第90話 ポ///
記念すべき第90話。100話を目前にした不肖雨宮、ふんどしをケツに食い込む勢いで締め直す心構えである。とりあえずよりギャグコメに磨きをかける為、銀魂を読んできた。
はじめまして、こんにちは。日比谷教教祖、雨宮小春です。
初恋のあの人こと日比谷真紀奈神とオシベとメシベになるべく日々芸能界を邁進する若き芸能人である。
そんな僕は今、我が中学をネバネバ包む『演劇部』の呪いを解くために舞台、かえるの王さまの稽古に……
日夜汗を流している場合ではない。
芸能界最凶の女、宇佐川結愛--
彼女から浅野探偵事務所職員として覆面やろーの捕縛を命ぜられたこの雨宮。しかしこれ以上探偵ごっこを続ければ所属事務所から小学生に幼児退行する薬を盛らされる……
宇佐川をシカトすれば死……
事務所をシカトすれば名前がキラキラネームな名探偵……
そんな雨宮は今日も劇団妻百合と共にとりあえず稽古を頑張る……
「よーしお前ら、まだまだ足の生えた生卵だがとりあえず今日から本格的に半立ち稽古に入るぞ」
この男は今回の舞台の客寄せパンダ、希屋凛斗パイセン。彼の指導の下、素人中学生達の芝居レベルは少しずつ向上していってる。
「半勃ち!?失礼ね!!あたし…そんな汚らわしいものついてないわよっ!!」
「加納先輩…半立ち稽古とは台本を読みながら大体の動きと合わせてやる稽古の事です。そして加納先輩は心が女の子なだけなのでちゃんとついてます」
と言う訳である。
劇団妻百合--座長妻百合初音、永谷園、出柄詩一輝、羽場愛夏、加納弘樹、皇十和…彼らは今日も稽古する。
……いや、マジでどうしよう。覆面やろー…
「…Act3、scene4、かえるの王さまと魔女の戦いシーン、いくよ。皇さん」
「……ポ」
残念ながらかえるの王さま役に叩き込まれた僕は皇女史との半立ち稽古に参る。
この皇氏、簡単に説明すると糸目の八尺様なんだが…妻百合初音がわざわざスカウトしてきた逸材だと言う。
確かに容姿だけなら他のスッポン達を寄せ付けないものがある。
しかし……
「……ポ…ポ……」
この女、ポしか喋らねぇ……
「皇さん、ちゃんと台本読んでね?お願いね?」
「……ポ」
「ほんとに頼むよ?」
「……ポ」
台本の書き換えが必要である。
--王子様を何者にも渡すまいとする魔女の魔法でかえるになった王子様…かえるから復活した王子様はお姫様に嫉妬する悪い魔女からお姫様を守る為戦いに挑む。
このシーンは物語最大の盛り上がり所であり派手やアクションが求められる。
台本のト書き(演技、演出指示等の書き込み)もこのシーンはびっちりだ。
……台本を読み込めば読み込むほど、藤島さなえの思い描く舞台が頭の中にリアルに浮かび上がってくる…
そして彼女が思い描くそれを演じきる難易度の高さもだ……
僕は何度も観た藤島さなえの芝居を頭の中に思い出す。
「じゃああなたがおうじさまをかえるに!?」
始まった。僕の後ろで妻百合初音がクソみたいな台詞を吐く。棒読みとまではいかないけど、劇の中のキャラクターとしてのリアリティと生は感じない。
ただ舞台演技に必要な張りのある声は出ている。芝居に対する気恥しさはない。
流石に舞台女優志望……
……そして。
「…っ」
僕は前に立つエセ八尺様の立ち姿にハッとした。
彼女の纏う気迫--表情や微かな手足の揺れ。
それらの一つひとつが醸し出す迫力…強烈なプレッシャーは僕の目の前にジャージ姿の八尺女ではなく、黒衣を纏った魔女を形作った。
す、凄まじい迫力……馬鹿な…まだ一言も喋ってないのに!いや、2メートル超えの長身のせいか!?
