第五十八話 装備
「あはは、クラードってからかうの面白いなぁ」
「……うっせ。おまえなぁ、あんまり男の人をからかうもんじゃないからな」
「別に、クラードじゃなきゃやんねぇぜ、オレは」
「……そういうことを言うなっての」
クラードは頬をかき、嘆息をつく。馬車の中ではフレアにからかわれ、疲労していた。
「あ、また顔赤くなってんじゃんか」というフレアの言葉を無視して、クラードは火の都を歩く。
火の都は、他の都のどこよりも古い。それは他の都から取り残されたのではなく、意図的に残してのものだ。
古い建物には、それゆえの良い部分がある。そういったものを好む人が暮らせるように、火の都は残っている。
もともと、職人気質の人間が多いことも火の都がこうして残っている理由の一つだ。
火の都の人たちで、もっともクラードに関係しているのは鍛冶師だ。
彼らは、自分の力で武器を作る。鍛冶師、というスキルもちもいるが、それはあくまで鍛冶を補助するだけのもので、最後に大事なのは、その人自身の勘だ。
武器を作る際に、魔力をこめ、必要があれば魔石を投入する。魔石が砕け散ることにより放出される魔力を武器に閉じ込めることで、武器には様々な恩恵が入る。
例えば、ステータスの高い武器が作れたり、面白いスキルが出来上がる。
クラードは一時期、鍛冶師に憧れたときがあり、多少の知識はあった。
火の都には、観光で一度だけ行ったことがある。そのときはレイス、ラニラーア、ロロも一緒だ。
レイスは、街を見て回りたいと途中で一人別れてしまったのは、懐かしい記憶だ。
クラードはレイスの本心もわかっていた。彼ははラニラーアとロロに巻き込まれるのが嫌だったのだろう。クラードも二人とはなれて鍛冶師巡りをしたかったが、結局引きずられて街を見て回ったことを思い出した。
「なぁ、クラード。今日は移動で疲れたし、ラピス迷宮は明日にしねぇか?」
早速のサボり注文に、クラードは顎に手をやる。
「そうはいってもなぁ……一応仕事なんだし、出来る限り早くこなせたほうが良くないか?」
「えー、アリサお姉ちゃんからは五日くらいはのんびりしてきてもいいって言われてたぜ? だから、街を見てあそぼーぜー!」
ぶんぶんと腕を振り回すフレア。
クラードはそんな彼女の城での様子を思い出す。旅はほとんどしたことがないという彼女だ。今まで城にいて鬱屈としたものがたまっているのかもしれない。そう思うと、彼女の希望もある程度叶えたい。
クラードはそこでアリサの言葉を思い出す。「楽しんできなさい」といったのは、姉としての優しさなのだろう、と。アリサは、クラードへの仕事を頼むついでに、フレアたちを自由にさせたかったのかもしれない。
クラードの腕を掴み振り回しているフレアに、クラードは苦笑を返す。
「まあ、そうだな。一度落ち着いて街を見る必要はあるかもな」
「おおっ、話わかるな! さすがクラード、行こうぜ!」
クラードの腕をとり、ぎゅっと彼女のものを絡めてくる。
「お、おいっ」
「クラードって今恋人いるのか?」
「いや、いねぇけど……」
「なら、問題ねぇなっ。あたし、恋人ってのもほしかったんだっ。いまだけでいいからよろしくなっ」
「……おまえ、お兄ちゃんがほしいって言っていなかったか?」
「色々ほしいもんがあるんだ。今くらいしか、体験できねぇし、いいだろ?」
クラードはぽりぽりと頬をかく。フレアの立場上、そういうのも自由ではないだろう。
勇者祭の際に、五人の勇者を大きく発表すると、クラードは聞いていた。そうなれば、ますます自由の身ではなくなる。
クラードは恥ずかしさを押し殺しながら、息を吐く。
「……わかったよ。ただな、フレア。恋人っていうのはな、本来こうやって遊ぶような感じでするものではないんだ。分かったか?_」
「ほぉ、さすがクラード。恋人のなんたるかを知っているんだなっ。なあ、クラードの経験を教えてくれよ」
「……」
クラードは口を閉ざし、そっぽを向く。恋人などいたことはなかった。ならば、他人の経験を自分のことのように話そうかと思い、学園の友人たちを思い出す。クラスメートには恋人を持っている人がいたが、詳しく聞いたことはなかった。何より、クラードはそういった話が苦手だった。聞いているだけでも顔が熱くなる。
特に親しい人間たちはどうだっただろうか。クラードは身近な人を思い出す。
ラニラーア。いなかった。
ロロ。いなかった。
レイス。いなかった。
クラードは結果に頭を抱える。あいつらも、まったく出会いがないのかとクラードは愕然とした。
「……クラード? あっ……もしかしていたことないとかか?」
「うっせ……」
にやりとフレアの目が面白く歪む。
「まあまあ、そう落ち込む必要ねぇって。そんじゃクラードも初心者ってことで、一緒に練習だなっ」
ぎゅっと再度フレアが強く腕を掴む。
クラードは体を動かす。せめて、胸が当たらない程度に緩めて欲しいと抵抗したが、フレアはさらに力を入れる。
クラードは諦め、その感触を意識しないように努め、火の都を歩いていく。
「そういえば、フレアはどのくらい戦えるんだ?」
「あたしか? うーん……たぶんフィフィに慣れているクラードには物足りないかもしれねぇけど、火魔法なら誰にも負けない自信があるぜ」
フレアが僅かに口を動かす。詠唱はほとんど聞こえず、何より早い。
