こんな世界の日常茶飯事
少しづつですが更新していこうと思います。
結構暗めのお話です。
殺人とかは普通に起こります。
そういうのが苦手な方は注意してください。
ダメという方はバックする、閉じることを推奨します。
今から数年後の日本。
増える生活困難者。その中で日本がとった政策とは、戸籍を消すということだった。
まずは生活を助けて貰っている大人たちの戸籍を消していった。だが、子供は知能(IQ)や感情(EQ)の指数が高ければ国に保護される……が、基準値に足らなかった子供は親と同様に戸籍を消され、放置される。
国民には内緒で進められた計画だが、徐々に国民にも知られていった。
*
季節は夏へと移り肌を出す人が多くなった。だが、ここに夏なのに生地の厚そうなコートを着た男がいた。大通りから日陰が多い路地に入る。唯一、この男の夏らしいものといえば深々と被った帽子ぐらいだろう。男の名前はヨコサワと言って、この路地にある自分が経営している店のオーナーだ。
店の名前は何でも屋。もう少し捻りを加えても良いような気もするが彼はこの名前しか思いつかなかったのだ。いや、他にも便利屋などのアイディアも所員からでたものの一番しっくりとした店名がこれだった。
『何でも屋』
彼がこの名前を気にいったのは明確な理由がある。
それは、何でもするというコンセプトを一番、簡単に表しているからだ。
路地裏をまっすぐ進んだ先に『二階何でも屋』という看板が設置されている。その横をみると階段がありヨコサワは階段を上った。
上った先にはひとつの扉がありそこには張り紙がされていて『ダレでも歓迎します。どんな依頼でもお受けいたします』と書かれていた。ヨコサワは扉を開けた。
内装は事務机が窓側のほうにひとつ。その机の上は整理整頓されていて使いやすそうだ。事務机の前には応接用のテーブルが置かれていて脇にあるソファーにあわせて高さがある。両壁側に棚があり、綺麗にこれまで受けた依頼資料がファイリングされて並んでいる。まだ、片側の半分までしかファイルは埋まっていないがもう反対のほうにもファイルが一冊だけ入っている。
入り口から見て右側には、髪を緩く片側に結んで、ソファーの上で足をばたばた動かしながら女性向けのファッション雑誌をめくる女性らしい所員が一人。
左側のソファーにはバンダナをした男性が座って、目を開けて机と睨めっこを繰り広げている。
計二人がここの所員だ。
「おい、今は営業中だ」
ヨコサワが入り口を閉めてから二人に向かって言う。だが、怒っているというよりはただ注意しておくというぐらいなのだろうか。物静かに発言する。
「す、申し訳ありません。最近客が全然来なくて気が緩んで……つい」
右側にいた所員は、姿勢を正して座りなおし雑誌をひざの上に置いた。
左側の所員は相変わらず机に視線を集中させている。
「寝ているな」
事務机のほうに歩いていったヨコサワが一言いうと右側の所員も同意した。
「寝ていますね。……イヌカイさん!」
名前を呼んでみれば起きるのではないかと右側の所員が彼の名前を呼ぶ。
「うーん? ヒメ?」
思ったよりもイヌカイが早めに起きたため、ヒメと呼ばれた所員が驚いた。
「はっ! ヒメじゃなくてヒメラギだ」
どうやら、呼ばれ方が気に食わなかったらしい。
この、所員はヒメと呼ばれるのが好きではない。今まで仕事場でヒメラギと名乗ると大抵はヒメと略してくるが、このヒメラギは男だ。ヒメと呼ばれて嬉しいと感じるわけがない。
「ヒメ、怒る?」
だが、イヌカイも負けてはいない。何度、言われてもヒメといつも、いつも呼ぶ。
