40話 未来の観測が過去を確定させる~世界を塗り替える配信(IPO)の再開~
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三越百貨店での密会は、結局、遠藤家に気づかれることはなかった。
どうも冴子さんの友達たちについていったという影武者はうまいことやってのけたらしい。誠一が特に静江さんに報告をした様子もなく、百貨店側が遠藤家にご注進した様子もない。
まるで何事もなかったかのように、平穏な日々が戻ってきた―――ように見える。
もちろんそんなことはない。
次の日。1928年4月25日の深夜。
いつもの私たちの秘密基地、夜のオフィスビルには飛び切りのイレギュラーが訪れていた。
「はっはっは!まさか久々の里帰りがこんな形になろうとはね!」
はい、イレギュラーはこちら。
けたたましく笑う亮介とその隣で呆然としている志乃だ。
なぜこの二人が私のダンジョン内にいるかといえば、当然、私が招き入れたからだ。
私の作り出すダンジョンはこの時代の遠藤家よりも敷地面積が広い。そのため、家の外からでもダンジョンの射程範囲内に入ることができる。
というわけで、あらかじめ立ち位置を打ち合わせておいて、ダンジョン生成と解除を駆使して家の外までお出迎え。そして、そのまま、私と一緒にダンジョンに入ることで、無事ダンジョンに潜入成功というわけだ。
「これが、未来の遠藤商店の姿ですか…」
志乃が少し引き攣った表情で辺りを見回している。そういや、志乃は色々事情を知っている強敵でありながら、意外と未来の建物に入る機会は少なかったっけ。それこそ、最初のネカフェの時の非常階段くらい?
だからなのか、なんだか落ち着かない表情が目立つ。
「さて、この建物は周りの店を何件も飲み込むようにして建っているわけだし、遠藤商店が建てたものとは限らないんじゃないか?どうなんだい、陽菜君」
「さー、そこら辺はよく知りません。建物の名前には遠藤の文字は入ってはなかったですね」
それを聞いて志乃は少し安心したように息をつく。
「きっと別の場所に移転したのでしょうね。遠藤商店は歴史ある老舗なのですから、このような建物ではなくもっと伝統を守った格式高い店構えのはずです」
言下に未来の建物を否定する志乃。
しかしどうなんだろ。遠藤商店だって、震災後は看板建築っていう時代の流行に走った建物建ててるんだし、普通に今風の建物なんじゃない?
「二人とも。あまりのんびりとしていては困るわ。長い時間こうして話しているわけにもいかないのよ」
冴子さんは少し表情を引き締めている。
そりゃそうだ。なんのため、因縁の宿敵や裏切り男を受け入れたかって話だもんね。
「そうだね。早速はじめよっか。亡者対策特別会議」
*
帝都に亡者が出る。
志乃曰く、将門塚の時やネカフェの時のような、実体のある亡者が。
しかし、理由がわからない。
「誓って言うけど、私が出したわけじゃないからね。そんなの出している理由も余裕もないわけだし」
「わかっていてよ、陽菜さん。貴女の仕業じゃないことはわたくしが保証するわ」
嬉しいことを言ってくれるのは、私の天使冴子さん。一方志乃は眉を歪める。
「…しかし、このような建物を平気で出せる上、その中を移動した後能力を解除することで壁だろうが塀だろうが越えられるのでしょう?お嬢様がお眠りになる夜間、一人帝都を徘徊することも不可能ではないのでは?」
「女中仕事でクッタクタになってる私が、なんでそんな無駄なことしなくちゃいけないんですか?そんなことするくらいなら1秒でも長く寝ますって!」
「私共組織への当てつけという理由なら考えられなくもないですね」
この女…!ほんと、どこまでも私のせいにしたいらしい。
「まあ、下らない話はやめて、事実をベースに話をしようか。まずは志乃君の観測記録をまとめよう」
そういうと亮介は背嚢から大きめの紙を取り出した。
「それは何かしら?ここ1ヶ月分くらいの日付が書かれた表のようだけれど」
