第四十九話 強化
カルテルは、地面を踏みつける。その顔は怒りで染まっていた。
クラードはラニラーアに簡単に作戦を伝え、攻撃を仕掛けた。
カルテルはそれらに対して衝撃を放つ。黒の衝撃は、確かに強力だが、カルテルは発動前に地面を踏む。
それが必要なのか、カルテルの癖かは不明だが、それを見てから十分回避は間に合った。
カルテルの攻撃の矛先は、クラードに向いていた。二度も攻撃を受けたことで、カルテルは苛立っているようだった。
カルテルは圧倒的な力こそ持っていたが、戦闘が上手ということはない。
クラードは地面を蹴り、跳躍する。
クラードのいた場所で小さな衝撃が生まれた。
逃げたほうへカルテルが回り込む。
カルテルの笑みが眼前に迫り、クラードは剣を振りぬいた。
カルテルが作り出した闇の剣とクラードの剣がぶつかる。
力勝負では負けている。先ほど限界突破によって二つの装備をダメにしてしまった。
その影響が大きく響いている。
「どうした! さっきから動きがどんどん悪くなっていくなっ!」
「別に……そうでもねぇよ!」
クラードはカルテルの剣を横に受け流す。よろめいたカルテルの腹へと剣を叩きつける。
剣が身に届くことはなく、クラードはすぐに後退した。
追撃を仕掛けようとしたとき、カルテルは地面を踏みつけ、衝撃を放った。
小さな爆発が起こり、クラードとカルテルは共に弾かれる。
クラードが膝をついて、首を振る。
その隙をつくように、カルテルが飛び込む。
クラードは急いで構えて、跳んでかわす。
カルテルの闇の剣は形を変え、鞭のようになる。しなりながら、逃げたクラードの体を打ち付けた。
「ちっ……!」
足に当たり、クラードは顔を顰めた。カルテルの笑みがますます濃くなっていく。
その脇から、ラニラーアが飛びこむ。
ラニラーアの突き出した剣を、カルテルは後方へ跳んでかわす。ラニラーアは火の力を巧みに扱い、カルテルの闇の鞭を飲み込む。
火と闇のぶつかりあいだ。
クラードには絶対に真似できない。まさに、力の差を見せ付けられているようだった。
ラニラーアが火を操るが、カルテルはそれ以上の速度で闇の鞭を振りぬく。
お互いに相手の攻撃をけん制し、最後は作り出した火の剣、闇の剣を振りぬく。
ぶつかりあった剣同士の衝撃が周囲を抜ける。
にやりとカルテルが笑みを浮かべる。カルテルが距離をあけ、片手をラニラーアに向ける。
その瞬間、衝撃がラニラーアのいた場所で巻き起こる。
今までのどれよりも威力が高い。
「……あいつ、うまれた衝撃を自分のものにして、発動しているのか?」
カルテルの力を分析しながら、隙をうかがう。
先ほどよりも範囲が広く、ラニラーアの回避が遅れる。
ラニラーアは衝撃に弾かれ、膝をついた。大きな外傷はない。
カルテルの闇の鞭がラニラーアへと襲いかかる。ラニラーアはまだ態勢を整えていない。
クラードはラニラーアを守るように割り込み、闇の鞭へと剣を振りぬく。
両手を襲う衝撃に、軽い痺れがある。クラードはなんとか鞭をさばききりながら、大きく息を乱した。
そうして、ラニラーアを見る。ラニラーアを見ながら、いつの間にか増えていた冒険者や騎士の数に目を見張る。
彼らはそれぞれが武器を構えながら、遠巻きではあるがカルテルを警戒している。
万が一、クラードたちが負けたとしても、彼らが次々に戦いを挑むだろう。
「……くっ、時間をかけすぎましたか」
カルテルもまた、周囲の状況に気づいたようだ。悲観こそしていないが、面倒そうな顔を作った。
ラニラーアとカルテルの戦闘は、昔夢見た勇者と魔王そのものだ。
