予想外の出会いがありまして
ダンジョン攻略から数日後。
俺はガタゴトと揺れる電車に揺られながら、都内の中心街へと向かっていた。
目的は言わずもがな――本日発生するであろう異界化と、それを解決するために駆けつけるであろう魔法少女たちの観賞である。
この世界では、テレビの天気予報やスマホの防災アプリなどを通じ、異界化予報なるものが日常的に配信されている。
業魔が発する瘴気の揺らぎや、予知能力を持つ魔法少女たちからの情報を総合し、各地の発生確率を弾き出しているのだ。
精度はそれなりに高いのだが、あくまで確率論。100%当たるわけではない。
それに、いくら発生率が高くても、その土地を丸ごと避けるなんて不可能な場所もある。
今向かっている中心街のように、昼夜を問わず膨大な人が行き交う中心街がまさにそうだ。
そのため、こうした危険エリアには常駐や応援の魔法少女が配置され、万が一に備えて巡回を行っている。
――つまりオタクにとっては、様々な魔法少女たちの雄姿を拝める千載一遇のチャンスというわけだ。
ちなみに今日の中心街の異界発生確率は70%。
今日は一体どんな魔法少女に拝めるのだろうかと、胸を躍らせながら目的の駅へと降り立ち、改札へ向かう。
「ん……?」
人の波を抜けようとしたその時、第六感が反応した。
不意に視線を引き寄せられた先――自動改札機の前で、とある人物が立ち尽くしている。
「ぬううう! なぜだ、なぜチャージできん……っ!」
鮮やかな赤髪のポニーテールを激しく揺らし、眉間に深々とシワを寄せている美少女。
彼女は交通系ICカード――MAHOCAを券売機にかざしながら、まるで未確認の古代兵器でも相手にするかのように悪戦苦闘していた。
そこにいたのは、間違いなく軍荼利 《ぐんだり》姉さんだった。
「ファッ⁉」
まさかすぎる最推しの遭遇に、変な裏返った声が出た。
慌てて自分の口を手で塞ぐ。
いやいやいや、なんでここに居るの⁉ 何してんの⁉
姉さんの担当エリアはここじゃないでしょ⁉
先日のダンジョンではリライターとして変身していたため、精神補正のおかげで何とかキャラを保てていた。
だが、素である今の状態でこの距離感は、あまりにも刺激が強すぎる。
なにせ以前、原作主人公の久遠くんに話しかけられただけで気絶した男である。
最推しの軍荼利姉さん相手となれば、脳が爆発してもおかしくない。
やばいやばいやばい、一旦離脱して呼吸を整えねば。
そう思ってそっと後ずさりしようとした瞬間。
券売機の前で困り果てていた姉さんと、バッチリ目が合ってしまった。
先ほどの怪奇な悲鳴のせいで、完全に注目を集めてしまったらしい。
「え、あ、あの、その……フヒ……な、なにかお困り、でしょうかオヒョッ」
『いつもキモいが、今日は一段とキモいぞ。というか純粋にキモい』
脳内で毒を吐くマキナに「だまらっしゃい!」と必死でツッコミを返す。
無理もないだろ! 生の最推しが目の前に居たらオタクの語彙力と挙動はこうなるんだよ!
「うむ……改札を出ようとしたところで残金が足りないことに気づいてな。チャージしようとしたのだが、画面が一向に進まんのだ」
不審者指数100%の俺に対しても、姉さんは嫌な顔一つせず、困り果てた顔で事情を説明してくれる。聖人かな? 好きです。
そう、公式設定における姉さんには、もう一つ有名な属性がある。
それは『重度の機械音痴』であること。
魔法少女の武装であるアーケインデバイスなどは天性のセンスで使いこなすのだが、世の中の文明機器全般に関してはさっぱりダメなのだ。
ゲーム機を総称して「ピコピコ」と呼ぶタイプと言えば伝わるだろうか。
ちなみにキャラ紹介によれば、アーケインデバイスすらも感覚で動かしているだけで、どういう原理で動いているのか本人は一切理解していないらしい。
ポンコツかわいい。
「いつもは同僚にチャージを頼んでいるのだが、生憎と今日は単独行動でな。うっかりしていた……」
「ソ、ソウナンデスネ。あ、う、そ、その……チャージは、この画面を押して、ここにカードを置いて……」
俺は震える指先で券売機の画面を操作し、代行してやる。
うひょおおおお、姉さんの良い匂いがするうううううう!
