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おっとり令嬢の社交掃除 〜姉御肌の親友と、学院の悪意を上品に片づけます〜  作者: 平八
第一章 席札の嘘と、淀んだお茶会

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第10話 休務中の補助員と、逃げ場のない記録

ノエル・ラザフォードは、本日休務中。


倉庫の記録には、そう残っていた。


昨日の午後六時十分、彼は学院購買倉庫の茶葉棚を「補助確認」している。


その翌朝、ベルモンド商会の納入品に品質不良の申し立てが出た。


そして問題の茶葉箱には、温めて剥がされた封蝋、結び直された麻紐、安い葉の混入、焦げた紙片、夜の沈丁花の残り香があった。


ここまでそろっていて、なお偶然と言うには少し苦しい。


けれど、クラリス・ベルモンドはまだ断定しなかった。


断定は、最後にするものだ。


その前に、逃げ道を一つずつ塞ぐ。


「まず、ラザフォード補助員の所在を確認します」


購買倉庫から出るなり、クラリスはそう言った。


エリアス・ヴェントは、眼鏡の奥で慎重にこちらを見る。


「本日は休務中です。体調不良との届けが出ています」


「体調不良」


クラリスはその言葉を繰り返した。


「便利な言葉ですわね」


「ベルモンド様」


「責めているわけではありません。確認しているだけです」


クラリスは微笑んだ。


「では、届け出の提出時刻は?」


「本日朝、七時四十分です」


「品質申し立ては八時十五分でしたわね」


「……はい」


「ずいぶん、順番が整っていますこと」


エリアスは答えなかった。


リディア・フォルクレアは、隣で首を傾げている。


「体調が悪い方が、朝早く届けを出せるのは、少し几帳面ですわね」


クラリスは思わずリディアを見た。


それは皮肉なのか、天然なのか。


たぶん、本人にも分かっていない。


けれどエリアスの眼鏡の奥が、わずかに揺れた。


効いている。


「ラザフォード補助員の連絡先は?」


クラリスが問う。


「個人情報ですので」


「では、購買係から呼び出してください。品質確認に関する追加確認です。学院長補佐への報告前に、本人へ事実確認の機会を与える。これはラザフォード補助員にとっても悪い話ではないはずです」