それに飛び込んだのは、たいした能力もないクラードだ。それを想像し、クラードは苦笑していた。
ラニラーアもだいぶ疲弊していた。対するカルテルは、未だ余裕綽々といった様子だ。
ラニラーアの能力はやはり高い。最後の一撃は、彼女に任せるしかない。
ラニラーアの顔は真っ青だった。半ば、茫然としているようにも見えた。
ラニラーアは強い。その力は今までにほとんど負けたことがないほどだ。だからこそ、これほどの強敵を目の前にして、普段の様子を失ってしまった。
何より、負けられない戦いだ。負けた瞬間、そこには死が迫っている。
クラードはこの状況でも異常なまでに冷静だった。それは、ノーム迷宮を突破したこと、また絶望は過去に一度味わっているからだろうか。
クラードは固まったままのラニラーアを軽く小突く。
「びびってんじゃねぇぞ、ラニラーア」
「び、びびってないですわよっ」
「相手は確かに強いかもしれねぇけどな。俺とおまえなら絶対勝てる」
「でも……。クラード、今のわたくしでは、どうしても届きませんわ。……ですが、クラード、あなたならば……まだ今すぐに強くなれますわよね?」
ラニラーアは持っていた剣をクラードのほうに向ける。
さらに、アイテムボックスに収納していた四本の剣も取り出した。この状況で何ができるかを考え、最適を選ぼうとしている。
クラードはしかし首を振る。その行動は最適ではない。
「ラニラーア、俺の力全部おまえに預ける」
「……え?」
「装備操作は、俺以外の人間にも干渉できるのは知ってるだろ? ……それで、おまえの能力を一時的に引き上げる」
簡単にいえば、今クラードがやっていることをラニラーアに施すということだ。
その準備を、さっきまでの戦闘で行っている。他人の装備数に干渉するのは、多少難しい。だからこそ、用意に時間をかけてしまった。
普段から使い続けることは難しいが、一時的ならば使用は可能だ。
「そ、そんなこと出来ますの?」
「そう長くは難しいけどな」
今回は相手の装備の解除などのように、一度使えば終わるものとは違う。一時的なものならば使用は難しくないが、長時間干渉し続けるのは頭の回路を焼かれるような痛みがあった。
クラードは笑みを浮かべながら、周囲の騎士たちの武器も見ていく。
騎士たちの中にはロロの姿もある。彼女は、クラードのスキルを知っている。だからこそ、戦闘の状況を聞きつけ、こうして駆けつけてくれたのかもしれない。
元気のないラニラーアをからかうと、彼女は呆けた後に笑った。
「わかりましたわ。やっぱり、クラードはわたくしよりもずっと……強いですわよ」
「そんなことねぇだろ。結局最後は、ラニラーア頼りだ」
「……そういうのではありませんわよ」
ラニラーアが腰に手をあて、首を捻る。
「わたくしはどうすればいいですの?」
「戦ってくれていればいいぜ。おまえの攻撃したい時は、なんとなくわかるからな」
「さすが、ですわね」
ラニラーアは顔をあげ、カルテルを睨みつける。
彼は酷薄な笑みを浮かべ、周囲を見る。
クラードもちらと視線を周りに向ける。
騎士たちが剣を構え、カルテルは彼らに片手を向け、大きく宣言した。
「私は魔王カルテル。貴様ら人間の希望が目の前の二人というのならば、私はそれを破壊してみせよう」
カルテルが地面を踏みつけ、片手を上にあげる。
衝撃が周囲へと襲い掛かる。騎士たちが急いでかわす。それでも、彼らは街を守る騎士だ。最小の回避に努め、カルテルへと攻撃を放つものもいる。
カルテルに放った様々なスキルは、すべて闇の鞭で弾かれる。
