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第六十五話 息抜き



 夕方になり、クラードは宿へと戻った。

 ギルドによったあと、街の装備を見て回ったクラードは、悩んだ末に三つ購入した。

 それでも、素材を売却したことで金は余っていた。


 他にもフィフィたちにお土産も購入しておいた。これでひとまず旅の予定はない。


 クラードはニナたちの部屋をノックし、夕食に誘う。二人は静かに扉をあける。

 むすっとした顔の少女たちとともに、一階の食堂へと降りる。

 そこで夕食を注文していると、ニナが口を開いた。


「……馬車はもういやです」

「……まさかここまで馬車が恐ろしいものとは知りませんでした」


 ニニもそういって、二人はぺこりと、頭をさげる。


「別に、迷惑じゃないぜ。今回の仕事だけど、ラピス迷宮近くの村にいって、準備を整えてから、ラピス迷宮に入る。それで、仕事は終わりで、風の都まで戻ってきて、聖都に帰る。たぶんだけど、四日もあれば十分終わるからな。勇者祭までまだ時間あるんだし、ゆっくりしても問題ないだろ」


 ニナとニニは不満げな顔のままではあったが、小さく息を吐いた。彼女たちなりに、少しは気にしていたようだ。


「わかりました」

「それならばよかったです」


 ほっとしたように息を吐く。


「実は迷惑をかけたかもと心配していたのか?」

「そ、そんなわけ……」

「ないです。あなたの心配などしとりません!」

「そうかそうか。風の都を見て回りたいなら、明日その日にしてもいいぜ?」


 苦笑しながらクラードが言うと、彼女たちは顔を見合わせた。

 ニナは首を振りかけたが、ちょこんとニニがその手を掴む。


「……ニナお姉様、ニニは街を見て回りたいです」

「……ニナもです」


 ニナは頬をわずかに染め、むっとした顔でクラードを見た。クラードは素直ではない二人に苦笑するしかない。


「それじゃあ明日は自由日にしようぜ。二人で見て回るだろ? 金が必要なら明日また言ってくれ。結構金はあるんだよ」


 クラードはちょっとした自慢を二人にする。


「……お金ですか?」

「ああ。買いたいものとかあるだろ?」


 ニナとニニは顔を見合わせ、こくりと頷く。


「わかりました」

「明日は荷物もち、お願いします」


 二人の言葉にクラードは驚いて身を乗り出した。


「……ちょ、ちょっと待て。荷物持ちが必要なほど、買えないぞ?」

「間違えました」

「財布としてよろしくお願いします」

「……そんなに、お金も持ってないぞ?」


 ニナとニニは目を輝かせていた。風の都でほしいものでもあったのだろうか、とクラードは首をかしげる。


「……ていうか、俺もいいのか?」

「謙虚ですね」


 ニナがふっと馬鹿にするように笑った。


「ですが良いのですよ。ニナたち、お金を使ったことないですし」

「……ああ、そういうことね」


 そこで食事がクラードたちの席へと運ばれてきた。

 ニナとニニが笑顔とともに食事を食べていった。



 ○



 次の日の朝。

 クラードはいつもどおりのトレーニングのあと、ニナたちと街を歩いていく。

 ニナとニニは仲良く手をつなぎ、その後ろをクラードがついていく。例えるならば、お嬢様に付き従う執事のような気分だ。

 実際、クラードの立場はそれに近いところもある。

 

「それで二人は何をそんなに楽しみにしていたんだ?」

「別に楽しみまではいってないです」

「別にわくわくとかしてないです」


 二人は揃って舌を出してそういった。それでも二人の顔は興奮が抑えきれないといったものだ。


「わかったわかった。それじゃあ今日は何で街を回るつもりだったんだ?」

「風の都といえば……」

「甘いものがたくさんあります」


 二人は顔を見合わせ、目を輝かせた。

 風の都と土の都は、その土地をいかすように、甘いものを売る店が多い。


「……まあそうだな。風の都と土の都は果物が多くとれるからな」

「それを食べ歩きます」

「食べまわります」


 ニナとニニが頬を緩める。見たこともない彼女たちの表情がそこにはあった。


「まあ、そういうことならあれだな……屋台どおりに行くか」

「はい」


 ニナとニニが同時に頷き、先を歩く。クラードはその後ろをついていく。

 たどりついた屋台どおりに、ニナとニニの表情は一層明るくなった。


 聖都で開かれる勇者祭の際には、出張して店を開くこともある。今この屋台通りはそのときに出すための品の用意をしているところだ。


 そのため今も、こ多くの人であふれている。風の都でもっとも人通りの多い場所だ。

 その人々に混ざるように、ニナとニニも店を見ていく。


 クラードも二人の後ろから出店を見る。

 ここにあるのはあくまで支店のようなもので、本店がある店もある。そういった場合は、それらを宣伝するような紙が張られていた。

 クラードが一番気になっていたのは値段だ。

 

 それほど高いものばかりではない。

 すべて手が届くようなもので、ほっと胸をなでおろしていた。

 そんなとき、ニナとニニはある店の前で足を止める。

 

