045 火山灰舞うサクヤ媛岳
「坊主、てめえ<大地人>なんだ。命の加減は自分でしろよ!」
「ぜ…! ぜ…! ぜ…! くぁぁぁおおおおああああ」
荒い呼吸を整える間もなく、ユイは突進する。
ヨサクの回し蹴りを体を沈めて躱す。
丸太のような足がユイの髪をかすめて後方に吹き抜けた。と思った瞬間下方から胴を薙ごうとする足が現れる。
ユイは腕をクロスして受け止める。ダメージこそなかったが、それでも、突進を始めた位置より大きく後退するほど吹き飛ばされた。
回し蹴りの後、高さを変えた後ろ回し蹴りをヨサクは放ったのだ。持ち前の運動神経と<冒険者>としての身体能力が加わると、重力さえ自在に操っているかのように見える技が出せる。ただし、ダメージを狙った蹴りではないから、ユイも大怪我をせずに済んでいる。
「バカ野郎が! てめえの装甲は紙だと思えと言っただろうが」
「ぜ…! ぜ…! ハイ!」
「考えろ。どうやったら後ろの鈴が捕れるか。一撃も喰らわずにだ」
「うぉおおおおおおおおおお!」
ユイは休まず突進した。左回し蹴りを警戒したようにまた体を沈めた。回し蹴りは軌道を変えユイめがけて振り下ろされる。ユイはその蹴りの方向に転がって再び突進する。
ヨサクの軸足側を抜けたとユイは感じていたが、その瞬間強い力で腰から空中に引き上げられまた吹き飛ばされる。今度はうまく着地できず何度か後方に転がった。
ヨサクは蹴りを放った勢いを利用して体を回転させ、ユイのベルトを掴んで放り投げたのだ。更にその回転を利用して体を起こしたので、ヨサクはほぼ最初の位置から動いていない。それどころかポケットに入れた右手はそのままだ。
「それでいい。もっと考えろ」
「ぜ…! ぜ…! ハイ!」
ユイは休まず突進した。また同じ右方向に体を沈めた。左回し蹴りがないので駆け抜けるかと思えば、そこから伸び上がりユイは拳を繰り出した。ヨサクは読んでいたように、拳を左手ではたいて躱すと、その回転の勢いのままユイの足を刈り払う。
ユイの体が一瞬宙に浮いて地面に叩きつけられる。ユイの目の前にヨサクの拳があった。
寸止めしてもらっているが、これが戦闘状態ならあっさりと死亡だ。神殿送りなどではない。死亡だ。
だが、ヨサクはそれでいいと言った。
「少し休憩を入れる。まだ考えろ」
ユイは大きな木の根に腰掛けて、竹製の水筒から水を飲む。
真昼だが少し睡眠をとる。回復にはこの方法が早い。
<大災害>後、ユイはヨサク以外の<武闘家>に会ったことがある。
技を教えてもらおうと思ったが、<パンナイル>の<武闘家>たちは、決まって紋切り型にこう言うのだった。
「考えるな。感じろ」
冒険者の<武闘家>は、己の技を門外不出にしているのかと思ったほどだ。
そう考えるとヨサクは真逆だ。考えろ、ひたすら考え、考えた先に答えがあると言っているような気がする。決して教え方がうまいわけではないが、目標や目的が明らかになっている分、課題が明確になる。
数分は眠っただろうか。
起き上がったユイは手甲を外す。左右の手甲が触れ合うと重い響きがする。手甲だけじゃダメだと、ユイは思った。肩当ても胸当ても外す。そしてほとんどすべての装備を外す。
「考えたじゃねえか」
ヨサクが森の中から現れた。ヨサクの後ろには、被衣をかぶった若い女が控えていた。
被衣を少しだけ上げた隙から、目鼻立ちの整った顔が見える。どこかで見たような気もするが、降灰と影のせいでよく見えない。バジルならわあわあ言いそうなほど美しい女性であるのは確かだ。
女の手が光り、ユイがその光に包まれる。<反応起動回復>のエフェクトだ。
「お前もだいぶ慣れてきたようだからな。こっちに来てもらった」
ヨサクも光を受ける。
先ほどのように、ヨサクの背後にある杭の上の鈴を取れば終わりという修行だが、今度はヨサクの方からも攻撃をしてきた。
