第三十話 あきらめねぇ
コルロは今にも泣きだしそうに、口をぎゅっと閉めていた。
第十一階層にあがる。
ノーム迷宮の特徴である暗闇も、ずいぶんと弱まった。
クラードは階段を上りおえ、息をおおきく吐いて膝に手をつける。
顎を伝う汗を拭い、クラードは足を前に踏み出した。
「ごめんなさい……私のせいで」
ひっくひっくとコルロが目元に手をやる。
あまりにも小さくなっている彼女の背中を叩く。
「気にすんな……ちょっと、過敏になっちまっているだけなんだしな」
別に、あの冒険者たちがわざわざ攻撃を仕掛けてくる、とは限らない。
震えだしそうな足を無理やり動かす。
体力に自信はあったが、ここまでの無理がたたっている。
体は確実に蝕まれている。
ポーションでは誤魔化せない。
――ゴーレムさえ突破すれば。
クラードはずり落ちてきたフィフィを背負いなおし、十一階層を歩いていく。
九階層にさえいければ、おそらく冒険者はいない。
九階層を拠点としてわざわざ使う人間はあまりいない。
たどり着ければ、ゆっくりと休める。
そして、仮眠を取り、空腹で動けなくなる前に、地上を目指せばいい。
そうすれば、朝には脱出可能だ。
九階層からなら、地図も用意してある。
後階層一つと、ゴーレム一体だ。
そのくらいなら、なんとかして見せる。
フィフィはぼろぼろでコルロだって、できて囮くらいのものだ。
けれど、この逆境が心地よかった。
十一階層の魔物は知っている。
スケルトンナイトと呼ばれる魔物で、スケルトンウォリアーの亜種のような存在だ。
彼らはたいして強くはない。
出現したスケルトンウォリアーが、剣をあげながら突っ込んでくる。
その剣を払い、最小の動きで仕留める。
戦闘のたびにフィフィをコルロに預け、スケルトンウォリアーを剣で殴る。
スケルトンウォリアーには苦戦しない。
これよりも強い相手と戦闘していたからか、弱いとさえ思えた。
「……クラードのそのスキルって凄い強いよな」
背後にいたコルロが、羨ましそうな目を向けてくる。
剣をしまいながら、クラードはピースを作る。
「まあな。ただ、これも内緒だからな? お互い秘密ってことで、仲良くやろうぜ」
「……う、うん」
コルロが照れた様子で下を向く。
秘密にしてくれるなら問題ない。
「クラード……だいぶ、強くなってきたね」
「さっきからおまえ口調変わったよな」
コルロは慌てた様子で頬をかき、視線を外に向ける。
「えっと……その変かな? クラードの前だったら、別にいいかなって思って……」
「いや、ぜんぜん似合ってるぜ。女の子っぽいけどな」
「そ、そうかな……えへへ」
クラードはその反応に首を捻る。
褒めたつもりはなかった。
そんな風に話しているところを他の人に見られたら困るのでは? という指摘だったが、どうやらコルロは違う意味に捉えたようだ。
それでも、女の子は笑顔のほうがいい。
十階層に繋がる扉が見えてきた。
扉を開けた先は、そのままゴーレムが待つ部屋へと繋がっている。
一度入ればボスを倒すことでしか脱出はできない。
周囲に魔物はいない。クラードは扉の近くで一度座り、体力の回復に努める。
「十階層は……ゴーレム。学園生は、一年以内に倒せれば優秀といわれている場所、ね」
「ああ、知ってるよ。よく、な」
クラードは軽く息を吐く。
ゴーレムとの様々な思いがある。
けど、負の感情はすべて払う。
条件は想像よりも悪いが、これでゴーレムを倒せばそれでいい。
負けることなんて考えない。ここまで来たからには、すべて守りぬいてみせる。
十五分程度は休むことができた。
おかげで、十一階層に入った時よりも、ずっと体の調子は良い。
軽く準備運動を行ってから、クラードは頬を叩く。
そして、一気に扉を押し開ける。
十階層は他の階層とは造りが違う。
広大な草原が広がっていた。
空を見れば、綺麗な星空が広がっている。
月明かりが十階層を強く照らし、視界にはまったく困らない状態であった。
すやすやと休んでいるフィフィをコルロに任せ、クラードは一歩踏み込む。