「その辺にしとけ。流石に客が来ないと始まらないが、客が来ないというのもまたいい物ではないか」
いつまでたっても終わりそうにない言い争いを止めるのはいつもヨコサワだ。彼はコートを脱いだものの帽子は被ったままで長袖のつなぎを着ていてまだ、暑そうだ。部屋の中は空調の機能が働いているが長袖でいられるかいられないかと問われれば、いられないという暑さだ。
「所長さん、そんな格好で外にでて暑くなかったんですか?」
ヒメラギがもっともらしい事を聞いてきたが、何ともないと汗ひとつかいていない顔で答えた。
「愚問だな。暑い、寒いの問題ではない。この格好に意味があるのだ。ヒメは一番、その事を理解しているんではないのか?」
何か不味いものでも食べたかのようにヒメラギは舌をだした。
「全然、わかりません。私に女の子のことを聞かないでくださいよ、確かにメイクアップアーティストとして活動していますけど、最近の女の子たちは分かりませんわ~」
さっき見ていた雑誌をヨコサワのほうに投げ、両手を挙げた。雑誌を取るとヨコサワが中を見て、何を言いたいのか聞くために口を開きかける。と、先に投げた張本人が言葉をだした。
「それの撮影、冬ですよ、真冬! ありえない。真冬に水着撮影とか。そんでもってモデルたちが朝、着てきたのが極ミニのスカートにセーター……寒い中、頑張るとかマジ有り得ない……金に恵まれているのに、何であんな寒そうなもの着てくるの?」
どうやら、夏の水着特集のメイクを担当したらしい。そこで、出会ったモデルたちの考えがこのヨコサワの考えと一致しているといいたいらしい。
「ヒメ、雑誌、何処で?」
単語だけを並べてイヌカイも会話に入ってきた。言葉が足らないので何を伝えたいのか分からないがここで説明すると、その雑誌を何処で貰ったのといいたいらしい。
「う? つい最近、昔の仲間だった奴が持ってきたよ。そういえば、今、何の仕事しているのかってしつこく聞いてきたな」
ソファーの上で足を組んでヒメラギが思い出しながら話す。
ガチャっという戸が開く音が聞こえたがまた、バタンと閉じられた。
「あ、この話はこの辺にしますかね」
「そうだな」
イヌカシは頷いて同意を示す。
それを見て、動いたのはヒメラギだ。この中で一番、人受けがよいということで、入るかどうか迷っている人を迎えに行く。
戸を開けようと手をかけたときに思いっきり戸が開いた。反射的に一歩後ろに下がったので戸にぶつかる事はなかった。
「す、すみません。こ、ここ、ここが何でも屋ですか?」
入ってきたのは外見年齢約十四、五歳歳くらいの女の子だ。
ブラウスにベスト。ネクタイとミニのスカート。ネクタイとスカートは柄が同じだ。靴はローファーと外見は一般的な学生だ。ただ、髪はボサボサで身だしなみがしっかりしているとはいえない。
「はい。ここが何でも屋です!」
対応したのはヒメラギだ。笑顔を浮かべてソファーのほうへと少女を誘導する。それに合わせて、ヨコサワとイヌカイも移動した。
少女と向かい合い、ヨコサワが訊いた。
「ご用件を伺います」
「はい。その前に、もう一度……確認しますけど、本当に何でも屋なんですよね。何でもしてくれるんですよね?」
どうしても、嘘か本当かを知っておきたいようだ。それに、答えるのもヨコサワの役目だ。
「はい、本当です。
どんな事でもお受けいたします。たとえ、アナタのクラスメイトの誰かを殺して欲しいという願いでも、料金のほうを納めていただければ引き受けます」
自信に満ち溢れた言い方に少女は手を胸に当ててホッと一息ついた。