そんな狂喜乱舞は微塵も顔に出さず、心の中で絶叫する。
脳内のマキナが『うわぁ……』とドン引きしてくるが、今の俺は慈愛に満ちているので全て許せる。
「おお! 残高が増えた! すごいな、助かったぞ!」
無事にチャージが完了すると、姉さんはパッと花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、あろうことか俺の両手をぎゅっと力強く握りしめてきた。
「――――アッ(心停止の音)」
目の前が真っ白になり、俺の意識はそのままプツリと途絶えた。
◆
……どれくらいの時間が経っただろうか。
頭の後ろに、なにやら柔らかく温かい感触を覚えながら、俺はゆっくりと意識を取り戻す。
「お、目が覚めたか? 急に倒れたから驚いたぞ」
視界がクリアになるにつれ、飛び込んできたのは豊満な双丘。
そして、上空から降ってくる軍荼利姉さんの心配そうな声。
この状況から導き出される、唯一にして至高の答えは――
「ね、姉さんの膝枕あああああぁぁぁぁ⁉」
頭の中だけで叫ぶつもりが、あまりの衝撃に思いっきり声に出てしまい、俺は跳ね起きるように飛びのいた。
「うぉっ!? き、急に起き上がるな」
「す、すみません! あの、なんで俺は膝枕を……!?」
「なんでと言われても、君が突然倒れたからな。もし目が覚めないようなら救急車を呼ぼうと思って、頭を保護しながら介抱していたんだ」
姉さんは乱れたスカートの裾をサッと整えながら、当然のようにそう答える。
なんという優しさ、なんという聖母。見ず知らずの(しかも挙動不審な)一般人にここまで親身になってくれるなんて……。
「大変なお手数をかけてしまい、本当に申し訳ありません……! あの、軍荼利さんは……なぜこの街に?」
「む? 私の名を知っているのか」
「そりゃあ! 魔法少女ランキング3年連続1位の現役最強ですし……ファンなので!
……大ファンなので!」
両手で固く握りこぶしを作りながら熱弁すると、姉さんは少し意外そうに目を見開き、それから照れくさそうに破顔した。
なんだこの人、一挙一動の破壊力が凄まじすぎる。
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいな。皆の期待を裏切らないよう、もっと精進しなければ。……ここに来た理由だが、予報の通り今日はこの地域の異界化確率が高くてな。万全を期すために、他地区から応援として私が派遣されたのだ」
なるほど、ターミナル駅を抱える中心街だけに、MAHO上層部も厳重な警戒態勢を敷いているわけだ。
実際、異界化の危険性が周知されていても、これだけの繁華街となれば完全に人の流れを止めることはできない。
巻き込まれても最強の魔法少女がいれば何とかなる、という市民側の信頼もあるのだろう。
「本来なら不要不急の外出は控えてほしいところだが……大都市ではそうもいかないからな。ところで君はなぜ、こんな危険な日にわざわざここへ?」
「えっと……それは、その……」
「魔法少女のバトルを特等席で見物したくて来ました」とは流石に言えず、俺が気まずそうに口ごもっていると、姉さんは何かを察したようにポンと手を打った。
「あぁ、もしかして君か? どんな現場にも必ず現れる熱心なファンというのは」
「えっ⁉ し、知られてるんですか⁉」
驚愕する俺に対し、姉さんはクスクスと楽しそうに笑う。
「あぁ、そういう熱心なファンがいると現場の同僚から聞いていたぞ。本来、一般人が危険地域に立ち入るのは褒められたことではないが……君は決して立ち入り禁止区域を越えず、マナーを徹底し、混雑時の誘導まで手伝っていると有名なんだ。なんなら、マナーの悪い他のファンを厳しく諫めてくれる善良なファンだと評判だぞ」
まさか、推したちの現場ネットワークで自分の存在が認知されていたとは。
オタク冥利に尽きるどころの話ではない。俺、明日あたり死ぬんじゃないだろうか。
『安心しろ、貴様が死んだあとの肉体は我が有効活用してやる』
ぜってぇ死なねぇ。
隙あらば俺の意識を乗っ取ろうとしてくるカス《マキナ》の声を、即座に脳内で叩き斬る。
「そ、ファンとしては当然の節度というか……推しの邪魔にならないファン活を心がけているだけでして……フヘヘ」
「うむ、素晴らしい心がけだ。――そうだ、先ほどは助けてもらったし、まだ哨戒の時間まで余裕がある。礼をさせてくれないか」
姉さんはチラリと腕時計で時間を確認すると、まっすぐ俺を見つめて微笑んだ。
「近くのカフェで、お茶でも一杯奢らせてくれ。……まあ、君が危険な場所にやってくることへの《《注意》》も兼ねてな」
――……え?
それってつまり、推しからの《《デートのお誘い》》って理解でよろしいでしょうか……?
アッ(本日二度目の死)。