その次には、右手に火の塊が出る。フレアはそれを自由自在に変化させる。
火の鳥や、火の人型――フレアは火に扱いが非常にうまい。
「こんな感じだな」
腰に手をあて、にぃっと笑う。アリサに似て美少女ではあるが、どこか彼女の笑顔は少年っぽさのあるものだ。
フィフィよりも魔法の扱いになれていて、火魔法限定とはいえフィフィよりもずっと腕がいい。
「それだけ戦えるなら、十分だと思うな」
「そうか? へへ、まあその、訓練は積んでるけど実戦はしたことなくってさ。とっさに体が動いてくれるかどうかだけが心配なんだぜ」
クラードは聖都で起きた事件を思い出す。確かに、あのときのフレアも突然の出来事に混乱している様子だった。
「そういえば、クラードのスキルはどうなんだ? アリサお姉ちゃんから簡単に話しは聞いているけど」
「まあ、俺の能力は装備品に左右されるな。……良い装備があれば、それだけ強くなれるって感じだな」
「そっか。けど、確か武器の性能を引き出すにも、その人自体が結構努力しねぇといけないんだろ?」
「まあ、そうだな」
「クラードは武器の性能引き出せるのか?」
「今のところは苦労したことねぇな」
「そんじゃ、たくさん剣の練習したんだな。すげぇなぁ……」
フレアの素直な言葉に、クラードは頬をかく。剣の腕を褒められたことがなく、照れくさかった。
「それじゃあ武器屋とか行ってみるか?」
「そうだな……一度行ってみたいな」
フレアの言葉にクラードは頷いた。それは、この状況を打破したいという気持ちがあった。まるでデートのようだ。恋人ごっこ、であるのだからそうなのかもしれないが、恥ずかしくて倒れそうだった。武器屋に行けば、武器を見て回るといって離れることも可能ではないかと、考えたのだ。
クラードはアリスから給料と旅費を受け取っている。
給料といっても、まだ雇われたばかりのクラードはあまりもらっていない。それでも、武器をいくつか見繕う程度であれば足りる。
だが、クラードも別段急いで武器を購入しようとは考えていなかった。もちろん、数値の高い装備品が安く手に入るのならば買うつもりだが、聖都でも十分整えている。
クラードはフレアとともに武器屋を見て回る。
呪いの装備とはいえ、良いものばかりでもない。本当に、まったくつかえないものもごろごろと転がっている。
そもそも、呪いの装備は破棄されることが多い。観賞用としていくつか店に置いてあることもあるが、数は少ない。
「……そっか。今のうちにスキルを整えるのも悪くねぇのか」
「スキル? それって武器と何か関係しているのか?」
「まあな。武器にもスキルがついていて、一流の冒険者が武器を選ぶ場合には、良いスキルと良いステータスを見るんだ。例えばこの装備とかだな」
クラードは一つの装備品を取り出し、フレアへと見せる。
ウォリアソード
筋力5 防御0 速度0 魔法力0
筋力10パーセントアップ
「……はぇぇ、こういう風になっているんだな。昔の勇者様がこういうシステムは作り上げたんだよな?」
「らしいな……ラピス迷宮で見てきただけだけどさ」
「なんか、画期的だよな。わかりやすくていいよなっ」
「そうだな」
クラードは彼女の言葉に複雑な感情を抱いた。ただ、数字に引っ張られてしまうということもある。自分の力を過信することもあれば、夢を諦めることも生まれてしまう。無駄な努力をしないで済むという、利点もあるけど――。
クラードはその剣を見る。値段は一万ラピスだ。
良いスキルのついた装備は、ステータスが悪くても高く売れることがある。
これで、ステータスもよければ、金額は何倍も膨れ上がる。
クラードは自由に使えるお金の五万ラピスを見る。
火の都では鍛冶師が多くいることもあり、武器屋によっては珍しいスキルを扱っている場所もある。火の都にいる間に、スキルを整えるのも悪くない。
クラードはこの五万ラピスで、スキル付装備を探していく。
「そういや、クラードって装備品のスキルとかもいじれるんだっけか?」
耳元でささやくようにいうフレアにクラードはぞくりと背筋が伸びる。いちいち彼女は近い。ささやきの内容も含め、小悪魔のようだった。
「そうだよ。それがどうした?」
「なら盗み放題だなっ」
クラードは目を鋭くして、フレアを見る。
「確かにそうだけど、店員が装備品を調べればすぐだからな。ていうか、おまえ発想が悪いぞ」
「じょ、冗談だっての。単純にちょっと疑問に思っただけなんだからな。本気で提案したつもりはねぇからな?」
慌てたようにフレアが両手を振る。
別にこちらとしても、そこまで責めたつもりはない。
「わかってるっての。俺もやりてぇなーって思ったことはあるからな」
「……まあ、そりゃあそうだよな。餌が転がってるようなもんだもんな」
クラードは視線を装備へと向ける。武器屋だって一生懸命良い武器を集めている。それに手を出すことなんてできるはずもない。
「クラード、楽しそうだな」
「まあな」
武器屋でじっくりとどれを購入しようか悩んでいる時間が楽しい。
今までは、数値の高いものを選んでいればよかったが、今回は違う。
どのようなスキルを装備品に組み込むか。その当たりをじっくりと考える必要がある。
クラードは店主に頼み、実際にスキルを使わせてもらいながら、装備品をじっくりと選んでいった。