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第六十話 サラマンダー迷宮



 サラマンダー迷宮は燃えるような暑さが特徴だ。一階層でさえ、外と比較すればその温度差はそれなりのものだ。

 先に進むほど、少しずつ熱は上がっていく。

 迷宮の熱が影響したかのように、出現する魔物も、火属性を使うものや火属性に耐性を持つものが多い。


 クラードは火属性しか使えないフレアは、この迷宮では不利なのではないか、と考えていたが、実際そんなことはなかった。

 不利なのは確かだ。しかし、フレアは属性の相性をものともしなかった。相性が悪いとしても、敵を倒すだけの火魔法をぶっ放す。


 低階層での戦闘に問題はなかった。

 二人は行けるところまで進むと決め、まっすぐに進んでいく。


 クラードは用意しておいた地図を確認しながら、さくさくと階層を進めていき、第九階層に到着する。

 

 サラマンダー迷宮の九階層に到着したところで、足を止めた。

 移動の途中で魔物と戦ったとはいえ、時間にして三時間ほどしかかかっていなかった。


 第九階層にもなると温度がいくらか上がった。夏を思い出す熱に、クラードは額の汗を拭う。

 フレアも服の胸元をぱたぱたと動かす。

 汗の滴る彼女から視線を外す。


「おやおや、クラード、さっきオレのほう見てたか? あっ、胸が見たいのか?」

「み、見てねぇよ。見たくねぇし! ほら、早く魔物狩ろうぜ」

「へー、怪しいなぁ?」


 フレアは目を細める。からかうような顔つきに、クラードは顔を向けないようにする。

 フレアは前かがみになり、服の胸元をわすがに動かす。クラードは視線がわずかに動いてしまう。フレアと視線がばっちりとぶつかった。


 フレアは楽しそうに頬を緩める。「やっぱり見たいじゃんか」、とフレアの笑みにはそんな言葉が潜んでいるようだった。

 クラードは頬をかき、それから短く咳払いをする。


「フレア、あのな。おまえ人をからかいまくってくるけどな、そういうのはあんまりしないほうがいいんだぞ」

「どうしてだ?」

「そりゃ、おまえ相手に変に勘違いされて、何かされたら嫌だろ」


 フレアは顎に手をやり、目を細めた。


「そんじゃ、クラードのことはからかってもいいってことだな!」

「な、なんでそうなるんだよ」

「へへへ、オレクラードのこと嫌いじゃないからな。だから勘違いされてもいいってことだ」


 フレアの言葉に、クラードは頬を引きつらせながら後ずさる。こいつ、どうすればいいんだ。

 そのとき、ちょうどレッドスライムが出現した。

 クラードはそちらに視線を向ける。


「ほら……魔物を狩ろうぜ」

「へへ、わかったよ」


 レッドスライムは地面を滑るように移動する。動きは他のスライムと比べ速い。

 すぐに戦闘準備を整える。

 クラードが距離をつめ、フレアが火魔法を放つ。

 スライム系は物理攻撃で仕留めるのは難しい。


 スライムを倒すには、体内にある核を破壊する必要がある。剣では、そのスライムの体に弾かれてしまう。

 レッドスライムの体にフレアの魔法が当たる。やはり、火魔法の効きが悪い。


「フレア、別の攻撃手段はあるのか?」

「まあ、このくらいで止められるつもりはねぇぜ」

「頼もしいねぇ、うっし、任せたぜ」


 クラードもレッドスライムを処理する手段はいくつかある。

 それはスキルだ。悩みに悩み、選び抜いたスキルだ。


 それの使用は、ひとまずフレアの魔法を見てからだ。彼女が処理できなければ、そもそも第九階層で戦闘を行うわけにもいかない。


 レッドスライムを唾を吐くように、その体を放った。液体を剣で切り飛ばす。

 地面に落ちた液体は、じゅわっと音を上げる。直撃すれば熱いではすまなそうだった。


 フレアと視線がぶつかる。クラードは素早く距離をあける。フレアが片手をレッドスライムに向け、魔法を放つ。


 火の矢がレッドスライムにあたり、その体へと突き刺さる。レッドスライムはそれを吸収するかのように動いた。


 だが、火の矢は強い光をあげ、爆発した。レッドスライムの核が爆風に巻き込まれ、そのまま吹き飛んだ。


「うぉっ、なんだよ今のは、すげぇな」

「へへへ。爆発魔法だぜ、いえい」


 フレアが嬉しそうにピースを作る。クラードが手放しで喜んでいると、レッドスライムが再び現れた。


「そんじゃ、今度は俺の番だな」

「おっ、そういえばクラードもいろいろスキル見つけたもんな。任せたぜ!」


 フレアが魔法を準備しながら待機する。

 最初にためすスキルはナイフワープというスキルだ。


 スキルを発動すると魔力によって構成された紫のナイフを作ることができる。それを置いた地点にのみ、ワープが可能というものだ。


