48.7話 神田志乃の報告書~蜘蛛の根付は闇に揺れる~
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第二章、ラストの外伝。志乃視点です。
マレビトと亡者にまつわる騒動について、その後の顛末をご報告いたします。
先ずは自己紹介をいたしましょう。偉大なる主人、遠藤ふじ様に仕えております神田志乃と申します。
神田の氏はふじ様より賜りました大切なものでございますが、卑しい身の上でございますれば、ただ志乃とお呼びください。
さて、ふじ様よりこの地に呼び寄せられたマレビトが引き起こした亡者出没騒動ですが、マレビトやふじ様の孫娘である冴子様のご活躍もあって無事解決いたしました。
本所被服廠跡に突如現れた神聖な慰霊堂や、埋めつくさんばかりの亡者を浄化してゆく冴子様の舞は、さながら神話のような光景でございました。
しかし、手放しに喜ぶわけには参りません。
マレビトが私どもに見せつけた可能性はあまりにも圧倒的でございました。彼女を巡って、帝都心霊科学研究会で紛糾が巻き起こることは避けられないでしょう。
更に、見逃し難い禍根もございます。
突然異界が消滅しかけた原因、それを明らかにせねばなりません。
*
冴子様がご自宅にお帰りになったのち、私は部下たちに周囲に亡者が残っていないかの探索とともにあることを命じました。
研究会側で施した被服廠跡を取り囲む結界に異変がないかの確認です。
あのマレビトが作り出した大規模な異界は、全てがかの者の力によって生み出されたわけではありません。
空間ごと以外を作る場合その領域を定義することが重要とのことで、私共が先ずは結界を施し、そこに重ねるような形であの異界を作り出していたのです。
その異界が突如不安定になったと言うならば、原因はマレビトと我々の結界、そのどちらかが原因と考えられるでしょう。
なので、私共の責任領域である結界について念のため確認をさせたというわけです。
結果はすぐに返ってまいりました。
「結界が…壊されておりました……」
部下の一人からそう報告があり、現地に赴いてみれば、確かに結界に用いられていた盛り塩が崩されていました。
しかもぱっと見ではわからないよう、白い砂を代わりに盛り付けるような隠蔽工作まで施されていたのです。
明らかに、人為的な妨害工作があったのです。
私はその場に取り押さえられている男に向かって声をかけます。
「見張りの担当はお前でしたね?なぜこのような状態に?」
「そ、それは…」
男はその問いから逃れるように目を逸らします。その態度に自然私の声が低くなります。
「お前がやったのですか?」
「とんでもありません…!」
「なら何故はっきりと答えないのです?心当たりがあるのでしょう?」
そう問いただしても答えようとしません。目を逸らし口を固く瞑ることで自らを守ろうと必死のようです。
全く、無駄なことを。
「わかりました。もう答える必要はありません。勝手に知ることにします」
あのマレビトほど奇想天外ではありませんが、私も少々人智を超えた芸を身につけています。
まだ私の元に来てから日が浅く意味がわかっていない彼を無視して、私は『念』を広げました。
それは、さながら目に見えない蜘蛛の糸のように男の体に巻き付きます。とたん、その糸を通して、断片的な風景が私の脳に直接浮かんできました。
突然消えるマレビトと冴子様、変わり映えのしない盛り塩、突然かけられた声、白衣に白髪混じりの中年の血走った目――
「…なるほど、来栖教授の仕業ですか」
「えっ…!」
「一時的にその場を離れるよう命じられたと。なるほどね。一度は使命を守ろうと固辞したものの、握らされた金の重みには逆らえなかったと」
「お、お待ちください…!な、何故急にそんな」
「何も答えなくて構いませんよ。事情は知れました。お前はただ一時その場を離れた程度に考えているでしょうが、そのせいで危うく六万もの不滅の亡者が帝都に解き放たれるところでした」
「な、なぜ、なぜ」
そう顔を青くする男の表情に舌打ちをしたくなります。はしたないのでもちろんしませんが。
代わりに閻魔大王への土産でも持たせるとしましょう。
「研究所の学者たちがテレパシーと呼んでいるものに似た、ごく簡単な霊能力です。
お前が仕えていたふじ様が偉大な霊能者であることくらいは知っているでしょう?
