第五十話 疑念
魔王カルテルによって襲われた水の都の事件は、すぐに他の都へも伝わって行った。
聖都新聞の号外が配られ、人々はその存在を知ることになる。
鬼魔に対する恐怖、鬼神の復活……様々な不安が渦巻いている。
まさに事件の渦中にあった水の都は、他の都よりも落ち着いていた。
それは、鬼魔と戦ったこと、魔王カルテルを撃退した現場をみた者が多くいるからだった。
「あっ、クラードさん。お待ちしておりました」
騎士の宿舎にいた騎士が、クラードを見つけ、そんな風に呼んだ。
その対応に、クラードは頭をかく。
「……そ、そんな丁寧にしないでくださいよ。慣れないんですから」
「そんな……我々の水の都を守ってくれた人なんですからこのくらいは当然ですよ!」
「俺はラニラーアを手助けしただけですから……っと、アリサ様に呼ばれてきたんですけど――」
「はい。話は聞いています。案内しますのでついてきてください」
クラードは騎士の背後をついていく。
そんなとき、クラードの服をフィフィが引っ張った。
「クラード、アリサに話聞けるかな?」
「そりゃあな」
クラードは魔王カルテルを撃退した後を思い出していた。
アリサとフィフィの容姿が似ていることについて、クラードは聞きたかった。
しかし、アリサやブレイブはすぐに街の沈静化に向けて動き出してしまった。そんな二人に声をかけることもできず、またクラードたちも街に残っている鬼魔たちを倒すために協力していた。
すべてが解決したあとも、忙しさは変わらない。
ようやく一段落がついたところで、クラードたちのもとに騎士がやってきて、こうして足を運んだのだ。
「ラニラーアはいるかな?」
「いたらいいな」
ラニラーアは都を救ったことで、聖女様、と呼ばれていた。その容姿も関係しているだろう。
未だ立ち直れていない人々を元気づけるため、ラニラーアは水の都を駆け回っている。
「誰かを見返してやりたい、吸血鬼を悪くみないでほしい」。
それが夢だったラニラーアからすれば、大きな一歩となった。
「ラニラーアさんなら、今日一緒にアリサ様とお話を聞くはずでしたので、いると思いますよ」
「そうだったのか。ってことは久しぶりの休みでもあるのか」
「……そうですねぇ。ラニラーアさん、忙しそうでしたからねぇ」
騎士の宿舎を歩いているクラードとフィフィは、騎士たちの注目の的だ。
クラード達を見つけた騎士たちが、声をかける。
クラードもまた、あれだけの戦闘をしたのだ。ラニラーアほど派手さはなかったが、聖女を最後まで支えた者として、あの場にいた人々に好意的な感情を持たれていた。
騎士たちは余っているお菓子をフィフィに渡していく。
お菓子を大事に持っているフィフィに、クラードは笑みを向ける。
やがて、扉のほうにたどり着く。
そこにはブレイブがいた。
「ああ、クラード、フィフィ久しぶりだな」
「ブレイブ様……お久しぶりです」
「来てもらってすぐで悪いのだが、ラニラーアを呼んできてくれないか? まだ来ないんだ」
「……ラニラーアですか?」
「ああ。最近は一日中騎士としての仕事をしていたからな。……おそらく疲労がたまっているのだろう」
ブレイブは顔を伏せながらいった。
「わかりました」
クラードはラニラーアの部屋の場所を聞き、そちらに向かう。
ラニラーアの部屋の前についたクラードは、すぐにノックをした。
「らにらーあ、起きているか? 俺だ、クラードだ」
「わたしもいる」
「……クラードとフィフィですの? 入っていいですわよー」
クラードは力のこもっていない声に驚く。随分と疲れているようだ。
クラードは街でラニラーアを見かけた時を思い出した。彼女は老若男女に声をかけられ、一人一人に笑みを返し、時には握手もしていた。
それが今のラニラーアに与えられた、水の都の人たちを元気付けるための仕事だ。
扉を開けると、ラニラーアがベッドで横になっていたのが見えた。
顔だけをぐるっと動かしたラニラーアは目を半分閉じていた。
クラードはアイテムボックスを確認し、おにぎりをとりだす。それは昼食として用意していたものだ。
ラニラーアの目の前に置くと、彼女は途端に目の色を変える。ばくばくと食べていき、やがて満足したような笑顔を浮かべた。調子を取り戻したように腹をなでる。