 範囲はあまり広くない。目の届く範囲が限界だ。

 また、魔力ナイフ自体が長い時間構成できず、時間経過で消滅してしまう。おおよそ一分程度だ。


 クラードは作り出した魔力ナイフをレッドスライムの背後へと投げる。

 レッドスライムが体を引きずるように動かし、クラードへと距離を詰めながら、液体をはいた。


「ナイフワープ」


 レッドスライムの背後へと移動し、クラードはすぐに剣を振り抜く。

 レッドスライムの体に剣がめり込むが、ぶよぶよの体がそれを防ぐ。

 クラードは体を押し返されながら、別のスキルを発動する。


 攻撃スキルであるクラッシュだ。

 装備に発動し、それを叩きつけた場所で衝撃が生まれるというものだ。魔力をこめた一撃がレッドスライムへと叩き込む。


 先ほどのフレアの爆発魔法のように、クラードの一撃がレッドスライムの核を破壊する。

 

「おぉ、クラードかなり使いこなせてんじゃんか」

「まぁ、この二つはそこまで難しくないんだよ。次のが面倒なんだよ」

「そういや、別の階層ではそればっかり練習してたよな。ちょっとは使えるようになったのか?」

「まあ、少しはな」


 フレアの言うとおり、最後のスキルはずっと練習していた。それでも、未だ完璧には使いこなせていない。

 次に姿を見せたのはレッドウルフだ。

 燃え盛るような赤い毛を持つレッドウルフは、口元からオレンジ色の息を吐く。熱を持つそれらは肌を焼くほどのものだ。


 実際にファイアブレスを吐くこともあり、そのときはかわすしかない。

 レッドウルフが低い声でうなり、クラードは最後のスキルを放つために、ステータスの調整を行う。


 筋力と魔法力を多めに変化し、レッドウルフに放つ。

 片手を向け、レッドウルフの体を吹き飛ばす。


 テレキネシス、というスキルだ。魔力を使用して物を引き寄せる、あるいは吹き飛ばすというものだ。


 これを応用させた使い方としては、クラードの周囲に剣を浮かしておくというものだ。

 これを使いこなすことができれば、戦闘中に剣を浮かせて移動できる。単純に、ステータスの効果も上がるし、剣をうまく操れれば中、遠距離の敵に対応することができる。


 購入したスキルの中ではもっとも高価なものだった。ただ、テレキネシスの質があまり良くないとも言われている。実際、そこまで重たいものを持つことはできない。弾きや、ものを浮かせる力は、使用者の筋力と魔法力が関係しているからだ。


 それが、クラードには相性がよかった。使いたいときに自由にスキルの変更が可能なのだから。

 問題はそれらを行うのに時間がかかることだけだ。


 ステータスの調整だって、慣れてきたとはいえ装備品ごとに行うため時間がかかる。

 テレキネシスにしても、細かい操作は難しい。浮かせ続けるというのが、いまはまだ一本が限界だった。


 起き上がったレッドウルフが、素早く動く。クラードは浮かせた剣をレッドウルフへとテレキネシスで放つが、当たらない。


 近づいたレッドウルフの攻撃をかわし、クラードは腰にさしていた剣を振りぬく。レッドウルフは近づくために自棄になっているようだったため、ガラ空きだ。

 レッドウルフが崩れたところで剣を突き刺し、仕留める。


「クラード、まだまだ難しそうだな」

「おう。こういう頭使うのは本当苦手なんだよ。フレアはどうしてそんなに魔法うまいんだ?」

「へへ、そりゃ慣れるしかねぇよ。クラードのテレキネシスは魔法みたいなもんだろ? だったら多少はアドバイス出せるかもしれねぇし、手伝ってやるよ」

「……ありがとな」


 それから、クラードはサラマンダー迷宮でひたすらスキルの練習を行った。

 結局、その日はスキルを使いこなすまではいかなかった。

 ラピス迷宮に行かずによかったと、クラードは思った。



 〇


 

 サラマンダー迷宮から出た二人は街の中を歩いていく。

 夕焼けに染まる街はなんとも懐かしさを感じさせる。古めかしい街並みのせいか、故郷を思い出していた。

 そうこうしていると、隣を歩くフレアに視線を向けることになった。


「フレアって、その、どこの都出身なんだ?」

「うん? ああ、オレは……聖都、だぜ」

「聖都かぁ。それで、長女のアリサが王女様になったんだよな」

「まあな。一応スラム出身だしな。アリサお姉ちゃんを否定する声はたくさんあったらしいぜ。いくら、勇者の力を持っていてもさ」

「勇者の力と、勇者スキルの違いってなんなんだ? フィフィとラニラーアやブレイブって何が違うんだ?」

「オレも詳しくはねぇけどさ。勇者の力は過去にもっていた勇者の力をそのまま引き継いだものらしいぜ。そんで、勇者スキルは過去の勇者がもつ力を再現した力、らしい。竜神様の力が弱まってきて、スキルとしてか勇者の力を作れなくなった、とかなんとか言ってたなぁ」

