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隠しプロローグ



「レイス、キミのおかげで飛行船の開発は順調に進んでいるよ」

「私、というよりもあの魔石のおかげではないでしょうか?」

「確かにあの魔石の発見は大きな進歩にはなったがね。それを実用できるように変換させたのは、間違いなくキミのおかげだ。いやぁ、冒険者なんてやめて、正式に科学者にならないかい?」


 白衣を着た男性はレイスに笑みを浮かべる。

 それに対して、レイスは苦笑を返すしかない。 

 白衣の男性はレイスの上司に当たる人間だ。名前をリキッドという。


 リキッドの背後にあった窓からみえる外は、真っ暗だったが、レイスたちがいる部屋は明るかった。

 魔石を利用した明かりが、部屋どころか研究所のあちこちに設置されていて明かりが保たれている。


 聖都の魔石は他の都よりも質の良いものを使っている。

 土の都では、一部の遺族の屋敷にしかないようなこの明かりが、聖都の街ではごく当たり前だ。


 そのおかげか、聖都は夜でも非常に明るく、夜のない都といわれるほどだ。

 聖都の技術は今も先へと進もうとし、機獣などがいた時代に追いつこうとする勢いだ。

 リキッドが顎に手をやり、首を傾げた。


「それで、なんだったか? この魔石はレイスが見つけたのではなくて、その友人が見つけたのだったか?」

「はい。オレの親友です」

「はー、そうなのかい。その子も同じ冒険者なのかい?」

「……そう、ですね。彼も冒険者です」


 学園を離れたとはいえ、クラードは冒険者を諦めてはいない。

 リキッドは考えるように顎へと手をやる。


 レイスはそんなリキッドをじっと見る。何度見ても、やはり彼は眼鏡をかけ、かなり老けてみえた。 

 彼の実際の年齢は三十歳であるが、目の下にある濃い隈も影響してか五十歳といわれても納得できるほどだ。

 身に着けているよれよれの白衣もまた、彼の性格をよくあらわしていた。


 リキッドは申し訳程度に白衣を調える。そろそろ時間だ、といわんばかりの仕草だ。

 レイスは耳を澄ました。かつかつと床を鳴らすようにして、人が歩いてくるのが聞こえた。


 扉を押し開け一人の女性がレイスたちのいる部屋へと入る。女性の研究者だ。

 長い髪は、一切手入れをしていないのか、あちこち跳ねている。

 目から力は抜けている。身につけている白衣には薬品でも跳んだのか、穴があいたままだ。


 レイスも、名前だけは聞いたことがある女性だ。

 クロイソートと呼ばれる、この聖都でもっとも優秀な科学者だ。


 リキッドの研究者仲間であり、上司にあたる人物だ。

 クロイソートはやる気のない目を細める。

 レイスは身震いした。普段それほど緊張するタイプの人間ではない。

 そんな彼でも、研究者のトップとこうして対面するのは、僅かながらに体が硬直していた。


「リキッド、そいつが優秀な新米なんだったか?」

「はい。オレが見つけたんですよ。飛行船の長期航行が可能になるかもしれないってなったのも、レイスのおかげなんですよ!」

「はぁ、なるほどな」


 クロイソートの両目が細くなり、レイスを射抜いた。

 まさしく、値踏みするような目だ。

 レイスは小さく咳払いをし、喉の調子を整えながら、頭を下げた。


「レイスです。今は学園で冒険者として仕事をしています」

「そうか。レイス……でおい、おまえ」

「リキッドですよ! 師匠、まったく俺の名前のこと、いい加減覚えてくださいっすよー」

「この世には覚えなければならないことがたくさんあるんだ。てめぇごときのために、記憶領域を使いたくはねぇんだよ」

「四文字! たかだか四文字じゃないっすかー。そんくらい覚えてくださいっすよー」

「文字は四文字だとしても、覚えるまでの労力は何十倍もかかるんだよ」

「俺ってそんな覚えにくいっすか……?」


 がくりとうなだれたリキッドに、レイスは苦笑する。彼女らのやり取りは、クラードとラニラーアに似ている。

 クロイソートは白衣を翻し、廊下を進んでいく。無言でありながら、ついてこいと、いった態度が表れていた。


 レイスたちはクロイソートの後ろを歩いていく。

 廊下は一面白色の壁だ。鏡のように顔が映りそうなほど、壁や床は綺麗だ。聖都の街はこのような建物が多い。


 レイス経ちの足音だけが廊下に響いていく。

 クロイソートはある一室の前止まる。そこは、一部の人間以外立ち入ることのできない場所だ。

 魔力のこもった特殊な鍵を指すことでのみ、扉が開く仕組みになっている。


 クロイソートはポケットから取り出した鍵をそこに差し込む。

 扉の先に進むと、そこには地下へと続く階段がある。

 迷宮を彷彿とさせる螺旋階段を下りていくと、今度は真っ直ぐの通路だ。


 長い道のりに、たまらずレイスが訊ねた。


「この先は一体何をしているんですか?」


 リキッドへの質問だったが、答えたのはクロイソートだった。


「ついてくればわかるよ。リキッド、先にいって明かりをつけてこい」

「わかってますよ!」


 クロイソートはリキッドを当たり前のようにこきつかい、駆け足で向かう。リキッドはそれをむしろ喜ぶように、普段のやる気のない顔からは想像できないほどの動きで向かっていく。


「聖王様からな、ある依頼を受けているんだよ」

「……依頼、ですか?」

「ああ。聖都の研究者から、優秀な奴らを選んで、その実験が行われている。これも何度かのつまずきこそあったが、順調に進んでんだ。ま、ラピス迷宮で過去の情報を持ってこれたってのが一番大きいな」

