第六十四話 人との距離
次の日の朝。
クラードはアリサに呼ばれ、朝食の席へと足を運ぶ。以前行った場所と同じ部屋だ。
クラードが部屋に入る。すでに部屋には五人の姉妹がいた。
クラードに気づいたフレアが手を振る。
クラードはフレアが誘導するままに、フレアの隣に腰掛けた。
クラードの右隣にはフィフィが座っている。
そんなフィフィは、クラードとフレアに視線を送る。フィフィは小さな頬を目一杯膨らませた。
「なんか。二人とも凄い仲良くなっている」
「まあ……前に比べればな」
フィフィの言葉に、フレアが答える。フィフィがますます頬を膨らませた。
アリサがぱんぱんと手を叩く。クラードたちが腰掛けたテーブルには、すでに料理が並んでいる。
アリサが食事を始め、それぞれ口をつけていく。
ニナ、ニニ、アリサはクラードの対面に腰掛けている。
フィフィとフレアは良く食べる。食べた料理の感想を笑みとともに口にする。
ニナとニニはお互いに食事を食べさせあっている。仲の良さが伺える。
クラードはニナとニニを見た。そんなとき、アリサがフォークをおいた。
「クラード、今日は風の都への調査に行ってもらうわ。ニナとニニをよろしくね」
「わかった……」
クラードはこくりと頷き、ニナたちをみた。彼女たちはクラードに一瞥もしない。こんな状態で旅なんてうまくいくのだろうか、とクラードは嘆息をついた。
「わたしはやっぱり駄目?」
「……そうね。今は体を休めて頂戴」
アリサの言葉にフィフィは肩を落とした。
ニナとニニは、クラードをちらとだけ見て、面倒そうにため息をつく。気づいたアリサが、じろっと彼女たちを睨んだ。
「ニナ、ニニ。あんたたちはもうちょっと周りと距離を縮めるように努力しなさい」
「……アリサお姉様、ニナには必要ありませんから」
「……二ナお姉さまの言うとおりです。ニニたちにそれは必要ありません」
ニナとニニは鋭くクラードを睨む。その両目には、露骨な嫌悪が混ざっていた。
クラードはそんな彼女たちに笑みだけを返した。どのように接していいかわからなかったが、まずは笑顔だ。クラードは前向きに笑った。
そんなクラードの笑顔に対して、ニナとニニは眉間に皺を作った。これは相当に嫌われてしまっている。
クラードはフレアの言葉を思い出した。
ニナとニニは、ホムンクルスを作り出した人間と、それ以外の人間を同等の存在としてみている。彼女らにとっては、等しく敵だ。
「まあ、ニナ、ニニ。クラードは別に悪い奴じゃねぇよ」
「……フレアお姉様は単純ですからね」
「……フレアお姉様の意見はあてになりません」
ニナとニニは揃って首を振る。
フレアが、顔を赤くして叫ぶ。
「な、なんだとっ。オレのどこが単純だ!」
「……全部ですね」
「……全部ですよ」
ふんとニナとニニが顔をそっぽに向ける。
フレアがぐぬぬと拳を固め、二人を睨む。
「とにかく。ニナとニニももう行くことは決まっているんだから、ちゃんと出発しなさいよ。クラード、よろしくね」
「わかってる。ニナ、ニニ、よろしくな」
クラードが片手を向ける。ニナとニニはそれを見て、ぷいとそっぽを向いた。
予想通りの反応に、クラードは苦笑を浮かべる。あげた手をポケットにしまった。
「俺はもう準備はできてるから、終わったら俺の部屋に来てくれないか?」
「……了解しました」
「……仕方ありませんが、行きます」
ニナとニニが大きなため息をついた。食堂を離れ、クラードは部屋へと戻る。
クラードがアイテムボックスの荷物を確認していると、部屋がノックされる。
扉をあけると、ニナとニニがいた。二人でおそろいの服を着ている。
旅用に、二人は小さなリュックサックを持っていた。
「準備はいいのか?」
「……いきたくはないですが、はぁ」
「……いくしかありませんし、はぁ」
面倒であることを一切隠さず、彼女たちはクラードに背中を向けて歩き出す。
ニナとニニが歩くたび、左右反転のサイドテールが揺れる。
「面倒なのはわかったし、ちゃちゃっと終わらせて戻ってこようぜ」
クラードは彼女たちに声をかける。その場でため息をつき、足を止めた二人の背中を叩く。 途端、ニナたちは露骨に両目を吊り上げた。
「触らないでください」
「この変態」
ニナとニニが声を荒げると、近くにいたメイドが反応する。
クラードは慌てて両手を振って、無実を証明する。
ニナとニニは短く息を吐き、それぞれ手をつないで歩いていく。本当にこの二人は仲が良い。
クラードは彼女たちの後ろをついていきながら、短く息を吐いた。彼女たちとは、仲良くなれるとは思えなかった。
○
聖都の馬車から、風の都へと向かう。
風の都行きの馬車は運良く人が少なかった。クラードは一人隅のほうに座っていた。
クラードからちょうど対角の位置に、ニナとニニは腰掛けている。
二人は楽しそうに会話をしながら、リュックサックから取り出したお菓子を食べている。
リュックサックは、クラードがアイテムボックスに収納しようともしたが、二人はそれを拒絶した。
「あなたに渡せばきっと変なことに使われます」。二人との距離は非常に遠い。
クラードは背もたれによりかかり、窓から外を眺める。
風の都が見えてきた。土の都と風の都はその風土からか、似たような造りとなっている。
そのため、クラードはどこか懐かしさを覚えていた。
