第四十六話 戦場
水の都にはたくさんの悲鳴があった。
都のあちこちで鬼魔が出現し、人々を襲っていたのだ。
水の都へ戻ったクラードたちへの最初の挨拶が、鬼魔による襲撃だった。
クラードは剣を振りぬく。クラードはすぐに剣をふりぬき、鬼魔ゴブリンを切り裂いた。
先ほどラピス迷宮で経験していたことが、即座の対応に繋がった。
剣を構えながら、クラードは街を観察する。
街のあちこちで鬼魔が暴れ、街を破壊していた。
逃げ惑う市民に、抵抗の意志を見せる冒険者たち。
しかし、鬼魔ゴブリンたちが、その冒険者たちを力で押し切っていく。
クラードたちのいる場所が街の外へと繋がる門付近のため、冒険者の数は圧倒的に少なかった。
街全体で見れば、実は冒険者や騎士というのはそれほど多くはない。
冒険者が二割ほどで、騎士は一割ほどだ。
残りはすべて、一般市民だ。もちろん、加護を持ってこそいるが、戦闘訓練を受けたことがない者も多くいる。
何より、冒険者の実力はまばらだ。
クラードは迷いながらも、近づく鬼魔ゴブリンを仕留めていく。
――どこに手を貸せばいい。
冒険者たちは混乱し、統率がまるで取れていない。そもそも、騎士と比べ彼らはそこまで連携に自信があるわけではない。
市民がクラードの方へと逃げる。
クラードは市民の奥から飛び出した鬼魔ゴブリンへと剣を振りぬき、一撃で仕留める。
「あ、ありがとうございます!」
市民の感謝の言葉をクラードは受けとめながら、走り出す。
ある冒険者を中心に、鬼魔ゴブリンへと対抗していた。
その中央にいた冒険者が声を荒げた。
「つ、つのありだかなんだかしらねぇが……たかがゴブリンがランクCの俺に挑んでただで済むと思うなよ!」
声は震えている。鬼魔に対しての恐れが、彼らの動きを悪化させる。
冒険者たちが鬼魔ゴブリンと打ち合う。
鬼魔ゴブリンは冒険者の攻撃をはじき返す。
力負けしたCランク冒険者がよろめくと、一気に冒険者たちは瓦解する。
「む、無理だ! 鬼魔に俺たちなんかが勝てるわけがねぇ!」
一人の冒険者が弱音を吐いた瞬間、それが一気に伝染していく。
クラードは近くにいた鬼魔ゴブリンの首を思いきり、斬りつける。
その首が傾き、ごろりと転がる。
「鬼魔だろうが、所詮はゴブリンだ! 全員でやれば勝てるぞ!」
クラードが叫び、すぐに次の鬼魔ゴブリンへ切りかかる。
交戦は一瞬だ。最速の剣で、二体目を倒す。
突然の乱入に、鬼魔ゴブリンたちが乱れ始める。先ほどまでの優勢さを失った鬼魔ゴブリンが、
戦場の流れは一瞬で変わる。クラードはできる限り派手に、剣を振り回し、鬼魔ゴブリンを斬りつける。
この場で目立ち、冒険者たちに勝てる、と思わせることが大事だとクラードは考えた。
雄たけびをあげ、クラードが鬼魔ゴブリンへと攻撃を行う。
それを見た他の冒険者たちも、鬼魔ゴブリンへの反撃を始める。
鬼魔ゴブリンは普通のゴブリンよりもはるかに強い。
だが、それはあくまで普通のゴブリンと比べての話だ。
クラードは鬼魔ゴブリンの攻撃を紙一重でかわし、カウンターを振りぬく。
ラピス迷宮と違い、ここに霧はない。さっきよりもよっぽどやりやすく、クラードの剣は加速する。
その場での戦闘は終了した。だが、まだ鬼魔ゴブリンは大量にいる。
クラードは一呼吸をついた冒険者たちを一睨みする。
「みんなを助けに行くぞ!」
「お、おうっ!」
鬼魔たちを減らすことが先決であり、クラードは先頭を走る。
クラードは近くにいる鬼魔ゴブリンへと切りかかる。
フィフィの水魔法が、矢の形となり鬼魔ゴブリンを貫く。
冒険者を助け、市民を誘導していく。
クラードたちがいるのは北西区画だ。その中の本当に僅かではあったが、鬼魔ゴブリンたちを全滅させた。
一息がつける程度の余裕が出て、クラードは顎をぬぐう。
大通りでは、戦っていた冒険者たちが息を乱して倒れている。
「あ、危なかったぜ……。あんたがいなかったら、俺たちは全滅だったぜ」
最初に助けたCランク冒険者が笑みを浮かべる。
「別に、たいしたことはしてねぇよ。冒険者なら助け合うのは当然だしな」
「へへ、ちげーねーな。こいつら鬼魔、だよな?」
Cランク冒険者の目は鋭く鬼魔ゴブリンを睨んだ。