「……ラピス迷宮、ですか」

「まあ、その話はどうでもいいんだ。何の実験かは見ればわかるさ」


 ポケットに手を突っ込み、暗い通路を歩いていく。

 やがて、通路に明かりがついた。

 先の部屋から、リキッドが顔を見せ手を振っている。


 その部屋にたどりついたレイスは眉間に皺を刻んだ。

 部屋の中は、非常に広かった。

 白を基調とした部屋は、先ほどいた研究室と同じような造りをしている。

 薬品の臭いがレイスの鼻をつつく。しばらくいると服に臭いがつきそうなほどだ。


 いくつもの試験管が並び、その中には子どもとともに緑色の液体が入っていた。

 試験管では気泡が浮かんでは消えを繰り返す。


 中にいる子どもは、裸の女性だ。髪の色は様々だ。赤、緑、茶、青、そして銀色。

 意識があるのかは定かではない。

 そんな試験管がずらっと、部屋のあちこちに並んでいる。

 銀色の髪を揺らした子どもを見て、レイスは眉間を寄せたのだ。


 レイスは銀色の髪を持つ少女をもう一度みた。フィフィとそっくりだった。

 それどころではない。他の髪を持つ子たちも、すべてフィフィと似た顔をしている。


「ホムンクルスってのは聞いた事あるかい?」


 じっと見ていたレイスに、クロイソートが質問する。


「ええ、あります。ただ、まさか実際に行われているとは……」

「まあな。ホムンクルスに関しては、反対する人間も多い。だからこうして、秘密裏に行われている。」


 聞いたことはあった。

 ホムンクルスという存在は、ゴーレムに近い生き物だ。

 ゴーレムが魔石を心臓として生きるように、ホムンクルスも魔石を心臓代わりに生きることができる。

 魔石に込めた魔力がつきない限り、ホムンクルスは死なない。


 ホムンクルスの製造自体は前に一度会議が開かれたことがある。

 これには多くの批判があった。

 生命は竜神様から与えられたものだ。それを人間が、勝手に作るのは間違っているのではないか、と。

 人間の生活を豊かにする、という意見もあった。その話し合いはいつの間にかなくなっていた。


 申し訳程度にテーブルと本棚のあるスペースに行き、クロイソートが腰掛ける。

 そこには椅子が二つしかなく、リキッドが意気揚々と腰掛けると、クロイソートが彼を蹴り飛ばす。


 空いた一つの席をクロイソートが示す。

 レイスが迷っていると、クロイソートが顎をあげる。


「別に問題ないよ。ほら、座りな」


 クロイソートが用意した椅子に腰掛け、リキッドは床に座る。


「どうせだったら師匠の椅子になりたかった……」


 リキッドがぼそりと呟いた。

 レイスはクロイソートに目を向ける。

 聞けることを聞いておきたい。


「おまえ、あんまり驚いていないんだな」

「それは、そうですね。……研究者を目指す上で、一度は聞いた事がありますから。これはホムンクルスであっていますか?」

「ああ、そこに一発でたどりつくあたり、おまえも研究者だな」

「……ここにいる子たちは、みな生きているのですか?」

「生きちゃいるが、そう長くはもたねぇよ。ここにいるのは、全員ステータスの力に耐え切れなかった奴らだ」

「ステータス、ですか?」

「ああ。ラピス迷宮の調査をしたときにな、ステータスの力について解説された本があったんだよ。そんでもって、竜神の筆というアイテムもそこから発掘された。それらを基に、強力な魔石をつかい、人工的にステータスを作り出したのが、ここにいるホムンクルスたちだ」