それが合図となり、クラードの視線の先に光が集まる。
やがてそれは一つの形を作る。
黒く、頑丈な鎧のような姿をした魔物がそこにはいた。
赤く染まった瞳が自分たちを射抜く。
巨大な人型の黒い生物は、普通のゴーレムではない。
見間違えるはずがない。
思わぬ魔物の出現に、クラードは頬が引きつった。
「れ、レアモンスター……!?」
コルロの驚きの声にあわせ、黒いゴーレムが両腕を広げる。
その両目がひときわ強く光った。
「上等、上等……やってやるってのっ!」
ここまできたら、なんでも来いだ。
〇
ゴーレムはまだ動き出さない。
クラードはアイテムボックスにある剣をすべて取り出し、地面に突き刺していく。
それらのステータスをいじり、自分にあったものへと作り替えていく。
七の剣が地面に突き刺さっている。
手に持っている剣を含め、これですべてだ。
今までよりも、ステータスの上昇は高い。
ゴーレム。
茶色の形をした、岩で作り上げたような魔物だ。
その頑丈な体は、並大抵の攻撃では怯むこともなく、探索に慣れた冒険者を何体も殺してきた。
ゴーレムを突破できるかどうかが、冒険者としての始まりだ。
まるで鉄の鎧のような光沢をもったゴーレムに視線をやる。
鎧であれば、装備操作で外れるが、それは鎧ではないようだ。
その黒く光る人型の魔物は、岩のゴーレムよりもずっと頑丈そうだ。
どの部位に攻撃を当てれば勝てるのか、それさえもわからない。
この中でもっとも火力のあるフィフィは、すでに魔力はなく、体も満足に動ける状況ではない。
ゴーレムが動き出す。その体はクラードの倍ほどの高さがある。
丸く太った見た目どおり、動きは鈍い。
だが、一歩ごとに響き渡る音は足から体の芯にまで響いてくる。
思わず怯みそうになる。
しかし、後退するわけにはいかない。
敵の目標を、背後にいる二人に向けるわけにはいかない。
剣を構え、クラードは駆け出す。
ゴーレムの動きは早くない。その赤い瞳を睨みつけながら、距離をつめる。
ゴーレムの目がゆっくりとこちらを捉える。
速度では勝てる。あとは、攻撃が通るかだ。
ゴーレムの右腕が上がる。
月明かりに反射する腕が、握りこぶしを作る。
拳が振りぬかれる。
それを横にとんでかわす。
強い風が頬を殴りつける。
歯を食いしばりながら、クラードは剣をふるう。
「かってーなっ!」
苛立ちを含めて叫ぶ。
普通の攻撃が通らない。
クラードはいよいよ面倒だと思いながら、距離を置く。
あまり長く戦闘を行うつもりもない。
ゴーレムが両手を広げるようにして、立ちふさがる。
その奥には九階層へと繋がる扉がある。
ゴーレムを倒さずに先へ進むことができればどれだけ嬉しいことか。
「ゴガァ!」
ゴーレムの咆哮が響く。
先ほどクラードの攻撃を防いだことで、ゴーレムに自信のようなものが生まれたのかもしれない。
無謀とも思える突進攻撃を繰り出す。
この一瞬で、クラードにできることを見抜いたのかもしれない。
一番厄介な行動だ。
こちらの様子を観察し、その行動に出たのだとすれば、賢い魔物だ。
ゴーレムが腕を払う。
横へと飛んでかわすが、風圧が襲いかかる。
左手が掴むように伸びてくる。
それも飛んでかわし、ゴーレムの腕を切りつける。
剣が身に届くことはなく、その頑丈な体に弾かれる。
ゴーレムはますます大ぶりな攻撃を放ってくる。
ゴーレムからすれば、一撃でも当たればいいというものなのだろう。
攻撃をかわしながら、装備のステータスをいじっていく。
筋力はひとまず置いておき、速度を増やす。
ゴーレムを倒す手段を探すための、時間を稼ぐ。
ゴーレムは自分を観察するようにじっと見てくる。
その間に、乱れた呼吸を整える。
やはり、ここまでの移動で体力をだいぶ消費してしまっている。
何度も呼吸をして、汗を拭う。
ゴーレムが再び動き出す。
先ほどよりは、警戒している。
大振りを減らし、動きの少ない連続攻撃を繰り出してくる。
まるで、自分の体力を奪い取るように――。
――賭けにでるか?
