忘れられたものたち
王宮の護衛を海軍に任せるというフランベーニュ王の声明に動揺したバレードンが心の中で呟いた打開策。
のちにブリス・バレードンの名が「フランベーニュ軍史上最低の軍人」と同義語となる要因であるそれとは別のものを王太子アーネスト・フランベーニュが示したのは、「海軍動く」の報が伝わってしばらく経った後だった。
だが……。
「ブ、ブリターニャに支援を求める?」
王太子陣営の天幕内にカミールの声が響いた。
「気は確かですか。兄上」
「落ち着け。カミール」
噴火した火山のごとく怒り狂う弟をアーネストは宥める。
「状況を考え、その状況を再びこちら側に呼び戻すための方便だ。私だってブリターニャに借りをつくるなど考えたくのもない」
「だが、流れが変わったのはあの守銭奴国家が何を思ったかダニエルの味方をするなど言ったからだ。それを見たアリターナが慌てて同調し、奴らの戯言を真に受けた兵士どもが逃亡し、そして、今度は海軍だ」
「あれはすべて『あのアグリニオンの商人が勝ち馬を逃すはずがない』という先入観から動いている」
「だが、実際にはあの守銭奴はなにひとつ根拠を持っていなかった。ここまでの結果を考えると、奴らが根拠をつくったと言ってもいいだろう」
「もしかしたら、小賢しいダニエルの差し金かもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。問題は……」
「あの守銭奴がダニエルについたのと同じくらいの飾りを我々が持てるかどうかということだ」
「つまり、ブリターニャはその飾りということですか?」
「そうだ。まあ、私自身もそれほど乗り気ではないので、おまえがこれ以上よい手があるというのなら、喜んでそちらに乗るがどうだ」
当然カミールの手の中にそれ以上のものなどあるはずがなく、ブリターニャ嫌いの弟もここは折れざるを得ない。
「……わかりした」
そして、少しだけ時間が経った同じ場所。
「では、グサンビル侯爵。よろしく頼む」
そう言って、ふたりの王子はアーネストは腹心中の腹心で弁が立つことで有名なベランジェ・グサンビルをブリターニャの王都サイレンセストに送り出す。
グサンビルが消えた直後、カミールは兄にそっと話しかける。
「侯爵にはなんと?」
「あまり時間がない。あとでなんとかするから空約束を乱発してでもブリターニャの支持をとりつけてくるように言った。成功したら公爵にしてやるという奴自身に対するエサもつけた」
「成功しますかね」
「してもらわねばならない」
苦虫を百匹ほどまとめて口に入れたような顔でアーネストは答えた。
さて、この後ほぼ全員に忘れ去られることになるため、王太子が派遣したグサンビル侯爵の交渉結果はといえば……。
そもそもフランベーニュの兄弟喧嘩を内心喜びできればできるだけ長引いてもらいたいと思っているブリターニャがどちらかに肩入れすること自体ありえない。
さらにいえば、アグリニオンに続いてアリターナもダニエル王子の支持を表明していることはブリターニャも知っている。
さらに王太子側から兵たちが多数脱走している事実まで掴んでいるブリターニャがわざわざ敗色が濃くなってきた王太子の支持をして、今後できると思われるダニエルを中心とした新体制との関係を悪くする選択などするはずがない。
即座に断りを入れるところであるが、ここがブリターニャ人のブリターニャ人たるゆえん。
徹底的に揺さぶりをかける。
そう。
支持表明などする気がないうえで条件交渉を始めたのだ。
表面上は下手に出ているが、要求しているのは限度一杯どころか、限度を超えたものを要求する。
いくら空約束をしてもよいと言っても限度がある。
グサンビルが交渉を諦めたのはフランベーニュの権力闘争が決まったとき。
そして、帰るに帰れないグサンビルはブリターニャに保護を求めたものの、そうはいかず。
言葉巧みに誘い出されたグサンビルは捕らえられる。
もちろん彼はブリターニャからのご祝儀代わりに新王太子に叙せられたダニエルへ引き渡される。
その彼に待っていたのは当然主の後を追うという一択。
一応、その方法には色々取り揃えられていたのだが。
敗者に待っているのは特別な例外を除けば常にこのような結末。
個人の善悪はもちろん、どちらに正義があるかも関係ない。
戦いとは勝つか負けるだけが重要なのだ。
そして、勝者には栄誉と名誉、敗者は屈辱と死が与えられる。
戦うということは絶対勝つ算段をしてから始めるもの。
伊達や酔狂、そして勢いだけで初めてはならない。
そして、勝つためならば、どのような卑怯で非情なこともおこなう。
その覚悟を持たない者に戦う資格はない。
グワラニーの口癖の正しさを示すひとつの例といえるだろう。




