第四十七話 共闘
周囲の鬼魔を倒し終え、クラードたちは一度休憩をとった。
そこまでの疲労こそなかったが、状況を整理するため、クラードも冒険者たちか離れた場所で体を休めていた。
「フィフィ、大丈夫か?」
「うん、全然。まだまだ戦える」
フィフィはそこまで派手な移動はしていない。移動の際はクラードの背中に張り付いていた。そのおかげか、体力はまだまだ有り余っているようだった。
何より、ここしばらく体力を鍛えていたことも、今の余裕さの理由だろう。
クラードは剣を鞘に戻す。外にいた人々が、活気を取り戻したように声を上げている。
「鬼魔なんて怖くねぇ! 俺たちの街を守るぞ!」
「ああ! 他の場所にも応援に行くぞ!」
冒険者たちの声が重なり、それぞれ剣を振り上げる。
「おう、兄貴じゃねぇか! さっきは助かったぜ」
「ああ、さっきの。怪我はしてないですよね?」
最初に助けたランクCの冒険者だ。相手はクラードよりも年上だ。
先ほどは緊急事態であったために、言葉が砕けたものになっていたが、状況が落ち着き、クラードは言葉を正した。
彼はへへっと笑みを浮かべ、強気に胸を叩いた。
「大丈夫だぜ、兄貴のおかげでな。あのままじゃ、まずこの区画は鬼魔の手に落ちていたぜ」
「そう……ですかね?」
「ああそうだっての。鬼魔の出現にみんな浮き足立っていたからな」
戦いは心が大切だ。
鬼魔ゴブリンは確かに通常のゴブリンよりも強い。だからといって倒せないほどではない。
「兄貴は名のある冒険者かなんかなのかい?」
「いや、そういうことはないですよ」
クラードは彼の言葉に苦笑した。
冒険者は目を見開き、それから顎に手をやる。
「あれだけの実力と度胸をもって、違うっていうのか。いやー、俺もCランクにあがったからって調子に乗りすぎはよくねぇなぁ」
「確かに……それは俺も気をつけたいですね」
彼の言う通り、強くなったらと言って己の力を過信することは危険だ。
できること、できないこと、その見極めは非常に大事だ。
「兄貴はこれからどこに行くんだ?」
「俺は……」
クラードが言いかけた時だった。
大きな音とともに、建物が崩れた。
小さな建物が壊れると、そこから人間の大人よりも一回り大きな生物が出現する。
崩れる建物を意に介さず、その膨れ上がった筋肉を見せつけるようにそいつは歩く。
「あ、あれは……ワーウルフか?」
男の呟きにクラードは頷く。
ワーウルフはランクE、Dの人間にとってちょうどいい魔物だ。
ワーウルフは、ゴブリンと同じで黒い角を持っていた。
ワーウルフは口角を吊り上げた。まるで、大量の獲物を見つけたことを喜んでいるかのようだった。
ワーウルフは手に持っていた人間を放り投げる。その騎士の鎧は、牙の餌食になったのか、鋭い穴が開いている。
騎士は一切動かない。それに、フィフィが小さな悲鳴をあげた。
ワーウルフはだらだらとたれる涎を手でぬぐい、大きく吠えた。
「ガァァ!」
鼓膜が割れそうな咆哮に、クラードは顔を顰めた。
大人の足ほどはありそうな両腕が、瓦礫の一つを掴んだ。
ワーウルフがそれを持ち上げたときには、すでに冒険者たちは悲鳴をあげ、逃げだしている。
落ち着いた雰囲気は、一瞬で消し飛んだ。
クラードは剣を抜き、ワーウルフを見据える。皆が逃げた以上、やるしかない。
「クラード、あの瓦礫はわたしが防ぐ」
「じゃあ、その隙に俺が仕留めればいいよな?」
フィフィはじっと騎士を見て、唇を結んだ。
「……フィフィ、任せたからな」
その言葉だけを送り、クラードは走り出す。
一気に距離を詰め、ワーウルフが崩れた建物を放り投げた。
「ウィンドウォール」
フィフィが魔法を放った。上にあがった瓦礫は、空中で緑の風によって止まった。
その風が瓦礫を運び、人のいない場所に落ちた。
ワーウルフに肉薄したクラードは、その胸元へ剣を振り抜く。
ワーウルフは素早く動き、近くに転がっていた斧を拾った。武器を使ってくれるのならば、ありがたい。
クラードはすぐに限界突破を発動し、数度かわしたあと、斧が壊れるタイミングで踏み込む。
ワーウルフの斧が砕け散り、隙だらけのその胸に、背負っていた剣を突き出す。
押し込み、その胸を貫く。ワーウルフがよろめく。
クラードは飛び上がり、持っている剣を首へと振り抜いた。
血が溢れたワーウルフは、そのまま後ろへと倒れた。
歓声が周囲から溢れた。
「す、すげぇ! さすがだぜクラードの兄貴!」
冒険者の一人が声を荒げる。周囲に魔物がいないことを確認し、クラードは剣をしまう。
