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第二十九話 先に進むしかない


 十四階層。

 クラードはスケルトンスネークと対峙していた。

 スケルトンスネークは、ラミアに似たようなものだ。


 上半身はスケルトンで、下半身は蛇。

 そのすべてが骨でできている。


 厄介な点は、その腕の数だ。

 スケルトンスネークは四本の腕があり、剣を握っている。

 四本の剣から繰り出される攻撃は苛烈だ。


 連続の剣をさばいていく。

 乱れそうな呼吸を整えながら、視線を向ける。

 敵は二体だ。

 

 フィフィとコルロを壁に寄せ、クラードはその前に立つ形で、魔物と対面している。

 乱れた呼吸を整えるために、クラードは息を吸う。

 その瞬間を狙ったかのように、スケルトンスネークの体が揺れる。

 

 振りぬかれた剣を、冷静に対処していく。

 もちろん、装備操作による敵の装備品は解除している。


 けれど、スケルトンスネークたちはすぐに握りなおし、攻撃を仕掛けてくる。

 スケルトンスネークが持つ剣は、大したものではない。

 たとえ解除したところで、スケルトンスネークが大きく弱体化することはない。


 スケルトンスネークが突進してくる。

 力技だ。

 単純だが、一番処理の難しい攻撃だ。


「フィフィっ!」


 魔法の詠唱を終え、いつでも放てる状態で待機していたフィフィが手を向ける。

 水の球がスケルトンスネークの前に展開され、爆発する。

 それ自体にダメージはない。


 だが、突然の魔法発生に、スケルトンスネークは困惑したようで、隙ができた。

 クラードは動きを止めたスケルトンスネークに突っ込む。

 反応したスケルトンスネークが剣を振る。


 ある程度のダメージは覚悟している。

 振りぬかれた一撃を、ひねるようにかわす。

 しかし、すべてをかわすことはむずかしい。


 体を掠めていく。

 大した傷ではない。

 スケルトンスネークの懐に踏み込んだクラードは、思い切り剣を振りぬいた。


 対面していたスケルトンスネークの体がよろめき、後退する。

 入れ替わるように、もう一体のスケルトンスネークが、蛇のような動きで距離をつめてくる。


 尻尾が振るわれ、剣で受け止める。

 押しつぶされそうな攻撃に腕が悲鳴をあげる。

 力勝負は無謀だ。クラードは全身に力をこめ、剣を横にふるう。


 敵の攻撃を左に流し、そのままスケルトンスネークの懐に入る。


「おらぁっ !」


 疲労で動かなくなりそうだ。気合とともに剣を振りぬき、魔物へと剣の腹を叩きつける。

 スケルトン系は切るよりも打撃のほうが効く。

 スケルトンスネークが一度距離を開け、二体が並んでこちらをうかがってくる。


 休む暇のない戦闘に、汗が流れる。

 顎へとたれてきたそれを拭いながら、剣を握りしめる。


 攻撃は十分通用する。

 だが、戦闘能力はほぼ互角といったところ。

 攻め込むには、力が足りない。

 