 クロイソートが腕を組み、笑みを浮かべる。


「まあ、ホムンクルスの肉体自体も、過去のある子どもを参考にしているんだ。なんでも、世界でもっとも加護を受けた、『アリサ』という剣姫の体を参考にしたんだ。これらはすべて、土の都のラピス迷宮で発見されたものなんだよ」

「師匠、そんなに一度に話しても、ほらレイスがついていけませんって」

「……いえ、大丈夫です」


 レイスはリキッドの言葉に首を振った。

 ホムンクルスを作り、人工的にステータスを与えている。レイスは必要な部分だけを記憶していく。


「んでもって、おまえさんの呼んだのはこの竜神のステータスについて知りたいと思ってな。リキッドに聞いたが、おまえ、そういうのも勉強してるんだろ?」

「……ええまあ、独学ですが」


 過去のステータスについては強い興味が昔からあった。

 クラードがいなければ、一度フィフィの体にあるというステータスも調べたいと思っていたほどだ。


「そういう研究者ってなかなかいないんだ。んでもってあたしたちは最近、行き詰ってんだ。話し相手になってくれや」


 クロイソートの言葉に、レイスは小さく頷く。

 それから試験管のほうを見て、表情を固める。

 レイスはそれに付き合い、愛想笑いを浮かべながらも気が気ではなかった。


 フィフィはつまり、聖都が管理する貴重なホムンクルスだ。それが逃げ出し、クラードのもとにいる。フィフィよりも、長く付き合ってきた友人であるクラードの身を案じていた。

 話に一区切りがつき、レイスは用意された水を口に含む。

 そして、クロイソートが話していたことを訊ねた。


「ここで行われている実験なんですが、勇者を作り出すためにしているんですよね?」


 先ほどの話し合いの中で、クロイソートがそうもらしていた。

 彼女は深く椅子に腰かけ、足を組み替えて頷いた。


「聖王様は、勇者を作り出したいみてぇだったが、それほどの力になるには難しいみたいなんだよ」

「無理、ですか?」

「ああ、かつての勇者が持っていたような強い肉体ってのは、どうしても再現できねぇんだよ。その前に、どこかがぶっ壊れるだから、器作りに変更したんだよ」

「……器作りですか?」

「ああ。そのうち、聖都で勇者祭が開かれるだろ?」


 勇者祭は、かつての勇者たちが鬼神をしとめたとされる日に行われるものだ。

 聖都で開かれる大規模な祭りは、聖都の人間もそうだが、他の都の人たちも待ち望んでいるものだ。


「勇者祭の日は、もっとも勇者たちの魂が現世に近づく日でもある。かつていた五人の勇者たちの魂を、ホムンクルスの器に入れるために、清き聖なる体を用意しているというわけだ」

「五人の勇者……四人ではないのですか?」

「もともと、この実験は勇者たちが始めたものだ。未来に迫る鬼神復活の危機を止めるためにな。だが、一人の勇者は反対した。それによって、その勇者は竜神国から追われる身になったらしい。ま、わからないでもないがな」


 クロイソートがホムンクルスたちを見て肩を竦める。


「あたしも一応女なのかねぇ。こういう道具のためだけに作られている子をみているのはなんとも悲しいものがあるんだ」

「実験に情は必要ないですよ……。ま、騎士たちが道具のように使っているのをみたときは、俺もちょっと嫌な気持ちになりましたけど」

 