この時点で、少女が何か精神的異常をきたしているのは間違いない。クラスメイトを殺すなど、よっぽどなことがない限り考えない。ただ、このヨコサワが言った言葉をジョークだと受け取っていたのならそれは別の話だろう。
「よかった。では、その殺すというのはどのくらいの料金からなのでしょうか?」
ヨコサワが言った事をそのまま、少女は問い返してきた。
だが、少女は目を輝かせて聞いている。それほど、ウブなのだろう。
「そうですね。名前がある人なら百は超えるのですが、名前がないような人は十を切りますね。アナタなら、後者ですから五万で何時もならお受けしていますよ」
冗談交じりに言っているのかヨコサワは笑っている。いや、それよりも気になるのは、『名前がないような人』という言葉だろう。少なくとも、人は産まれてきたら名前をつけてもらうものだ。
「私は、元々は……有ったんだ。……大野ツカサって言ってね、男の子らしい名前だけど好きだったな~。でも、酷いよな。セーフの連中。……私なんか一人になったら歯が立たないの。事故死だよ! テロにあって、一般市民は全員死亡、奇跡的に生還した~って凄い、ニュースになっていたのを思い出すとスッゴク、腹が立つ!」
少女は自分の名前をツカサと名乗った。自分の名前が無くなった訳をヨコサワに伝える。ヨコサワは頷いて聞くだけだ。
「じゃ、一世さんですね! 私は二世なんですよ!」
この場の空気を打ち破るかのようにヒメラギがつぶやいた。
「ヒメ、ダメ。所長、困る」
イヌカイは話が脱線する前に釘をさす。
「一世? て、ことはアナタも名前が無いの?」
それにもかかわらず、依頼人はヒメラギの話に戻す。
「一世って言うのはその人から戸籍が無くなたってこと。片親でも戸籍が無ければその人の戸籍は認められないのですよね。だから、両親とも戸籍が無いから私は二世です。セーフの策略をそのまま、受け入れる国民とかありえませんよ。うちの所長様は差別とかせずに雇ってくれましたけどね」
気を使って、話の流れを元に戻した。
話題がヨコサワに向いた。ツカサは、目の前にいる彼を見る。
「でも、料金は差別しているじゃないですか」
「仕事になったら別です。流石に貴族を殺して処刑されない物語は無いでしょう。こちらも殺すとなるとそれなりのリスクを伴いますので高いのですよ、逆を言えば戸籍が無い、ということは既に殺しではないということ。元々、生きていないわけですから」
非常に落ち着いて言う。
差別はしないという、言葉に対して先ほど持ち出された依頼料のことを思い出した。が、逆に言い返されてしまう。
「さて、そろそろ、本当に何を依頼しにきたのか教えてもらおう」
このままでは長くなると思い、ツカサが来た本来の目的に話を向けた。
「え? それは……その……、何といいますか……、ここに来て、一番初めに言い当てられたといいますか……なんと言いますかね……」
急にモジモジとはっきりと物を告げなくなった。
それでも、誰も先を急かさない。ゆっくりでも良いから、依頼人から伝えて貰わなければ判断をあやまることになる。
いつも、ヨコサワが気にしていることだ。だから、何も言わない。
「ああ、もう……ですね、このさいだから、私を殺してください!」
だんだんと、無言のまま見つめられることに耐えられなくなったのか、痺れを切らして大声で叫んだ。
「分かりました。では、料金は先ほど申し上げたとおり五万円になります。
ここからは、相談なのですがどんな死に方がよろしいでしょうか。貴方の望む死に方をできるだけ忠実に行いましょう。流石に老衰と言われても実現は不可能ですから、できるだけ近い死に方になりますが」
真剣にヨコサワが問う。
それを聞いてツカサは五万円をヨコサワの前にだした。