クラードは近くの椅子に腰掛け、フィフィはラニラーアのいるベッドに座る。
「クラードありがとうですわ!」
「元気が出たならよかったよ、聖女様」
「……そ、それを言うのはやめてくださいまし」
唇をぐっと締め、ラニラーアは視線を外に向ける。
羞恥というよりも、仕事を思い出してしまった。そんな顔のようにみえた。
「悪い悪い。街で見たときは、随分と引きつってたよな、おまえ」
街で見たラニラーアの笑顔は人を元気づける力があった。
ただ、先ほどの食事を終えたあとの無邪気なものとは決定的に違う。
「……なんていうか、笑うようにしなきゃって思うのは難しいんですわよ」
「そういうものなんだな。まあ、今日は一日休みみたいなもんなんだろ? 準備ができたらアリサ様のところに行こうぜ」
「わかりましたわ。少し外で待っていまして」
ラニラーアが近くのタンスに向かっていく。
ラニラーアが着替えるため、クラードは廊下で待っていた。
フィフィは部屋に残っている。
「ふぃ、フィフィ……ちょっと胸をつつくのやめてくださいまし!」
「……おっぱい、柔らかい。わたしのと全然違う」
「そんな研究者みたいにじっくりと見るのやめてくださいまし!」
クラードは扉に耳を当てる。何やら興味深い話が聞こえたのだが――。
クラードはしばらく扉に耳を当てていた。
しかし、足音が近づいたところで、クラードはささっと体を戻した。
フィフィとラニラーアが部屋から出る。ラニラーアはいつものラフな格好だ。
すぐにアリサがいる部屋へと移動する。ラニラーアが先行し、ブレイブの前へとついた。
ラニラーアは急いで頭をさげる。仮にも寝坊をしたのだ。それを謝罪する必要があるのだ。
「ブレイブ様、申し訳ありません。……寝坊してしまいました」
「いや、今日は休みなんだ。それを無理いってきてもらっているんだからな。中に入ろう、アリサ様が待っている」
ブレイブが軽く扉をノックすると、すぐに扉は開く。
「ブレイブもいるのね」
アリサは眉間に皺を刻んで、ブレイブを見た。
「……ええ、まあ。私は今、あなたの護衛のような立場ですからね」
「そうね。あんたたちの部隊はそれが仕事だものね」
「……ええ、まあ」
ブレイブは表情をそのままにして、頭を軽く下げた。
アリサはふんと鼻を一度鳴らす。その視線がクラードを捉えたところで、笑みを浮かべた。
「よく来たわね。歓迎するわ」
「……まあ、聞きたいこともありましたし」
「そうでしょうね」
アリサがフィフィを見る。
クラードはアリサとフィフィを見比べる。やはり二人は似ている。
――姉妹だろうか?
その疑問は、今日この場で聞くつもりだった。
クラードは小さく息を吐き、中へと踏みこんだ。
部屋は長いテーブルが二つくっついている。そこに椅子が六つあった。
部屋の入り口に会議室と書かれていたなぁ、とクラードはきょろきょろと視線をさまよわせていた。
「そう険しい顔をしないでちょうだい。あたしがいくら王女様だからって、今はあんたたちと同じただの人間なのよ?」
「……そ、そんなに険しい顔していますかね?」
「ええ。もう聞きたいことがたくさんあるって顔ね」
アリサが笑みを浮かべながら口元を手で隠す。
「好きに座ってちょうだい」。アリサは空いている椅子を示す。
クラードとフィフィはすぐに腰かけ、ラニラーアも一礼の後に座った。
それが騎士としては正しい態度だったのかもしれない。
ブレイブは席に腰掛けることはせず、アリサの近くに待機していた。
やがて、メイドがノックの後に入室し、飲み物とお菓子をテーブルに置く。
メイドが去ったところで、アリサが一つお菓子を掴んで、口に運んだ。
「まあ、これは別に堅苦しい話じゃないってわけよ」
そうはいっても相手は王女だ。すぐ近くにはブレイブも控えている。態度を崩すのも難しかった。
「何から、話しましょうかねぇ。色々と話したいことはあるのよ。この前の事件のこととか、あたしがあんたに頼みたいこととか、本当色々ね。……けど、それより何より、フィフィが色々と聞きたいみたいね?」
アリサはちらと、フィフィに視線を向ける。
フィフィはこくりと頷き、クラードを見る。
「フィフィ、好きに質問していいよ。おまえの、大事なことなんだからな」
「……うん。アリサ……えっと王女様」