ふじ様にお仕えする私もこの程度できなくてどうします。
――お前たち、その結界の跡はそのまま証拠として残しておいてください。あとは分かっていますね」
私は簡単に言い捨ててその場を離れました。
あとは悲鳴も残りません。
*
さて、困ったことになりました。
来栖教授は、我ら帝都心霊科学研究会ではそれなりの重鎮にあたります。ふじ様が研究会の中で孤立を深めている昨今、そんな彼と対立することは望ましくありません。
しかし事態が事態です。
この度の騒動とマレビトによる作戦の仔細は、研究会の重鎮たちは皆認識しています。その上で来栖教授が結界の破壊を行なったということは、彼は意図的にあの亡者たちを帝都に解き放とうとしたということです。
報告を掲げる組織に属する以上、流石に知らぬふりというわけにはいかないでしょう。
何より彼の行いはふじ様の孫娘、冴子様を危険に晒したのです。これを見逃してしまうようでは、二度とふじ様に顔向が敵いません。
そのような次第で、私はふじ様を含めた会の重鎮の皆様を前に、この度の顛末を全てご報告することとなったのです。
場所は新橋のさる料亭の奥座敷。
お歴々の顔ぶれは陸軍将校や伯爵夫人、高名な小説家など、普段であればお目見えも控えなければならないような方々ばかりです。
もちろんその席の上座には、草創期の一員であり有力なパトロンでもあらせられるふじ様も列席されております。
その場で私はこの度の騒動について、現場の目線からご報告をいたしました。
来栖教授の行いも含めて、全て。
反応は様々でした。
「流石に教授には説明をしてもらわにゃなりませんなあ」
「お待ちを。下々の者の発言だけで、教授の行いであると断定するのは早計ではございませぬかな?その、テレパシーとかいうものも何やら胡散臭いですし」
「あら。貴方は研究会の一員でありながら、心霊科学をお信じになりませんの?精神感応実験の報告書では――」
「しかし、マレビト様の招来というのは本当のことだったのですな。奇天烈なものを生み出すばかりの力と聞いておりましたが、まさかこれほどとは」
そのように紛糾する中、やり玉に挙げられた本人、来栖教授は(正確には、元教授ですが、会ではみな畏敬の念と共に教授とお呼びしております)平気な顔をしたままぬけぬけと発言をされました。
「その女の言うことは事実ですな。確かに小生は結界をいじくりました」
その言葉に、流石に座敷は静まり返りました。
その行いは、帝国への被害を最小限にとどめようという、研究会の総意に反するものだからです。
「…随分とあっさり認められましたなあ」
「ははは。小生はこれでも心霊科学の第一人者を自負しております。そこの志乃君は実験に何度も参加してもらっていて実力はよおく知っている。流石は遠藤夫人の手ごまというだけの実力はありますよ。隠し通せますまい」
「ならば、説明を願いましょうか。何故、会の決定を疎かにされたので」
「心霊科学の未来のため、そして何より帝国のためです」
来栖教授はそのまま立ち上がると、普段から充血した目をさらに血走らせて座敷の面々を見回しました。
「皆様方もお聞きになったはずだ。この世とかけ離れた空間を軽々と生み出し、藁をねじるほど造作なく科学法則を塗り替える、マレビトよる情報物理学の力を!」
彼もまた、どこかの高等遊民のように興奮気味にその言葉をのたまいます。
情報物理学。
もともとは、千里眼やテレパシーといった霊能力の存在を説明するために、彼が唱えている学問です。もちろん学会には見向きもされてはいませんが、彼はその存在を強く信じ、それを立証するために心血を注ぎました。
その活動の中で、ふじ様と出会い、実在の霊能力者たちを集めた組織として形成されたのが、この帝国心霊科学研究会のそもそもの始まりです。
「その場に居合わせたすべての会員が、突然虚空に消え去ったマレビトたちの姿を目撃しております。さらに、結界内では、この女の報告にあったような神話の一幕のような光景をその場のすべてが体験したというのです!