後ろで妻百合初音が「流石私の見込んだ人ですね」としたり顔だが、この場面では君は命を狙われるお姫様だからそんな勝ち誇った顔をしていてはいけない。
真のスターはその場に居るだけで魅了する。
この女、もしかしたらとでもない逸材……
「……ポ」
「……」「……」
「ポポポポ……ポ……」
「……」「……」
「ポ」
ダメだ。ポしか喋らない……
「……皇さん。台本ちゃんと読んでる?」
「ポ」
「そっか…「なにがそっかなんですか?雨宮さん」じゃあもっかい最初からね?」
「ポ」
「じゃああなたがおうじさまをかえるに!?」
「ポ」
「……」
「ポポポポ……ポ……」
「……」「……」
「……ポ」
「?次はあなたの番よ?雨宮君」みたいな顔でこちらを見つめる皇さん。「どうすんだよこれ」みたいな顔でこっちを見る妻百合初音。
お前が連れてきたんだよね?
「……休憩しようか?」
「魔女のシーンのセリフを全て差し替えようと思うんだけど」
「おう」
劇団妻百合緊急会議。
コーチ希屋、座長妻百合、マネージャー雨宮は紛れ込んでしまった怪異に頭を抱えるしかできない。
「セリフは全て「ポ」「……ポ」「ポポポポ」に差し替えます」
「全部ポじゃねぇか。おい雨宮、あいつどうなってんだ?」
「いやいや!連れてきたの初音さんだよね?」
「……か、彼女の役者としての才能は本物です」
「「素人が偉そうな事言ってんじゃねーよ」」
「彼女の才能を…こんなところで腐らせるわけにはいきません。なのでポでお願いします」
「いや腐ってるよね?ポ以外言えない時点で役者うんぬじゃなくて腐ってるよね?」
「希屋パイセン!人の学友に腐ってるとか言わないでくれません!?(怒)それに腐ってるのはこの前歌舞伎町のラブホ街に消えていったパイセ--」
「てめぇぇ雨宮!!まじぶっ殺すぞ!?なにお前急に……ちょっ……はぁぁ!?」
「……希屋さんはたしかまだ中学生ではありませんでしたか?」
必殺、妻百合初音のゴミを見る目である。
「……とにかく、実は魔女は呪いによってポ以外の言葉を奪われたって設定にしておこう。そしたら、魔女のキャラクターが深堀りできて、次回スピンオフも作れるだろ?ね?パイセン、初音さん」
「なに次回作の構想まで練ってんだ。魔女に呪いをかけたの誰なんだよ」
「新しい魔女役を用意しましょう」
「だったらそいつを魔女役にしたら良くね!?」
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……ポ(私、皇十和には秘めた想いがある)
ポポポポ、ポ…(あの日と変わらない優しい瞳をしているあの人の姿を私は見つめている)ポ…(多分私はあの人を…小春君を困らせてしまっている)
ポポポポ、ポポ…ポ(妻百合さんからこの舞台に誘われた時、最初は正気じゃないと思った。呪いの噂もあるし、こんな、ポしか喋れない私を誘うなんてと思った)ポポポポ…ポポ(でも彼の存在を知った時、私の気持ちはひとつに固まってたわ…)
ポポポ…(ひとつ、昔の思い出に想いを馳せてみよう……)
「おい皇、稽古再開するぞ(怒)」
「ポ(うるさいフランスパン)」
「誰のリーゼントがフランスパンだ(怒)」
「お母さん、娘さんは緘黙症ですね」
「か、かんもく……?」
ポポポポポポ、ポポポポ(私の身に異変が起きたのは私が小学校に上がる前だったわ。医者から告げられた聞き覚えのない病気を前に私もお母さんも固まったのを覚えてる)
「緘黙症は大まかに三つに分類されます。あらゆる場面で喋れなくなる全緘黙、家庭など安心出来る場所では普通に喋れるが学校や職場などの特定の環境で喋れなくなる選択性緘黙…そしてポしか喋れなくなる八尺性緘黙」
「ポ……」「せ、先生…娘は…」
「八尺性緘黙でしょう。この北桜路市でのみ見られる症状です」
ポポポポポポポポポポポポポ…ポポ(私はある日突然ポしか喋れなくなった。原因は分からないけど、元来人見知りで臆病な私はきっと心が弱かったんだと思うの)
