第五十一話 護衛
「護衛って……どういうことだ?」
クラードは彼女の言葉に首を捻るしかない。今のクラードはただの冒険者だ。
「そのままの意味よ。護衛というよりは私兵、というところかしらね」
クラードが頭をかき、眉間に皺を刻んでいると、ブレイブがこほんと咳払いをする。
「……アリサ様に限らず、貴族というのは護衛をつけるものが多いんだ。今までは、遊撃部隊――聖王直属の近衛騎士隊から手の空いているものがアリサ様の護衛を行っていたのだが――」
「どいつもこいつも使えないのよね」
アリサが肩を竦めてみせた。
「……アリサ様が仕事をたくさん頼むものでな。例えば、街に行っての買い物だな。そういった、おおよそ護衛がする必要のない仕事も頼んでいたものだから、護衛のほうが嫌になってきてしまってな。……それでも、仕事である以上、こなしてはいたのだが」
「態度に出てくるのよ。面倒くさい、っていう感じのがね」
「……というわけだ」
アリサはふんぞり返るように腕を組む。どこか演技のような大げさな動きだった。
クラードはとにかく彼らの話をまとめた。
「つまり、護衛というよりも雑用が欲しいってことか?」
「そうともいうわね」
ずばっと言い放ったアリサに、クラードは頬を引きつらせた。彼女にこき使われたくはなかったが、クラードはちらとフィフィを見た。
「どうする? 受ける? 受けない?」
「……フィフィはどうなるんだ?」
「フィフィ? そうね、国に戻ってくることになるわ」
「……そうなの?」
「そうよ。あなたはあたしの大切な家族なのよ。目の届く場所にいないと駄目だわ。それに、もうすぐ勇者祭もあるわ。あたしたち勇者は、その日にそこにいないといけないのよ」
アリサは唇をぎゅっと閉じる。ブレイブがちらとアリサの表情を見たが、すぐに顔を前に戻した。
「……うん」
アリサの性格は先ほどの会話で十分見たが、フィフィを心配しているその姿は本物だった。
フィフィの不安げな瞳を見て、クラードは頭をかく。これはチャンスでもある。この機会を活かすしかない。
「アリサ……俺にもやりたいことがあるんだ」
「やりたいことって何よ」
「……俺は冒険者として有名になって、外の大陸の調査部隊に入りたいんだ。だから、その……おまえの護衛をしっかりこなしたらでいいんだ、推薦とかしてくれねぇかな?」
クラードの言葉にアリサは意外そうに目を丸くする。
ブレイブがぴくりと眉根をあげた。
「……あんな部隊に入りたい人がいるのね。最近じゃあ、ほとんどいないものだから、ロクに調査も進んでいないのよ?」
アリサの後、ブレイブが首を傾げた。
「クラード、それはもしかしてアステルのことが――」
「いや、師匠はどうせどこかでのんきに生きていますよ。……それよりも、父さんも外にいるかもしれないんです。だから、探しにいきたいんです」
真っ直ぐにブレイブに視線を返してから、クラードは言い切った。
ブレイブは口をぎゅっと結んだ。
「……おまえには、騎士になってもらいたかったんだな。そして、いずれは近衛騎士隊に入ってもらおうと思っていたが。今回の一件で、おまえのことはあちこちで噂になっていたしな」
「……本当ですか?」
「ああ。この前の戦いをみたわけではないが、ラニラーアと協力して魔王を退けたと聞く。街に聞いて回れば、おまえの名前をあげる者も多くいた。それほどの実力があるのならば、と思って私も声をかけようと思っていたんだ」
「ブレイブ、勝手なことするんじゃないわよ。クラードはあたしのよ」
「……そうですね」
いや、まだ決めたわけじゃない、とクラードは喉元まで出かけた言葉を押し込んだ。
「あんたのこと、気に入ったわ。あんたの夢の手伝いもしてあげるわ。だから、思う存分あたしの手ごまとして仕事をしなさい」
アリサが髪をかきあげ、勝気に笑った。
クラードは一度目を閉じる。そして、父と師匠の顔を思い出してから、頷いた。これが夢にもっとも近い可能性ならば、今頷くしかない。
「ああ、わかった」
調査部隊に入れる可能性があるのなら、なんでもやる。
アリサは、その笑みを濃くする。
「それじゃあ、明日には聖都に出発するわよ。聖都に戻ったら、みんなに教えてやらないといけないわね。ああ、そういえばもうそろそろ舞踏会も開かれるわね。そこで大々的に発表すればいいわね」
「ぶ、舞踏会?」
「そうよ。護衛として参加するのよ」
ふふんとアリサが調子よく笑った。
クラードは思わず頬を引きつらせる。舞踏会は貴族が出入りする場だ。一生縁がないと思っていたからだ。
「……クラード、アリサ様はその……おてんばというかわがままというか……とにかく、頑張るんだぞ」
ブレイブが小さくいった。応援する言葉に、クラードもまた軽くうなずいた。
「わ、わかりましたけど……明日いきなり聖都に行くのか……」
「聖都に戻って、舞踏会のあとは、早速仕事をしてもらうことになるわ。今のうちに十分体は休めておくことね」
ふふん、とアリサは調子よく笑った。それからフィフィに顔を向ける。
アリサのその表情は、先ほどとは少し違った。フィフィとの距離を計りかねている、そんなように見えた。