そうして、視線をワーウルフが来たほうへと向ける。そちらは、中央区画だ。ワーウルフがうじゃうじゃといれば、中央区画は大変なことになっている。
フィフィはくいくいとクラードの服を引っ張った。
「どうした?」
「クラード、なんか向こうから変な感じがする」
「そう……なのか? ……鬼魔がたくさんいるからかな?」
「うーん、ちょっと違う気がする。なんか、懐かしい感覚、というか……わたし知っているような感じがするの」
「どういうことだ?」
フィフィは首を左右にふった。彼女自身わかっていないのか、眉間に皺を刻んでいる。 問い詰めても仕方ない。
「あっちには、ラニラーアやロロもいるはずだ。だから俺は中央区画に行ってくる。……フィフィはどうする?」
ラニラーアならば、鬼魔が相手でもそう遅れをとることはないとクラードは信じていた。
ただ、ロロは心配だ。もともと彼女は、予想外の出来事が発生すると慌てる性格をしている。
怪我をしていなければよいのだが――クラードは僅かな不安を抱えながら、フィフィを見た。
「わたしも行く。おいていかないでね」
「おう、援護、頼むな」
「任せて」
冒険者たちも即席でパーティーを組み、別区画へと向かっていく。
クラードとフィフィは中央区画へと走って行った。
中央区画もあちこちに鬼魔の姿があった。
鬼魔ゴブリンもいるが、鬼魔ワーウルフのほうが多い。どこにこれほど隠れていたのだろうか。
クラードは自問し、すぐに否定する。隠れられるはずがない。ならば、これらを作り出した者がいる。
クラードは唇をぎゅっとしめた。
まっすぐに騎士の宿舎へと走り、すぐにたどり着く。
「酷いなこりゃ……」
宿舎はそれまでの立派な様子など一切なかった。
建物のあちこちが崩れ、中が見えていた。まるで、中で鬼魔が発生し、暴れだしたかのようだった。
「……ラニラーアやロロ、それに他の騎士さんたちは大丈夫なのかな?」
「……どう、だろうな」
宿舎に騎士はいない。それどころか、死体が一つもない。
ただ、だからといって安心もできない。鬼魔たちは人間を取り込み、力にすることだってできる。
周囲を見ていたところで、一人の騎士がやってきた。
「く、クラード! おまえ、無事だったのか!?」
「ロロっ! おまえこそ!」
そこにいたのはロロだ。彼女の鎧や肌には汚れこそ目立ったが、大きな怪我はしていないようだった。
「……私は、大丈夫だ」
「よかったよかったっ。他の騎士たちはどこにいるんだ?」
「向こうだ。宿舎に鬼魔が突然現れてな……別の場所に避難したんだ」
ロロがぐっと唇を結んだ。悔しげな彼女の顔に、クラードは首を捻る。
「どうしたんだ?」
「……私は、何もできなかったんだ。驚いてしまっては……いつものようにうごけなくて、それで……フィンスさんにたすけてもらって」
「……そうだったのか」
「散々、私はあの人を馬鹿にしていたのに……このざまなんだ。そのせいで、フィンスさんは怪我をしてしまって……。そのせいで、王女様まで――」
ロロは両目に涙をためていた。
クラードはロロの肩を掴み、睨みつけた。
「そんなこと、いつまでも落ち込んでるなよっ。今まだやれることあるだろ! フィンスさんに助けてもらったなら、今度はロロが助ければいいんだよっ」
「……クラード」
「大丈夫だって。ロロの力は俺もよく知ってる。本気出せれば、全然あいつらに遅れをとることもないはずだ!」
ロロは口をぎゅっと結んで、それから慌てて目元をこする。
「わ、わかっている。……そ、そのありが……とう。すまない、迷惑をかけてしまって」
「迷惑なんかじゃねぇよ。……それより、ロロはここにきてどうするつもりだったんだ?」
「あ、ああ……宿舎のほうに避難してきた市民がいないか、確認に来たんだ。無傷の騎士は、私くらいしかいなかったからな……」
「そうか……そういえば、ラニラーアはどうしているんだ?」
「ら、ラニラーア! そうだ、クラード! ラニラーアは今、王女様を連れて街の中を逃げているんだ!」
「ど、どういうことだ? 王女様って」
「……それが、王女様が、水の都に来ていたんだ。騎士の宿舎に泊まっていたのだが、そこでいきなり鬼魔が出てきてしまってな。鬼魔は王女様を狙っているようでな……、ラニラーアが彼女と共に行動し、安全な場所まで誘導しているんだ」
「……それじゃあ、もしかしてラニラーアは一人で王女様を守っているのか!?」
「あ、ああ……」
「……さすがに、ラニラーアでもやばいだろ! いまどこにいるのかわかるか!?」