倒して奪おうとしても、ヨサクは数段上の実力者である。レベルでいうと遥か彼方だ。ひょっとすると<古来種>と肩を並べるのではないか、と思えるほど恐ろしく強い。
また戦っている隙に奪おうとしても、一気に間を詰められるか、攻撃されて吹っ飛んでいってしまうか、どちらかである。
「いいか、一発も喰らうな! 足を止めてカウンター狙いのスタイルもあるにはあるが、それじゃ今までと変わらんし、どちらかといえば劣化だ」
何度戦っても出し抜くことができない。
「足を止めるな。舞え! その先にお前の進むべき道がある」
本当だろうか。苦し紛れのバックブローを放つ。ユイの拳は軽く、ヨサクの拳で触れられただけで軌道を変えられてしまう。膝の裏を蹴り抜かれて、靭帯が伸びる。
「覚えろ。足を止めたら狙うぞ、小僧」
ユイは地面に這いつくばって痛みをこらえながら、回復を待った。しかし、数秒そうしただけで立ち上がった。
「オレの名はヴィバーナム=ユイ=ロイ! オレは…小僧じゃない! 未来の<古来種>だ!」
気概がエフェクトとなって現れる。
体の中心線を守るように構えを取る。負傷した膝に周囲からオーラが集まる。
「こいつ。呼吸法を身につけたか」
<武闘家>の特技、<ブレスコントロール>のエフェクトだ。
転職前から自然に身につけるとは。
強いボスに対峙した時のように、ヨサクの顔に笑みが浮かんだ。
「ヨサク先生。オレはまだ、強くなるよ」
謎の女施療神官は身をくねらせる。
「あらやだ、かっこいい」
「なんだ。お姉さん、やっぱりあすたちんさんだったんだ」
女は被衣を上げた。つい数週前に<サクルタトル>攻略部隊にいた<冒険者>の一人だ。
ユイにはよくわからないが、中身は男の人らしい。魂は男性ということなのだろうか。
「覚えててくれたんだ。ありがと、戦友だもんね。回復いる?」
「いいえ、まだやれます! 先生お願いします」
先生ときたか。ヨサクは心の内で笑った。
「いや、今日はここまでだ。食料の調達に行くぞ」
「いえ、まだやらせてください!」
ヨサクは首を横に振った。
「何をするときでもその呼吸を続けろ。それも修行だ、ロイ」
■◇■
<洋上アルプス>にたどり着いた【工房ハナノナ】は港から少し西に行ったところの市場で食べ物を手に入れていた。
市場といっても廃墟の前で、<大地人>たちが露天を出している程度である。それでも置いてある品々は一行の目を喜ばせた。
「綺麗な魚ー。ディル見て、綺麗なさかなー!」
「でも、どうせ生焼け魚にしかできないんでしょう?」
「うるさいうるさいー! ディル、生魚決定!」
「え、むしろその方がうれしいです」
ぽかぽかとディルウィードを叩くイタドリ。その様子を冷ややかな目で眺めるのはサクラリアとたんぽぽあざみである。
「いい感じでリア充しててうらやましいですよね。あざみさん」
「なんだかクリぼっちなんて卑猥な言葉にしか聞こえないくらい妬ましいね。りあちゃん」
「それはどうかわからないですけど、最近ドリィさん輝いてますよね。あざみさん」
「女は愛されてなんぼな生き物っすよ。ああ、ドリィのやつ、暖かいクリスマスを過ごすんだって思うとなんだか泣けてくるね。りあちゃん」
「さっきのスコールで私たちズブ濡れですしね。急に凍えてしまいそうですね。暖かさが欲しいですよ。あざみさん」
「もうどうやって二人にヒビを入れてやろうかとしか考えられませんな。りあちゃん」
イタドリたちのわずか三メートルほど後ろで妬み光線を放つ二人を、シモクレンが槌の柄で小突く。
「はーい、負のオーラを放つのはそこまでにしときー」
「わ、出た。<大災害>後、急速にリア充化してきた女、矢車喜久恵!」
あざみは切れ長の目を半眼にしてじとりと睨む。
「何言うてんの。っていうか、実名出すのよしてくれへん? なんか恥ずかしいわ」
「ケケケ。え、何。洋風な顔立ちしたおっぱい姉ちゃんってそんな名前だったのか」
バジルが卑猥な笑みを浮かべる。いや、狼面であるから表情に変わりはないのだが、ハギの目にはそう映った。