カルテルはそれをみて、高笑いを浮かべる。
クラードとラニラーアは同時に地面をけった。
クラードの剣を、カルテルは闇の剣で受ける。
ラニラーアが脇から剣を振りぬく。
闇の鞭がそれを阻む。
闇の鞭がラニラーアの体を弾き、クラードは剣に振りぬかれる。
「貴様には、たっぷりとお礼があるんでな」
――来た。
クラードはラニラーアの剣を装備する。さすがに、彼女の剣は良いものだ。
カルテルの振りぬいた剣を弾き、その胸元へと腕を伸ばす。
「くっ!?」
カルテルが慌てたようすでかわす。先ほどよりも加速した攻撃に、戸惑っているように見えた。
クラードは一気に距離をつめる。連続で剣を振りぬいていき、カルテルを追い込む。
「舐めるなよ!」
「おまえこそ、俺を舐めんな!」
カルテルの体を闇が覆うと、その動きが一気に増す。
クラードが剣を振る。
カルテルは素早くかわし、蹴りを放つ。
それをクラードもかわす。
クラードは速度に割り振り、どうにかカルテルの動きに対応する。
連続の攻撃をぎりぎりのところでかわしていく。
闇の鞭も加わる。手数が増えれば、どうしてもクラードではさばききれない。
「ははっ! 所詮、貴様はその程度だ! これで、終わりだ!」
真っ直ぐに伸びた闇の鞭の先が、鋭く尖る。
クラードはそれを無視して、突っ込む。
紙一重で鞭をかわす。いくつか体を掠め、痛みに顔をゆがめながら、クラードは剣を振りぬく。
三度目だ。全力の一撃をその顔に叩き込む。
カルテルは闇をまとい、瞬時に身を固めた。
大きくその体をのけぞらせたカルテルは、もう一度顔を赤くし、激昂する。
クラードは鞭の痛みに耐えながら、カルテルを睨みつける。
「……この私が、人間ごと――っ! なんだこれは!?」
カルテルは言いながら、振り返る。
異常なほどにうねりくねった魔力が、ラニラーアからあふれている。
あまりラニラーアの魔法力は高くはない。もちろん、クラードと比べれば圧倒的だ。だが、ラニラーアは確実に勇者スキルの威力が、弱いほうだった。
その分、彼女は己の剣を磨きあげていった。もっとも得意な戦闘は、近接による斬りあいだ。
クラードは逃げるためのステータスだけを残し、すべての装備品をラニラーアに譲る。周囲にいた騎士や冒険者の装備も、ありったけを装備させた。
それによって、彼女のスキルはさらに強化される。
火の大剣は、水の都中央の塔にも負けぬほどだ。
――頼むから、街を焦土に変えてくれるなよ。
クラードは頬を引きつらせながら、急いで逃げる。
ラニラーアが地面をけると、カルテルよりも素早く移動する。
クラードは激しい頭痛に襲われる。
ラニラーアへの干渉の限界が来ている。クラードは視線を彼女に向ける。
「……街を破壊したこと、人を多く傷つけたことっ、許しませんわ!」
ラニラーアの振りぬいた火の一撃が、カルテルの体を飲み込み、吹き飛ばす。
火はすぐに止まる。熱量がそれほどなかったのは、ラニラーアがある程度制御していたからだろう。
爆発のようなものが起こり、あたりに風が吹き抜ける。
限界に達したクラードは、ラニラーアへの干渉をやめる。二度と使いたくはないと思うほどの頭痛と疲労が残っていた。
ラニラーアが軽く剣をあげ、肩に乗せる。
クラードもよろよろと立ち上がり、その横に並ぶ。
「やりすぎだっての」
「あなたが、魔法力ばかりを強化したからですわよ」
軽く拳をぶつけ、笑みをかわす。
クラードは装備を一人ずつ戻しながら、カルテルを吹き飛ばしたほうへ視線を向ける。
よろよろと影が動く。ぼろぼろになったカルテルが、膝に手をつくようにして立っていた。
