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第四十四話 ラピス迷宮



 騎士の依頼を受け、三週間が経ち、警戒態勢が解除された。

 それに伴い、冒険者たちへの依頼もなくなる。

 最初に鬼魔が発見されたのを含め、すでに事件発生から一カ月が経った。それほど長い間、街には何の異変も起きなかった。


 これ以上の警戒態勢は、無意味と判断し、騎士たちは依頼をやめた。

 騎士たちはまだ水の都の警備をしているとはいえ、初めのころに比べればその警備も随分と薄い。

 

 毎日のような隅から隅までの複数人の巡回が、今では一人によるものとなった。

 とにかく、依頼がなくなった以上、騎士の宿舎を借りることもできない。

 部屋に置いていた荷物をもう一度アイテムボックスにしまっていく。フィフィと合流し、宿舎の外に向かう。


 待っていたラニラーアが小さく手をあげる。


「ラニラーア、それじゃあ俺たちは初めの宿に戻るな」

「わかりましたわ……何かありましたら、クラードもここに来てくださいまし。ブレイブ様は一度聖都に戻ってしまいましたが、わたくしは今しばらくこちらの騎士とともに水の都の警備に当たりますので」

「そういえば、そんな話をしていたな」


 ブレイブは聖都へと戻ったが、この三週間ほどでさらに力をつけたラニラーアを、自分の半身のように水の都に残したのだ。

 そこまで信頼されているラニラーアに、僅かな嫉妬もあった。クラードだって、三週間、ただひたすらにウンディーネ迷宮に潜っていたわけではない。


 フィフィとともに、基礎体力の訓練、剣術の基本を学びなおした。

 少しずつ、雑になっていた剣を見直し、ここ数年で学んだ我流から、良い部分を加えていった。

 より戦闘に最適化し、体の動きから無駄が消えた。


 クラードの隣にいるフィフィも、ずいぶんとたくましくなった。 

 フィフィはあまり剣が得意ではなかった。だから、彼女に剣を教えるのはすぐにやめた。かわりに、剣術による足さばきだけに重点を置いた。

 敵の攻撃をかわしたり、間合いをとったりといった部分だ。魔法が主軸でも、それらは活かすことができる。


 まだフィフィは入り口に経った程度だ。これから練習を重ねれば、強くなることだろう。

 フィフィが一番成長したのは、その基礎体力だ。少しの移動でへばっていた昔とは違う。


 小さな体は以前として変わらないが、迷宮ですぐに疲れることもなくなった。

 戦場において、全体を見通す目も養った。頼れる後衛へと、確実に成長していた。


「そんじゃラニラーア、騎士の仕事頑張れよな」

「ええ、わかっていますわ。……クラードとフィフィも気を付けてくださいまし」


 ぺこりとラニラーアが頭を下げた。

 フィフィも片手を控えめながら振った。寂しさがありありと見える。

 今日の予定は、決まっている。宿を決め、荷物を預けてから、外に出る。


「そんじゃ、ラピス迷宮に行くとするか」

「……うん」


 騎士の宿舎を離れるときが、ラピス迷宮に挑むちょうどよいタイミングだと思っていた。

 フィフィが口をぎゅっと結んで頷く。ラピス迷宮に行けば、フィフィのことがわかるかもしれない。

 クラードは拳を固め、顔をあげる。


 水の都を出て、真っ直ぐ西へと進んでいく。

 どこまでも続いていそうな平原を過ぎ、やがて森へと入る。

 森の中を進んでいき、途中虫が飛んできてフィフィがパニックになる以外は、問題なく進んだ。


 やがて、小山のような迷宮の入り口が見えた。

 その扉は、小山には似つかわしくない白の扉でふさがっている。

 クラードはぺたぺたと扉に触れる。ひんやりとして、すべすべで心地よかった。神が作ったとされる迷宮の入り口だ、その材質の正確なところは触ったところでわかるはずもない。

