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第八十三話 鬼神


 現れた聖王の腕を見たものたちが悲鳴をあげる。

 聖王は目を細め、心地良さそうに悲鳴を聞く。


「……聖王様、その腕は」


 ブレイブは目を見開き、聖王を見る。聖王はただ、だまってその腕を動かした。


「鬼神の力、とでも言おうかな」

「……どういう、ことですか」


 ブレイブは長剣を警戒するように構える。その両目は不安と戸惑いの色があった。

 聖王は短く嘆息をつき、まだ人間の腕であった左手を額にやる。


「力を見せたほうが理解も早いか」


 聖王が右腕を振った。それに力強さはない。しかし、彼の……から放たれた黒い衝撃が、空間を割いた。

 そこからいくつもの鬼魔を作り出す。見たこともない鬼魔たちは人を発見すると、飛び掛っていく。


 ブレイブが視線を向け、長剣を構える。

 途端に、聖堂内は大慌てとなる。鬼魔を見たこともないものもいるし、まだ逃げていない貴族たちもいた。

 腕利きの冒険者たちも、鬼魔の登場に戸惑いが隠せていない。


 鬼魔が人間を食った瞬間、悲鳴が一斉に広がる。鬼魔たちが大聖堂の外へと出ると、それは一層増した。


「……聖王、様!? 一体、何をしているのですか!」

「ブレイブ、キミは誰の味方だ?」

「……どういうことですか?」


 ブレイブの長剣が揺れる。聖王はその切っ先を見て、目を細める。その瞳には、悲しみが混ざっているようだった。


「僕は前の聖王――父さんに比べて何もかもが劣っていることを理解しているよ」


 聖王ははかなく笑った。

 それから彼は両腕を広げる。


「知力も武力も、何もかもが高かった父さんと比べ、僕はあまりにも未熟だ。そんな僕についてくる者は少ない。このままいけば、僕は命を落とすことになるかもしれない」

「……そんな。聖王様は立派に仕事をされているではないですかっ」

「立派? 父がやっていた仕事をどうにか最低限こなしているだけにすぎない。不満の声がいくつもあがっていることは知っているよ」

「……」


 ブレイブは口を閉ざし、視線を落とす。

 聖王の評判に関して、貴族が悪く言っていた事実は確かにある。

 特に、彼の年齢を槍玉にあげ、まだ彼に任せるのは難しいのでは、と批判する声はいくつもある。


「だから僕は……僕も力を手に入れることにしたんだ」


 聖王は嬉しそうに笑みを浮かべ、その右腕を動かす。

 その右腕は脈打つかのように動く。


「……それが、鬼神の力、というのですか。でもどうやって――」


 ブレイブは顔をしかめながらその腕を見る。

 聖王は小さく笑った。


「簡単な話だ。鬼神の力の一部は、この世界に残っていた。僕はそれをもとに、自分の体に適応するように作り変えていった。そして、今、鬼神をこの場に復活させる。異空間へと封印された鬼神の力をすべて、この体に――!」


 聖王が腕を思い切り振りぬく。いくつも空間に穴が開き、そこから鬼魔が飛び出す。

 そして、やがてその奥から一つの塊が飛び出してくる。

 聖王は笑みを浮かべ、それへと手を伸ばす。


「あれは……鬼神の心臓よ! あれを義兄さんに渡してはいけないわ!」


 アリサが悲鳴をあげる。クラードは痛む体に鞭うち、一気に駆けだす。

 ブレイブも同時に跳躍する。両手でもった剣を振りぬくが、聖王の体には黒いオーラがまとわれる。


 剣が届かずに弾かれる。

 尻餅をついたクラードは、聖王が鬼神の心臓を握り潰す様をただ、見ているしかなかった。

 鬼神の心臓が割れた瞬間、そこを中心に巨大な力があふれていく。


 クラードたちはその力の衝撃波に弾かれないように踏ん張ることしかできなかった。

 やがて、力の流れが止まると、そこには聖王がすっと立っていた。黒いオーラをまとった聖王は、その体が黒く変色し、頭には鋭く尖った角が二つ、生えていた。


「これが、鬼神の力か」


 聖王は短く呟き、両腕を動かす。それから大きく笑った。


「これだけの力があれば、世界をまとめあげることだって可能だ」

「聖王、様。あなたはどうするつもりなんですか……っ」

「ブレイブ。簡単な話だよ。民をまとめるのは圧倒的なカリスマか、恐怖のどちらかに過ぎない。僕には人をひきつける才能がないんだ。ならば、人をまとめるには恐怖しかない」


 聖王が笑みを浮かべ、地面を殴る。

 途端、黒い手が現れる。

 クラードたちへと襲い掛かった黒い手を、クラードは跳んでかわす。

 空中で襲い掛かってきたそれを、ブレイブが風の魔法で切り裂く。


 クラードも剣を振り、襲いかかる手を払いのける。

 周囲を飲み込むように出現した黒い手は人を、建物を巻き込んでいく。


「フィフィ!」


 叫んだクラードが手を伸ばす、フィフィの腕をつかみ、すぐにクラードは引き寄せる。

 他の者たちも助けようとしたが、黒い手がつぎつぎに襲いかかり、クラードは一度距離を開ける。

 オリントスが聖王へと切りかかると、黒い衝撃が抜ける。

 