「すぐに応じるとは限りません」


「応じない場合は、その旨を記録します」


クラリスは即答した。


「休務中の補助員が、前日の茶葉棚補助確認について説明を求められ、応じなかった。そう残すだけです」


エリアスは、ほんのわずかに息を吐いた。


「……伝令を出しましょう」


「ありがとうございます」


クラリスは丁寧に礼をした。


だが、その場で待つつもりはなかった。


ラザフォードが素直に来る保証はない。


むしろ、来ない可能性の方が高い。


だから、別の糸を引く。


「リディア」


「はい」


「少し、学院の納品門へ行くわ」


「納品門、ですか?」


「商人は、正面玄関より荷物の通る門に詳しいの」


リディアは、ぱちりと瞬きをした。


「まあ。では、今日は裏口のお茶会ですのね」


「たぶん違うけれど、だいたい合っているわ」


学院の西側には、納品業者が出入りする門がある。


生徒たちが通る正門とは違い、そこは華やかではなかった。


馬車の車輪跡。


木箱を運ぶ台車。


干し草の匂い。


荷札。


帳簿。


声の大きな運搬人たち。


貴族学院の裏側。


けれどクラリスには、こちらの方がよほど読みやすい。


「お嬢」


門番の近くにいた男が、クラリスを見つけて目を丸くした。


ベルモンド商会の荷運びを任されている馴染みの運搬人、ガスパルだった。


「学院でお嬢を見るとは珍しいですね」


「お仕事中に悪いわね」


「いえ。何か?」


「昨日の夕方から今朝にかけて、ラザフォードという名の若い男を見なかった?」


ガスパルは顎を撫でた。


「ラザフォード……ああ、細い若い旦那ですか。灰色の上着で、やたら周りを気にしていた」


「見たのね」


「昨日の夕方、納品門の近くで。学院の中から出てきましたよ。小さな紙包みを持っていました」


「紙包み?」


「ええ。焦げたような匂いがしたんで、何か燃やしたのかと思いました」


クラリスの目が細くなる。


「どこへ行った?」


「貸し馬車を呼んでいました。乗合馬車じゃなくて、わざわざ」


「その馬車の手配元は分かる?」


「うちの向かいのトマ爺のところですよ。ベルモンド商会も時々使ってる」


「ありがとう。助かるわ」


ガスパルは少し心配そうにクラリスを見た。


「お嬢、何か揉めごとですか」


「少しだけね」


「旦那には?」


「もう伝えてあるわ」


「ならいいですけど」


ガスパルは頷き、それからリディアを見る。


「そちらのお嬢様は?」


リディアはにこりと微笑んだ。


「お茶の香りを見に参りました」


ガスパルは一瞬考えた後、真面目に頷いた。


「なるほど」


クラリスは驚いた。


「今ので納得するの?」


「お嬢の知り合いなら、そういうこともあるんでしょう」


「うちの人間、適応が早すぎない?」


「商売人ですから」


クラリスは、少しだけ笑った。


それでこそベルモンドの取引相手だ。


二人は納品門から少し離れ、学院敷地内に戻った。


その途中で、リディアがふと足を止める。


「クラリスさん」


「何?」


「ラザフォード様は、焦げた匂いの紙を持って、どこかへ行かれたのですね」


「そうなるわね」


「焦げた紙は、隠したかったのでしょうか」


「たぶんね」


「でも、焦げた匂いは残りますわ」


クラリスは頷いた。


「ええ。残るわ」


焦げた紙包み。


貸し馬車。


休務届け。


倉庫記録。


糸は細い。


だが、絡まり始めている。


その日の午後。


エリアスから使いが来た。


ノエル・ラザフォードが学院に戻った、という知らせだった。


ただし、本人は「体調が優れないため短時間なら」と言っているらしい。


短時間。


逃げる準備ができた者の言葉だ。


クラリスとリディアは、学院購買係の小さな面談室へ向かった。


そこには、エリアス・ヴェント。


若い記録係。


そして、ノエル・ラザフォードがいた。


年は二十歳前後。


学院生ではない。


細身で、整った身なりをしている。


だが、顔色は悪い。


指先が落ち着かず、膝の上で何度も組み替えられている。


「ラザフォード様」


クラリスは静かに礼をした。


「急なお呼び立てに応じていただき、ありがとうございます」


