第四十三話 食事会
「クラード、私が一緒になってあげるんだ。光栄に思うことだな」
「ああ、やっぱりおまえの知り合いだったのか? 滅茶苦茶一緒にやりたいって言っていたけどさ……」
「ち、ちがっ! フィンスさん、何を言っているんですか!」
巡回の仕事が入り、クラードは訓練場にて相方となる騎士を待っていた。
やってきたのはロロだ。そのロロの近くには、別の女性騎士がいた。
ロロが仕えている人だ。
美しいフィンスは、細い目元を緩めるように笑う。
「まあまあ。仲いいのはいいけど、仕事に支障が出ないようにね」
フィンスがもう一度そういった。
ロロは今度はこほんと咳ばらいをして、じろっとフィンスを睨んだ。もうその手はくわないぞ、と目に力を込めていた。
「……別に仲良くはない。クラード、私とおまえとフィフィの三人で、南東区画の巡回に行くぞ」
「了解だ。それじゃあ、よろしくお願いします」
フィンスに頭を下げると、彼女は柔らかく微笑みながら手招きしてくる。
クラードは意識しないように努めた。しかし、それでもやはり綺麗な女性に頬が熱くなっていった
「うん、よろしくね。こっちも知り合いの子がロロの相方でよかったよ」
「ロロって騎士の中でうまくやっているんですか?」
ロロの性格に問題があることを、クラードはわかっていた。
心配したクラードが聞くと、フィンスは片手を振った。
「問題ないよ。初めは戸惑ったけど、彼女のことは学園から聞いていたからね。学園でも彼女の態度は問題になっていたんだよね」
「ええ、まあ」
ロロは誰にも「素直な人間ではない」と話したことがなかった。だから、それを聞いたクラードが、当時担任だった教師に伝えたことがある。学園がきちんと配慮していたことに、クラードはほっとした。
「理解してからは、面白いものだよ。よく他の騎士もからかっているよ」
フィンスはくすくすと口元を隠すように笑う。その笑みの裏には、からかっている場面が映っているようだった。
フィフィがロロに声をかけていた。ロロは慌てながらも、表情を崩さずに対応している。
しかし、時折ロロの両目がクラードを厳しくにらむ。
フィンスがそちらに視線を向けてから、クラードの背中を叩いた。
「ごめんね、呼び止めちゃって。それじゃあ、よろしくね」
「わかりました」
クラードは小さく頷きを返してから、ロロたちのほうに向かった。
○
すべての都は、中央、北東、南東、南西、北西の五つに分かれている。
これは、聖都を含めた五つの都を参考にしてのものだ。
中央には、立場上偉い人物や金に余裕のあるものがいて、それを囲むように街が出来ている。
クラードたちは南東区画に向かい、街を歩いていく。
南東区画にいるのはクラードたちだけではない。
出発地点と巡回経路こそ違うが、他にもいくつかのチームが街を移動している。
仕事内容はは異変の調査だ。
ロロを先頭に歩き出す。街の人たちの視線が多かった。騎士が厳しい表情で街を歩いていれば、誰だって威圧されてしまうだろう。
クラードは市民を意識しないように努めた。それでも、慣れないものは慣れない。フィフィも同じようだ。クラードの服の裾を引っ張り、クラードの後ろに隠れている。もともとあまり人の視線が得意な子ではない。
クラードは前を行くロロの肩をつついた。
ロロは眉間に皺を刻み、鋭い目を作っていた。市民からの視線が多い理由はこれか。クラードは彼女の頬を軽く引っ張った。
「いただ! 何をするか!」
「おまえ、そんなに怒った顔しなくていいだろ! 威圧しちゃってるからな!」
「お、怒った顔はしていないぞっ。私は、市民を守るために騎士としての仕事を全うしているだけだ!」
「そりゃあ、立派な精神だけどさ。過剰に市民を威圧しちゃダメだろ」
「し、していない……していないぞ、私は」
「ロロ、顔怖い……」
「ぐ、ぬぅ……」
ロロががくりと肩を落とした。それから、彼女はふんと腕を組んでそっぽを向く。
「別に、私は市民に嫌われようとも関係ない。それよりも、治安を守ることが……大事なのだからな」
後半に行くにつれ、声は小さくなっていた。市民には嫌われたくないようだ。
ロロはまだ従騎士だ。従騎士としての仕事をこなし、それでようやく騎士になる。今はまさに、一番頑張るときだ。だからといって、頑張りすぎて体調を崩しても仕方ない。
クラードは彼女に質問する。ロロが自然体でいられるよう、いつも通りの会話を試みた。
「鬼魔が出たっていうけど、それからってあるのか? 俺、ぜんぜん詳しくなくてっさ」
「はっ、これだから情報に疎いのは駄目なんだ」
「それじゃあ、ロロは知っているのか?」
「知っているぞ」
ふふん、とロロが調子よく笑う。彼女の両目が輝いている。話したくて仕方ないようだ。
「なら、教えてくれよ。なっ、頼む!」
クラードが両手を合わせて頼む。クラードが聞かなければ、ロロは話さない。そして、聞いてもらえなかったことで、勝手に落ち込む。
「いいか、良く聞くんだぞ。あれからは、何も異常はない。平穏な日々が続いているんだ」
「それなら、そのうち警戒態勢もなくなるってところか?」
クラードが首を捻ると、ロロも同じように傾げた。
「……どうだろうな。この前出現した鬼魔は、魚が変化したようなものではなかった。別の魔物がたまたま鬼魔になってしまった、のであれば問題ないが……」
「鬼魔を作り出せる力を持った鬼が生まれたんなら、警戒態勢を解除するわけにはいかねぇよな」