 クレープの店だ。彼女たちが欲しそうな目をつくる。クラードはへいへい、と財布を取り出して購入した。

 クラードは別の店で果物の飴を購入し、近くのベンチに腰かけた。

 ニナとニニが隣同士で座りながらクレープを食べる。 


「ニナお姉様、こっちがよさそうです」

「いえいえ、ニニ、こっちのほうが絶対おいしいです」


 二人が顔を合わせる。二人の視線に鋭さが混じる。二人が珍しく喧嘩をしていた。

 そんなとき、ニニが思い出したように声をあげる。

 それから彼女はクラードへと視線を向けた。


「買ってくれて、感謝します。まったく、ニナお姉様はこっちのほうが絶対おいしいです」


 クレープを持っていたニニはそれを口にくわえて、笑みをこぼす。

 ニナがそれに対して、ふんと鼻で笑い飛ばす。


「ニニは見る目がありませんね。こちらのほうが絶対おいしいです」


 クラードは購入した果物飴を舐めながら、珍しく喧嘩している二人に言った。


「食べ比べたらどうだ?」

「……ニナお姉様、食べたいですか?」

「……ニニこそ、食べたいですか?」


 二人とも体で守るようにそれぞれの食べ物を後ろに下げる。視線が鋭くぶつかる。お互い、自分が選んだものこそ一番だと考えているせいか、相手のものを食べたいとは言わないようだ。デザートに関してはかなりうるさいようだ。


 二人を眺めながら、クラードは飴をしばらく食べていた。やがて、果物の部分が出てくる。

 リンゴだ。クラードは故郷を思い出しながら一口食べる。


 故郷のものと変わらず甘みが広がった。もしかしたら、故郷のものかもしれない。クラードはゆっくりと食べていると、ニナとニニがじろっと見てきた。


「クラード、それはおいしいですか」

「クラード、どうなんですか」

「ああ、うまいよ。つーか、全部うまいんじゃないか? 二人も意地張ってないで、ほら、食べさせあったらどうだ? そしたら、この飴を一つ買ってやるぞ」

「……本当ですか」

「……嘘でしたら、怒りますよ」


 クラードの言葉を聞き、二人は素直にクレープを差し出す。


「……甘い。なかなかやりますね、ニニ」

「ニナお姉様も……さすがです」

 

 二人は頬を押さえながら、時々お互いのを食べさせあいながら、満面の笑顔を浮かべる。

 食べ終えたところで、ニナとニニは顔を見合わせる。

 ちらちらとクラードを見る。


「クラード。その飴を買ってくれますか」

「クラード。お願いします」


 ぺこりと二人は頭を下げる。

 その姿に思わず笑う。


「なんですか」

「失礼ですよ」

「二人とも、なんだかただの子どもみたいだったからな」


 そういうと二人は頬を僅かに染め、それから目を鋭くする。


「……からかうのなら、別にいいです」

「……いりません。別にいりませんとも」

「悪い悪い。そういうじゃねぇえって。ほら、買いに行こうぜ」


 クラードが腰を上げて、二人をせかす。ニナとニニはむすっとした顔であったが、口元をわずかに緩めた。

 意外とうまく接することができていて、クラードは胸をなでおろす。


 人の多い通りに行き、すぐに購入する。

 甘いものを食べているときの二人は、素直だ。城にいたときよりも、いくぶん表情も柔らかくなっている。


 クラードはそれから二人とともに屋台どおりを歩いていた。二人は最初に食べたもので、それなりに腹も膨れたようだ。あまり追加で食べることはなかった。

 時々、時間をあけて食べることもあったが、それでも腹が一杯になったようだった。


 屋台どおりを歩き、色々な店を見て回り、時々別の通りへも行く。

 最終的には風の都を観光するように歩いていき、一日が終了した。


 多少は打ち解けることができただろうか。クラードは二人の顔を見ながら、そんなことを考えていた。


 クラードはすっかり暗くなった空を見上げた。冷たい風が吹き抜ける。ニナとニニも、その風にぶるりと震えて、お互いの手をぎゅっと握った。


「明日はラピス迷宮近くの村に行っても大丈夫か?」

「はい、ニナは問題ありません」

「ニニもです」


 明るい笑顔で、二人は頷いた。


「……それじゃあ、今日はゆっくり休んでおいてくれよ。また馬車に乗ることになるからな」

「……行きたくなくなってきました」

「……ニナお姉様に同意です」

「クラード、二人を担いで運ぶというのはどうでしょうか」

「それはいい案ですお姉様」

「無理に決まってんだろ! 別に、徒歩で移動してもいいぜ。一日くらいかかるだろうけど、俺は一向に構わねぇぜ」

「……それも嫌です」

「同じくです。足が痛くなります」

「では、城に戻るというのはどうでしょうか。ニナはもう満足です」

「名案ですお姉様。それでは、帰りましょうか」

「それじゃあただの旅行になるじゃねぇかっ。俺たちは仕事でここに来てるんだっ。馬車か徒歩か、明日の朝までに決めておけよな」


 クラードが声をあげると、ぶーっと文句を垂れる二人。

 そんなことは知らないと、クラードはさっさと宿に入った。



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