蒙昧な大衆を黙らせるに余りある奇跡の数々を、これほど容易に、これほど明確に発現できるというならば!それを覆い隠そうというのは、蒙を啓き国を救うという研究会の精神に反するものでしょう!いかがか、皆様方!」
その熱に浮かされたような演説に、会の皆様は少し迷われるような表情を浮かべております。
それも仕方のないことでしょう。この場に集った者たちの多くは、実のところ、彼が語った「情報物理学」の力にふらふらと引き寄せられてきた虫のようなものなのですから。
「…しかし、それで人々に危険を及ぼすのは許されるものではありませんぞ?昨今は治維法のせいで、いろいろと注意が必要が必要と話したではないですか」
治維法というのは、数年前に制定されました治安維持法のことです。
帝国の秩序のため必要なものではございますが、この法令のため多くの新興宗教と呼ばれる団体は次々と摘発されていると聞きます。
私共研究会も、霊能力者をあつめ、世間には認められないような学問に取り組むなど、はたから見たら新興宗教の一種と言われてしまっても仕方がございません。
――そして実際に、およそ世間様には知られてはならないような限りなく昏い事実が存在することを、組織の暗部として働く私はよく知っています。
いくら創設の精神が高邁であろうとも、やがては目の前の甘美な利益を前にぐずぐずと腐り果てていくのが、組織というものなのです。そして、一度腐った組織を維持するには、血の力を頼らなければならないことは多い。
そんななか、世間の目に留まる事件が起こり、その原因として会の名前が公開されようものならば、会は存続を危ぶむ事態になることは火を見るより明らかなのです。
しかし、来栖教授は頑迷でした。
「貴方方は!今の現状を見て何も思うところはないのですか!国は乱れ列強が帝国を蝕んでいくなかで、我々は間違いなく光を得たのですぞ!かのマレビト様を研究し尽くし!その力の源を解析しきれば!帝国に不可能なことなど何もなくなるかもしれないのです!それに目をつぶり保身に走るなど嘆かわしい!」
そういうと彼はその血走った眼を、わが主、ふじ様に向けてきます。
「あまつさえ!その神のごとき力を囲い込まれる遠藤夫人の所業こそ!我々は糾弾すべきでしょう!」
その言葉に、会の重鎮の目がふじ様に集まりました。
彼らも内心今のマレビトの扱いに思うところがあることを、その目が雄弁に語っています。
それを受けて、わが主は――お笑いになりました。
「ぬしのようなものがいるから、あれはわしの家に押し込まざるを得んのじゃ。うつけが」
その言葉は、興奮した来栖教授を黙らせるのに十分な力を持っていました。
会で孤立をしようとも、多額の資金を寄付し、超常の力の疑いのない実例として君臨するふじ様に、面と向かって対抗できるものは、おりません。
「マレビト様の力は強すぎる。お主らがそうやって浮足立って周りもよう見えんようにしまう程度にはの。だから、ぬしらを遠ざけるため、仕方のう実家にあずけとるんじゃ」
その言葉に、ふじ様の威光に一度口をつぐんだ来栖教授は再び顔を赤くしていきました。
「…あなたがそうやってかの者を隠し、我々から遠ざけようとするからこそ、小生はそれを正すためにも危ない方法をとるしかなかったのだ!」
「あの、教授。それはあまり関係がないのではないでしょうか?」
「いいや、大いに関係がある!この度、小生がこのようなことをしなかった場合、どうなったと思いますか、皆々様!かの遠藤夫人はことを収めた功績に胡坐をかいていよいよその囲い込みを強め、我々は何も言えなくなる!そうならないためには、我々の思いを目に見える形にする必要があったのです!」
それは明らかに暴論でした。
会の意向を無視して、帝国を危険にさらした行為の正当化としてはあまりに突飛というものです。
しかし、研究会の重鎮たちはそれを指摘することはありませんでした。どことなく、言いたいことはわかるという表情で、非難の目を――ふじ様に向けるのです。
「教授の行いはもちろん正しくはないでしょうが、そこまで彼を追い詰めたというのは確かに看過できませんなあ」
「そもそも、研究会の危機の発端は亡者たちの暴走です。これは、言いたくはありませんが、遠藤夫人のやり方がまずかったからではないのですかな」
「それは一理ありますわね。マレビト様は、私たちの悲願。超常能力を極めた、異界にいます神の招来。それを囲い込んで、端女のように扱うなど不敬と言わざるを得ませんわ」
「我々の手でマレビト様を遇すれば、教授もこのような暴走はしますまい。どうお思いか、遠藤夫人?」
やはりこうなるか、という思いが私の胸に広がります。
初めからわかっていたことですが、まさか来栖教授の行いへの処断をなあなあに済ませたまま、こうやってふじ様を非難する流れになるとは。忸怩たる気持ちが抑えられません。
しかし、その雑言をふじ様はその眼光で黙らせました。
「そうやってぬしらはすぐに正気をなくしよる。――まさか、マレビト様をぬしらがどうこうできると、本気で思っとるのか?」
その言葉に、私はあのいまいましいマレビト、陽菜の行いを思い出さざるを得ませんでした。
誰も入り込めない空間をやすやすと作り出した彼女。競馬場でとりのがしたときにくらべ、その能力の使い方も影響範囲も、随分と広がっていることは明らかでした。