 二人は短く息を吐く。それからクロイソートはリキッドを蹴り飛ばす。

 「あたしとため息のタイミングを合わせるな」「そんな理不尽ですっ、でもありがとうございます!」、二人は仲が良いようだ。

 クロイソートは頭を一度かいてから、レイスを見た。

 

「というわけだ。もっと話をしよう。あたしの脳を刺激してくれ」

「……はい」


 レイスはクロイソートの勝気な笑みに、小さく頷いた。 



 〇



 レイスは眠い目をこすりながら、馬車に乗っていた。

 舗装された道を進む馬車は、時々小さな揺れこそあったが、比較的穏やかに土の都を目指していた。

 昨日は徹夜でクロイソートの話に付き合わされた。


 おかげで、満足に眠っていない。朝日が出ると同時、レイスはリンドリが届けた手紙を読み、土の都を目指した。

 手紙を届けてくれたのは、リンドリと呼ばれる小鳥だ。

 小鳥と同じく、手のひらに載るサイズのリンドリは、非常に賢い頭脳をもっている。


 餌さえあげれば、どこにでもとんでいってくれるため、身近な人間の手紙のやり取りの最には重宝する。

 何より、魔力を込めて呼べば、距離にもよるが十分もすればその呼んだ人の場所にたどりつく。


 クラード、ラニラーア、レイスの三人で訓練生時代から育てたリンドリは、今も当時と変わらない手のひらに乗るサイズだ。


 手紙を届けてくれたリンドリは、今レイスの膝の上で眠っている。

 レイスはあまり動物が得意ではなかったが、リンドリは一番レイスに懐いている。だいたい、いうもレイスの近くで飛んでいた。

 リンドリは気持ちよさそうに眠っていた。レイスもあくびが出そうになったが、首を振る。

 馬車についた窓から差し込む日差しに、目を細めながらレイスは手紙を取り出す。


『レイスへ。クラードが迷宮から保護されました。なんか女の子と一緒にいたのですけれど、これはどういうことですの? 追伸 おみやげは甘いものがいいです。ラニラーアより』


 おみやげを買う予定はなく、今の時間ではどこの店も開いていない。

 アイテムボックスから取り出した豆をリンドリの口元に近づける。

 眠っていたはずのリンドリは素早くそれを食べ終え、またすぐに眠りにつく。


 その背中を軽く撫で、窓から外を見る。

 聖都の町並みは、クラードたちと行ったラピス迷宮の比較対象になるくらいは整っている。


 土の都に近づいてきたことで、町並みがだんだんと落ち着いたものになっていく。 

 聖都の中央付近には、四階、五階の高層な建物があった。

 しかし、今は二階、三階だ。

 それだって、多くの場合は宿屋などに限られている。

 住宅街には、木造や石造の家が立ち並んでいる。


 クラードの暮らしている横に長い家屋は、実は土の都では珍しい。

 上下水道などは、水の都の協力もあり、随分と発達したが、場所によってはまだまだ整っていない田舎などももある。

 

 各都ごとに、それぞれの長所を伸ばすように技術が発展してきていた。

 土の都では、建築技術が発展してきた。

 今の聖都の町並みを造り出せたのは、土の都のおかげだ。


 やがて、土の都の門が見えてきた。

 聖都からは、門一つのみで行き来が可能となっている。

 門は夜間のみしまっているが、別に通行証の提示を求められることもない。


 明らかに、不振人物でなければ、あっさりと通り過ぎることができる。

 移動に使われる馬車などは、それこそ何の問題もなく通過可能だ。

 土の都にたどり着いたレイスはほっと息を吐く。やはりここが一番落ち着く。


 それからすぐに乗り合い所に到着し、金銭を支払ってからレイスは街を歩いていった。

 考えるのは聖都であったホムンクルスの話だ。


 レイスは聖都で調べたラピス迷宮に関する地図を思い出しながら、学園へと向かって歩いていった。

 土の都内を走る馬車を乗り継いでいくこともできたが、考える時間が欲しかった。



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