第四十八話 限界突破
「さて……鬼神様復活の邪魔をするのであれば、殺すしかありませんね」
魔王カルテルは額に手をやり、首を振る。その口元は、愉快げに歪んだ。
「私がやるのも面倒ですし……おまえたち、やってしまいなさい」
魔王カルテルは鋭く尖った爪を振り、空間を割った。
空間がさけ、そこから鬼魔ゴブリンが出現した。
「やっぱり、おまえが街の鬼魔を作っていたのか」
「ええ、そうですよ。それが魔王の力ですから」
鬼魔ゴブリンの数は五体だ。クラードとラニラーアは一度だけ視線を合わせる。
鬼魔ゴブリンが地面を蹴った。
飛びあがった鬼魔ゴブリンをかわし、その腹を切り裂く。五体同時の攻撃であっても、クラードたちが傷つくことはない。
最後のゴブリンの胸に剣を突き刺し、動かなくなった体を蹴り飛ばし、クラードは剣を肩にのせた。
「おい、大人しくフィフィを返せよ。そうしたら見逃してやるよ」
指をカルテルに突きつけ、クラードは声を荒げた。
カルテルは大きく笑い、それから腰に手をあてる。
「返すわけがないでしょう。彼女らの力は、我々が利用させてもらいますよ」
カルテルが地面を踏みつけ、軽く手を振る。
その瞬間、黒い衝撃波が遠くにあった建物を破壊する。
あっさりと崩壊したその建物から、声が響いた。悲鳴にも似た叫び声だ。
「てめぇっ!」
クラードは飛び掛った。怒りが脳を刺激し、体全身を燃え上がらせる。
クラードが剣を振りぬく。速度から筋力へのステータスの変更。それらを一秒もかけずに行う。
柔と剛の一瞬の切り替えに、対応できた魔物は今までにいない。
しかし、クラードの剣は彼の爪に阻まれた。クラードが奥歯を噛み締め、それをカルテルが嘲笑った。
「この程度で、私に勝てると思っていたのですか……?」
「……っ」
笑みをこぼすカルテルに、クラードは舌打ちする。
カルテルの爪がクラードの剣を巻き込む。その力に、抵抗せず、剣を手放して後退する。
遅れて先ほどクラードがいた場所を、黒の衝撃が殴った。一瞬回避が遅れていれば直撃だ。
「たかが、数人が死んだ程度で、それほど怒るなんて……これだから人間は嫌いなんですよ」
クラードは浅い呼吸を繰り返す。
崩れた建物で、涙を流している少年がいた。
少年の前には母親がいる。建物の崩壊に巻き込まれたのだろう。足を怪我している。
「おや、生き残りがいましたか」
カルテルが口角を吊り上げ、その腕をあげた。クラードはカルテルが動くより先に、地面をける。
カルテルが地面を踏むと、その周囲に衝撃が抜ける。
衝撃は真っ直ぐに、少年へと襲い掛かる。気づいた少年が、目を見開く。
クラードはその間に入り、剣を振りぬいた。衝撃に剣を振りぬく。
そうして、黒の衝撃をはじき返した。
「魔王だかなんだか知らねぇが……力のない奴をいたぶるような真似をするんじゃねぇよ」
「私達、鬼にとって、人間すべては敵です。それを淘汰しようとするのは当然のことでしょう。あなたがた、人間がしてきたのと同じように」
カルテルが唇を噛み、クラードたちを睨みつけた。
クラードは彼の心境を僅かに察してしまった。けれど、それは考えないようにした。
「今は違うっ。少なくとも、俺は鬼を敵とは思わねぇよっ」
「それが、どうかしましたか!」
カルテルが首をぐるりと動かし、クラードを睨んだ。
カルテルが地面を蹴りつける。笑みが消え、怒りに染まったカルテルの顔がそこにはあった。
「ほら、どうしたのですか!?」
カルテルはクラードが持っていた剣を雑に振る。剣術などかけらもない。
力任せに振るわれた剣を、クラードはさばいていく。呼吸を整え、冷静さを取り戻していく。
そうして新たに剣を取り出す。。剣の戦いで負けるつもりはない。
カルテルが剣を振りぬく。クラードはその力の向きを一瞬で把握し、弾く。
よろめいたカルテルの腕に剣を滑らせる。
腕を捉えた。思い切り振りぬいた剣は、その皮膚に阻まれる。クラードの手に返ってきた感触は、鉄でも殴ったような感触だった。
クラードは剣をひきながら、カルテルの爪をかわす。
「さすがに剣の腕はなかなかですね。ですが、人間は脆すぎる!」