その間にヒメラギはヨコサワに近づいて一通の封筒を渡した。
封筒を受け取ると中から紙を何枚か出し、机の上に並べ始めた。並べられたものは新聞や雑誌の記事だ。大体が自殺と事故が占めている。
「これは?」
記事を見てツカサが問う。
「こちらの記事は、私たちが大体、何らかの形で関与した事件です。
どちらかといいますと、『死なせて』ではなく、『殺して』のほうが多いですけどね」
言葉の真意をツカサはつかみ損ねた。そこにある記事は自殺や事故が大半で何に関わったというのかが分からなかった。
「ああ。ここに取り上げられている服毒や練炭は嘘の情報ですよ。本当は殺されたはずです。ただ、本当の情報を流すと色々と問い合わせとか世間が大騒ぎになるのでそう取り上げるしかなかっただけですから」
補足のつもりだろうか。記事についての説明も入った。
「そういえば、そうですね。
中には銃殺なのに心筋梗塞とか書かれていたこともありましたね。あの時は、本当にこの国は大丈夫なのかって思いましたよ」
さっきまで黙っていたヒメラギが横から話の中に入ってきた。
「ヒメ、それは無いだろ。大体、銃殺を望むわけが無い」
「じゅっ、銃殺!」
ヨコサワが注意をした時点でやっとツカサも気がついた。一昔前なら珍しくも無かったが今になってはまるっきり聞かなくなった殺人方法が話題に上ったことに驚くしかなかった。何よりも、銃を無認可で持っていたら警察に捕まってしまうだろう。
「あ、大丈夫ですよ。銃とか撃ち所を間違わなければ直ぐに死ねそうですから。私は、苦手なんですけどね、射撃」
顔色を見てかヒメラギがニコッと笑ってツカサを見る。その笑顔に思わず苦笑いがこぼれる。
「ヒメ。違う」
そこに、さっきまで黙っていたイヌカイが訂正を入れた。
「え? どこら辺が?」
本当にヒメラギは分かっていないらしい。
「銃」
一言だけで説明したつもりなのか、イヌカイはそれ以上何もいわなかった。
「は? 意味が分からないのですよ~。アレすか? 銃口をピッタリ人に押し付けるとオートロックがかかるってヤツ? ですか?」
すると、イヌカイは首を横に振る。やはり、一言だけでは通じていないらしい。ヒメラギは怒りを抑えながらも他に思い当たったことを訊く。
「それじゃ、銃の話は無しってことですか?」
また首を横に振る。
「えっと、他には……銃は俺に任せろ、ってことですか?」
またまた、首を振る。何度かそんなことが続いて、言い当てられないヒメラギはイヌカイを連れて事務所から出て行った。
「さて、あの二人はほうっておきましょうか。そろそろ、本題に入りましょう。
……すみませんね。何度も本題からずれてしまって」
同じことを何度も言っていると気づいたヨコサワは控えめに笑った。ツカサも笑い返した。
「まあ、自分を殺して欲しいといっているのですから、どう死にたいのかくらいは、ありますよね」
机の上に並べられた記事を封筒の中に戻す。戻している間、二人の間に気まずい空気が流れ始めた。
しばらく、この状態が続くのかと互いに思い始めたときにガチャっという扉が開く音が聞こえた。
「ただいま、戻りました!」
声の主はヒメラギで後にはイヌカイがついてきている。イヌカイは入ると首を縦に一回振る。
「……あれ? まだ聞けてないんですか? ダメですよ、所長さんが黙ったら言いたいことも言えない客もいるんですから、しっかりしてください」
部屋を出て行ったときには考えられないくらい、機嫌がいい。
「何か、良いことでもあったか?」
ヨコサワが二人に向かって聞くが、イヌカイが首を横に振る。