クラードは眼を見張る。まさか今の一撃を耐えきるとは思っていなかった。
「人間……風情がァァ!」
叫び、カルテルが力を放とうとしたところで、その体がぐるりと曲がった。
腹が割れ、そこから二人が飛び出した。
「く……ああああ! 力が……抜けていくっ!」
カルテルの体からフィフィたちが弾かれた。
出てきたのはフィフィと、青い髪の女の子だ。
青い髪の女の子が王女様だろう。
クラードは彼女の容姿に驚いた。王女様を生で見たことは一度もない。絵などで何度か見たことはあったが、ほとんどないようなものだ。
そして、フィフィと並べばわかるが、二人はよく似ていた。髪の色などは違うし、顔も部分部分で違う。
けれど、まるでフィフィが成長した姿のようにも見えた。
「……あれが王女様なのか?」
「そうですわ。わたくしもクラードの気持ちはわかりますけれど、今は助けますわよ!」
「あ、ああ!」
クラードとラニラーアは即座に二人を回収する。
抱えるようにしてフィフィをつかみ、クラードは声を荒げる。
「フィフィ、無事か!?」
「アリサ様っ! 大丈夫ですの!?」
ごほごほとむせるフィフィの背中を撫でる。
顔をゆっくりとあげたフィフィは、小さく笑って親指をたてる。
「大丈夫、わたしは問題ない」
そうはいうが、ふらりとすぐに体が傾いた。
クラードは慌てて彼女の体を支える。
どうやら、吸収されているときに魔力を吸い上げられたらしく、その体はあまりにも弱っている。
「く……っ。ここは一度退くべき、ですね」
荒い息を吐き、カルテルは空間を切り裂いた。
その穴へと飛び込んだカルテルを追おうとしたクラードだったが、すでにそこには誰もいない。
敵を逃がしてしまったことをクラードは悔いていた。
しかしながら、腕の中で静かに眠るフィフィを見て、息を吐いた。何事もなくてよかった、とただ思うばかりだ。
「アリサ様……大丈夫ですの?」
「ええ、私は大丈夫よ」
すっとアリサは立ち上がった。
彼女をじっと見ていたクラードは、その姿に驚くしかない。やはりフィフィに似ていた。
髪や瞳は確かに違うし、フィフィよりも大人だ。
年はクラードたちと同じだ。身長はラニラーアより少し低いくらいだが、落ち着いた雰囲気がある。
じっと彼女の視線はフィフィに注がれている。
「……彼女の名前は?」
「フィフィ、だ」
「やっぱり、フィフィ、ね。……よかったわ、無事で」
ほっと息を吐いたアリサに、クラードは首を捻る。
「あなたが保護してくれたの?」
「保護っていうか……なんていうか」
ぽりぽりとクラードは頬をかいた。
そうしていると、馬の駆ける音が響いた。
視線をそちらに向けると、ブレイブがいた。彼は聖都に戻ったはずだったが、とクラードは聞いていたことを思い出した。
「これは一体……ラニラーア、クラード、それにアリサ様!? どうしてここに!?」
「少し、用事があったのよ」
アリサはブレイブから視線をはずし、フィフィの頬を撫でる。
慈愛に満ちた表情のアリサに、クラードは首を捻る。状況がまるでわからない。なんで王女様が、フィフィに……フィフィは一体――。
クラードがそれを問おうとしたところで、ブレイブが馬から下りて深く頭を下げる。
「申し訳ありません、アリサ様。私が敵に気づけなかったばかりに――」
「そう気に病む必要はないわよ。たぶん、あいつもあなたがいないときを狙って行動したのよ」
アリサはゆっくりと髪をかきあげた。
ブレイブが戻ってくれば、街は安全だ。騎士たちの歓声を耳にしながら、クラードはその場で体を休めた。