「ま、その説明は後だ。さて、志乃君。まずは君または君の組織が認識している亡者の出現時間、場所、その状態をできるだけ正確に教えてくれるかい。確実に観測されたものだけでなく、目撃談だけのものも含めてね」
亮介はそれをオフィスの床に置くと鉛筆片手に志乃に問いかける。
志乃はそれに対して一つ一つ答えていった。
思ったより数が多い。
まず、明確に組織が亡者と対峙したのが三件。場所はバラバラだか、時間は深夜の21時から23時辺りに固まっている。人が近づくと寄ってくるが、離れると何をするでもなくぼうっと突っ立っていて、朝になったら掻き消えたとのことだった。
「じゃあ、まだ被害は出てないんですね」
「今のところは、というだけです。人払いをしているためなんとかなっていますが、今後どうなるかは分かりません。我々に祓う手段がない以上予断を許さない状態です」
むう…。確かに人が近づくと寄ってくるって話だし、そのうち人を襲うようになってもおかしくないか。
志乃は続けて、ただの目撃談だけの事例に言及する。これは、場所だけでなく時間すらバラバラ。日中に一般人が目撃しただけのケースもある。
これらの目撃談で出てくる亡者たちは、前の三件と異なり、その存在が「朧げ」だと志乃はいう。
「志乃。それはどういう意味なのかしら」
「先ほどお話しした亡者とはまるで違って、存在感があまりないようなのです。それどころか、その姿すらぼやけているようで、そのほとんどが目撃されるなり忽ち消えてしまうそうです。私としては、あの亡者たちと一緒くたにするのには違和感があります」
そう言って志乃は軽く涼介を睨むが、当人の方は何やら書き込んだ内容に興奮した様子で顔も上げない。
「いいから、話を続けたまえ。君だってそうは言っても無視できないから話しているんだろう?」
「…わかりましたよ。確かに、皆が口を揃えて同じ姿形の亡者を見たというのは、異常なことです。こういうものは、人それぞれで見るものが違うものですからね」
そのまま志乃は話を続けた。結果、六件程度の目撃談が集まった。
「合わせて九件もの怪奇現象がこの短い間に発生したというの…?」
冴子さんはそう言って顔を青くする。確かにわずか二週間足らずの間に起きたとすれば、その深刻さは相当なものだ。志乃が冴子さんに泣きついてくるのも頷ける。
一方、亮介は完全真逆の反応で、すっかり顔を赤くして興奮している。
「はっはっは!ここまでハッキリ結果に現れると笑うしかないな!」
「…いい加減、説明してくださいよ。なんなんです?その紙」
「これかい?これは、さまざまな新聞記事の内容をまとめたものさ。陽菜君の言う情報物理学に従うならば、大衆に情報を拡散する新聞記事の内容は何よりも注目すべきだ。陽菜君以外に現状この法則に基づいた事象を引き起こしているのは大衆しかいないからね」
亮介は書き込みを終えると立ち上がって私たちに指し示した。
「見たまえ!一番左の列が日付だ。この横に新聞名があるものは、その新聞が『その日に』亡者が出たと報じている記事がある、という印さ」
言われると確かに新聞の名前が書いてある日とない日がある。
「えっと、なら例えば朝陽新聞によれば四月十六日に幽霊が出たってことなんですね?」
何やら新聞名の横にごちゃごちゃ書いてあるな。なになに?『住職、怪奇ナル幽鬼ヲ目撃ス』。深夜九時過ぎごろ下谷区谷中天王寺町あたりで墓地に怪しい人影が…。
――これって
「私が先ほどお伝えした亡者の出現場所と時間そのものです!」
志乃は信じられないという表情でその記載を自分の目で確かめる。
「…それがそれほど驚くことなのかしら?貴女たちのことが単に記事なっただけではなくって?」
「違うんです!この記事は、基本的にでたらめです!あの日、私たちは人払いをしていました。誰かに見られたはずがありません。この記事の住職も私は知っていますが、この日は別の場所にいたはずです。彼が勘違いして証言したか、新聞記者のでたらめか、とにかく事実に基づくものではないんです。