「バジルはん。もっかいその名で呼んだら、神殿送り級に殴るかもしれへんけど堪忍な」
「さ、さーせん! シモレン姐さん!」
「ちょい待ち、それもなし! ウチのが年下やって」
実のところ【工房ハナノナ】のメンバーは、慰安旅行にあてもなく南の島々を訪れたわけではない。<ユーエッセイの歌姫>の託宣に導かれてここまでやってきたのだ。
(鳥は南へ。島々を渡る風よ。嘆きの石の声を運べ。星のゆく間に)
この詩の理解には、桜童子も苦しんだ。クエストの発生を告げる歌ではなさそうである。
<ユーエッセイ>にあるゾーン<エインシェントクインの古神宮>の前には、老婆の<大地人>がいる。<ナインテイル自治領>のプレイヤーにとっては知る人ぞ知るゲーム中のNPCであるが、この世界でも彼女は健在である。
お葉婆と呼ばれる彼女は、クエストを受ける資格を有したプレイヤーにだけ名前で呼びかけることから「判定バア」とも呼ばれた。今回彼女は「神域だから近寄るな」とたしなめただけであった。
それでも【工房ハナノナ】にとっては聞き逃せない言葉が含まれていた。
<嘆きの石>。これが<ルークィンジェ・ドロップス>ではないかという判断を下し、【工房ハナノナ】は<フィジャイグ地方>へ向けて航海を始めたのだ。
桜童子が<フィジャイグ地方>を選んだのは、南・鳥・島のキーワードによってである。
南と鳥と島で、南鳥島を思い浮かべるのはこの<セルデシア>の感覚では適切ではないだろう。そこは、その名では呼ばれてはいないのである。
ひょっとして、<ミナミ>のことかもしれないが、そうなれば【工房ハナノナ】には打つ手がない。<ミナミ>は<Plant hwyaden>の本拠地。到底近寄れるものではない。
この冬の季節、南を目指す鳥は渡り鳥である。島々を渡って<フィジャイグ地方>の熱帯雨林で休むのである。ただし、それがどこであるとは言えない。明言されていないのだ。
目的地も期間も不明であるから、寄る土地寄る土地での情報収集は欠かせない。オイドゥオン家の港でもイクスを中心に情報収集に当たった。<大地人>交渉に上方修正のあるイクスがこの<洋上アルプス>でも積極的に聞きまわっていた。
「よく虎に乗ったままで、交渉がうまくいくなあ」
バジルがイクスの様子を見ながら呟く。
「虎に怖がっているか、サーカスを見ている気分なのかのどっちかじゃないですかねえ」
ハギは笑う。
「ヤクモもするー」
そう言うと、禿姿のヤクモはハギの足元を離れ、イクスの近くで飛んだり跳ねたりした。すると、<大地人>の奥さんはそれを見て興が湧いたのか、<島マンゴ>をヤクモに手渡した。
「ヤクモー、ありがとうを言いなさい。ホラ、ありがとうって」
遠くからハギが声をかける。
「あがとー」
ヤクモは<島マンゴ>を両手で持って、ぴょこんと頭を下げた。こういう仕草を見ると、ヤクモが式神であることをすっかり忘れてしまう。
「よかったにゃー、ヤクモー。奥さんありがとにゃー」
イクスもヤクモの頭を撫でながら笑った。そうすると額の角がよく見えて、ああ式神なのだなと改めて思わされる。
「そうだ、旅の方たち。なんだか危険な風水師が出るらしいよ。気をつけた方がいいね」
奥さんは薮蚊に困っているといった程度の難儀さを顔に浮かべて言った。
「風水師?」
イクスは首をひねる。
「んー、何て言ったっけねえ。ああそうだ、〈決定の典災・・・・・・シンブク〉」
奥さんの彼方には高い山がそびえ、その周りには大きな翼竜の群れが盛んに飛び回っているのが見えるが、それより恐ろしいのだろうか。
目を凝らすと、ステータス画面が現れ〈神代樹の森〉とゾーン名が表示される。こちらもかなり危険な匂いがする。
「ホラ、翼竜たちが低く飛び始めたよ。こりゃあ、ひと雨来るね。さあ、店じまいだよ」
一行は港へ駆け足で戻り、<洋上アルプス>をあとにした。