「フィフィ……その、フィフィも一度城に戻ってくるといいわ。他の姉妹にも会ってみたいでしょう?」
「……うん」
「そう。それなら、いいわ」
アリサは小さく息を吐く。その安堵した様子に、クラードは違和感を覚える。まるで、今日初めて会ったかのような態度だった。
フィフィもまた難しい顔をしていた。彼女がどうしてそんな顔をするのかわからない。記憶こそ戻っていないようだが、家族と再会することができたのだ。もう少し喜んでも良いはずだ。
「それじゃあ、あたしからしたい話はこんなところね。具体的に何をしてもらうかっていうのは、まあ護衛になってからでいいわよね?」
「それで大丈夫だ」
「それ以外で、何か聞いておきたいってことある? 別に、聖都に行ってからでもいくらでも質問しても問題ないけど」
「今のところは、思いつかないな」
「そう。それならいいわ。今日呼び出したのはそのくらいだわ。明日、聖都に戻るから今日中に準備はしなさいよ」
アリサは短く息を吐いた。
クラードたちもこれといった用事はない。
部屋を出た後、ラニラーアはクラードの手を掴んだ。
不意の行動にクラードは驚きながら顔をあげた。ラニラーアの満面の笑顔がそこにはあった。
「クラード! やりましたわね!」
「……まあ、な」
ラニラーアに笑顔を返す。実感はまだなかった。
けれど、ようやく夢への一歩を踏み出すことができた。
ラニラーアに言われたことで、クラードはよりそれを強く意識した。
だが、あくまで夢に近づいただけだ。そこから先へ行くには、今まで以上の努力が必要となる。
改めて決意を固め直した。
○
その日の夜。クラードたちは騎士の宿舎に泊まっていた。
明日の朝すぐに出発するため、騎士の宿舎に泊まらせてもらったのだ。
ぼふっとベッドで横になり、クラードはアリサとのやり取りを思い出していた。
正直な気持ちとしては、嬉しいし、チャンスだとも思っている。
夢に一歩近づけた。アリサの護衛としての仕事をこなせば、調査部隊にもきっと入れる。
魔王カルテルとの戦いも、自信となっていた。
今までは、曖昧だった夢が、形となっていったのがわかる。
調査部隊に入るには、難易度の高い依頼をこなし続けるくらいしかなかった。
しかし、アリサの護衛は、冒険者で有名になるよりもずっと可能性は高い。
クラードにはいくらかの不安もあった。アリサの求めるほどには達していないかもしれない。それでも、やれるだけのことはやってみせる。
クラードが横になったとき、ノックの音が響いた。
控えめなノックだ。この宿舎で訪れる人間といえば、ラニラーア、フィフィくらいのものだ。
だから、ノックの仕方で誰かわかるようになっている。クラードは靴を履き直し、扉をあける。
扉ががちゃりと音をあげる。小さな少女がそこにはいた。
「フィフィ、どうしたんだ?」
「ちょっと話したくて」
フィフィは簡素な服に身を包んでいる。そんな彼女はどこか表情が暗かった。
クラードは心配で彼女を部屋に入れる。クラードがベッドに腰掛けると、フィフィも隣に座った。
二人分の衝撃を受けたベッドが元の形に戻ったところで、フィフィが顔をあげた。
「……クラード、わたしどうなるのかな?」
「……どうなるって……そりゃあ、城に戻って王女様、とまではいかなくてもそれに近い立場になるんじゃないか? 勇者なんだしさ」
フィフィに関しては、はっきりとどうなるのかは分かっていない。
五人しかいないうちの一人の勇者だ。
フィフィはぶんぶんと首を振る。そうじゃない、という反応にクラードは戸惑った。
「もうクラードやラニラーアと一緒に冒険はできないのかな?」
もとはいえは、フィフィは金がなく、行くあてもなかったから冒険者をしていた。だから、フィフィのこの反応にクラードは驚いた。
「……今までよりは、自由じゃなくなるかもしれないけど。けど、フィフィのことを『王女』としては扱わないって話だったろ? だから、またそのくらいはできるんじゃないか?」
あくまで予想でしかない言葉だったからか、フィフィの表情は晴れない。
彼女は家族や友達、記憶を探していた。それのきっかけが見つかったにも関わらず、今は不安そうだった。
「まだ、よくわからない。記憶も大事だし、昔も大事で、友達、家族も大事で……全部、全部大事なのはわかる。けど、一番大切にしたいのは、今、なの。クラードやラニラーアたちと一緒に冒険していたときが、すっごい楽しかったから……それがなくならなかったいいな」
「……そうだな」
フィフィの言いたいこともわかる。けれど、せっかく再会できた家族がいる。
そう深く考えたとき、もやもやとしたものがいくつもあった。
フィフィの謎のすべては消えていない。
――どうして騎士を恐れていたのか。記憶はどうすれば戻るのか。
確かにフィフィに関しても前に進んでいる。けれど、すべてが解決したわけではない。
小さい体をさらにぎゅっと縮めるようにしていた彼女の頭を軽く撫でる。それで少しでも、不安が除きたかった。
「大丈夫だ。俺もアリサの護衛になったんだ。だから、まだ近くにいることはできる」
「……うん」
フィフィはクラードの体に体重をかける。
フィフィの軽い体を受け入れながら、クラードは短く息を吐いた。