ポポポポポポ(…それ以外だと昔音の出る蒸気機関車のおもちゃを丸呑みしたくらいしか心当たりがない)
ポポ、ポポ(とにかくそんな私だから、小学校にあがっても周りとは上手くいかなかった…)
「お前なんでフツーに喋れねぇんだよ!」「お前俺達の事バカにしてんだろ?」「違うわよ。バカだから喋れないのよ」
「…ポ(違うよ)」
「ポッポっポッポうるせーんだよ!!」
ポポポポ…(私は早速いじめられた…)
「十和……お父さんが喋った後ポと言うんだぞ?」
「ポ(うん)」
「ちん」
「ポ」
「それでいい」「あなた!?(怒)」
ポポポポポポポポポポポポポ…ポポポ(両親も私のせいで不仲になり学校ではいじめられ、私には居場所はなかったわ…)
ポポポポポポ(そんな私の心の拠り所になってくれた人が居た…)ポポポポポポ(私がクラスメイトに隠された水筒を探してる時だったの。その日は体育大会の練習の日で、飲み水が無くなった私は炎天下、学校中で水筒を探し回ってた)
「……なにか無くしたの?」
「ポ?」
--ポポポポポポポポポ(そんな私に声をかけてくれたのが、雨宮小春君だった)
「……ポ(水筒)」
「……」
「ポポポ(水筒無くしたの)」
「……なるほど、分かった」
ポポポポポポ(バカにしてると思ったわ。今まで私と会話が成立した人なんて居ないんだから。親ですら、私の伝えたい事が分からないのにしたり顔でなるほどなんて言う奴の事なんて…)
ポポポポ(そんな私に差し出されていたのは、やかんだったの)
「……ポ?」
「喉、渇いてるんだよね?」
ポポポポポポ、ポポ(私は喉が渇いてた)
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ(その水は今まで飲んだどんな水より美味しかったわ。長時間炎天下に晒された体に冷たい水が染み渡って……)
ポポポ(そして……)
「皇さん」
「ポ!?(どうして私の名前を!?)」
「……僕、やかん、好きだよ」
ポポポポポポ(なぜか火照っていた体は、その瞬間もっと熱くなったのを覚えてる)
「……ポ(やかんの湧く音ってポってよりピーじゃない?)」
--ポポポポポポ、ポポ(小春君は私の事なんて覚えてないみたい…でも、私は小春君の事をずっと追いかけてたわ)ポポポポポポ(小春君が俳優になった時、全ての作品を観たし、小春君を追いかけて同じ中学にも来た…)
ポポポポポポ(あの日小春君が私の渇きを癒してくれたみたいに、今度は私が小春君を助けたいって思った……)
ポポ、ポポポポ……(でも、私じゃ無理みたい。当然よ、こんな…ポしか喋れない女じゃ…)
……ポッポー!(お前はそれでいいのか?)
ポ!?(あ、あなたは!?)
ポポポポポポ(この音…間違いない…でも、そんな……)
ポポポ!?(あなたは…私が呑み込んだ機関車トーストのおもちゃ!?)
ポッポー!(十和…私は君の唯一の友達だったね…君が間違えて私を呑み込んだ時も、私だけが、心の中で君の話し相手だった)
ポポポ(いやお前のせいでぼっちなんだけど?)
ポッポー!(でも、今はもう違う…君にはこんなに沢山の友達が居るじゃないか)
……ポ(友達)
ポッポー!(今度は君が、友達の事を助けてあげるんだ)
ポ?(どういう事?)
ポッポッポー(お別れだ…私は楽しかった)
ポ(まさか…)
ポッポッポー!!(走り出せ!君の才能を必要としている人が居る!!)
「休憩終わり。皇さん、皇さんのところのセリフなんだけどね……?」
「ポ……ポポ……っ」
「?」
「雨宮さん、なんだか…皇さんの様子が……」
「ポポっポポポっ!!」
「え?……マジこれ?ヤダこれ…初音さぁん!袋を用意するんだァ!!」
「え!?吐く!?吐きそうですか皇さん!?すめら--」
「おぇぇぇぇぇーーーっ!!」
「きゃぁぁっ!?」
「なにこれ!?ヤダこれ!!機関車吐き出したァァ!?」