「……そうなのか」


 クラードはそこではたと気づいた。


「けど、どうして五人の勇者と、スキル持ちが揃ったんだろうな」

「え?」

「だって、竜神様の力が弱まってるんだろ? なら、勇者スキル持ちが生まれるのはわかるけど、竜神様の力を持った勇者が生まれるのは変じゃないのか?」


 竜神様の力が弱まっているから、勇者スキルを持った子が生まれた。

 だが、現実には勇者の力を持った子がいる。

 フレアの表情が引きつった。考えるように彼女は顎に手をやり、それから笑った。


「オレは詳しいことはわからないからな。うん、この話は終了だ! ほら、宿に戻ろうぜ!」


 フレアがニコッと微笑んで歩き出した。

 クラードも別にこの話を追求するつもりはなかった。勇者の力を持った存在がたくさんいるのならば、それでいい。仮に鬼神が復活したとしても、過去よりたくさんの勇者で迎えうつことができるのならば、なにも悪いことはないだろう。


 ちょうど一つの店から男女が出た。そちらに視線を向けると、女性用の服を置いている店のようだ。

 ガラス張りの店には家族の姿もあった。

 興味津々といった様子でフレアが顔を近づけていく。クラードはそちらを指差した。


「フレア、気になるなら中に入るか?」

「うえ? け、けどなぁ、オレ別に金持ってるわけでもねぇし」

「旅の資金は余ってるし、少しくらい、いいんじゃないか?」

「……そ、そうか。中行ってもいいか?」

「おう、行こうぜ」


 そう返事をするとフレアはぱっと顔を輝かせた。

 店に入ると可愛らしい服がいくつも並んでいた。フレアがキョロキョロと周囲を見回し、近くの服に手をつける。


「可愛い服、たくさんだぁ……なあクラード、結婚式って知っているか?」


 彼女がつかんだ服は可愛らしいフリルのついたものだ。

 それを体にはあてながら喜んでいる。


「知ってるよ。うまいものがたくさん食べられる日だ」

「ちげぇよ。一番可愛い服を着られる日なんだよっ。オレも本でしか読んだことないけど、貴族の結婚式って凄いんだよな?」

「……そう、みたいだな。俺も見たことはねぇが、凄いって話は聞いたことある」


 貴族は結婚式の豪華さを競っている部分がある。


「……いいなぁ、オレもやってみてぇな」

「そうなのか? 俺は考えたこともねぇな」


 クラードが顎に手をやる。

 楽しそうに服を体にあてているフレアにクラードは疑問を抱いた。


「別にフレア、可愛い服なら、城でたくさん着れるんじゃないか?」

「いや、そうでもねぇんだよ。オレたちなんて、そう服をたくさん持っているわけじゃねぇんだ」

「そうなのか?」

「まあな……。あー、いつか色々な服を見て回れたらなぁ……」

「鬼神を倒せば、それもできるんじゃないか?」


 クラードは腰に手を当て笑みを浮かべた。勇者であり、立場は隠されてこそいるが王女の妹たちだ。今は役目もあるため、自由はあまりないが、その役目が終わればそこからは自由になるはずだ。


「クラードっ。頼む! 一着だけ服買ってもらってもいいか!?」


 一つ、異常なほどに気に入った服があったようだ。赤と黒のまざったシャツだ。値段もそれほどではない。


「まあ、別にそのくらいなら構わねぇよ」

「ほ、ほんとか!?」


 フレアがうれしそうにそれを抱きしめる。クラードは妹ができた気分で、彼女とともに店員の元へと向かう。

 会計している店員の前には家族たちがいた。


「うー、アフばっかりずるーい!」


 家族は母親と姉妹のようだ。姉のほうが妹を睨みつけていた。


「だって、フムはこの前買ったでしょ?」


 母親がそう声をかけるが、フムと呼ばれた姉は不満げだった。


「うー、でもー」

「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい」

「……うー、ママはいっつもそういうんだもん」


 けれど、それで姉は諦めたようだった。嬉しそうな妹の顔を見ていたフレアは、笑顔を抑えるようにして店員から離れた。

 

「どうしたんだフレア。買わないのか?」

「お姉ちゃんなんだから、我慢しねぇと、だよな」

「フレア?」


 フレアはぽつりと言葉を放つ。クラードが再度聞くと、彼女は首を振る。

 フレアは儚く、今にも壊れそうな笑みを浮かべた。


「アリサお姉ちゃんも、わかってるはずなのになぁ。全員、なんて絶対に無理だってこと」

「……どういうことだ?」

「ああ、いやなんでもねぇ。オレの独り言なんだ。気にしないでくれ。よし、クラード、宿に戻ろうぜ!」


 フレアがぎゅっとクラードの手を掴み、宿へと引っ張っていく。

 先ほどの勇者に関する話をしたときのようなフレアの表情に、クラードは眉間に皺を寄せた。アリサといい、フレアといい……彼女らはなにかを隠している。それが何かまではわからない。正直に聞いても教えてもらえるとも思えなかった。


 フレアと共に宿へと戻り、彼女の会話に相槌を打ちながら、クラードは釈然としないものを抱えていた。

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