第五十四話 事件
街を歩いていく。目的は装備を売っている店だ。
隣を歩くフィフィはきょろきょろと街を見ていく。
クラードの服を引っ張り、フィフィが走る。
「クラードっ、向こう行こう!」
「ああ、わかったからって。そう急ぐなって」
フィフィがクラードを引っ張る。もちろん、力はクラードのほうが強い。それでも、抵抗する理由もないため、クラードはフィフィとともに走っていった。
街中へと入ったところで、フィフィの歩みも遅くなる。
クラードとフィフィは街巡りもそこそこに武器屋を見ていく。
聖都の武器屋は質の良いものが多く並んでいる。その金額も、相応のものとなる。
悪いスキルのついた装備品がなかなか置かれていないため、クラードは苦戦する。
それから半日。ようやくクラードはもらっていたお金で武器の購入を行った。
合計五つだ。そのすべてが非常に強力なものだ。
アクセサリも探したクラードだったが、一つも見つからなかった。
街中で装備を並べ、調整するわけにもいかないため、城に戻ってから行う予定だ。
どれも今まで身につけていたものよりも能力が高い。一つの装備に至っては、合計値が200だ。
城に戻るため、中央区画へ向かう。
途中昼食を食べたが、一日歩き続けていた。
フィフィがあくびを一つする。今日は程よい気温であり、眠気を誘うにはちょうどよい。
そんなときだった。眠気を吹き飛ばすような悲鳴が街を抜けた。
「ど、泥棒っ! くそっ、返しやがれ!」
声をあげたのは一人の女性だ。
赤髪の女性にクラードは一瞬驚く。フィフィやアリサににた顔たちの女性だったからだ。
その女性ばかりを気にかけているわけにもいかない。
クラードは逃げた泥棒へと視線を向ける。
フードをかぶった人間は、赤色の鞄を持っていた。
わずかにフードがずれる。青年は逃げ道を探すように視線をさまよわせた。
青年が選んだ道は、クラードたちがいた場所だ。
それ以外の道はすでに騎士たちが塞いでいたのだ。
ここは聖都の中央区画だ。この大陸でもっとも騎士が多い場所だ。
中央区画にいるのは騎士だけではない。
いくつも立ち並ぶ貴族の家には、雇われた腕のたつ冒険者もいる。
そんな人物がいるこの場で盗みを働くことが、どれだけ愚かなことは青年が一番わかっているだろう。
「貴様、今すぐ大人しくしろ!」
「邪魔だっ!」
青年がその場で地面を一度踏みつける。
その瞬間、青年の体は消え、それからすぐに騎士の背後に現れた。
「なにっ!?」
青年にあっさりと抜かれた騎士が、声をあげて振り返った。
クラードは青年と視線がぶつかる。彼はぐっと唇をかみ、それから大きく開いた。
「どけっ!」
青年が叫びながら、再び地面を強く踏みつける。
クラードは先ほどの騎士が抜かれた瞬間を思い出していた。
そして、青年の姿が消えるのに合わせ、クラードは距離をつめる。
青年はクラードをみて、目を見開いた。
「なにっ!?」
「こんな場所で泥棒なんざするもんじゃねぇよ」
青年が短剣を取り出し、振りぬく。クラードはそれをかわし、蹴りを放った。
よろめいた青年は、アイテムボックスからポーションを取り出す。
紫色のポーションに、クラードは眉間を寄せた。あんな色、見たことがない。
魔力を回復するポーションでもなければ、体力回復用のものでもない。
それに気づいた騎士が声を張り上げた。
「……そ、それは! 冒険者の方、下がってください!」
「ぐくぅあああ!」
ポーションを呑み終えた青年は、カバンをこぼして悲鳴をあげる。
クラードが警戒していると、彼の右腕が不意に膨らむ。
赤く染まった目でクラードを睨み、青年は腕を振るう。
鋭い爪のついたその腕は、まるで魔物のようだった。
クラードは腰にさしていた剣で受ける。重量はかなりのものだ。それをそらしながら、フィフィを抱えて大きく後退した。
騎士がその背後から青年へととびかかる。
青年は腕を振り回し、騎士を薙ぎ払った。
「クラード、あれなに!?」
「肉体強化用のポーション、みたいなものだと思うけど、魔物になるなんて聞いた事もねぇぞ!?」
青年は完全に理性を失ったのか、所かまわず腕を振り回す。
下手な武器よりもよっぽど危険だ。
敷地を囲う壁を破壊し、青年は咆哮をあげ、破壊活動を繰り返す。
青年の両目は、逃げ遅れた赤髪の女性を捉えた。
赤髪の女性は頬をひきつらせる。そうしながら、その右手に火の塊を作り出す。
――スキル……いや、このかんかくは。
クラードはフィフィに似ている赤髪の少女を、アリサの関係者と決めつけた。
「やべぇっ! フィフィ、魔法で援護してくれ!」
「うんっ!」
クラードは地面を蹴り、倒れたままの赤髪の女性を抱えるようにして飛び込む。
体を抱きしめ、そのまま転がる。振り下ろした青年の一撃が地面を割り、瓦礫が飛び散る。
破片がクラードの体を襲う。クラードは顔を顰めながら足を抑える。
「お、おまえ、大丈夫か!?」
「あ、ああ。ていうか、そりゃこっちのセリフだぜっ。あんた怪我とかしてねぇよな!?」
クラードは痛みを吹っ飛ばすように声を荒げながら、女性の肩を掴む。