「……そ、それは、すまない。わからないんだ」
ロロが顔を伏せる。クラードは拳を固め、それから周囲を見た。
ラニラーアが強いとはいえ、王女を守りながら戦い続けられるわけもない。
「どうして王女様はこんなときに……護衛も何もいないのか?」
「……それが、鬼魔が突然現れたときに、やられてしまったんだ。王女様は聖王様に仕事を頼まれていたんだ」
「そう……か。タイミング悪いな、本当に。ロロ、俺はラニラーアを探しにいく。もう一人でも大丈夫だよな?」
クラードが笑みを浮かべると、ロロは耳まで赤くして両手を振る。
「だ、大丈夫だ! さ、さっきのことは忘れてくれ!」
「忘れねぇよ。おまえは、きちんとみんなを守れよっ。フィフィ、ラニラーアを探しに行くぞ!」
「……うんっ」
ロロと別れ、クラードは走り出す。
耳をすまし、戦闘の音を頼りに街を走る。
やがて、鬼魔の死体が多く転がる道を見つけた。
クラードはその死体を見て、ラニラーアがやったのだと確信した。
ラニラーアは火の勇者のスキルを持っている。転がる鬼魔の死体は、どれも高温で焼かれたような跡が残っていたのだ。
「クラード、向こうの方に何かいるみたい!」
フィフィがある方角を指さす。金属音が響き、怒りの声も聞こえた。
クラードがそちらに走っていき、角を曲がる。
そこで、ちょうど金色の髪を持つ女性が大きく後退した。
「くっ……まったく、厄介ですわね!」
舌打ちをしたのはラニラーアだ。
「ラニラーア、無事だったのか!」
「クラード! わたくしは大丈夫ですわ。ですが、あの鬼魔の中に取り込まれてしまった方がいますの!」
「……それってもしかして、王女様か?」
「な、なぜ知っていますの! ……そうなんですわ」
ラニラーアが指さしたほうには、一人の男がいた。
そいつは鋭く尖った二本の角を持っていた。膨れ上がった筋肉は、先ほどみた鬼魔ワーウルフを彷彿させる。
「まったく、また愚かな人間が増えましたか」
「……こいつ、しゃべるのか」
「それもそうでしょう。あれらは鬼魔……魔王に仕えるだけの、ただの化け物ですから」
「……まさか、おまえ」
「ええ、そうですよ。私は鬼神様より力を授かった、魔王カルテルです」
にやりと笑みを浮かべ、魔王は地面を踏みつけた。
クラードの眼前に一瞬で現れる。余裕のあるその笑みが、酷く脳裏に焼き付いた。
魔王が拳を振りぬき、クラードは体を捻りぎりぎりでかわす。
魔王の背後からラニラーアが斬りかかる。魔王は地面を踏みつけ、周囲に黒い衝撃を放った。
「くっ!」
ラニラーアとクラードを狙った一撃だ。
クラードたちは大きく弾かれてしまう。だが、その衝撃が向けられていない人間が一人いた。
「まさか、ここで二人目の勇者を獲得できるとは思いませんでしたよ」
「……なにを言っているの」
フィフィの目の前に移動した魔王を引きはがすため、クラードが駆け出す。
魔王が腕を伸ばし、フィフィが魔法を放つ。
「ファイアナックル!」
魔王はその魔法を受けながら、フィフィの腕をつかむ。
クラードとラニラーアが剣を振りぬくが、魔王はフィフィを抱えながら大きく跳んでかわす。
「離して!」
「あまり暴れないでください。せっかくの食事なんですから」
フィフィが暴れながら蹴りを放つと、男の腹が開く。
その腹から伸びた舌が、フィフィの体に巻きつけ、全身を飲み込んだ。
「……鬼魔の人間を取り込む力、か」
「ええそうですよ。私たちは、この力で強くなるのです」
魔王は満足そうに腹をなでる。
「……クラード、王女様もあれによって吸収されてしまいましたわ。どうすればいいかわかりますの?」
ラニラーアは剣を構えながらも、その両目は震えていた。珍しく、不安そうだった。
「鬼魔も、人間を取り込む奴がいたんだ。けど、そいつらは倒せば取り返すことができた。なあ、そうだよな、魔王!」
「ええそうですね。倒せば、あなた方の大切な勇者たちは取り返すことができるでしょう。……ですが、倒せるでしょうか? あなた方で?」
クラードは息を吐き、剣を握る。
「倒せば終わりみたいだぜ、ラニラーア」
「みたいですわね。あれこれ考えなくてすむなんて、らくちんですわ」
それからラニラーアがからかうように笑みを浮かべる。
「クラード、わたくしに合わせられますの?」
「合わせるのはおまえだっての」
「生意気ですわね」
クラードはラニラーアと一度だけ視線を合わせた。敵は魔王だ。けれど、不安は一切なかった。ラニラーアと、久しぶりにこうして肩を並べられる。
ラニラーアはいつもの笑みを浮かべた。