「……私は、少し補助をしただけです」


ラザフォードは座ったまま言った。


声が硬い。


「茶葉棚の確認も、購買係の指示に従っただけです。私に何か責任があるとは思えません」


「責任の話は、まだしておりません」


クラリスは微笑んだ。


「事実の確認です」


リディアは、ラザフォードの前に置かれた水差しを見ていた。


水はほとんど減っていない。


唇は乾いているのに、飲んでいない。


「まず、昨日の午後六時十分。あなたは西倉庫の茶葉棚を補助確認した。間違いありませんか」


「記録にあるなら、そうでしょう」


「ご自分の記憶では?」


「……確認しました」


「その際、ベルモンド商会の茶葉箱に触れましたか」


「棚の確認ですから、箱に触れることはあります」


「封蝋を温めましたか」


ラザフォードの顔色が、わずかに変わった。


「何のことです」


「では、茶葉箱を開けましたか」


「いいえ」


「麻紐を結び直しましたか」


「いいえ」


「安価な葉を混ぜましたか」


「していません」


「焦げた紙片を茶葉箱に入れましたか」


「知りません」


短い否定が続いた。


エリアスは黙っている。


記録係は必死に書いている。


クラリスは焦らなかった。


否定は、並べれば並べるほど形を持つ。


そして形を持った否定は、あとで崩しやすい。


「では、昨日の夕方、納品門から外へ出ましたか」


ラザフォードの手が止まった。


「……体調が悪くなったので」


「どちらへ?」


「家へ」


「焦げた匂いのする紙包みを持っていたという証言があります」


沈黙。


短いが、確かな沈黙だった。


「それは……」


ラザフォードは唇を舐めた。


「私物です」


「焦げた匂いのする私物を、学院の納品門から?」


「……偶然です」


「偶然が多いですわね」


クラリスは静かに言った。


リディアが、その横で水差しを見つめたまま口を開く。


「ラザフォード様」


「……何ですか」


「お水、苦くなっておりますか?」


「何を」


「喉が渇いていらっしゃるのに、飲んでいらっしゃらないので」


ラザフォードは水差しから目を逸らした。


クラリスは静かに続ける。


「焦げた紙片には、ハートレイ家の私用便箋に似た飾り罫が残っていました」


「似ているだけでしょう」


「ええ。似ているだけです」


クラリスは素直に頷いた。


「だから、まだ断定していません」


ラザフォードは、わずかに安堵した顔をした。


その安堵を、クラリスは待っていた。


「ただし、あなたはハートレイ家から紹介を受けた購買補助員です」


ラザフォードの安堵が消える。


「昨日、茶葉棚に触れた記録がある」


「補助確認です」


「その後、茶葉箱から焦げた紙片が出た」


「知りません」


「その紙片は、ハートレイ家の私用便箋に似ている」


「似ているだけです」


「そして、あなたは焦げた匂いのする紙包みを持って、納品門から出た」


クラリスは、ゆっくりと微笑んだ。


「すべて偶然なら、とても忙しい偶然ですわね」


ラザフォードの指が、膝の上で強く握られた。


「私は、命じられたことをしただけです」


言ってから、彼は顔を強張らせた。


言ってしまった。


クラリスはすぐには追わなかった。


逃げ出した言葉は、驚かせると隠れてしまう。


静かに待つ。


リディアも黙っていた。


エリアスの眼鏡の奥が、わずかに動く。


記録係だけが、かり、と羽ペンを鳴らした。


「命じられた、とは」


クラリスが静かに問う。


ラザフォードは唇を噛む。


「……購買係の補助として、棚を確認するように」


「誰に?」


「それは」


ラザフォードはエリアスを見た。


エリアスは答えない。


助け舟は出さない。


クラリスは、その沈黙を見て取った。


エリアスはもう、自分の船を守る方に舵を切っている。


「ラザフォード様」


クラリスは声を柔らかくした。


「今なら、あなたは“指示の意味を十分に理解せず、補助確認を行った者”として記録される余地があります」


ラザフォードの目が揺れる。


「ですが、命じた者を守るために黙るなら、あなたは“茶葉箱の改ざんを単独で行った者”として残る可能性が高くなります」


「そんな……」