例えば、彼女が披露したあの異界生成能力。あの能力さえあれば、どれだけ彼女を囲い込もうとも、彼女は平然とその囲いを抜けて、自由を得ることでしょう。
まして、その中であれほどの超常現象を平気で起こしうるのです。無理をして囲い込んだ時の危険性も、相当のものとなっているでしょう。
「マレビト様がわが実家にいるのは、別にわしが囲い込んでいるからではない。あのものが選んだんじゃ。
マレビト様はどうも無理に囲い込もうとすると全力であらがわれるらしい。しかし、一度自らの場所を選んだのちは大人しゅうしとる。小娘と同じじゃ。
じゃから、その状態で如何にあの者の心を掌握するか。それが肝心なんじゃ」
ふじ様はそこで一同を見回して宣言されます。
「そしてわしはこの度それに成功した。志乃が報告した通りじゃ。――じゃから今後も、わしに任せい」
ふじ様はそういうと、用は済んだと席をお立ちになりました。
「お、お待ちを!まだ話はついてはおりませんぞ!」
「そういうことなら、我が家が手厚くもてなした方がよほど――」
「そういう態度で挑むうちはあのものは逃げる一方じゃと言うておる。ぬしら、少しは頭を冷やすことじゃな」
ふじ様はそのまま座敷を後にされました。おつきの身である私も、ご挨拶の後席を立ちます。
ふじ様と私はそのまま、騒然とする奥座敷を離れ、そのまま帰路へとついたのでございます。
*
「差し出がましいながら……よろしかったのですか?」
道々、私はふじ様にそうお伺いしました。
「ぬしは心配せんでもええ。……ああいう場でまともにやりあっては、逆に危うくなるでの」
「会の皆様がまた暴走されたりはしないでしょうか…。例えば来栖教授辺りが」
「ふん。あの飄禄玉に、真壁とゆかりのある遠藤家に手を出す度胸はなかろうて。……じゃが、万が一ということもある。…すまんが、これまで通り頼むぞぃ」
「心得ております」
マレビトが遠藤家に入って以降、私共はひそかに遠藤家やあの娘の周りで警護を行っているのです。今後、さらに心して仕事に中る必要があると、私は心に刻みます。
ただ、正直に申して、不安はあります。
いくら会で圧倒的な影響力を持つとはいえ、ふじ様はこの度のことでさらに孤立を深めてしまいました。
本来、この度マレビトを巻き込んだのは、その孤立をある程度解消し、マレビトが会のコントロール下に起きうることを証明するためでした。
しかし、終わってみれば、会の重鎮にはふじ様の専横を表立って口に出される結果となってしまったのです。
このように、暗がりに身を寄せる生き方をしている私にはわかります。
強権や実力による独走は、やがて必ず失速します。追いつかれれば最後、光の元に戻ることは二度とかないません。
ふじ様がそれを分かっていないはずがないのです。
しかし、半ば頑なに、ふじ様は今のやり方を続けております。
あのマレビトのために。
そして、おそらくは、冴子様のために。
――ああ、そうです。冴子様こそ心配です。
ふじ様がはじめ冴子様をマレビトから遠ざけようとしてた理由が、今の私にはわかります。
あの異界にて、超常の力を授けられてしまった冴子様。
その姿は、あまりに人間離れしておりました。
冴子様は、あのマレビトに影響を受けすぎるのです。
危ういと言わざるを得ません。
そのことをふじ様はどうお考えなのでしょう。
とても伺いたいのですが、そこがわが主の秘事であるのか、私にも決して教えては下さりません。
私の力をしても、ふじ様のお心は計り知れないのです。
わが敬愛するふじ様。困らせられつつも可愛らしい冴子様。
私の大事なお二人が、うっすらとした沼のような危機につかりつつあることを、私はただ見守ることしかできません。
――できることとしたら
思い浮かべるのは、あのマレビトの姿です。
かの者は強大な力を得るに至りましたが――その一方でうかつです。
――私なら気づかれる前に息の根を止められるでしょう
私は確信しています。
かの者は、すべての中心にいる皆を惑わせる混沌の女神です。
研究会も、冴子様も―――わが主も。彼女にとらえられているように見えて仕方がありません。
最後の手段ではありますが。その時が来るのに備えて、心づもりをしておきましょう。
お読みいただきありがとうございました。
陽菜と冴子により昏い亡者の影がものの見事にとりはらわれたその裏で、陽菜に伸ばされる無数の欲深い手と冷たく刃を研ぐ志乃。 光が強くなればなるほど、帝都の闇もまたその深さを増していく――。そんな「表と裏」の因縁が極限まで高まったところで、第二章は、これにてめでたく幕を閉じます!
陽菜と冴子、二人の少女が手を取り合って一つの大きな壁を乗り越えましたが、物語はここで終わりではありません。 姿を現してきた研究会と「情報物理学」の狂気にとり憑かれた来栖教授。孤立を深めながらも現状を維持するふじの思惑と、その心をよそに暗躍する志乃や亮介。
そして、少女たちを取り囲む昭和の現実と歩み寄る不吉な足音…。
これら複雑な因果が少しずつ絡み合う新章を、これ以上ないクオリティでお届けするため、作者はここで一度筆を置き、少しばかりのプロット充電期間(一時休載)をいただくことにいたしました。
焦らずじっくりと次の展開への牙を研ぎ澄まし、必ずや面白い物語を引っ提げて戻ってまいります! しばしの間、志乃の不穏なモノローグを反芻しながら、お待ちいただければ幸いです。
それでは、また新章の帝都東京でお会いしましょう!