 扉の中央には、以前見たラピス迷宮と同じ紋章が入っている。


 フィフィが扉に手をかざす。

 扉の紋章が、光をあげる。やはり、フィフィに反応している。

 ゆっくりと、扉は開き、完全に開いたところで、扉の先を進んでいく。

 中の階段を進む。壁に埋め込まれた魔石が明滅を繰り返す。あまり、視界は良くない。

 クラードがライトを取り出そうとしたところで、フィフィが光の魔法を作り出す。


 クラードたちの周囲を照らすその魔法は、以前よりも改良されていて無駄がない。


「フィフィ、あんまり急ぐなよ」

「……うん」


 クラードに忠告をされながらも、フィフィはそれでも早歩きだ。この先で、フィフィは自分のことを知ることができるかもしれない。そう思えば、加速するのも仕方ない。

 クラードは足を速め、フィフィの前に出る。フィフィを止めるよりは、彼女に合わせよう。


 階段が終わり、たどりついた場所は見覚えのない土地だ。

 深い霧がうずまき、遠くまで見渡すのは難しい。

 クラードはその霧をじっと見て、確証する。


「……なんだか、凄い霧」

「フィフィは見るの初めてかもな。……これは、鬼たちが作りだした霧なんだよ」


 大陸の端まで行けば、霧を見ることができる。学園に通っている者は一度は見ることになる。


 人間の体に害を与えることは、直接的にはないとされている。あれば、とうの昔に人間なんて滅んでしまっている。

 

 未開拓大陸では、この霧が原因で荒れ果てた大地は数多くある。

 世界を照らす太陽の光が、霧によって阻まれてしまうこともある。そういった場所では、植物が育たないために、酷い大地となってしまっている。


 すべて、未開拓大陸から戻ってきた人間がまとめたことだ。

 クラードは小さく息を吐く。呼吸にあわせ、霧がわずかに揺れる。


「先に行くか」

「……うん」


 まずは第一階層の攻略だ。

 今日の目標は、第五階層だ。

 以前のラピス迷宮と造りが同じならば、五階層が最下層となる。


 霧によって視界は判然としない。

 ノーム迷宮のようにライトで照らしてどうなるものでもない。

 クラードは常に剣を持ったまま、周囲に意識を向けていく。


 土の都で冒険者を目指す人間は、とにかく気配探知の訓練を行う。ノーム迷宮の構造上、どうしても明かりではなく自分の感覚を信じる必要が出てくるからだ。

 

 クラードは魔物を警戒していく。

 人間の集中がもつのなんてそれほど長くはない。

 集中と脱力を繰り返し、なるべく穴をなくすように周囲を警戒する。


「フィフィ、周囲に意識を向けてみるといい。迷宮攻略で結構便利な、気配察知の訓練だ。ちょうどいい機会だしな」

「……うん、えっとどうやるんだっけ?」


 何度か教えたが、視界の良いウンディーネ迷宮などではどうしても目に頼ってしまう。

 フィフィは頬をかき、はにかんだ。


「……そうだな。目を閉じたとき、目の前に誰かがいれば、何かを感じられるだろ?」

「うん、何かいるなぁ……ってくらいには」

「それを突き詰めた先が、気配察知なんだ。こういう目の利きにくい場所だと結構重要な技術なんだ」


 スキルでも似たようなものがある。

 例えば、サーチや、単純に気配察知というものだ。

 これらの精度は完璧だが、よほどの高階層、それもノーム迷宮くらいでしか使うことはない。

 後は、未開拓大陸の攻略くらいだ。


「……うん、よくわからない」

「まあ、そこは訓練を積んでいくしかないと思うな。フィフィの場合は、サーチとかの魔法を作れるかもしれないな」

「サーチ?」

「ああ。なんでも、周囲の状況を一瞬で把握できるスキルだそうだ。……どうやって再現するのかはちょーっとわかんねぇけど」


 水の槍、とかと違い、サーチの魔法はその様子がいまいち分からない。

 フィフィもあれこれ試行錯誤を始めた。


 気配察知にしろ、サーチにしろ、それほど頻繁に使うものではない。

 使う場面は確かにあるが、フィフィの魔力は攻撃に回したいときのほうがはるかに多い。


「あんまり、無理しすぎるなよ」

「うん、わかってるよ」


 フィフィはぶつぶつと新しい魔法を作り出すために詠唱を行っている。

 霧をかきわけるように進んでいく。

 そのとき、気配が感じられた。殺意の塊が、フィフィの背後で揺れる。


「フィフィ、後ろにいるぞっ!」


 叫びながら場所を入れ替える。

 フィフィも逃げるようにすぐに動く。

 前よりも動きが良くなっている。それを褒める余裕はなかった。


 銀色の光が見え、クラードはすかさず剣を振るった。

 金属音が響く。魔物の全貌が見えた。

 小さな緑色の体をしたそいつは、ゴブリンと呼ばれる魔物だ。


 歯を食いしばり、どこか正気を失ったような血走った目が不気味だ。

 その額には、黒く鋭い角が生えていた。

 普通のゴブリンに角はない。――ならばこいつは。


「こいつ……鬼魔か!?」


 ゴブリンの体を弾き返し、もう一本の剣を鞘から抜く。

 ゆっくりと観察している暇はない。

 ゴブリンが跳躍する。普通のゴブリンとは、明らかに動きが違う。


 通常のゴブリンならば、迷宮の最初のほうに出てくる弱い魔物だ。

 シルフ迷宮の、一から五階層に、様々な種類のゴブリンが出る。対して苦労しない魔物だ。


 だが、鬼魔となれば話は別だ。

 鬼魔――鬼の配下となった魔物は、その力が何倍にも膨れ上がる。

 人間でいうなら、ランクが一つ、二つあがるようなものだ。


 ゴブリンは短剣をもっている。その小さな体を低くして加速する。

 下から切り上げる一撃を、身を捻ってかわす。

 飛び上がったゴブリンの体をけりつけ、距離をつめる。

 