「ああ。けど、ゴブリン程度なら、俺たちでも問題なくやれる。まだ、街の中にはたくさんいるはずだ。いつもの魔物を狩るように、叩けば恐れる必要はないはずだ!」
「ああ、そうだなっ! 自分たちの住む場所を失ってたまるか! おまえら! まだまだ動けるよな!? ゴブリンどもを殲滅するぞ!」
『おお!』
Cランク冒険者の掛け声に合わせ、冒険者たちが声をあげる。
完全に自信を取り戻したことが、冒険者たちの声と表情に表れていた。
冒険者たちとともに、クラードたちは中央区画へと向かっていく。
見つけた鬼魔ゴブリンを狩り、市民たちを誘導していく。
鬼魔ゴブリンとの戦闘によって、あちこちに装備が落ちている。
クラードはそれらを装備していく。装備から得られる恩恵は、一定の範囲内のみだ。とはいえ、その範囲内で得られれば十分ということもある。
ステータスへの配分は筋力よりも速度への割り振りを増やしていく。
ゴブリンの首を斬りとばす程度に留め、速度をあげていく。
たくさんいる鬼魔に、素早く対応する必要があるからだ。
クラードはフィフィを背負い、剣を振っていく。
フィフィはぎゅっと背中につかまりながら、魔法を放つ。
フィフィの体が小さく、軽いことによってできる二人の連携だ。背中にいる最強の魔法使いを、クラードは信頼していた。
「誰か助けて!」
戦闘音の間を抜ける声に、クラードは顔をあげる。
子どもがいた。
そのすぐ後ろで、ゴブリンが剣を振り上げていた。
「くそ……っ」
「クラード! わたしがやる!」
クラードの首の横からフィフィが片手を前に出す。
水の矢がまっすぐにゴブリンの眉間へと当たる。
直撃したゴブリンはよろめいたが、それだけだ。
フィフィの冷静な魔法の使用を、クラードは心中で絶賛していた。子どもを巻き込む恐れがあるため、威力は控えたのだ。その判断を彼女は一瞬で行ったのだ。
同時にクラードは笑みを浮かべていた。フィフィがその程度の魔法を放ったのは、クラードが間に合うと信じていたからでもある。
筋力から速度へ、速度から筋力へ。
ステータスを瞬時に変化させる。この変化は、脳内での操作が必要だ。
精神が研ぎ澄まされ、最速に数値の操作を行うことができた。
柔と剛の変化で一番問題なのは、体だ。
素早く動ける状態と、怪力を出せる状態が一瞬で変わる。
それは大きな体のずれとなってしまう。
装備操作を使う上で、一番問題なのはこの変化だ。
クラードはその体の変化を、予想と体験で対応する。
ずれを予想して、それにあわせて剣を振りぬく。戦闘の中で少しずつ、慣れていき、今では寸分たがわぬ一撃を放つことができる。
振りぬいた剣がゴブリンの体をとらえ、なぎ払う。
吹き飛んだゴブリンを見て、子どもが顔をあげる。
すぐに立ち上がらせる。
「早く向こうに逃げるんだ!」
「う、うん!」
冒険者たちが近くの無事な建物を軸にし、鬼魔ゴブリンの討伐、市民の誘導を行っている。
子どもはクラードが指を差した方へと、すぐに走り出す。
会話は一瞬だ。鬼魔ゴブリンはまだあちこちにいる。
建物から鬼魔ゴブリンが飛び降りる。クラードはそれをかわし、足を薙ぎ払う。ついで、路地から飛び出す。
飛んでかわすと、フィフィが魔法を放つ。鬼魔ゴブリンの胸に水の槍が突き刺さる。
休みのない連続の戦闘だ。
しかしクラードは、まだまだ余裕があった。ノーム迷宮に比べれば、この程度問題ではない。
クラードはノーム迷宮での経験により、心が鍛えられた。
鬼魔ゴブリンの数はなかなか減らない。
「鬼魔って言えば、魔王が生み出しているんじゃないか!?」
「ま、魔王だって!? そんなのいたらやべぇよ!」
冒険者たちが叫び、鬼魔ゴブリンの胸へと剣を突き刺す。
「慌てんな! 鬼魔ゴブリンは最初に比べれば確実に減ってるぜ! その証拠に見てみろ! のんびり寝転がっても生きている奴らだっているんだからな!」
疲労でその場で膝をついている冒険者たちを指さす。
冒険者たちがそちらを見て、笑みをこぼす。
「確かに、そうだよな!」
「……ああ、いまなら会話する余裕だってあるんだしな!」
冒険者たちがそれぞれの武器をふるう。
確かに数は減っているが、ゼロにはならない。
クラードは剣を握りしめる。親玉を仕留めない限り、この状況は変わらない――。親玉がいるとすれば――。