 やはり、トドメをさすには、フィフィの魔法しかない。


「アクアボール!」


 スケルトンスネークたちが一直線上に並び、フィフィが魔法を放った。

 巨大な水の球が、スケルトンスネークの頭上に出現する。

 暗い迷宮内でもはっきりとわかる水の球を見て、魔物たちの動きが固まる。


 逃げていれば、どちらかは飲み込めなかったかもしれない。

 水の球が魔物たちを飲み込む。

 水の球に、魔物たちを取り込んだあと、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。


 なかなかにえげつない魔法だ。

 からからと骨同士のぶつかる音が、目いっぱい響いた。

 そして、魔物二体は消滅し、魔石のみが地面に落ちた。


 クラードは剣をしまい、膝をつく。

 フィフィの助けがなければ、死んでいたかもしれない。

 何度も体の横を過ぎていく剣に、今更ながらに体が震える。


 スケルトンスネークは、かなり厄介な魔物だ。

 手数の多い攻撃は、人間の身ではどうしても捌くのに限界が出てくる。 


 それが同時に出てしまうと、全滅が脳裏をよぎってしまう。

 クラードは赤色ポーションを取り出し、一つ飲む。

 残っているのは九本だ。

 喉を通ったポーションが、全身の痛みを和らげてくれる。


「……ったく、この階層は単純に魔物が強いな」


 ゾンビと比べて、やりあうのが面倒な相手だ。


「……すまない。私は何もできないで……」


 コルロは申し訳なさでいっぱいの様子だ。

 クラードは先ほどの自分の発言を思い出し、首を振る。


「大丈夫だっての。まだ、何とかなってるからな」


 それは嘘ではない

 スケルトンスネークが一体ならば、まだどうにかなる。


 複数に襲われたときが問題なだけだ。

 とにかく敵が出てこないことを祈るしかない。


 フィフィをちらと見る。

 十四階層になってから、フィフィの魔法は何度も使用してしまっている。

 魔法を使わずに、ゴーレム突破まで行くつもりが早々に破綻してしまったのだ。


 この階層の攻略に時間がかかっているし、スケルトンスネークが複数で出てきてしまっている。

 複数の場合はフィフィの魔法がなければ仕留めるのが難しい。


 フィフィと目が合う。


「わたしはまだ大丈夫だよ」

「本当か? それならいいんだけど……」


 クラードは前を向き、先に進もうとする。

 そして、すぐに振り返る。

 と、フィフィが疲れ切った顔で何度も呼吸を繰り返していた。


「おまえっ、嘘はつくなっての! これからまだ戦闘はするんだからなっ」

「うっ……ず、ずるい」

「とにかくだ……。無駄に体力は消費させない。移動のときは、フィフィ俺の背中に掴まってろ」

「でも、クラードも疲れてる」

「おまえほどじゃねぇし、俺はちょっと休憩したからもう動けるっての。田舎育ちの俺はな、小さいころはそりゃあもう一日中走り回っているような子だったんだ。このくらい屁でもねぇっての」


 フィフィはごまかすのも難しくなったのか、その場で膝をつく。

 ぐっと口を結び、彼女は小さくうなずく。


「……おねがい」

「おう」


 小さな体が、背中に乗る。

 きゅっと控え目に肩のあたりを掴んでくる。


「……俺滅茶苦茶汗かいているから、臭いかもしれねぇけど、我慢してくれよな」

「大丈夫」

「そうか、よかった……」

「呼吸を止めるから」

「そっちか!?」

「冗談だよ?」


 ふふっとフィフィは笑みを浮かべる。


「クラード、わたしもっと頑張るからね」


 普段言わないような冗談を口にしたフィフィに、クラードは頭をかく。

 もしかしたら、知らないうちに顔に出ていたのかもしれない。

 クラードは大きく息をはき、奥歯をぐっと噛み締める。


 それで気合を入れなおした。

 途中、スケルトンスネークたちと何度か戦闘を行っていき、なんとか階段を見つける。


 十三階層への階段をあがっていき、その途中で体を休めることにした。

 踊り場までついたところで、全員で寝転がる。

 乱れた呼吸を整えながら、水筒を取りだして口につける。


 一つの水筒が終わった。

 持ってきたものは残り二つ。

 一つはフィフィの分で、もう一つは共用だ。もしも足りなければ、足りないほうが飲むというものだ。


 腕時計を見る。

 午後五時を少し過ぎたところだ。

 戦闘で苦労はしたが、思っていたよりも時間はかかっていない。


 次の階層に向かうまで、体を休めながらアイテムボックスを確認する。

 体力回復ポーションが残り七つ。


 状態異常回復が残り三つだ。

 体力回復ポーションは、ゴーレム戦でも必要になるだろう。


 残りの個数のまま、ゴーレムまで行きたいが、節約して死ぬのも馬鹿らしい。

 クラードは一つを取り出して、飲む。

 それから、全身を投げ出すようにして、クラードは横になった。

 少しでも体を休めたかった。


「クラード、水筒終わっちゃった」

「ああ、そうか」


 フィフィの分のも終わってしまったようだ。

 水筒の口をさかさにしていたフィフィが、悲しそうにそれを置いた。

 クラードが腕を伸ばして、アイテムボックスにしまう。


 もう一つの水筒を取り出し、フィフィに向ける。


「まだ飲むか?」

「大丈夫」


 フィフィはそういったが、表情は満足している様子ではなかった。

 残りの水筒は一つだ。

 最悪、フィフィの水魔法で水を確保できるとはいえ、戦闘以外で使用して魔力切れを起こしたくもない


「魔力のほうは?」

「……ちょっと、少なくなってきている」

「そっか……」


 コルロも水筒を取り出して飲んでいる。

 表情はずっと沈んだままだ。


「コルロ、この階層の魔物を見れるってなかなかない貴重な体験だからな? しっかり覚えておけよ?」


 体を起こし、彼女の頭を掴んで、雑に撫でる。

 コルロの髪がぼさぼさになる。


「な、何をする! や、やめいっ」

「そう暗い顔するなって。男の子ってのは、可愛い女の子に笑顔で応援されるだけで頑張れるもんなんだ。俺のためを思って、ほら、もっと笑ってくれよ」


 大げさに笑ってから彼女の頭から手を離す。

 少しは元気が出ただろうか。

 コルロは耳までを赤色に染めたまま、なすがままになっている。

 