ゴーレムの攻撃をかわしながら、その思考が脳裏をよぎる。
このままでは、体力が尽きるのが先だ。
足が、動くのをやめようとするのを必死に動かす。
腕が、あがらない。気の抜けた腕をしかりつけて剣を振る。
ゴーレムの攻撃が徐々に激しくなっていく。
――いや、違う。
激しくなったのではなく、どんどん体が動かなくなっているのだ。
攻撃が掠る。
連続の拳が、クラードの体ではなく、心を殴りつけてくる。
――どうしてここで、こんな苦しい思いをしてあがいているのか。
諦めればすべてが楽になる。
そんなこと、わかりきっている。
そんなこと、とうの昔にわかりきっている。
それでも、冒険者をあきらめなかった。
「……俺は最強になって、親父を、師匠を探し出すんだ。それまで、一度だってあきらめねぇ!」
ゴーレムが振りぬいた拳に剣を当てる。
装備操作によって、筋力にすべてを振り分け、その一撃を払い飛ばす。
ゴーレムが大きく腕をあげ、煩わしそうにこちらを睨む。
筋力を最大にすれば、まだどうにかなる。
クラードは剣を握りしめ、ゴーレムを鋭くにらむ。
隙のあるうちに、攻撃を仕掛ける。
踏み込んだ瞬間、足元に魔法陣が展開され、足を何かに掴まれた。
「ゴガ!」
ゴーレムの喜びにも似た声が、耳を破る。
足を見れば、土の手につかまれている。
クラードは、すべての装備品のステータスを防御へと振り分ける。
ゴーレムの拳が直撃する寸前に、操作が完了する。
剣を盾代わりにして、その一撃を受ける。
全身がへし折れそうなほどの衝撃だ。
足を掴んでいた土が壊れ、クラードの体がはじかれる。
ごろごろと転がり、なんとか受身を取る。
全身に痛みがあったが、動けないことはない。
寸前で、防御に割り振っていなければ、おそらくもう終わっていた。
「……あっぶねぇ……いてて」
それでも、胸にずきりと痛みが走る。
もう、とっくにポーションは使い切ってしまっている。
ゴーレムが迫ってくる。
立ち上がらなければいけない。
けれど、すぐに動いてくれない。
体を起こそうとした瞬間、ゴーレムに剣がぶつかった。
「ゴガ?」
ゴーレムが今気づいたとばかりに、視線をコルロに向けた。
彼女は腰に差していた剣を、ゴーレムに投げたのだ。
むなしく弾かれた剣が地面に落ちる。
コルロは、さらに剣を取り出し、それをゴーレムに投げる。
両目は涙がたまっているし、恐怖に染まったその顔に、クラードは気合を入れなおす。
――ここで終わってたまるか。
ゴーレムの注意がコルロに向かう。
彼女が小さな悲鳴をあげる。
クラードは立ち上がり、コルロが投げた剣四本を、すべて自分のものにする。
今だけは貸してもらう。
勝手に借りることを小さく詫びながら、クラードは落ちている剣を拾って振りぬく。
合計十二の剣を、俺はいま装備している。
コルロの剣のステータスをいじり、こめた一撃でゴーレムの足を切りつける。
まだ、通らない。
それでも、ゴーレムが再びこちらを見る。
「コルロ、ありがとな……!」
仕掛けるなら、いまだ。
クラードは迷宮の魔物から奪った、価値がほとんどないような剣から順に、掴んでいく。
まだ、できることがある。
クラードは装備操作の中にある、ある一つの力を使用する。
限界突破――。
発動した瞬間、剣が淡い光を放った。