「ハートレイ家が、あなたを守る保証はございますか?」


それは、エリアスに向けた言葉と同じだった。


だが、ラザフォードにはもっと深く刺さった。


彼は貴族社会の中心にいる人間ではない。


分家筋のさらに周辺。


便利に使われる立場。


そして、切り捨てられる時には一番先に名前が出る立場。


「私は……」


ラザフォードは、震える声で言った。


「ただ、箱を替えろと言われただけです」


「誰に?」


「……名前は、聞いていません」


「聞いていない?」


「封筒が届きました」


クラリスの目が細くなる。


「封筒」


「中に紙が入っていました。茶葉箱の番号と、棚の位置と、処理後の確認記録に署名するようにと」


「その紙は?」


ラザフォードは俯いた。


「燃やしました」


リディアが、悲しそうに焦げた紙片を見る。


「全部は燃えなかったのですね」


ラザフォードの肩が震えた。


「燃えたと思ったんです。灰を払って……茶葉の粉に紛れると……」


クラリスの表情が、すっと消えた。


「ベルモンド商会の箱を、証拠隠しの屑入れにしたわけですね」


「違う、私は、そんなつもりでは」


「では、どんなつもりでしたか」


ラザフォードは答えられない。


クラリスはさらに問う。


「安い葉はどこから?」


「倉庫の予備品です。等級違いの茶葉が、別棚に」


「封蝋は?」


「温めれば剥がせると、紙に書いてありました」


「麻紐の結び方は?」


「……分かりませんでした」


その瞬間、クラリスの目が冷えた。


「……左上から通したのですね」


ラザフォードは、びくりと肩を震わせる。


「うちの商会の丁稚でも、これほど無様な結び方はいたしませんわ」


部屋の空気が、さらに冷たくなった。


ラザフォードの顔が強張る。


エリアスもわずかに視線を落とした。


クラリスは、静かに続ける。


「ベルモンドを貶めるなら、せめて貶め方くらい学んでからにしてくださいませ。商品も、箱も、紐も、封蝋も、すべて商会の信用です」


扇を握る指に、力が入る。


「雑に触ってよいものではありません」


ラザフォードは、何も言えなかった。


身分の話ではない。


家格の話でもない。


仕事の質の話だった。


ベルモンド商会の商品を傷つけようとして、その作法すら分からなかった。


その事実が、彼の安い誇りを正確に刺した。


「封筒の差出人は?」


クラリスが問う。


「ありません」


「紙は?」


「白い紙です。端に、細い飾りがありました」


「便箋の質は?」


ラザフォードは顔を上げた。


「そんなこと、覚えて」


「覚えているはずです」


クラリスは静かに言った。


「あなたはそれを燃やした。燃える前に、必ず見た」


ラザフォードは、しばらく沈黙した。


「……厚い紙でした。手触りが良くて、端に細い模様がありました。上品な……でも、名前はありませんでした」


「その封筒は?」


「処分しました」


「どこで?」


「学院外の屑箱へ」


「どこの?」


ラザフォードは唇を噛んだ。


「北通りの裏です」


「なぜ、そこへ?」


「……人目が少なかったからです」


「その封筒に、香りはありましたか?」


ラザフォードは、答える前に少しだけ目を伏せた。


「甘い花の香りです」


その瞬間、リディアが静かに首を傾げた。


「……あら」


クラリスがリディアを見る。


「何?」


リディアは、ラザフォードの袖口を見ていた。


「倉庫にあった沈丁花、ここにも咲いていますのね」


ラザフォードの顔色が変わった。


「な……」


「薄いですけれど。焦げた紙と一緒に、少し残っていますわ」


部屋の中が静かになる。


夜の沈丁花。


旧温室。


倉庫。


帳簿。


封筒。


そして、ラザフォードの袖口。


ロザリンドの名前は、まだ出ない。


だが、彼女の香りは、もう何度も記録の上に残っている。


クラリスは、そこで話を切った。


「記録係」


若い記録係は、すでに半泣きの顔で羽ペンを握っている。


「ラザフォード補助員の証言を記録してください。差出人不明の封筒。茶葉箱番号と棚位置の指示。箱のすり替え。封蝋を温める指示。処理後の確認記録への署名。指示書の焼却。灰および燃え残りを茶葉箱周辺へ払った可能性」