馬車が門をくぐっていく。
馬車の乗り合い所に到着し、馬車が止まり、人々がおりていく。
すんだ風が吹き抜ける。軽く伸びをする。
「風が気持ちいいな。って……二人ともどうした?」
クラードが背後を見ると、顔色の悪い二人がいた。
「……大丈夫か?」
「……あなたに心配されるほどではありません」
「……お、おえぇっ」
ニニが大きな声を上げる、物が出たわけではない。
「二人とも、馬車に乗ったことってあんまりない?」
「……それがどうかしましたか」
ニナはニニの背中をさすりながら、顔をあげる。随分と必死さが伝わってくる。
「もしかして、馬車によったんじゃないか?」
「そんな情けないと思いますか?」
「いやだって現時点でぼろぼろだし」
「……うるさいですよ」
ニナとニニが顔を合わせ、嗚咽をあげる。
クラードは風の都の地図を広げる。
風の都のラピス迷宮は、ある山の奥地にある。
そのふもとには村があり、今日の予定ではそこまで行くつもりだった。
ただそこは田舎であり、直接馬車が向かうことはない。途中にある一番近い町まで馬車で行き、そこからは徒歩で向かう予定だ。
つまり、本来ならばここで町へと向かう馬車に乗る予定だった。
しかし、このままもう一度馬車に乗るというのは酷な話だ。
「今日はここで休んでいこうぜ」
「情けは……」
「むよう……おろろろっ!」
「ニニ! 大丈夫ですか!?」
「お姉様……もうニニは駄目です。後は……まかせました……」
「ニニ! ……ニナももう限界です……」
その場で膝をついたニナは、口を尖らせる。
ニニは呼吸を乱したまま、ニナの腕の中で白目を向いている。
「……手、貸そうか?」
大変不服ではあるようだが、彼女は助けを求めるような顔を作った。
「お願いします。クラード……宿まで行きましょう」
「了解だ」
クラードはニニを担ぎ上げる。ニナがじろっとクラードを睨み続けていた。「変な場所触ったらすねをけりますから」。息も絶え絶えであったが、彼女はそう声を絞りだしていた。
一番最初に見つけた宿に入った。いくつか見比べたかったが、ニナもニニも早いところ横になりたそうだった。
「兄妹で旅ですか? 仲いいですね」
二部屋分を借りたとき、店員がそんなことをいった。
ニナが声をあげようとしたが、体調が悪いため、それは声にならない。
階段をあがったところで、ニナがぽつりともらした。
「……兄妹……大変不服な勘違いです」
「今はそんなところに腹を立てても仕方ないだろ」
「そんなところってなんですか。ニナにとっては、命を絶つほどの問題ですよ!」
「……そうなのか?」
ニナがそう否定し、背中のニニを見る。
「ああ、ニニも顔色を悪化させています。大丈夫ですか?」
「……さっき、嫌な勘違いをされたような気がします、ぐふ」
「ニニ! ……さっきの一撃がトドメになったようです」
「そりゃあ大変だ。早いところニニを休ませてやろうぜ」
「そうですね」
階段を上り、借りた部屋に入る。
ニナたちの部屋の扉を開ける。ニニをベッドに寝かすと、ニナに背中を押される。
クラードは廊下に出て、ニナに鍵を放り投げる。ニナはそれを両手で掴み、さっさと鍵を閉めた。
「このまま引きこもっていたいです」
扉越しに聞こえたニナの声に、クラードは慌てて扉を叩く。
「おい、明日には出発するからなっ!」
「……」
返事はない。クラードは嘆息をついた。明日の朝、きちんと出てくることを祈るばかりだ。
クラードも部屋のベッドで横になる。
それから、アイテムボックスを眺める。
いくつかリュックサックがあり、中には魔石がしまってある。
最近あまり冒険者ギルドに行っていない。これらを一度売り飛ばしておこう。そこそこの金額になるだろう。
クラードは体を起こして部屋を出る。
ニナたちの扉をノックする。扉が開くことはなかったが、ニナの声が響いた。
「ニナです」
「ああ、クラードだ。ちょっと街のほうに行ってきたいんだけど、大丈夫か?」
「嬉しいです」
「素直な感想ありがとな。そんじゃ行ってくる」
ニナに苦笑しながら、クラードは宿を出た。
ニナとニニを思い出し、同時に故郷にいたときを懐かしんだ。
故郷には、生意気な子どもがたくさんいた。クラードは年下の子の面倒を見る機会が多く、そういった子とも良く接していた。
色々な理由があって、口が悪くなる子どもがほとんどだ。家族を失ったり、親がいてもあまり接する機会がなかったり。理由は様々だが、そんな子達は自分の身を守るために、言葉を悪くする。
それらはクラードが母親から聞いたことだった。防衛本能が働き、人と距離を極端に開こうとする。
――誰にも好かれなければ、大事なものを失うこともない。
そんな子に無理に声をかけても仕方ないことを、クラードは一番わかっていた。
相手が話してくれるまで、声をかけるしかない。こちらが信頼していることを相手に伝え、相手がそれに応えるのを待つほかない。
ある程度の距離で、相手をするのが一番だ。
クラードは冒険者ギルドへと向かった。風の都の冒険者ギルドも、土の都に負けず劣らずにぎわっている。久しぶりの騒がしい空気に身を投じたが、悪い気はしなかった。
魔石を換金したあと、風の都をぶらぶらと回って暇を潰した。久しぶりの一人は、気楽だったが、吹き抜けるが風が妙に冷たかった。




