第十三話 装備操作の使い方がわからん
「クラード、迷宮に入れない」
フィフィはしばらく迷宮を観察し、諦めるように首を振る。
「この迷宮はもうずっとこんな感じなんだよ。他にもこんな迷宮はいっぱいあるんだけどな」
「……そうなんだ。じゃあ、どうする?」
「今日来たのは、この扉の紋章を確かめるためだ」
クラードは扉に手を近づけて、こんこんとノックをする。
と、その瞬間扉がきらりと光をあげる。
いつもと違う反応に、クラードは頬をひきつらせていた。
ゆっくりとだが扉が開いていく。
クラードは目を瞬くしかなかった。
「あ、あれ?」
「クラード……開けられるの?」
「い、いやぁ……俺も知らないけど、この扉の紋章とフィフィの脇腹についた模様が似ているなぁって思ってさ」
「模様?」
ちらとフィフィが服をめくる。
可愛らしい白い肌が日差しを反射して輝く。
「ほら、やっぱり同じじゃないか?」
「……えーと」
フィフィが迷うように声をあげる。
扉の中央に模様がついていた。
それは左右へと開いていってしまい、二つに別れてしまっている。
そのせいで、全体がはっきりとしない。
「……やっぱり似ていると思うんだよな。けど、なんでかはわかんね」
クラードは腕を組んでから、剣を装備する。
「とりあえず、だ。開いたのなら中に入ってみようぜ。誰も攻略したことのない迷宮なら――」
「たくさん宝箱があるかも」
「そういうわけだっ。たくさん見つけられたら、しばらくうまいものが食べられるっ」
「うまいものっ、わたしも頑張る!」
「よし行くぞ! ただし、危ない可能性もあるから、一階層は特に、特に慎重にな!」
内部の構造はどこの迷宮も変わらない。
迷宮は地下へとできているため、まずは階段を下りるところから始まる。
ただこの迷宮はノーム迷宮ではない。
入口の模様を、研究者たちの意見をそのまま信じるのならば、ここは竜神の迷宮だ。
各属性の精霊迷宮は基本的な部分で作りが同じだ。
温度が高かったり、風が強く吹いて居たり、水が多かったり――。
その程度の違いしかないが、竜神ラピスの迷宮は一体どんなものなのか。
他の迷宮よりはるかに危険な可能性もある。
階段を下りた先、強い光が一度吹き抜ける。
暗闇からの明るい場所に、目が慣れない。
やがて、慣れた景色の先――。
そこには、崩壊した建物があった。
「な、なんだこりゃっ」
まるで、今あるクラードたちの街が崩れ落ちたらこうなりそうなほど――。
いや自分たちが住んでいる世界よりも随分と高度な文明のように見える。
半壊したビルは、もとはその倍近くはあったのだろうと思える。
空を見れば、どこまでも高い空が広がっている。
「……きれいな街だったんだね」
「たぶん、な」
崩壊した世界が、この迷宮の基本なのだろうか。
だとすれば、ずいぶんと性質が悪い。
まるで、自分たちの未来がこうなるとでも言いたげな様子だ。
「あとは魔物、だな」
警戒を怠らずあるいていく。
周囲、すべてが危険だ。
崩れた建物の間にも視線をこらしていく。
どこに魔物が潜んでいるのかわからない。
それでも、発達した街に思わず視線が向けられる。
と、耳障りな音が届いた。
まるで何かの機械が起動したような音。
音は止まらない。
継続的に発し続け、やがてクラードたちの前にその魔物が姿を見せる。
「……な、なんだこりゃ。魔物……いや、最近開発されているとかいう機械みたいな感じか!?」
クラードの前に現れたのは、魔物の姿をした機械だ。
ウルフに似た機械の魔物をじっと観察する。
『機獣ウルフ』とその体には彫られている。
目を赤く光らせながら口を開く。
「ガルル……っ」
唸り声もそのままウルフだ。
クラードは剣を抜いて、フィフィを後退させる。
「フィフィは近くに身を隠しながら魔法の準備だ。ただ、ウルフなら機動力があるから、魔法は当てられない可能性もあるからな」
「……わかってる!」
フィフィが崩れた壁の後ろに回る。ウルフがとびかかってくる。
黒を基調した機械の体には、魔石が埋め込まれている。
それを燃料として動いているのだろう。
魔法生物、スケルトンと造りは変わらない。
ただ、機械が自律的に動き、人間を襲う。
とびかかってきたウルフの攻撃をかわす。
一階層の魔物だけあり、大した速さはない。
かわしざまにその体を切りつける。
剣がすっと機械の体を傷つけ、コードが飛び出す。
壊れた部位から、魔力が電流のように漏れ出る。
着地したウルフが、足を気にするそぶりを見せながら、再度吠える。
「一体、なんだってんだ……」
状況の確認をするにしても、ウルフが攻撃をしてくるのならば、まずはそれを止めないといけない。
とびかかってきたウルフの攻撃をかわすと、フィフィの魔力が強く光る。
魔法の準備が終わったのだ。
ウルフは飛びついてくる攻撃しかしない。
機械だけあって、大した思考回路はないのかもしれない。
所詮は一階層だ。
カウンターをウルフの体に当て、地面へとたたきつけて剣を突き刺す。
地面にウルフの体を縫い付けてから、後退すると、アクアランスがウルフの体を薙ぎ払った。
