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レンズ越しの手紙  作者: 五平
9/12

第9話:最高の笑顔の裏側

蓮さんのスタジオ。

私は子供用の可愛い小道具を準備する。

動物のぬいぐるみ。カラフルなボール。

壁には、子供たちが描いた絵が飾られている。

今日も、最高の笑顔を撮る。

私はそう意気込んだ。

だが、時には最高の笑顔こそ、

最も難しい被写体となる。

そんな予感が、胸の奥でチクリと刺さった。


からん、と扉のベルが鳴った。

赤ちゃんの初めての誕生日記念撮影だ。

若い夫婦が訪れた。

夫婦の顔には、期待と少しの緊張。

可愛らしい赤ちゃんを抱いている。

だが、赤ちゃんは、場所見知りからか、

ずっと泣き止まない。

甲高い泣き声がスタジオに響く。


夫婦の顔が焦りで歪む。

「あ、あの……すみません」

「いつもは、こんなに泣かないのに……」

夫婦は、赤ちゃんを抱きしめ、

優しく声をかける。

それでも、泣き声は止まない。

私も、笑顔を引き出すのに苦戦した。


私は、赤ちゃんに色々な音を出した。

おもちゃを見せる。

いないいないばあ。

だが、全く効果がない。

泣き声は、むしろ大きくなる一方だ。

夫婦の落胆が、空気のようにスタジオを満たす。

「もう諦めますか……」

夫が力なく呟いた。

妻の目にも、諦めの色が滲む。


蓮さんは、私の様子を見ていた。

静かに、だが鋭い声が響く。

「お前は、何を撮りたいんだ?」

彼の言葉は、私の心を揺さぶった。

(最高の笑顔を撮らなきゃ……)

(でも、このままじゃ……)

焦りの中で、私は気づいた。

無理に笑顔を撮ろうとするのは、違う。

夫婦と赤ちゃんの間の「心の繋がり」を捉えるべきだ。


蓮さんの言葉が脳裏をよぎる。

「光の当たる場所だけ追っても、影は撮れねぇよ。」

「最高の笑顔の裏に、何がある?

それを写せ」


私は、夫婦に語りかけた。

「赤ちゃんが泣いていても、

お二人の優しい眼差しは写りますよ」

そう言うと、夫婦は驚いた顔をした。

「もしよかったら、赤ちゃんが生まれた時のことや、

どんな子に育ってほしいか……

赤ちゃんへの想いを、話して聞かせてあげませんか?」


夫婦は、互いに顔を見合わせた。

そして、少し戸惑いながらも、話し始めた。

初めて抱きしめた時の、小さな命の重さ。

夜泣きで眠れない日々の、愛おしさ。

「元気に大きくなってね」

「いつも笑顔でいてね」

赤ちゃんに語りかける「未来への願い」。

その言葉に、私は耳を傾けた。


夫婦が、赤ちゃんに語りかける。

その声は、優しさに満ちている。

すると、それまで泣いていた赤ちゃんが、

ピタリと泣き止んだ。

小さな瞳で、夫婦の顔をじっと見つめる。


その瞬間。

私は、シャッターを切った。

夫婦と赤ちゃんの間に流れる、

温かい愛情の「気配」。

それを逃さなかった。

それは、最高の笑顔ではないかもしれない。

だが、間違いなく「家族の深い愛情」が

写し出された瞬間だった。


蓮さんは、私の指導を見ていた。

彼の瞳が、微かに柔らかくなる。

私の成長を、認めているように見えた。


撮れた写真には、泣き止んだ赤ちゃんが、

夫婦の顔をじっと見つめている姿があった。

夫婦は、写真を見て涙を流した。

「泣いている写真だけど、

私たちの一番大切な宝物になりました」

「この写真を見て、あの子への愛を忘れずにいられます」

感謝の言葉が、スタジオに響く。


私は、写真が「言葉にならない愛情を形にする」

ことができると実感した。

この経験から、無理に最高の笑顔を引き出すだけでなく、

それぞれの家族の「ありのままの愛の形」を

撮ることに喜びを見出す。


本当に美しい笑顔は、レンズの前にだけあるのではない。

それは、愛する心の中に、静かに咲いている。


次回予告


「ありがとう」

その言葉が、写真で心を繋いだ証。

老夫婦と、別れを目前にした愛犬。

言葉にならない「感謝」を、

一枚の写真に込める。


第10話 言葉にならない「ありがとう」

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