 と、今度はフィフィが自分のほうに頭を向けてくる。

 無言のままに上目遣いで見てくる。

 頭をなでろ、ということなのかもしれない。


 クラードはコルロをなでていたその手をすべらせるようにして、フィフィのもなでる。


「フィフィも、ここまで魔法の援護助かってる。ありがとな」

「うん、もっと頑張る」


 階段の踊り場で十五分ほど過ぎたところで、立ち上がる。


「そろそろ行くつもりだけど、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「ぼ、僕も大丈夫だっ」


 二人の元気な返事に、クラードは両足を支えにして立ち上がった。



 ○



 十二階層と十一階層を繋ぐ階段に、ようやく到着した。

 そこの踊り場に到着し、クラードはアイテムボックスを確認する。

 手元に残っていた体力回復ポーションは残り一つ。

 

 水筒の中身は一度空っぽとなり、フィフィの魔法で確保した。

 現在時刻は午後八時を過ぎたところだった。

 フィフィの魔力も底をつきてしまった。


「うへ……」


 フィフィがぺたりと横になる。

 五分ほど休んでいると、足音が聞こえてきた。

 階段を下りてきたのは、三名の冒険者だ。


 ゴーレムを突破したあとなのだろう。彼らもどこか疲れた様子であった。

 十階層と十一階層の間に、休める場所はない。


 クラードはすぐに体を起こす。

 まったく休むことはできていなかったが、冒険者たちに『弱っている』とは思われてはいけない。


 クラードは立ち上がり、壁に背中を預ける形で冒険者を観察する。

 冒険者たちもこちらに気づいたようだ。

 あまり人相は良くない。

 

 容姿ですべてを判断したくはなかったが、今ばかりは楽観的にはなれなかった。

 冒険者たちの視線はコルロで止まる。

 けっと、ひがむような声をあげる。


「あいつ、学園生だぜ」


 冒険者の一人がそんなことを呟く。

 他の冒険者との無用な争いを避けるために、制服の上着は脱いでいる。

 しかし、下は運動用の短めのズボンだ。


 それが学園で支給されるものであり、目ざとい冒険者ならば、学園生だと簡単に気づけてしまう。

 コルロはぎゅっと唇を結び、目を閉じる。


 クラードはコルロの護衛、という立場を演じる。

 冒険者たちが変な気を起こさないよう、神経を研ぎ澄ましておく。

 冒険者たちは少し離れた場所に腰かけ、時々こちらを見てくる。 


 やがて、冒険者の一人が立ち上がった。

 そして、こちらにやってくる。


「なあ、あんた学園生だよな?」

「……えと、その、はい」


 コルロは絡んできた青年に、困惑していた。

 青年は笑みをこぼす。

 と、彼は右手を腰に伸ばす。そこには短剣がしまってある。


 人相の悪い彼は、舌なめずりをしながらそれを振りぬく。

 気づいていたクラードは、コルロに当たる前に、その手首をつかんだ。


「俺は彼女の護衛だ。……なにか用事でもあるのか?」

「……へへ、なんでもねぇよ。ちょっと学園生を驚かしただけだぜ」


 彼がぱしっとクラードの手を払いのける。

 それほど強い力を入れていなかったため、クラードはよろめきかける。


「それはどうも。だが、次に同じようなことをすれば容赦はしないからな」


 レイスの口調を真似する。

 彼の話し方は初対面の相手に威圧感を与える。

 事実、フィフィがそうだった。


 冷静に、疲労を表情に出さず、笑みも一切浮かべない。

 青年は苛立ったように地団駄を踏み、地面に唾を吐いてから去っていく。


「羨ましいねぇ、生まれのいい奴ってのはよ」

「……」


 冒険者たちはそのまま踊り場に寝袋を敷いていく。

 彼らはここを拠点にして、今夜を明かすのだろう。


 クラードも休むつもりだった。しかし、ここではゆっくり休めない。

 空腹を感じ、手をあてる。十二階層の移動中、何度も腹がなっていた。ここまで食事は一切取っていないのに、体力を消耗し続けている。水分だって残っていない。来るのかどうか、いつくるのかわからない助けを待つのは無謀だ。どの選択が正しいのか、わからない。


 クラードはフィフィとコルロを見る。

 冒険者の三人組に、助けを求めたところで、援助は難しい。

 休むにしても、せめて誰もいない場所がいい。

 十一階層と十階層の間に階段はなく、休める場所がない。


 ここが、ゴーレムに挑むための最後の休憩場所だ。

 先ほどの連中がいる中で、体を休めるのは危険だ。

 今のまま眠りにつけば、仮眠ではすまない。


 それだけ疲労してしまっている。何かされても、気づけないことだってある。


「……先に進むしかないよなぁ」


 クラードはため息をなんとかこらえて、腰に手をあてた。



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