「別に、何もありませんよ。それより、話がずれ過ぎるのもアレですし、話を進めましょうよ!」
もっともなことを言う。ここで二人が事務所を出て行った後、話していたことは今話している依頼とは関係ないことだ。
「えっと、その……す、すみません。さっきから考えていたんですけど……わ、私は、その……」
口ごもる。何を言おうとしているのか聞くために三人はただ、耳をすませた。
「……その……し……し、死に方とかぜんぜん考えてなかったんですけど……痛いのイヤだし、毒とかもイヤだな……それ以外の死にかたでお願いできるなら、お願いします……。あ、あと、苦しいのとか時間がかかるのもイヤだな……」
ようやく、死に方について抽象的にだが、ツカサは答えた。
その答えに三人は、それぞれ考えを巡らせる。ヒメラギだけブツブツと呪文のように何かを呟いているが残りの二人は黙って何か考えているようだ。
一番初めに結論を出したのはヒメラギのようだった。手をパシッと叩きヨシッと小さく呟いた。その次にヨコサワだ。ヨコサワは俯いていた視線を前に向けた。そして、イヌカイだが、イヌカイはさっきまでと同じで前をボーっと見ているだけだ。
「私から、結論を言わせると、そんなの無理だろってことですよ! 大体、そんな簡単に人間って死ねるもんでは無いですし、その全部のどれにも当てはまらないのなんてありえませんよ」
答えたのはヒメラギだった。ヨコサワは笑いながら同じ結論に達していたのか何も言わなかった。
「えっと、やっぱり、そんなの無理ですよね……うん。分かってはいたんですけど。
そ、それではですよね……一つだけ聞きたいことがあるんです。それを聞いたらもっと違う条件を考えます」
控えめだが意思があることは読み取れる。
「いいでしょう。ですが、聞く内容によってはどうしても殺さなくてはならなくなります。死ぬつもりでいらしたようですが、心変わりをして生きるという選択をしたいのであれば、質問は気をつけてください」
ヨコサワはどんな質問がきても答えるつもりらしい。彼女の意思のある質問にきっちりと返さなくてはならないという責任感からだろう。
「結構ですが、前におっしゃったことなんですが、何故、私に名前が無いって分かったんですか?」
今更だがもっともな疑問だ。
「そんなことか。そんなのは直ぐに分かる。名前が無いものが集まるところというのは限られている。私はそういうところに情報を提供しているのだ。
そこで、お前を見たことがある。それだけのことだ」
ヨコサワは腕を組んで、ソファーにもたれかかる。さっきまでとは打って変わって言葉使いが荒い。そんなことだったのと、ツカサは思ったが、彼が生きている世間の広さと記憶力のよさに唖然とするだけだった。
「まあ、見たといっても一回きりだからな。確証は無かったが認めるとは驚いた」
あまり、名がないことを認める者は少ない。何かに追い詰められているときかよっぽど疲れているときには自白するかもしれない。だが、それ以外で名が無いと知れたら人間と扱われない。
今さっきまで友達だったのに、名前がないと分かった時点で無視されて嫌がらせを受ける。
だいたい、こんな調子でこの国が回り始めてから数年たつが、最近では名前が無くても才能があれば認められるようになってきた。理解者が増えたのは良いが、逆に名前が無いのだからどんなことをしても平気だよなという過激な人たちも増え始めている。
「あ、別に認めたって良いじゃないですか。
もうすぐ、私はこの世からいなくなるんですから!」
最初に打ち明けるべきじゃなかったといまになってツカサは顔をボッと赤くした。
「オブラートに包んできましたね!
