりたいんだ」
「そこに立つな。翳る」
「稽古をつけてくれ」
ユイは頭を下げた。
「賢くないな、見てわかるだろ。俺が今教えられるのは酔拳くらいだ。酒も飲めない小僧に教えられることはない」
ユイは酒の入った瓶をつかもうとしたのであざみは瞬時に脇に避けた。
「馬鹿ね。本気にしないの。仲間を傷つけるような冗談はやめてよ、ヨサク。せっかくアンタに会うためにこんなところまでやってきたのよ」
「ハ、今度会うときはお前の方が腕を上げてるって言ってたじゃないか。お前が稽古をつければいい。それに、会ってどうするつもりだったんだよ」
あざみの怒りは静かに頂点に達したようだ。
「アンタにアタシの下僕だってこと思い出させるつもりだっただけよ。投げつけるりんごがもったいないわ。わずか数週間でこんなに腐っちゃうんじゃあね。じゃあね」
脇に避けられた酒をあびるように飲んで、ヨサクは忍び笑いを漏らした。
ふんと鼻を鳴らして、あざみは出て行った。
このままでは喧嘩別れだ。
それでもユイは諦めずとどまって頭を下げ続けた。
「おい。行けよ」
ユイはまだ頭を上げない。
「小僧、いいかげんにしろ」
「帰っちゃうんだろう?」
「あ?」
「いずれ、アンタたちは元いたところに帰っちゃうんだろう?」
ユイは顔を上げた。
「さあな。どうやって来たかもわかんねえのに。そう簡単には戻れねえだろう」
「でもいつかはいなくなるかもしれない。そのときに誰がこの世界守るんだよ。あの時教わらなかったから世界救えませんでしたじゃ話にならないんだよ」
ヨサクは飲むのをやめ、ユイの目を見た。
「勇者気取りか、小僧」
「勇者じゃねえよ。だけどおれは<古来種>になるんだ!」
「は、お前らにとっちゃおんなじ意味だろ」
笑ってヨサクは酒を呷った。
いや、違う意味を持つのかもしれない。
<大地人>とはこの世界に根付くもの。
<古来種>とはこの世界が育み運命を未来へとつなぐもの。
まさに大地が種子を育み、やがて大きく育った種子が大地に強く根を張るのと同じ関係なのだ。
勇者は自己犠牲のもとに他者を守るもの。
だが目の前の強い眼差しの少年は、<大地人>にして<古来種>になろうとするものである。自己犠牲などではなく彼こそがこの世界そのものであり、その世界を支えるものである。
そう考えると<冒険者>とはなんと薄っぺらな漂白者であろうか。勇者になり得たとしても、ただかりそめにこの地に現れた余所者でしかないのだ。
そんな余所者の集まったギルドがひとつふたつ自業自得で潰れたぐらいで何を嘆くことがあろうか。
北の果てから逃げるように南の果てにやってきた自分も情けない。そこが果てだと勘違いしていた。所詮ヤマトを北から南に移動しただけだ。
目の前の少年ははじめからこの世界の一部であり、世界そのものを支える人間になろうとしているのだ。
「ちっぽけだな」
ああ、なんとちっぽけだ、そんな自分に教えを請おうとはなんと愉快なことだ。
ヨサクは笑いが止まらなくなった。
ユイは言う。
「他人から笑われるのには慣れている。だけど、これは夢なんかじゃない。オレにとっての現実だ」
ヨサクは笑うのをやめた。違うのだ。笑えるほど卑小なのは自分の方なのだ。
「誰も夢を笑うつもりはない。いいだろう。望み通り鍛えてやるさ」
<大地人>を鍛えるクエストなんて聞いたこともない。人にものを教えるのが苦というわけでもない。実際にインストラクターの経験ならある。ただ<武闘家>なんて教えたことはない。
ああ、あいつは<妖術師>だったが、初心者に教えるのがうまかったな、と盟友ロンダークのことを思い出していた。
仕方ない。やってやるか。
「覚悟しろ。俺のはちぃとばかり荒いからな!」
■◇■
船べりに抱きついて、ため息だか弱音だか分からぬ声を上げたのはサクラリアとあざみである。
これほど澄んだ航海日和の青空の下で、二人並んで気分でも悪いかのように落ち込んでいた。
酒場を出てきたのはユイだけだった。
しばらくメンバーから離れ、<サクヤ媛岳>にしばらくこもると告げられ、サクラリアは「では自分も残る」と主張したが厳しくはねつけられてしまったのだ。
メイン職業の変更は、戦い方の概念の変更である。<暗殺者>とはいえ、急速な移動のほとんどをサクラリアの<シフティングタクト>に頼っていた<守護戦士>的な戦い方の現状では、到底<武闘家>への道は開けない。<武闘家>の道は、サクラリアに依存しない道でもあるのだ。
しかし、サクラリアの目には単なる拒絶にしか映らない。頬を撫でる風は、南国の海といえども冷えていて、寂しさをより深いものにさせる。
「おい! 娘っ子二人! ぼうっとしてんじゃねえ!」