縫い付けられていたウルフの体が弾かれ、魔力を全身から放ち爆発する。
あとには魔石だけが残り、クラードはそれを拾い上げた。
「……機獣。聞いたことは、あるんだよな」
物陰から戻ってきたフィフィが消えたウルフのほうを見ていた。
「機獣……?」
「すっげぇ前なんだよ。確か、五百年くらい前……だったかな? その時代には、機獣っていう魔物に似た機械が暴れまわっていたとかなんとか」
レイスが鼻息荒く語っていた記憶を掘り返す。
今よりも高度な文明を持っていたらしく、昔の人々は鬼神の配下と戦うために機械を使っていた。
最近ではそれらが発掘され、少しずつ機械の研究が進められている。
レイスもそれに手を貸している、と話を聞いた事があった。
「それが、さっきの?」
「かもな。一度この世界は機獣たちによってかなり破壊されちまったんだよ。けど、そのときに精霊様が現れて、世界を今の形に作ってくれたってわけなんだ」
「……じゃあこの迷宮は、もしかして昔を再現している、とか?」
「うーん、そうなんかな? とりあえず、まだ戦えないことはないから奥に行ってみるか」
「うん」
フィフィはじっと周囲を見ながら歩いていく。
クラードもそんな彼女を眺めていく。
この迷宮に来たのは、フィフィの模様と関係があるかどうかだった。
そして、何よりこの迷宮には一度クラードは来たことがあった。
そのときはラニラーアと一緒だった。
中に入ることはできず、ただの観光のようなものだった。
あのときもクラードは扉に触れたが、一切開くことはなかった。
そのときと変わったことはフィフィがいるかどうかだ。
「何か感じるものってないか?」
崩壊した街をざっと見まわしてから、問う。
「……わからない」
フィフィは顎に手をやってから首を振った。
フィフィにも関係しないとなると、ただの迷宮攻略となる。
ただ、人がいないため、フィフィの魔法を惜しげもなく使用できるのは利点だ。
危険なときに助けてもらえないという問題もあるが、そもそも冒険者ならばそんな情けないことは考えない。
クラードたちは建物と建物の間、整った道を進んでいく。
「……すごい綺麗な街だよな」
倒れた青黄赤の物体や、転がっている店の看板を見ると、胸が締め付けられる感覚があった。
多少なりとも、自分の住んでいる街と比較してしまう。
「こうも、似たような景色があるとなんだか嫌だな」
「似ているけど、ここは違う場所」
「まあ、そうなんだよな」
この街のほうが、発達している。別物とわりきり、一階層を進んでいく。
襲いかかる魔物はクラードがひきつけ、適度に弱らせたあとにフィフィの魔法をぶち込む。
一階層の探索に、たっぷり二時間ほど経ったところで、二階層に繋がる階段を見つけた。
そんな戦闘を繰り返していたとき、クラードは嘆息をついた。
「……装備操作の使い方がわからん」
「ウルフに使っても意味なかった?」
「ああ、まったくな」
スキルの発動条件は様々だ。
たいていは、スキルを意識、あるいは口にすることで使用可能だ。
ウルフに触れながら大声をあげたが、効果はない。
使用条件がわからない以上、今のままではどうしようもない。
性能がわかれば、後でレイスに自慢しようと思っていた。
このままではスキル自体を秘匿することになりそうだった。
二階層に繋がる階段で休憩をとる。
この階段についている明かりも、普段のように壁に魔石が埋め込まれているというものではない。
燭台の先に魔石が括り付けられている。
ただ、その光は恐怖をあおるかのように一定の間隔で明滅する。
フィフィはそれが気になるようで、ちらと見てはクラードの服を掴んできた。
距離が近い。
クラードは子どものような彼女の背中を軽くなでる。
そうすると、彼女はむくれて頬を膨らませるのだから、ますますそんな気持ちが強くなる。
「なんだかこの迷宮嫌」
「まあな……。けど、宝箱とかあるかもしれねぇし、とりあえず二階層までは見てみたいな」
「……うん。我慢も大切」
確かに彼女の言う通りだ。
この迷宮は現在誰も入ったという情報はない。
もちろん、入った人が黙っている、あるいは中に入ってそのまま死んでしまったという可能性だってあるにはある。
もしも誰もいなければ、やはりここで獲得できる宝箱からのアイテムはレアなものが多くなる。
その昔、まだ迷宮の攻略が進んでいない時代は、冒険者はまさに一獲千金を獲得できる仕事だった。
それが、時代が進むことで攻略されつくしてしまった。
今、これほどのチャンスに巡り合えるというのは非常に運が良いのだ。
興奮するが、だからといって探索するうえでの心得を忘れたつもりもない。
ぎりぎりの場所で戦闘してはいけない。これが冒険者の基本だ。
余裕をもって行動するのが、生きて帰れる冒険者だ。
どれだけの財宝を見つけても、体が無事でなければ意味はない。
十分に休息をとったところで、フィフィを見る。
フィフィもこくりと頷いて立ち上がる。服についた汚れを払いながら、階段の先を見る。
「そんじゃ、俺たちでもっとこの場所の情報を集めてみるとするか」
「……うんっ」
フィフィに問いかけると、彼女も拳を固めた。