第10話 たぬきの生活に王子さまが戻ってきました
春の香りはとてもよいものです。春の香りを嗅げば、秋の実りの予想はたちます。ではレナードの香りがしたら、何の予想がたつのでしょうか。
「ただいま、アディ」
わたしの記憶にあるまんまの笑顔のレナードが、ある日ひょっこり現れました。まるで昨日まで小屋にいたみたいな顔をして笑っています。
「どちらさまですか? わたしの記憶にはありません」
ちょっと意地悪をしてやりましょう。わたしは怒っているのです。プンプンプーン。……おや、レナードからいい匂いがしますね。
「ごめんよ、アディ。色々と野暮用を済ませていたら思っていたよりも時間がかかってしまって。お詫びといってはなんだけど、これ……」
レナードが何やら紙包みを差し出しました。リボンのかかっている可愛らしいヤツです。
「王都で流行っているお菓子だよ。美味しいって評判だから、アディも好きかな、と思って……」
しょうがないですね。甘い物に罪はありませんから、受け取ってあげましょう。
「マドレーヌとフィナンシェというお菓子だよ。気に入ったなら、また買ってきてあげる」
ほうほう、そんな名前のお菓子なのですね。気に入りましたが、名前を覚えるのは面倒なのでアレで通じるようにしておいてもらえると助かります。でもあれですね、また買ってきてくれるということは、またココへは来るということですね。少し安心しましたが、安心したら余計に腹が立ったのでもう少し拗ねます。
「ねぇ、ご機嫌直してよ。アディ」
うーんどうしましょうねぇ。このお菓子は甘くてしっとりしていて美味しいですけど、わたしは甘くみられたくないですからねぇ。迷うところですねぇ。
「あのさ。今回はキッチリと話をつけてきたからね。もう刺客が送り込まれることもないし、僕が王位を継ぐなんて話も出なくなるよ」
ほうほう。それは良かったですね。
「それで、さ。アディ。……僕も、ココに住んでいいかな?」
「住みたければ、そうすればいいでしょ」
わたしが答えると、レナードは頬を赤く染めて決まり悪そうに頭をボリボリかいた。
「えっと……ずっと一緒にいよう、ということなんだけど……」
「いたらいいじゃないですか」
なんですか、レナード。奥歯に物が挟まったような言い方をしないでください。
「あの……コレは一応……あの……プロポーズなんだけど……」
「……ええっ⁉」
わたしは驚いてレナードの顔を覗き込んだ。レナードの綺麗に整った顔が真っ赤に染まっている。
「えっ⁉ えっ⁉」
いったい何時からそうなった? そんな気配あったっけ?
「えっと……返事は?」
「え、いいんですか? たぬきは一途ですよ? 一度番ったら、死ぬまでずっとそのままですよ?」
ああ、ついに秘密をうっかり打ち明けてしまった。わたしはたぬきであることを自白したのだ。でも勢い任せだから、気付いたかなぁ? あまり自信はないけど、レナードの様子を見てみましょう。
美しき第一王子は、大きく目を見開いてコチラを見つめています。ちゃんとたぬきって伝わったようです。でも固まっちゃいましたね。やはり王子さまには、たぬき魔女と番うまでの覚悟はないのでしょうか?
「あの……えっと……それはあの……えっ? たぬき?」
一応ちゃんと伝わったようです。レナードは混乱しています。
「あ……でも君は人間、だよね?」
「魔女です」
わたしは正直に答えました。
レナードの目が零れ落ちんばかりに見開かれています。面白いですね。落っこちてしまったら、その綺麗な青い瞳をひとつもらえませんか。ダメですか。そうですか。
「わたしはたぬきで、魔女ですよ? それでもいいんですか?」
「魔女なのは知ってる。だから、ちょっと手間どって。僕は側妃の子とはいえ王子だから、結婚にあたっては色々とあって……え? たぬき?」
「え? やっぱりダメなんですか?」
しばし、わたしとレナードは見つめ合いました。じーとレナードを見ていたら、涙が溢れてきました。ダメですね。たぬきの視界は涙に濡れて、ぼやけて滲んで役に立ちそうにありません。
少しの間があり、レナードが何かを諦めたかのようにフッと笑う気配がしました。そしてわたしの両頬が、彼の暖かい手のひらに包まれる。続いて聞こえたのは甘い声。
「ああ……ああ。ずっと一緒に居よう。一緒に暮らそう。僕の命が尽きるまで、僕はずっとココにいて君の隣で生きていくことにするよ」
「グスン……スンスン……」
ああよかった。よかった。レナードは、ずっとずっとココにいると約束してくれました。
これでたぬきがマズイご飯を食べることも、汚れすぎて廃墟のようになったお部屋で暮らすことも、体臭が染みつき放題の服を着たままということも、あれもこれも全てなくなるのでしょう。
それはとてもめでたいことです。大歓迎すべきことです。
なによりも胸のなかにぽっかりと空いた穴がみるみるうちにふさがっていくのが分かります。胸の穴の形はハート型で、そこを埋めるのはピンク色した何かですよ。
これはハッピーエンドということでよろしいですね?
ダメって言われても、ハッピーエンドということにしますよ。
わたしはたぬきですから。
たぬきな上に、魔女ですから。
そこは容赦無用でいいと思うのですよ。
ですが、たぬきは号泣中につき、キチンとお返事することができません。
だからわたしはイイ感じの木の枝を体の後ろに向けて、空に向かって花火を打ち上げました。
キラキラと光りながらハート型を描くピンク色の煙が風に流れて空と一体になっていくのを、お返事とさせていただきます。
~ おわり ~