 転がったゴブリンはすかさず立ち上がり、小さく吼えた後、走り出す。

 その初動に、クラードは目を見開く。速い。恐らくは何かしらのスキルを使ったのだ。


 突き出された短剣をいなし、ゴブリンの体をよろめかせる。

 そこへ、左の剣を振りぬく。


「ギャァ!?」


 ゴブリンが悲鳴とともにわき腹を押さえて、転がる。

 追い打ちをかけるため、クラードがとびかかる。しかし、すぐにゴブリンは跳ね起きて、血を流しながら短剣を振る。

 通常のゴブリンとは生命力が段違いだ。


 動きもよければ、力も上だ。

 これが、鬼の力を得た、鬼魔という存在だ。

 街の人たちが過敏になる理由もわかった。


 それでも、腹を切り裂いたことによるダメージは大きかったようで、じっくりと時間をかけることで、ゴブリンを討伐した。

 周囲を警戒し、魔物がいなくなったのを確認してから、剣をしまう。


「クラード……今のって」

「ああ、鬼魔だ」

「……鬼魔。それって、鬼が作りだした生き物なんだよね? それがここにいるってことは、この迷宮は鬼が作り出したの?」

「どう、なんだろうな。迷宮ってのは竜神様が作ったものでさ、その迷宮の中なら、ある程度鬼魔と似たような魔物を作るとかもできるんじゃないか?」


 例えば、ラピス迷宮には勇者や鬼に関しての情報を残しているのだとすれば、鬼魔に似た魔物を作ることもできるはずだ。

 再現した、ということは鬼魔というのはあれほどの力を持っている。クラードは嘆息をつき、片手を腰に当てる。


 クラードは小さくため息をついてから、周囲を見る。

 気配はない。焦りや驚きが渦巻く心を落ち着かせるように息を吐いた。

 魔物が連続で仕掛けてこないのならば、問題ない。


「……そっか。よく、わからないね」

「ああ、本当にな。……ひとまず、第二階層を目指していくか」

「うん」


 霧は濃いが、それ以外は普通の迷宮と同じだ。

 襲い掛かってくるゴブリンの、正確な強さをはかることはできないが、恐らくノーム迷宮の十一階層程度はある。


 クラードは苦戦した魔物たちと目の前のゴブリンを重ねながら、戦っていく。

 

 クラードは前よりも体が最適に動いていくことを自覚していた。フィフィに剣を教え、また動きを教えたのがよかったようだ。何より、装備を整えたことで、自分のやりたい動きをより高いレベルで行える。


 ゴブリンは装備をしている。

 クラードの持つ投げナイフのスキルを押し付ければ、それであっさりと無力化できた。 

 最初こそ、鬼魔ということで驚き、戦闘は互角となってしまったが、余裕が出れば何も苦労することはなかった。

 

 むしろ、弱い、とさえ感じた。

 クラードはどんどん魔物を倒していく。


「クラード」


 クラードが振り返ると、フィフィが頬を膨らませていた。

 フィフィは腰に手をあて、ずいっと顔を近づける。一度、ふんと鼻息を荒くし、フィフィは声をあげる。


「クラード、一人でばっかり戦わないでよね」

「ま、まあまあ、フィフィの魔力は無限じゃねぇんだから、このくらいは俺にやらせてくれって」


 クラードは両手で、迫るフィフィを止める。これから先、攻撃が通らない敵がいるかもしれない。そういったときのために、今は休んでいてほしい。

 クラードが伝えると、フィフィもひとまずは納得する。しかし、ここまでまったく彼女は動いていない。彼女だって、ウンディーネ迷宮で魔法の腕も上げている。試したいとうずうずしているはずだ。

 

 二階層に繋がる階段を見つけたのは、探索を始めてから二時間ほどが経ってからだった。

 厄介なのは、この霧だ。途中の道、方角を覚えていないと、進むのも戻るのも難しい。

 

「ひとまず、二階層に行くか」

「うん」


 途中の階段は、ノーム迷宮と同じで踊り場のあるものだ。

 一度そこで休憩をとってから、二階層へと進んだ。




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