「アリサでいいわよ。こんな場所でまで、みんなに畏まられたら、落ち着く場所がなくなるわ」
ひらひらとアリサはあっけらかんという。
クラードは頬を引きつらせながら、フィフィを見る。フィフィは相手の立場を良く理解していないため、普段通りの調子だ。
「アリサ、わたしのこと知っているの?」
「知っているわよ。……フィフィはもしかしたらよく覚えていないかもしれないけどね」
「覚えていない?」
「一応、わたしたちは姉妹なのよ。他にも、後三人いるわ」
「……姉妹。家族、ってこと?」
「ええ、そうね。……あんまり実感はわかないかもしれないけど、あたしはあんたのお姉ちゃんってことよ」
アリサの言葉に、フィフィはこくこくと頷く。つまりそれは――。
「フィフィは、王女様ってことですか?」
「……」
「……なんで無視するんですか?」
「普段通りの態度でいいって言ったわよね。それにするまで話してあげないわ」
クラードは鼻を軽くひくつかせる。
ちらとブレイブを見ると、目をつぶり小さくうなずく。アリサ様はいつもこうなのだ。まるでブレイブがそう呟いたかのような呆れた表情だった。
「……アリサ、つまりフィフィは王女様ってことか?」
「……そう、なるわね。一応は。ちょっと難しいところ、ではあるんだけどね」
「どういうこと?」
フィフィが首を捻る。
「あたしを含め、あたしたちは全員拾われたのよ。あたしは水の勇者の力を持っていたから、それでね」
「アリサ様、あんまりそういうことをぺらぺら話すのは……」
ブレイブがそう諌めると、アリサはべーっと舌を出す。
「わかっているわよ、頭でっかち」
「あ、頭でっかち……」
ブレイブががくりと肩を落とす。
アリサは、フィフィに笑顔を向ける。
「まあ……拾われた立場だからあまり、ね。そんなに何人も王女様、だなんていうのもね。だから、王女は長女のあたしだけになっているわ。……けど、一応みんな城で暮らしているわ。一部の人間以外は知らないと思うけれどね。だってみんな、勇者の力を持ってるからね」
「ってことは……わたしも、勇者の力を持っている?」
「そうよ。フィフィも魔法の力を持っているでしょ? それと、腹の紋章ね」
アリサの言う通り、フィフィはその二つを持っていた。
「うん……そう」
「だから、あたしたちは本当の勇者ってことよ。勇者スキル、とはまた違った、ね」
「そう、なんだ」
フィフィがぐっと胸に手をあてる。それからフィフィはラニラーアを見た。
「……わたしも、魔王と戦う」
ぽつりとつぶやいたフィフィは、唇をぐっと噛んだ。
クラードは僅かに震えたフィフィの肩を軽くつかんだ。
アリサは短く息をはき、首を傾げた。
「フィフィの聞きたいことはこの辺りかしら?」
「……うん」
アリサとクラードの視点がぶつかる。
クラードも聞きたいことは山ほどあった。
「なあ、フィフィはなんで土の都にいたのかわかるか?」
「さぁ……あたしはわからないわね。行方不明になって、秘密裏に探していたのよ。……まあ、あたしたちの存在はそこまでおおっぴらにしたくないっていうのが聖都の本音なのよね。対外的には、勇者の力を持っている王女はあたしだけ、ってことになっているのよ」
(……なんで、勇者を隠そうとしているんだ? だって、勇者ってみんなの希望みたいなもんだろ? 実際、師匠やブレイブ様は、大々的にその力を示してきたじゃないか)
クラードはアリサの言葉に疑問を抱く。それを質問するより先に、ブレイブが口をはさんだ。
「あ、アリサ様……あまりそういうのは――」
「うっさいわね、ブレイブ。そんなんだから、あんたもうすぐ四十になるのに独身なのよ」
「そ、それは今言わなくてもいいでしょうっ!」
ブレイブが声を荒げ、それからこほんと咳払いをする。
普段の真面目な姿しか見ていなかったため、意外だった。
「それに、ここにいる人たちは全員聖都側の人間みたいなものじゃない」
「確かにラニラーアとフィフィはそうかもしれませんが、クラードは――」
「フィフィに関してはこのくらいね。……あたしもクラードに頼みたいことがあったのよ」
「……俺にか?」
クラードが首を捻ると、アリサは笑みをこぼす。
「あたしの護衛として、聖都に来なさい。王女命令よ」
アリサは今日一番の笑みを浮かべた。