クラードはじっとその顔を見る。やはり、彼女はフィフィやアリサに似ている。ただ一つ、胸を除いて。クラードは豊かに膨らんだそれをちらと見てから、青年へと視線をやる
まだ脅威がさったわけではない。青年が腕を大きく振りぬく。
女性が片手を向けると、火が飛んだ。
「オレだって戦えるんだ。……さっきは、ちょっと驚いちまったけど!」
「そ、そうか……けど、こいつは――」
まだ青年の体は人間の部分も多くあった。その首を、魔物のように跳ねるわけにもいかなかった。
青年がクラードへととびかかる。その太い腕を振り回す。
クラードはさっと剣でさばき、その脇腹を浅く斬りつける。
青年は痛みなど一切ないのか、即座に足をふるう。クラードは思い切り蹴り飛ばされてしまう。
近くの壁に当たったクラードが首を振る。
「おい、おまえ! そっち行ったぞ!」
女性の叫びを聞いたクラードが、顔をあげた。
青年はクラードへと突撃していた。クラードは急いでかわそうとしたところで、土の壁が出現した。
その壁は形をかえ、青年の体を飲み込み、完全に拘束した。
遅れて、鎧を揺らしながら一人の男がやってきた。
「……フレア様。勝手に城を抜け出すのはおやめください」
「オリントス、なんだよ、追ってきてたのかよ」
「当たり前じゃないですか」
フレア、と呼ばれた女性が振り返った先にはオリントスがいた。
オリントスと目があい、クラードは驚く。どうして彼がここにいて、フレアは一体――。
「……フレア、もしかしてお前」
アリサには姉妹がいる。
その話を聞いていたクラードはある予想をした。彼女は、火の勇者なのではないだろうか。
オリントスが連れてきた騎士たちが、土の手につかまっていた青年を気絶させる。
だが、青年の腕はもはや青年のものではないかのように、いまだに暴れている。
騎士たちは、その腕を切り落とした。そうするしかないのだろう。
ようやく腕は動きを止め、オリントスがため息をついた。
「……また、魔強化ポーションの被害者か」
「……なんですかそれは?」
「今、聖都で問題になっているものだ。……肉体強化ポーションと似ているが、その強化はあまりにも異常だ。……これをみればわかるとおりにな」
「……そう、ですね」
オリントスはちらとフレアに視線を向ける。フレアはじーっとフィフィを見ている。
フィフィもじーっとフレアを見ていた。
にこっとフレアが笑みを作った。
「こいつが、オレの妹か……。なるほどなぁ」
「……おねえちゃん?」
「まあ、そうみたいだな。あたしも、詳しくは知らねぇんだ」
「……しらないのか?」
クラードはフレアの言葉に首を捻る。
フレアはあーっと頭をかきながら、笑みをこぼした。
「まあ、会ったことはあるんだけど……なんていうか、ずっと昔だったからなぁ」
「……ずっとむかし? だって、五人はスラムで暮らしているときに拾われたんだろ?」
「おう、そうだぜ。そんでまあ、さすがに五人もっていうのは王族の立場だと難しいって話で、一番年上だったアリサ姉ちゃんを王女にして、オレたちは姿を隠していたんだ」
「……ああ、そうだな。アリサがそんな話をしていたけど」
フレアはフィフィに笑みを向けていた。クラードは腑に落ちないことがいくらかあったが、はぐらかされてしまった。
オリントスはゆっくりと頭を下げる。
「クラード……フレア様を助けてくれたことは感謝している、ありがとう」
「あ、ああ……それはたまたまですよ。別に、俺が何もしなくても助かっていたと思いますし」
騎士はいたし、フレアだって自力で動けていた。
オリントスの態度に、クラードが困惑していると、フレアが首を捻る。
「クラード? ……ああ、それってあれか! アリサ姉ちゃんが連れてきた、男だ!」
言い方に思わず吹き出す。周りにいた騎士たちも驚いた顔をしている。
ここには事情を知らない騎士もいる。オリントスが頭を抱えていた。
そんなこと一切気にしていないかのように、フレアはクラードへと近づいていった。
「へぇ……なるほどなるほど。まっ、オレも世話になるかもしれねぇから、よろしくなー」
「あ、ああよろしくお願いします」
フレアと軽く握手をしていると、オリントスが声をあげる。
フィフィがフレアの服の裾を掴み、見上げる。それを見て、フレアは「可愛い」とぎゅっと抱きしめる。
されるがままのフィフィだったが、穏やかな表情であった。
それを見ていたオリントスが、小さく息を吐いた。
「明日の試合、加減をするつもりはないからな」
「……わかってますよ」
「……それだけだ」
オリントスは騎士たちに指示を出し、事後処理へと当たる。
クラードはオリントスへと視線を向ける。先ほどの青年への対処は見事だった。土の勇者の力の片鱗を見たクラードは、明日の試合へ不安を抱きながらも、同時に興奮していた。
勇者スキル持ちと、本気で戦ったことはなかった。今、どれだけ通用するのか、単純に知りたかったのだ。
ダメだったらそこまでの実力しかないということだ。クラードは頬を叩き、笑みをこぼした。