 オリントスは咄嗟に土の壁で身を守るが、大きく弾かれた。

 アリサたちは、黒い手に掴まってしまった。彼女らは魔法を使い、黒い手を払いのけるが、さらにいくつもの黒い手がそれを防ぐ。


「悪いが、こっちは準備の時間なんだ。しばらく、邪魔をしないでくれよっ」


 聖王がさらに衝撃を放つと、大聖堂はがたがたとゆれ、崩壊が始まる。

 崩れ落ちた聖堂の瓦礫をかわしながら、聖王へと距離をつめる。

 同じく走り出したラニラーアとブレイブが剣を振りぬく。黒い手を切り裂き、クラードはそこから懐へとせまる。


 聖王の黒の手がさらに増える。

 土の剣がいくつもそれへと放出される。オリントスだ。

 彼の放った剣たちを、即座に装備する。オリントスが土で再現した剣は、すべて彼の手持ちの剣がもとになっている。

 それによるステータスの恩恵を一気に受けたクラードが、聖王へと振りぬく。


 しかし、黒の手につかまったニニがその体の前へ動く。

 ニニを盾に使った聖王を睨みつけながら、クラードは剣を止める。


「クラードっ、ニニごとやってください!」

「……っ」


 ニニが必死に叫んだ。この状況が危険であることを悟った声だ。

 それでも、剣を振ることはできない。伸びた黒の手は、鞭へと形を変え、振りぬく。

 クラードは剣で受けた。


 魔王カルテルが放っていたような攻撃に、驚きながら、クラードは大きく後退する。

 ブレイブ、ラニラーア、オリントスと並ぶようにたったクラードは、聖王を睨みつける。


「もう、十分だ」


 聖王はそういってアリサたちを放り投げる。空中へと投げ出された彼女たちを、ブレイブが風が受け止める。 

 ブレイブが風を操り、クラードの近くにゆっくりと置いた。

 アリサたちは、酷く衰弱していた。


「聖王っ、何をしたんだ!」

「それを今から見せようか」


 聖王はくくくっと笑って、指を鳴らす。

 そこには四つの光が生まれた。赤、青、緑、茶。

 すべて、アリサたちの髪に対応したような色だった。


 だが、それらの光の周りに黒い光がまとわりつく。彼女たちが持つ輝きを侵食するかのように。

 そうしてから、聖王は空間を裂き、四つの肉体を取りだした。


 それらには見覚えあがった。過去の映像で勇者が戦っていた魔王と同じだ。

 聖王は魔王たちの体へその光を埋め込む。

 途端、魔王たちの体はどくんと跳ねた後、目を見開いた。


「鬼神様……? ここは一体。我々は――」

「僕が勇者の力を使い、おまえたちの体を強化したのだ」

「……なるほど、これはその力ですか」


 魔王の一人が片腕を動かす。女性の魔王はその力を使い、土の塊を作り出す。

 ニニが使っていた土の魔法の力――。

 続々と体を起こした魔王たちを見て、聖王は声をあげる。


「まだ、体に力は完全には馴染んでいないだろう。おまえたちは僕の後ろに下がっていろ」

 

 四体の魔王たちは、聖王の後ろへと下がる。

 一歩を踏み出した聖王は、笑みを浮かべいくつもの黒い手を作り出す。それらは聖堂だけではない。


 街へと襲いかかる。まるで巨大な樹が根をはるかのように、街を飲み込んでいく。

 悲鳴があちこちから漏れる。

 ブレイブが唇を噛み締め、剣を構えて駆け出す。

 ブレイブが振りぬいた剣は、聖王の体の前で止まる。カウンターに放たれた黒の鞭に、


「勇者を作り出した最大の理由はこれだ。僕がやりたかったことは鬼神の力を得ることと、魔王の復活だ。勇者と魔王、竜神と鬼神の力は、聖と邪という反するものではあるが、その力は非常に近しいものだ。だから、少し手を加えれば、その力はいくらにも変化する。その過程で造りだした、できそこないの魔王とは格が違うんだ」

 

 聖王は片腕を振る。

 空間から現れたのは、魔王カルテルだった。

 

「き、鬼神様っ。もう一度、もう一度私に力を!」

「カルテル。おまえは十分仕事をしてくれた。よくここまで仕事をしてくれた。あとはゆっくり休むといい」


 聖王が片腕を振り下ろすと、黒の力が滝のように魔王カルテルを飲み込んだ。

 魔王カルテルは跡形もなく消え去った。

 あれほどの力を持っていた魔王カルテルを一撃でしとめた聖王に、戦慄する。

 

 格が違う。鬼神と魔王には大きな壁がある。

 鬼神の後ろに控えていた魔王たちも、万全ではないにしろ動くことはできる。何より、彼らはみな、勇者の力さえも持っている。

 

 一方クラードたちでまともに体力が残っているのはラニラーアだけだった。

 フィフィたちは意識を失ったまま動かない。

 聖王はゆっくりと一歩を踏み出し、それから笑みを浮かべる。


「さて、クラード。それに現代の勇者たちよ。開戦と行こうか」


 聖王が笑みを浮かべ、両腕を広げる。

 彼の周囲から現れた黒い力は、様々なものへと姿を変えていく。


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