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第二十話 夢は自然に憧れるもの


 ブラッドバットから獲得できたのは、大きな魔石だった。

 質はEランク級だ。

 十階層を超えて、ようやく獲得できるようなサイズの魔石だったが、レアモンスターのドロップとして考えた場合、なかなかにハズレだった。


 それでも、ここまで順調にいっているのだ。

 このくらいのことでけちをつけるつもりはなかった。

 クラードとフィフィは第三階層と二階層をつなぐ階段でひとまず休憩を行う。

 午後から狩りにきたこともあり、夜も近づいている。


 腕時計を見ると、午後四時を過ぎている。

 四階層にいきたい気持ちもあったが、今のまま狩りを続けるのは危険だ。


「今日はこの辺にしておこうか」

「うん、わかった」


 フィフィはこくりと素直に頷いてくれる。

 それでも、さっきまでは結構怒っていたのだ。


「クラード、わたしは子どもじゃない」

「……い、いやぁ、わかってるって」

「あんなに心配しなくても大丈夫だから」

「わかったわかった」


 フィフィにもプライドがあるようだ。

 腰に手をあて、頬を膨らませている姿は子どもそのものだ。

 その指摘はもちろんできるはずもない。


「それでも、さっきのは凄かったなぁ。すっげぇ、驚いたぞ」

「そう?」

「ああ、助かったよ。魔法を二つ同時に使う、か……なるほどなぁ。そういうのもできるのか?」

「うん。詠唱して、ためておいた。冒険者の人たちはスキルをそんな感じで使っているようにみえたから」


 フィフィの目にはそう映ったのか。

 実際、冒険者たちはスキルをその場で使用しているだけにすぎない。

 フィフィだからこそ気づけたことだ。

 穏やかだった彼女は、しかし次にはまたむくれた顔になる。


「けど、クラードはわたしを子ども扱いしすぎ。心配しすぎ」

「わ、悪かったって。今までは近接戦闘はまったくできなかっただろ? 近寄られたらまずいって思ってさ。俺たちはそれぞれ役割があったからさ」


 言い訳を並べていくと、フィフィはこくりと曖昧にうなずいた。


「そうだけど……もっとわたしをちゃんと見てほしい」

「わかったわかった。ほら、悪かったって」


 せめて、落ち着かせるようにと、彼女の頭を撫でる。

 そうするとフィフィは、穏やかな表情を作った。

 凄い子どもっぽい、と思ったのは内に秘めておく。


「わたしも、もっと戦えるようになる。戦えるようになったらクラードは嬉しい?」

「嬉しい……っていうか、なんていうか。まあ、助かるな」

「なら、助けたい」


 フィフィの素直な言葉に、クラードはそもそも彼女との出会いを思い出す。

 細かいことではあったが、フィフィとの関係は、もともとは彼女が生活をするために出したものだ。

 苦肉の策のようなものだ。


 すっかりフィフィが自分の下で生活するのは当たり前になっている。

 そして、それを受けいれていた。

 悪くはない。クラードも、一人ではパーティーを組めないこともわかっている。


 現状の自分のステータスはともかくとして、多くの冒険者はランクでパーティーを決める。

 ランクGでは結局どこにいっても、仲間に入れてもらえる可能性は低い。


「それじゃあ、家に帰るか」

「うん」


 フィフィとともに迷宮の外へと出る。

 外に出たときには、すっかり空も暗くなっている。

 綺麗な夜空をしフィフィは見上げながら歩いていく。


 他の人の邪魔にならないよう、誘導しながら彼女とともに進む。

 素材の売却は後にする。

 今日は大して素材も手に入っていない。後でまとめて行えばいい。


 アパートについてから、装備品をすべてしまう。

 ずっと装備を身につけていると、それだけでも結構体に負担がかかる。

 解放された体で伸びを一つする。


 息を大きく吐き出していると、フィフィがじっと自分を見てきた。


「クラードちょっと気になることがある」

「どうしたんだ?」


 わざわざそう前置きをするのは珍しい。

 フィフィはいつも気になったことがあればすぐに聞いてきていた。


「朝、訓練場で冒険者の人たち、みんな聖都を目指して頑張っているって言っていた」

「あー、まあそうだな」


 聖都で仕事ができるというのは、名誉なことだ。

 平民から貴族にあがるようなものだ。

 名誉なもので誰でも一度は目指すことになる。


 一番手っ取り早いのは冒険者学園に入学することだ。

 だが、冒険者学園の場合はある程度の才能がなければ入学時点で落とされてしまう。

 そうなると、残りの可能性は野良の冒険者からの昇格だ。


 冒険者で他が驚くほどの戦果をあげることができれば、騎士として誘われる可能性もある。

 あくまで、可能性。そこは運に左右される。

 それでもまったくないわけではない。


「クラードも聖都に行きたい?」

「聖都にっていうか、前にもいったけど一流の冒険者になって未開拓大陸に行きたいな、俺は」

「それがクラードの夢?」

「ああ、夢……だな」


 夢、というよりも目標に近い。

 ただ、フィフィは自分の夢が気になっているようだ。


「何かあったのか?」

「冒険者の人たち、みんな夢を持っていた」

「あー、確かに」


 教官として呼ばれていた冒険者が、「夢を持つように」といっていた。

 夢を持つことで、それを実現するために何をすればいいのか、具体的に考えられるようになる。