カルテルは爪を振りぬく際に足に力を入れた。にも関わらず、即座にクラードへの距離をつめた。
笑い声が間近に迫り、クラードは急いで体を動かす。
それよりもカルテルの拳のほうが速い。かわしきれない。
クラードは腹部からこみ上げる痛みに、剣をこぼす。
クラードはよろめきながらも、片足を一歩後退して、堪える。
防御に振りなおしたステータスを、筋力へと変化させる。
拳を思い切り握り締め、カルテルの頬を捉える。まさか、カウンターを狙っているとは思わなかったのだろう。
カルテルの体が吹き飛び、クラードはポーションを取り出して口に運ぶ。
それで痛みをごまかしながら、クラードは口元をぬぐう。
カルテルが、よろよろと立ち上がる。顔は真っ赤に染まっていた。
「……くそっ。人間風情が、あまり調子に乗るなよ!」
カルテルが声を荒げると、その体から力があふれる。
クラードは剣を両手に持つ。カルテルはあふれる力のままに、クラードに肉薄する。
カルテルの攻撃は先ほどよりも速い。
今のままのステータスでは追いつかない。クラードは速度に割り振って、攻撃をかわす。
「ラァ!」
カルテルが拳を振るう。振りぬいた拳から衝撃波がもれ、それごとクラードはかわす。
大きく跳んでかわし、クラードは隙を作る。
カルテルが踏み込んだ瞬間、真横からラニラーアの剣が伸びる。
格上とやりあうときは、相手の隙へつけこむ。
クラードが戦いを行い、カルテルの意識からラニラーアを消す。
クラードとラニラーアの実力は拮抗している。そのため、ラニラーアとの連携は、訓練生時代に嫌というほどやってきた。
多少期間があいたところで、彼女の攻撃のタイミング、仕掛けたいタイミングなどはおおよおわかる。
ラニラーアの剣をカルテルは寸前でかわす。そこからラニラーアがカルテルへと切りかかった。
「人間、人間って……人間だって悪い人ばかりではありませんわ!」
「鬼のくせに、おまえは人間の味方をするのですね……っ。あなたのような鬼は、すべて排除だっ」
カルテルが爪をふるい、ラニラーアが剣でさばく。能力は互角――ではない。
ラニラーアでも、カルテルの力に届いていない。
カルテルが優勢になりかけたところで、クラードがとびかかる。
「くっ、ちょこまかと……っ!」
カルテルが苛立った声をあげ、周囲に衝撃を放つ。
それをかわしながら、クラードとラニラーアは共に並ぶ。
ラニラーアがカルテルへと飛び掛る。彼女が力強く剣を振りぬくと、カルテルの体を押し返す。
カルテルは距離をあけながら、口を開く。その口に黒い光が集まっていく。
「なんかくる、かわすぞ!」
「わかっていますわよっ!」
クラードとラニラーアが横に飛ぶ。
先ほどまでクラードたちがいた場所に黒い光が抜けた。
地面に当たった光は、その場で爆発する。
舗装された道がめくりかえり、土の地面が見えた。直撃すればひとたまりもないのは明白だ。
「……人間が、ふざけるなよっ!」
カルテルが両腕を広げ、大きく吼える。
クラードたちは呼吸を整えながら、剣を握りしめる。カルテルはまだまだ体力が有り余っているようだった。
「ラニラーア、おまえよくあんな化け物一人で抑えられたな……」
「……さ、さっきはあんなに強くありませんでしたわよっ」
「ってことは、やっぱりフィフィを吸収したことで、さらに強くなったのか……」
クラードはカルテルを睨みつけながら、剣を掴む。
「ラニラーア、俺が敵の注意をひきつける。ラニラーアが、トドメを頼む」
「わかりましたわっ」
ラニラーアは火の剣を作り出す。それは勇者の力だ。
彼女は火の勇者スキルによって火を自由自在に操ることができる。その力で、鬼魔を焼ききる作戦だ。
瞬間火力ならば、ラニラーアの方が上だ。
クラードは剣を握り締める。手に跡がつくほど力をこめ、カルテルに飛び掛る。
速度に全振りしたステータスで、クラードはカルテルの懐へと入る。
剣を振りぬく瞬間に、筋力に数値をいくらか戻したが、カルテルの体を破るまではいかない。
クラードは返ってきた感触が先ほどとはわずかに違うことに気づいた。その皮膚のもつ硬さではなく、彼が魔力で鎧のようなものを作っているようだ。