「そういうことだ。もしもその鬼が、かつて勇者と渡り合った魔王であれば……最悪の結末だって予想できるだろう? だから、警戒しているんだ」
クラードは魔王という言葉を反芻しながら、フィフィを見た。
かつて勇者は四人いたとされている。
その勇者の生まれ変わりではないかとされている、勇者スキルもちが、今は四人発見されている。
ブレイブ、師匠、ラニラーア、それと聖都にいるある騎士だ。
もしも、フィフィも彼らに並ぶ勇者スキルもちならば――。
そこで首を振る。
深く考えてもわからないことだ。
「クラード、そういえばおまえ今は冒険者をしているといっていたな」
「ああ、そうだよ。今も、巡回がないときはウンディーネ迷宮に潜ってるぜ」
「……そうか。その……なんだ。……ふんっ、怪我をしないようにな!」
「ありがとな」
「うるさいっ、行くぞ!」
ロロは顔を真っ赤にしていた。恐らく、心配したのが、よほど恥ずかしいことだったのだろう。素直な感情を、口にするだけ、彼女は成長している。
○
休憩を挟みながら、クラード達は巡回を行った。途中、別の区画と交代もした。
クラードは大きく息を吐いた。周囲を警戒しながらの移動は、存外疲れるものだ。
巡回は街の人たちの挙動を観察しながら移動することになる。段々と過敏になっていき、細かい点を気にしだしてしまう。
宿舎に戻ってきたクラードたちは、宿舎入り口のベンチで休んでいた。
騎士の宿舎に、食堂や風呂場はない。
近くの店を利用するしかない。
クラードたちがベンチに座っているのは、ロロとラニラーアを待っているからだ。二人と一緒に、食事をとることになっていた。
「クラード、待たせましたわね!」
「……ふん」
ラニラーアとロロも昼は巡回をしていた。けれど、二人は微塵も疲れていないようだった。
クラードの前でラニラーアとロロは足を止める。それから、ラニラーアがじろっとロロを睨む。ロロも視線をぶつけた。
「おまえら、ほんとっ、仲悪いよなぁ」
クラードは腕を組み、大きくため息をつく。
――どうしたらこの二人は仲良くできるんだ?
クラードは以前、二人を引き合わせたことがある。というのも、ロロもラニラーアも仲のいい友達がいなかったため、二人ならちょうどよいのでは、と考えたからだ。その時の二人の不機嫌っぷりは、今でも鮮明に思い出せた。
「クラード……なぜロロもいるんですの!? わたくしだけで良いでしょう!」
「たくさんいたほうが楽しいじゃねぇか」
クラードがはっきりと言い切った。ラニラーアは「うぅぅー!」と唸りをあげ、両手を振る。
ロロは腕を組み、ため息をつく。
「楽しい? 平民がわんさかいても、うるさいだけだっ」
「そういうのなら、あなたが来なければいいでしょう!」
「何を! おまえが来なければいいのだろうっ」
「平民と一緒の食事が嫌なんですわよね!? わたくしも、クラードも、フィフィも平民ですわよ!」
「嫌とまでは言っていないっ。これだから、平民は……っ」
「あなたはいつもいつも回りくどいんですわよっ!」
「う、うるさい! バーカ!」
「誰が馬鹿ですの! あなただって座学は後ろから三番目だったではありませんの!」
またお互いに喧嘩を始める。別にいつものことである。
「クラード、いいの?」
「ああ。二人が疲れたところで声をかければいいんだ」
やがて、二人の喧嘩に一区切りがついた。
クラードはあくびを片手で隠しながら、声をかける。
「そろそろ行こうぜ。俺もフィフィも腹減ったよ」
「うん、おなかすいた」
フィフィが腹をさする。そのとき、ラニラーアとロロの腹が大きくなった。
二人は耳まで真っ赤にし、それから、一度だけ睨みあって歩き出す。
「それではいきますわよ」
「……ふん」
クラードは二人が仲が悪いことについて分析したことがあった。二人は加護をもらう前の実力はほぼ変わらなかった。加護をもらってからは、ラニラーアのほうが何歩か先を行くようになり、それがロロからすれば気に食わないのだ。
クラードはため息をつく。別に競いあうのはいいが、ここまで言い合いをしなくてもいいじゃないか、といつも思っていた。
宿舎から近くの店に移動して、夕食を食べる。
二人と話すことは鬼魔のことや、騎士のことだ。
「騎士って、悪い人をとっちめるだけではありませんのね」
「……貴様、そんなことも知らずに従騎士になったのか。おまけにブレイブ様の……ずるい」
「別に、誰の従騎士でもいいではありませんの」
「よくはない……どうして、私の騎士はフィンスなんだ」
ロロにしろ、ラニラーアにしろ、騎士になる予定のものはまずは従騎士となる。
現役の騎士に仕え、その騎士の仕事を手伝いながら、騎士についてを学んでいく、
人にもよるが最低一年は従騎士として仕えてから、騎士への昇格となる。
ロロは眉間に皺を刻む。その両目はラニラーアを捉えていた。羨ましさと強い嫉妬がその目にはあるようだった。
「ロロの騎士は、あの人なのか」
クラードが綺麗な女性を思い出していると、ロロがため息をついた。
「……そうだ。もっと有名な騎士がよかった」
「まあ、フィンスさんのことは知らないけどさ。別にフィンスさんから学ぶだけが仕事じゃないだろ? ほら、他の騎士にだって教えてもらってもいいんだろ?」
「……ふん」
「あっ、そういやおまえ人見知りだったもんな」
「……だまれ」
ロロがそっぽを向き、クラードは頬をかくしかない。
二人は夢に向かっている。それらを見たクラードは、改めて頑張らなければならないと思った。