でも、昔の名前は使っちゃダメなんですよ! その人はもう死んでいるんですから」
返してきたのはヒメラギだ。さっきまで、ツカサが使っていた『殺す』や『死ぬ』ではなく『いなくなる』と表現の仕方を変えてきたことを指摘した。
「あと、所長さんもイバリンボウはダメですよって言っているじゃないですか。気をつけてくださいよ!」
ヨコサワはいつものですます口調が、命令口調になっていることも指摘した。所長はすまないと一言だけ言って話に戻った。
「さて、お答えしました。この程度でしたら別に、死にたくない、といって支障はありません」
注意されたせいで、口調が元に戻ったり、ツカサは視線をそらした。
「生きたくは無いんですよ。……で、どんな、殺し方ですよね? ……わたし、さっきなんていいましたっけ? 服毒はイヤで、痛いのもイヤ。時間がかかるのも、苦しいのもダメでしたっけ?」
確かめるようにヨコサワにたずねる。ヨコサワは一度、頷いて話を促した。
「えっと、それじゃ、……いや、でもな……」
いろいろと唸りながらツカサは考える。どうやら、どの条件を無くすか真剣に考えている。
「何を無くすとか、じゃなくていろいろ試してみたらどうですか? 道具を見るだけでも気が変わるかもしれませんじゃないですか」
ブツブツブツブツ呟いているだけで話が一向に進まない。その中で、ヒメラギが一つ提案した。実際にどのような道具があるのか見てみるということをだ。
「そうですね。別に死ぬつもりなら見せてもかまいません。いや、ロストチルドレンですし生きて帰ってもいいんですけどね。別に損とかありませんし」
ヨコサワはすぐに許可を出した。
許可が出るとパチンとヨコサワが指をならすとすぐに机の上には色々な品が並べられた。
「これは……どこから?」
机の上に並べられていく品々をみて、ツカサが一番初めに質問したことだ。ビンが五つ。薬の錠剤、粉やロープなど多種多様。用途は分かるが死ぬために使うとなるとどう使うのか分からないものも多数あった。
「あはは……何処からでしょうかね……とりあえず言えることは、持ち運べるようにはなっているのですよね」
疑問に答えていないようできっちりとヒメラギは答えている。更にイヌカイがコックっと頷く。そのとおりだと示しているのだろう。
「お見せできませんが、その他にも、刺激的な道具がございます。企業秘密ですが」
更にヨコサワが付け加える。
流石に、刺激的というまで、劇的な死に方はツカサは勘弁したいと心の中で思い、机の上に視線を移す。
机の上に並べられた中に錠剤の薬があった。
ツカサは徐にそれを手に取った。
「え? それですか? ……それは、やめといたほうが良いですよ。
もっとも、貴方の意見とかみ合いませんから」
ヒメラギがビンを手に持って説明しようとしていたがツカサが持った錠剤を濁して説明する。
「ヒメ、もっと」
イヌカイがそれだけでなく、しっかり説明しろと促した。
「わ、分かりましたよ! イヌカイさんに言われたらしかたないですね。
それは、睡眠薬ですよ。最近のじゃなくて、すごい昔の、ばるびつーる酸系とかって所長が言ってましたよね? たしか……。大量摂取で死にますけどね、おすすめは出来ませんよ。
あ、お酒と一緒に摂取したら効果抜群ですけど、未成年に酒は売ってくれませんよ?」
さらっと危険なことをいった。ただ、気になるのは昔という言葉だろう。どのくらい昔なのかということも気になる。
それよりも、酒と一緒にといったが、酒だけでも死ねるとツカサは頭の中で考えた。
「それ、酒と一緒ってところで不可能ですよ。売ってくれませんし、それに酒だけでも、死ねますよ。急性アルコール中毒で……」
もっともなことを依頼主が言う。確かに、酒で自殺を図るのなら酒を酒屋から盗むというのは既にでた考えだったのかもしれない。
それに、失敗したからここに相談しに来たのだろう。
「ええ! それじゃ、酒類は全部ダメじゃないですか!