カルテルの拳と蹴りをかわしていく。回避だけでは間に合わず、剣でさばいていく。
飛び上がったラニラーアが、鬼魔の頭上から剣を振り下ろす。
カルテルはそちらをほとんど見ずに、攻撃をかわす。その場で足を振り回し、クラードとラニラーアは剣で受ける。
剣が折れそうなほどの力に、クラードとラニラーアは大きく後退する。
「やりますわね、こいつ……っ」
ラニラーアが頬を引きつらせる。クラードも、苦笑いしかでてこなかった。
クラードは剣をすべて取りだし、一本の剣を握り締める。
持ちきれない分は足元に置いた。これで、自由に割り振れる数値は660となる。
その中から、クラードはレッドリーソードを握る。
合計値110。今もっともクラードが持つ装備の中で数値の高い装備だ。
もう一つ、左手にはグランドソードを持つ。合計値90。次に強い剣だ。
「ラニラーア、俺が一瞬だけ滅茶苦茶強くなる手段がある。それを使えば……倒せるかもしれない」
「……なんですと。それでしたら、わたくしが時間を稼ぎますわね」
「ああ、頼む」
クラードは両手に剣を握る。出し惜しみしている場合ではない。
次の一撃のタイミングで、二つの剣を同時に強化する。
僅かにもったいないと思ったクラードだが、首を振る。魔王を相手にするのだから、このくらいは仕方ない。ランクGが勝つには、このくらいの無茶をするしかない。
クラードは軽く息を吐いた。
それから、ステータスを速度に割り振る。
ラニラーアが先行し、カルテルとの距離をつめる。カルテルがラニラーアの攻撃を捌いていく。
クラードもそこへ加わる。まだ限界突破は行わず、ラニラーアの援護をしながら隙を見つける。
息をつく暇もない戦闘だ。カルテルは笑みを浮かべながら、攻撃を激化していく。
クラードは顔を顰める。それはラニラーアも同じだ。
体力の限界が近く、先にラニラーアが呼吸を行う。
その瞬間が、大きな隙となる。
それを、カルテルは見逃さなかった。クラードも、そのタイミングを待っていた。
「まずはひと――」
鋭く伸びた爪を、ラニラーアの胸へと振りかぶる。
カルテルの攻撃よりも先に、クラードは踏み込む。瞬間、両手の剣の限界突破を行った。
220、180と二つの装備品のステータスが倍になる。
かたかたと両手の剣が悲鳴をあげる。
膨れ上がったステータスを再調整し、クラードはカルテルに剣を振り下ろす。
すべての数値を筋力へと割り振った。
素のステータスに950という数値が加わる。両腕にあふれる力を、暴走させながら振りぬいた。
カルテルは遅れてそれに気づく。
振りぬいた一つの剣を、カルテルはよろめきながらかわした。
カルテルの皮膚を掠め、その闇の鎧をはぎ、皮膚を浅く斬りつける。
カルテルが目を見開く。
クラードはもう一つの剣を振りぬいた。
カルテルに当たる直前、衝撃が生まれた。
クラードの剣に直撃し、軌道がそれる。
歯噛みしながら、それでも剣を振りぬいた。
カルテルの腕にあたり、斬った感触が伝わる。
カルテルの体が大きく跳んだ。
近くの建物へと直撃したカルテルをラニラーアは見た。
「やりましたの?」
「……いや、あの野郎」
「直前に、衝撃波で自分の体を吹き飛ばしやがった」。
そのまま斬られることを嫌い、多少のダメージを覚悟しての衝撃波による移動。
その証拠に、カルテルはすぐに体を起こした。
クラードが斬りつけた左腕は下がったままだ。
赤い血がだらだらと流れている。その両目が見開かれ、顔は憤怒に染まっていた。
「くそっ、くそっ! この私が二度もやられるなんて……っ!」
地団駄を踏むカルテルと同じように、クラードも声を荒げたかった。
両手の剣が砕け散り、クラードは一気に体が重くなる。その変化にすぐ体はなれたが、弱体化してしまっている。
カルテルが咆哮をあげると、その両腕の傷は治る。ただ、すべてが回復したわけではないようだ。
カルテル自身、呼吸が乱れ始めている。まったくダメージを与えられなかったわけではないが、それでも見た目の傷の少なさに愕然とするしかない。
「く、クラード、どうしますの……?」
「まだ、やれないわけじゃねぇ」
クラードは疲労し始めた体を動かし、先ほど取り出した剣を掴みなおした。