「は、はい」


「それから」


クラリスは、エリアスへ視線を向けた。


「ラザフォード補助員の証言中、エリアス様がその内容について否定も補足もなさらなかったことも、併せて記録してください」


エリアスの眼鏡の奥が、わずかに揺れた。


「ベルモンド様。それは少々……」


「事実ですわ」


クラリスは微笑んだ。


「違うのでしたら、今ここで補足をどうぞ」


エリアスは黙った。


その沈黙もまた、記録になった。


若い記録係の羽ペンが、震えながら紙の上を走る。


ラザフォードは青ざめた。


「私は、終わりですか」


クラリスはすぐには答えなかった。


彼を許すつもりはない。


ベルモンド商会の商品を汚した。


マリアやヴィオラの件とは違う。


これは商売への攻撃だ。


だが、ここで彼を潰すだけでは足りない。


「終わりにするかどうかは、あなたがどの文面で残るかによります」


「文面……」


「“差出人不明の指示に従い、改ざんに関与した補助員”として残るか」


クラリスは、ゆっくり言った。


「“誰かを守るために証言を拒み、単独犯として責任を負った補助員”として残るか」


ラザフォードは震えた。


「選ぶのは、あなたです」


エリアスは、何も言わなかった。


今度の沈黙は、先ほどより重い。


リディアは、水差しを見ている。


「ラザフォード様」


リディアが静かに言った。


「お水、今なら少し飲めるかもしれません」


ラザフォードは、しばらく動かなかった。


それから、震える手で水を取った。


一口。


喉が動く。


彼は、ようやく息をしたように見えた。


「私は……」


ラザフォードは、かすれた声で言った。


「封筒を受け取っただけです。誰が直接置いたのかは、見ていません。ただ、封筒には香りがありました」


クラリスは目を細める。


「先ほどの甘い花の香りですね」


ラザフォードは、小さく頷いた。


部屋の中が静かになる。


クラリスは、そこで完全に追わなかった。


追い詰めすぎれば、彼はまた黙る。


今は、証言を残す方が先だ。


「今日の確認はここまでです」


ラザフォードが驚いたように顔を上げる。


「よろしいのですか」


「十分です」


十分に、次へ進める。


「この件は学院長補佐へ報告します。ラザフォード様、今後、勝手に学院外へ出たり、関係者と接触したりする場合は、その事実も記録されるものと思ってください」


ラザフォードは、力なく頷いた。


「……はい」


面談室を出ると、廊下には午後の光が伸びていた。


クラリスは、記録の写しを抱えて歩く。


リディアが隣を歩く。


しばらくして、リディアが口を開いた。


「クラリスさん」


「何?」


「ラザフォード様のお水、最後は少しだけ飲めましたわ」


「そうね」


「少しだけ、席に戻れたのでしょうか」


クラリスは、すぐには答えなかった。


ラザフォードは被害者ではない。


悪事に手を貸した。


商会の信用を汚した。


けれど、彼もまた、誰かの白い手袋に使われた指先なのかもしれない。


「戻れるかどうかは、これからの証言次第ね」


「そうですか」


「ええ」


クラリスは扇を開いた。


「次は、その白い手袋に戻るわ」


「ロザリンド様ですか?」


「名前はまだ出さない」


クラリスは、静かに微笑んだ。


「でも、名前を出さなくても、逃げられない文面は作れる」


リディアは嬉しそうに頷いた。


「では、次は名前のない汚れのお掃除ですわね」


「そうね」


クラリスは、廊下の先にある学院長補佐の執務室を見た。


ラザフォードは言った。


指示された通りにしただけだ、と。


だが、指示書に名前はない。


名前がないから逃げられる。


そう思ったのだろう。


ならば、次に読むべきはその逆だ。


名前がなくても、どこから来たか分かる紙。


名前がなくても、誰の香りか分かる封筒。


名前がなくても、誰に都合がよいか分かる指示。


それらを一つずつ並べれば、白い手袋の持ち主は、いずれ自分から指を動かす。


「行きましょう」


クラリスは言った。


「次は、学院長補佐に報告です」


リディアは、にこりと微笑む。


「はい。お茶が冷める前に」


「今回は、お茶は出ないと思うわ」


「それは残念です」


その呑気な声に、クラリスは少しだけ笑った。


面談室の中には、まだ水の入ったグラスが残っている。


ラザフォードが、ようやく一口だけ飲んだ水。


その水面は、少しだけ揺れていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第10話は、休務中だったノエル・ラザフォードを表に出す回でした。


クラリスはベルモンド商会の取引網と記録で彼の逃げ道を狭め、

さらに、ベルモンド商会の商品を雑に扱ったことを「仕事の質」として冷たく刺しています。


今回は、リディアの沈丁花の指摘を終盤に絞りました。

ラザフォード自身が「甘い花の香り」と言った瞬間、その香りが彼自身にも残っていると分かる形です。


そして、エリアスの沈黙もまた記録になりました。

黙っているだけでは、安全な場所にはいられません。


次回は、その「名前のない指示」をめぐって、ロザリンドの尻尾切りをどう封じるかへ進みます。


続きも読んでいただけると嬉しいです。

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