でも、それを手に取ったってことは薬物で死にたいんですか? 薬物は過剰摂取でしか死ねないのでお勧めしないですよ」
最近は病院で処方される薬は致死量までは処方しない。ただでさえ、名前が無いのだからくすりは処方されない。場違いだと病院に押し返されるのが関の山だ。
「そうですね……きっと綺麗な死に方のほうが良いでしょうから、一酸化炭素中毒や首吊りなどは無しにしましょう。
あとは、出血多量というのも余り好ましくありませんね……。
だとしたら、心筋梗塞を発作的に起こす薬や毒物……あと、血糖値を著しく下げるインスリンでしょうかね」
ヨコサワが一度は流した薬物の話をもう一度持ち出した。
「ちょっと、所長さん! 一度おいた話を持ち出さないでよ!」
慌ててヨコサワの話に突っ込みを入れたのはヒメラギだった。さっき、睡眠薬ということ薬の話はでたのだ。それをまた話題にだすということはまた話が振り出しに戻るということだ。
「漢方の話はしていないでしょう。あれは、処方を間違えれば毒になります。他にも観賞用の花でも有毒性のあるものは多数ありますけどね」
ヨコサワは立ち上がると事務机の引き出しからノートを取り出した。ノートには特に変なところは何一つない。
「うわぁ、出しちゃうんだ……そのノート」
一番初めにヒメラギが嫌そうな声を上げた。
「依頼人の前で嫌そうな声を出さないこと。
すみませんね。所員の教育が行き届いていないものですから」
ノートを机の上に置いて先ほど座っていた場所に座りなおした。
「こちらのノートは有毒植物について、まとめられた資料です。その中でも現在用意できるものだけ紹介させていただきましょうか? それとも、そんな説明は無しにして有毒性が強いものをご用意いたしましょうか?」
二つの選択肢をヨコサワは提示した。それを聞いてツカサはもう嫌になったのか一言だけ告げた。
「その、有毒性が高いものだけで良いですよ……」
さっきの説明でぐったりとしてしまったようだ。
「そうですか。ヒメ、お前が持っていたよな。
大芹だ。あれの葉を持ってきて貰いたい」
視線をヨコサワからヒメラギに移すとすでにヒメラギは一枚の葉っぱと封筒を持っていた。封筒は一般的な茶封筒の大きさで、葉っぱにも何かしら仕掛けがあるとは思えないほど普通の葉っぱだった。
「用意が早い。では、こちらの葉ですが非常に有毒性が強いので十分注意して扱ってください」
それだけいうと植物の葉を封筒に入れてツカサに渡した。
植物の葉を持ち出したヒメラギがヨコサワの説明を補強した。
「それはドクゼリと言って、日本三大有毒植物と言われているのです。有名どころといえばトリカブトなんかもそれですね。
食べれば食中毒を起こして死ぬんです。致死量もあるので致死量分だけ入れさせていただきます、以上です」
説明を受けてツカサはただボーとしていた。
今まで何も反応しなかったイヌカイがコクリと一度、頷いた。
これで、説明が終わったこととなって回りが静かになった。
しばらくして、これ以上何もないのだと思いツカサは立ち上がり封筒を持って扉の前に移動した。
「ありがとうございました」
ヨコサワが扉の前に移動した事から見送りの挨拶を投げかける。彼女は扉を開けて出ていった。
ツカサが出ていってからそれほど立たないうちにヒメラギが窓の外を見た。そこにはまだ依頼人の姿があった。
「いつまで、あそこにいるんでしょうね?」
窓の下をずっと眺めながら聞く。それにヨコサワは興味無さそうにレポート用紙に先ほどまでのやりとりをまとめる。さっきまでの出来事だ。
これからの出来事は、さすがに予想はできても必ずしもそうなるとは限らないからだ。
「そろそろだろう。追いかけてヒメは報告しろ」
それだけヨコサワはいうとさっきまで書いていたレポート用紙をしまった。さっきまでの要点は書き終わったということだろう。
ヒメラギはぱっと髪を二つに縛り直した。だが、相変わらず縛るといっても緩くまとめるという役目を果たしているかと聞かれていると微妙だ。
「少し外に出かけてきますね!」
そういうのが早いか外に出ていくのが早いか、とにかくヒメラギはいうと同時に扉を開けて出ていった。
「ヒメ、行ってらっしゃい」
出ていった後にイヌカイがそれだけ告げた。だが、それを聞く人物はヨコサワしかいなかった。