クラードが思考にふけっていると、
「だ、誰か助けてください!」
女性の叫びが響いた。
女性は路地裏から飛び出し、クラードの前に現れた。別の場所から避難してきた彼女を、すぐに冒険者が肩を貸す。
クラードは路地から飛び出してきた鬼魔ゴブリンに剣を振る。
――今まで通り、吹き飛ばす。
クラードがぐっと両手に込めた力に、鬼魔ゴブリンが抵抗をみせた。
クラードは僅かな変化に眉間を寄せながら、それでも剣を振りぬく。
弾かれたゴブリンは空中で姿勢を整え、着地した。そうして、舌なめずりをした。
クラードは先ほどの感触を思い出しながら、腰を落とす。不気味な奴だ。
「大丈夫ですか?」
冒険者が女性に声をかける。歳は三十半ばほどだろうか。酷く取り乱した彼女は、肩を支えていた冒険者の両腕を掴んだ。
そしてがくがくと揺さぶる。冒険者が慌てて女性を落ち着かせる。
「あの魔物にうちの子が食べられたんです! お願いします、お願いします、助けてください」
「食べられた? へ、へ、どういうことですか?」
冒険者が訊ね返す。
クラードも意味が分からず、視線をそちらに向ける。
「クラードの兄貴! そいつら、人間を吸収するみたいなんですよ! 倒せば助けることはできます! さっき、オレも別の奴が助けているのを見ました!」
最初に助けたCランク冒険者の男が声をあげる。
「……人間を取り込むだって……まじかよ!」
鬼魔ゴブリンが地面を踏む。
その速度は異常だ。他の鬼魔ゴブリンよりも数段速い。
鬼魔ゴブリンが剣を振る。
クラードは連続の剣を後退し、かわしていく。
剣が服を掠めていき、クラードは頬を引きつらせた。
――速度が厄介ならば、装備に干渉してしまえばいい。
クラードはゴブリンの持っている装備に、干渉する。悪いスキルを押し付け、それを装備させようとし、
「……装備操作が効かねぇ」
思わずつぶやいた瞬間に、鬼魔ゴブリンがジャンプ斬りを放った。
クラードは大きく後退してかわす。
クラードの背中にいたフィフィが、小さく悲鳴をあげる。
装備操作を含め、ステータスなどのシステムは、竜神の力によるものだ。
その加護を浴びているものたちには効果のあるものだが――鬼神に関係する魔物はどうだろうか?
その結果が、先ほどのクラードの装備操作だ。
鬼魔ゴブリンが、竜神の作り出した生物ではないということの証明でもある。
つまり、鬼神、あるいはその手下である魔王が作ったものとなる。
竜神が作り出したのであれば、装備操作による干渉が可能だが……それが鬼神の生み出したものだとすれば、効果は届かない。
この事実にクラードは舌打ちをする。
クラードは周囲を見る。クラードたちを囲むようにして、冒険者がいる。
鬼魔ゴブリンに恐れるものなどそこにはいない。みなが、クラードをいつでも手助けできるように待機している。
クラードは彼らの持っている武器を一時的に装備する。
強化されたステータスで、鬼魔ゴブリンの速度を超える。
鬼魔ゴブリンが剣を振りぬく。クラードは紙一重でかわす。
そうして、クラードは剣を注視した。剣は鬼神が作り出したものではない。
鬼魔ゴブリンの持っている剣は人間から奪ったものだ。ならば、干渉は可能だ。
限界突破を行い、壊れるまでの間攻撃をかわす。
クラードは壊れる瞬間を、感覚で理解していた。
鬼魔ゴブリンが口角を吊り上げる。今この状況が有利であると思い込んでいるのかもしれない。そう思いたいのならば、そう思えばいいさ。
クラードは笑みを作った。
その瞬間は訪れる。
一息の間に距離をつめる。
鬼魔ゴブリンが剣を振り上げる。
鬼魔ゴブリンが剣を振り下ろした瞬間、剣が砕け散る。
隙だらけとなった腹へと剣を振りぬいた。
鬼魔ゴブリンがその場で崩れ落ち、体が一瞬光を放つと、子どもが押し出されるようにはじき出された。
その子どもを抱える。
子どもに大きな怪我はない。クラードはほっと胸をなでおろしながら、母親のほうへと背中を押した。
子どもが母親に抱きつき、わんわんと泣いた。
「ありがとうございます、冒険者の方……っ」
「お礼はいいですから、すぐに避難してください!」
鬼魔ゴブリンはまだまだいる。
クラードは軽く息を吐き、装備品を冒険者たちに返しながら、ゴブリンとの戦闘を再開した。