 教官の言葉が、フィフィは気になっているのかもしれない。


「わたしは……何が夢なんだろう」


 曖昧な質問だ。

 けれど、彼女は本気で悩んでいる。

 クラードは顎に手をやり、あーでもないこーでもないと手をしばらく動かし、


「夢は自然に憧れるものだと思うな」

「自然に?」

「俺だって、最強の冒険者になりたいっていう夢はさ。未開拓大陸を探索できるようになりたいって思ったからさ。あとは、師匠もだな」

「うん」

「そういう、単純なことでいいと思うんだよ。それに、無理に見つけないといけないものでもないよ。あったら、あったで、夢って自分を縛り付けちまう部分もあるからな」


 それは自分の経験からだ。

 何も目的がなければ、ランクGとわかった段階でギルド職員の道に変えていただろう。

 夢は大事だが、夢を必ずしも持つ必要はない。

 クラードは自分の経験からそれを彼女に伝えた。


「わたし、夢かどうかわからないけど、クラードのために頑張りたい。クラードに力を貸したい」

「……それはまあ、夢とはちょっと違うと思うけど、そのくらいのほうがいいかもな」

「うん」

「これから、自分のことでやりたいことを見つけるといいよ」

「わかった」


 フィフィが明るい笑みを浮かべる。

 それから彼女は風呂に行く。

 ひとまず落ち着けた。

 

 疲れに任せるように横になる。

 部屋の明かりが自分を照らしている。

 フィフィはこれからどんどん強くなるだろう。


 あれだけの魔法の才能があり、それを戦闘にいかすだけのセンスもある。

 そんな彼女に負けたくないない。

 ぐっと拳を固める。


 自分が強くなるために、良い武器を探すことと、迷宮に合わせた武器のステータスの分配。

 自分が強くなっていくにはそれしかない。

 それと日頃の剣の訓練だ。


 フィフィが寝静まった頃に、クラードは一人外に出て剣を振り続けた。




 ○



「今日はよろしくな、レイスっ」


 レイスとこうして共に活動するのは久しぶりとなる。

 自宅にやってきたレイスを出迎えて、部屋にあげる。

 「失礼する」とレイスは玄関で靴を脱ぐ。


 真っ直ぐに廊下を進んでいく。

 彼の表情はいつもの通り鋭さを秘めている。


「もっと笑ったらどうだ?」

「なぜ笑う必要がある」

「怖いからだっての」


 クラードがそういうと、朝食を食べにきていた大家が居間から顔を出した。

 レイスがびくっと肩をあげる。


「おお、レイスじゃねぇか。なんだ今日は三人で迷宮か? 元気でいいねぇ」

「……久しぶりです」

「んな堅苦しくなくたっていいんだぜ。昔みたいに、リン姉ちゃんーっていってくれればいいのによ」


 にやにやとからかうようにレイスへ視線を向ける大家。 

 レイスの顔をじっと見る。

 澄ました顔に僅かな羞恥の色が見えた。

 顔を近づけると、ずいっと頬を掴まれる。


「あまりからかうなよ」

「からかってないって。いやぁ、レイスにも可愛い時期があったんだなぁ」

「ああ、あったぜ。そりゃあ昔は、泣き虫だったからなー。友達にいじめられてすーぐ泣き出してあたしの後ろをついてまわっていたんだよ」

「へぇ……そういえば、レイスって孤児院の出身だったよな?」

「……ああ」


 レイスはあまり昔を話したがらない。

 若干唇を尖らせ、いじけたような顔を作っている。

 クラードが知っていることはそのくらいだった。


「それじゃあ、大家さんとはそこで知り合ったのか?」


 先ほどの口ぶりからそんな風にうかがえる。

 大家がこくりと頷いた。


「あたしとレイスは同じ孤児院の出身だ。そんときから仲はいいな」

「へぇ……」


 そういった接点があったのか。

 レイスは無愛想だが、頼れる人間が多いというのは知っていた。

 彼が研究者としての立場を持っていて、現在も飛行船の開発などに着手しているからで、大家ともそういった関係なのだと思っていた。


「……あまりオレの話はしなくていいだろう。さっさと迷宮に行くぞ」


 レイスが珍しくせかしてくる。

 大家のことは尊敬しているが、苦手、と言っていたこともある。


「フィフィ、準備はいいか?」

「うん、これもっていって」


 フィフィがおにぎりの入った弁当箱を持ってくる。

 

「げっ、忘れてた」


 クラードはそれを受け取ってすぐにしまっておく。

 大家をちらとみると、ひらひらと手を振る。


「そんじゃ、頑張れよー」

「大家さん、ここ一応俺が借りている部屋なんですけど……」

「ああ、そういやそうだったな。しかたねぇ、戻るか」


 大家が「よっこらせっ」とジジ臭く言うって立ち上がる。

 少しよろめいてから、大家は仁王立ちになる。

 相変わらず小さい。


 レイスと大家は姉弟のようなものだ。

 誰が見ても、レイスのほうが兄と思うだろう。

 大家が勝気に微笑んでいる。


「なんだよ。何かあたしの顔についているのか?」

「い、いや、別に」


 クラードの視線の意味に、レイスは気づいていたようだが、指摘されることはなかった。

 普段ならば、からかってくるだろうに、珍しい。


「そんじゃ怪我しねぇよになー」

「うん、心配しないでも大丈夫」

「心配ってわけじゃねぇからなっ!」


 フィフィが返事をすると、大家が両手を振り回して叫んだ。



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