振り返ると大型の<魚頭龍>にバジルが苦戦しているのが見える。ディルウィードの電撃は有効だが、その彼は別の<大翼蝙蝠>に苦戦している。
こういう時に、ユイは自分の身を挺して敵に体当たりし、ディルウィードの攻撃が当たりやすくしていた。今、この甲板にユイの姿はない。
この世界に来てから、サクラリアはただの一日もユイから離れたことはない。
ゲーム時代は桜童子に依存していた。桜童子を目で追う。桜童子にはシモクレンがいる。今も背中合わせに立っている。
二人が今までに見たこともない動きをした。シモクレンが投擲したハンマーがブーメランのように戻ってくるのを、戦技召喚した桜童子の<ソードプリンセス>がキャッチしてハンマーと剣の両方で攻撃したのだ。
そしてハンマーは<ソードプリンセス>の手からシモクレンの手に柔らかくバトンタッチされた。
二人はゲーム時代には考えもしなかった連携術を、呼吸でもするようにごく自然に行っている。依存ではなく互いに高め合う関係なのがはっきりとわかる。
「私だけ、私だけ弱いままじゃいられない!」
サクラリアは立ち上がる。楽器と化した<舞い散る花の円刀>から音符を飛び散らせ、華麗に舞った。歌いながら<大翼蝙蝠>の背後をとると、すばやく首を刈り取った。
「リアちゃん、ナイス!」
ディルウィードは甲板に尻をついたまま言った。
元は運動などほとんどしないサクラリアだが、<ブレイドアーティスト>と呼ばれる特技によって剣の腕は確かだ。元々は桜童子の攻撃に呼応して追加攻撃をするのみであったが、今は白兵武器であり楽器という二重の特性を持たせた円刀によって、まさに<武器攻撃職>といえる<吟遊詩人>と化そうとしている。
支援だけが<吟遊詩人>の能力ではないのだ。ユイがいない今だからこそ、その方向で成長しなければいけない。サクラリアは甲板を軽やかに駆ける。
「っ!!」
サクラリアは、雨がガラスを叩くような右側面からの音に身を震わす。ハギの障壁が水流攻撃から守ってくれたのだ。
「だからといって、一人で強くなる必要なんて全くないんですよ。私たち仲間じゃないですか。ねえ隊長」
「そうだぞー」
「ヤクモもするー!」
ハギとヤクモがサクラリアを守ろうとしている。いつの間にかヘイトが上がりすぎていたのだ。ハトジュウが肩に止まる。
「ごめん。しっかりしなきゃだ」
顎を伝う汗を拭う。大きく息をつく。
ハトジュウが高くケーッと啼く。同時攻撃を受けている。身構える。
「バックハンドー!」
そこにイタドリが飛び込んで来た。
「リタンリターン!」
ハルバードで水流攻撃をひっぱたいたが、さすがに弾き返すのはうまくいかずバッシャーンと音を立てて飛び散った。もう一方の攻撃はハギの障壁の許容範囲内だ。
「うへぇ、びしょびしょだよぅ。びっしょびしょ」
イタドリのずぶ濡れな様子にハギが笑う。
左手を胸に当て、円刀を掲げる。
「落ち着いていこう! 大丈夫! 私強くなる」
「ええやないの、りあちゃん! ええ妹分が育ちましたなあ。なあ、にゃあちゃん」
「にしし。後輩の成長ってのは嬉しいもんだ」
「にゃにゃにゃにゃにゃーん!」
今まで周辺警戒がおもだった仕事のイクスが<二枚歯鎌>を両手にもち、竜巻のように回転しながら敵を切り刻む。
「お前、やっぱり<盗剣士>なのかよ! オレ様の真似か、こんにゃろ!」
「知らぬにゃ! でもイクス天才だからにゃ! にゃー、山丹」
「がう!」
「あんたもちゃんと働きぃ! このナマケギツネー!」
「わかってますよ、ムダ乳ー!」
サクラリアに若干影響を受けたものの、やっぱりのらりくらりと戦うあざみ。彼女の戦闘力はずば抜けているが、それを引き出すのは驚異の集中力によってである。ヨサクと喧嘩別れして落ち込んだ現状でそれを引き出すのはどうにも難しいらしい。
それでも、体を動かしているうちにゆるゆるとテンションが漲ってきたらしい。愛刀<一豊前武>と<暮陸奥>の切れ味が蘇ってくる。特に<暮陸奥>は短刀ながら無敵の切れ味を誇る。
あがってきた<薩摩黒蟹>を一刀両断にする。
包囲する敵の群れを突破したのは、小一時間も戦った頃だ。疲労感はあったが、達成感の方が大きい。船にも人員にも大した損害はない。
唯一不満気なのは、操舵士のツルバラである。
「出たくもない飲み会に無理やり連れてかれて、聞きたくもないカラオケ聞かされてる気分すよ。早く帰って新動力炉付きの船の研究させてくださーい!」
「つるにゃん。時には付き合いも大切にゃよ?」
「<大地人>のアンタに言われたくねえっすよ!」
イクスはにゃっはっはと笑ったが、ツルバラはふてくされて寝転んだ。
いよいよ船は外洋へと進む。