なのに、時間と場所だけがぴったりと一致している…!」
志乃はそういって顔を青くする。
ネカフェで初めて亡霊を見たときと同じだ。彼女は本気で気味悪がっている。
「それは実に有用な情報だね。虚構にすぎなかったはずの出鱈目なガセ記事が、なぜか、現実の事象とぴったり合致した。――陽菜君。僕が何が言いたいかはわかるだろう?」
亮介は日付を赤鉛筆で丸く印づけながら私に笑いかけた。
――いわれるまでもない。情報物理学だ。
志乃はそれを否定したいといった風に紙に書かれた内容に目を通していく。
「十九日、日本橋区箱崎町3番地の怪異…、これも時間と場所が完全に一致します。これはおそらく事実に基づいていますね。二十日、麹町区永田町二丁目…。これは…事実はまるで異なるのに時間と場所だけ一致します…!」
志乃はそう言って記載の内容を確認していった。結果、全ての記事について、亡者の出現場所や時間との一致が認められた。
志乃ががっくりと肩を落とす。
「…不気味です。あまりに不気味です。まるで、この新聞紙が物語で私たちはその登場人物みたいではないですか…。どれだけ緻密に計画を立てても私たちの行いは無視されて、どれだけ適当な内容であっても新聞の記述が優先されているようです」
「ほう。それはなかなか面白い視点だね。しかし、さすがに新聞記事ならどんなものでもいいというわけではなさそうだぜ?」
亮介だけが一人ご機嫌だ。彼は紙に書かれている新聞紙に印をつけ終わったのか、改めてその内容を指し示す。
「今、赤く囲ったものは、志乃君曰くはっきりとした亡霊が出てきた時に該当する新聞だ。一方、青色で囲ったものは、おぼろげな亡者が出てくるだけだったもの。この新聞記事の名前を見れば面白い事実が分かる」
そういわれて私も一応確認してみる。
この当時の新聞記事なんて知らんけどね――と思って眺めてみたが、明らかにわかりやすい違いがあった。
「…赤い丸印の新聞記事、100年後の私でも知っているような有名なものばかりですね。青い奴は一顧も知りませんが」
辻売新聞。朝陽新聞。いずれもドメジャーな新聞だ。
一方、青く囲ったものについては、私はてんで知らない、聞いたこともないような新聞ばかりだ。
その言葉に、亮介は笑顔を深める。
暗闇のなかランランと光るその瞳がいやに目についた。
「まさしく。青い印をつけたものは、いずれも赤新聞だとか黄色新聞だとか言われるようなガセの塊みたいな新聞や、吹けば飛ぶような零細新聞ばかりだ。こんな記事に乗った亡者たちの姿はおぼろげで、一級の新聞記事にのった亡者は神と見まごう存在感を持つ。――どうだい?君に言わせれば、こういのを、情報の『質』の違いっていうんじゃないかい?」
そう。
ここまでくれば疑いようもないよね。
「つまり、新聞を読んだこの時代の大衆が思い描いた情報が、あの亡者たちを作り上げた、というわけですね」
情報物理学。
私のでっち上げたなぞ理論が、まさかここまで徹底して現実のものになるなんて。
志乃ではないが、私もなんだか背筋が寒くなる。自分が書いた出鱈目な脚本が現実を塗り替えてしまったような、言いようのない気持ち悪さ。
しかし。
私の答えに亮介は笑った。
「ははははは!まさか、当の本人がまだわかっていないとは!ここまでくれば寧ろあっぱれだ!」
「…どういう意味です?」
「考えてもみたまえ。今回亡者が出てきたのは、新聞記事が発表された日ではないんだよ?それよりも前の出来事だ」
ん?どういうこと?
亡者が出たって記事が出て、そこに書かれている日時と場所が現実と一致したんだよね?
あ。ちがう。事件が起こったタイミングと、それが記事になって世に出回るタイミングは別だ。
新聞記事は、いつだって事件の後に売り出される。
だから、新聞記事を読んで大勢がそれを現実だと思い込んだとしても、それは事件発生の原因にはなりえない。
んんんんん?
あれ?間違いない真実だと思ったら急にわけわかんなくなったぞ?
「わからないかな?君が知る限り、未来側から過去に干渉した例は初めてではないんだがね」
その言葉に私はようやくもう一つの可能性に気がついた。
――配信だ。
「思い至ったか。そう。君の配信だ。未来人たちはその想念だけで冴子の瞬間移動を生み出した。亡者を生み出すくらいなんでもないだろう」
「で、でも、私はそんな配信していませんよ?」
「本当かい?例えば目黒競馬場から配信をしていないとしてもだ。それまでにこんな配信をしたことはなかったかい?例えば『新聞記事に載ったことは本当に実現する』とか」
配信した。
隠し土蔵を見つけた際、競馬場のレースを実況した際、いずれもハッキリと言った。
新聞に書かれたことは実現すると。
しかし、こんなオカルト記事の内容まで実現するなんて。
「無論、良識あるものはそんなことは信じない。しかし君のチャンネルは将門塚の怪異は実在したと報じたんだろう?そしてその証明のように亡者の映像が映された。
なら、他の記事の内容も本当だと信じてしまうものが現れるのは十分考えられる」
そうだった。
私のチャンネルはずっとそう主張してきたのだから。
「陽菜君の話を聞く限りでは、配信先の世界とこの世界はどういうわけかパラレルな関係を保って共通するスピードで時間が進行している。視聴者からしてみても、僕たちの明日は未来なわけだ。しかし、彼らはそれを予め知ることはできる。未来に残された新聞でね。だからこそ、本来不可能なはずの、未来の怪奇事件を思い描くことができる。こう考えれば、この事象を起こせるのは未来人しかありえないね」
涼介は嬉々として解き明かしていく。
逃げ道を塞いでいく。
「情報物理学の唱える現象は実在するする。しかし、それは君たち未来人においてのみだ。やはり、君と配信だけが、全てのイレギュラーの原因だよ」
その言葉に私は思わず俯いた。
慌てたように冴子さんが声をかけてくれる。
「ひ、陽菜さん!そんなに落ち込まないで!こんなこと誰も想像なんてできないわ。あなたの責任じゃないわよ。それに、出てくる亡者はわたくしが祓うから大丈夫よ」
「それはどうだろうねぇ?今後新聞に出てくるオカルト記事に対応し切るなんて無理だと思うけどねぇ」
「無理って…!それなら、叔父様はどうしたら良いとおっしゃるの?!」
「根本原因である未来の一般大衆の意識を変えるなんて不可能なんだ。あたらしい世界のルールを受け入れたらいいのさ」
「そんな無責任な!」
「はっはっは!僕に責任感なんてものがあると思ったのかい?僕としては新しい事象がどんどん出てくれた方が実証データが取れていいくらいさ!」
そう嘯く亮介の笑い声を聞きながら、――私は込み上げくる感情をついに抑えられなくなった。
駄目だと思うのに。こんな事じゃいけないと思うのに―――決壊する。
「――アッハハハハハハ!」
胸を突くような喜びの笑いが。
無責任?
非常識?
言いたければいえ。
私は、配信者だ。
私の配信が、途方もない数の人々の意識を動かした!
私自身の言葉が、確かに世界に届いた!世界を変えた!
これを喜ばない配信者なんているもんか!
呆然とした顔をして冴子さんが私をみている。
ごめんね、冴子さん。不謹慎だよね。
でも抑えられなかったよ。
ずっとずっとずっとずっと、胸に溜まり続けるしこり。現実世界でも何者でもなく、こちらの世界では厄介者でしかない。
それを受け入れるしかない、泥を呑むような苦い苦い口惜しさ。
心の底では言いたかった。
みろ!お前らが軽んじた、何者でもない私が世界を変えてやったぞ!って。
それが現実になった。
思いもよらず世界は私の手で変わっていた。
でも冴子さん。大丈夫。
このままになんてしないから。
だって私は――配信者だ。
配信者っていうのは、懲りないものなんだ。
私は亮介の方に向き直った。
「新しい世界なんて来ませんよ。大衆の意識を変えるなんて簡単なんですから」
笑いを収めて私の方を眺めていた亮介は、その言葉に少し眉を歪める。
「いきなり笑い出したかと思ったらそんなことか。ふん。個人の力だけでどうやって大勢の意識を変えようっていうんだい?」
「何もかもわかってるようにしてるのに意外とわかってませんね。
――それができるのが配信なんです」
その言葉に亮介の目が見開かれた。
私は続ける。
「『新聞に書かれたことは真実になる』なんて意識が世界を塗り替えるなら、別の意識で世界を塗り替えるだけです。
私の配信なら、それができます」
ニュースで取り上げられるほどの認知度を持ち、大衆に幽霊の存在すら信じさせる私のチャンネルなら、さらにその意識を誘導することだってできるはずだ。
できるならばやりたくなる。
再び自らがムーブメントを作りたくなる。
その可能性に飛びつかない配信者だって、いやしないんだ。
「IPO、活動再開!」
私はそう言って思いっきり拳を天に突きつけた。
お読みいただきありがとうございました。
亡者の謎が解かれ、そして陽菜という人間の奥底にあった衝動が暴かれました。
どんな状況になろうと、それこそ帝都で一人サバイバルをやるような状態であってすら配信をやめられなかった彼女の、どうしようもない真実です。
ただし、もちろんそれだけが彼女の真実というわけでもないですが。
ということで、本格的に亡者対策に乗り出す前に、ゆっくりお互いのことを見つめなおしましょうか。
次回冴子回。ちょっと湯にでもつかって一息入れましょう。
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