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第89話 覆面やろーはどうなってんだよ

「雨宮、お前の話受けてやる」


 …はて?お前の話とは一体なんぞや?


 レッスン室の隅っこでスマホの画面を凝視する後ろで荒ぶる劇団妻百合の面々の声を聞きながら僕は話しかけてきた希屋先輩に向かって小首を傾げる。

 時刻は21時を回った……良い子は寝る時間だ。


「お前らのズッコケ劇場に出てやる」


 はて?その話は希屋パイセンがかえるの王子様役で確定しているので議論の余地などないのだが…?


「ただし、俺はハインリヒ役だ」

「断る」

「いや断るじゃねーから…お前らは俺に出演をお願いしてる立場だろーが。雨宮、主演級はお前がやるべきだ」


 有無を言わさぬ圧…芸能界とは完全なる縦社会。先輩の言うことにNOという答えはない。


「--だが断る」

「ナニッ!!」


 僕はそんな時にNOと言ってやるのが好きなので断りました。


「じゃあ俺も断る」

「ごめんなさい嘘ですお願いします」


 先輩もとい客寄せパンダが居なければ観客不在の劇になってしまう…それでは藤島さなえも妻百合初音も本懐が遂げられないだろう…

 仕方ない…

 世界の唯一教、日比谷教教祖たるこの僕は腰を折る。

 申し遅れましたわたくし、日比谷教教祖、雨宮小春と申します。ホームページのURL貼っとくので入信お願いします。しとかないとハルマゲドンの時死にます。


 しかしあれほど渋っていた先輩がどうした?


 先輩の目を覗く僕の内側に嫌な予感を覚える傍からやはりというか、パイセンがセクシーリップを開く…


「その代わり…」

「出た。だが断る」

「まだ何も言ってねぇよ…その代わりにお前『ヤッテ・ランネー・プロダクション』の宇佐川結愛とまだゴタゴタしてるらしいじゃんか」


 魔人、宇佐川結愛--

 生きる災害、北桜路市が産んだ神の領域に片足を突っ込んだ最強の女…

 業界最大手『ヤッテ・ランネー・プロダクション』の誇る最強の警護主任。


「いや…ゴタゴタはしてませんよ?えぇ」

「嘘つけ。お前が依頼を完遂しないって今日東京本社に突っ込んで来たらしいぞ?」


 依頼とは『おひねりちょーだい』脅迫事件に絡まってきた謎の覆面野郎、ジャン……なんとか三世とやらを捕まえて連れてこいという依頼だった。

 パイセンは告げる。


「お前いい加減『ヤッテ・ランネー・プロダクション』と縁切れ。なんか裏でコソコソ探偵のバイトとかしてるらしいけどよ……」

「もうしてません」

「お前らの劇に出てやる代わりに役者業に専念しろ……これはお前の為を思って言ってるんだ」


 僕は見た…先輩の瞳の奥に見える優しさ…もしかしたらこの人、頼んだら日比谷教に入信してくれるのではないか…?


「変な連中とは縁切れ。いいか?探偵ごっこで『おひねりちょーだい』掻き回したり他所事務所に出入りしたり…そんなやんちゃが黙認されてんのは社長の温情だからな?」

「…やはり僕は特別な存在」

「調子こいてんじゃねー」


「宇佐川結愛とのゴタゴタを解決しろ」というのが先輩の出演条件らしい。まぁ、よかろう…


「ところでなに観てんだ?」


 と、僕のスマホを覗き込む希屋パイセン。僕は画面の向こう側で輝く一人の少女を見せる。

 ほんの数秒、画面の向こうで弾けるようにステップを踏む少女を見たパイセンはそれだけで感嘆の息を吐く。


「…誰、これ……」

「藤島さなえ」


『演劇部』の怨念--藤島さなえ。

 彼女へ捧げる鎮魂の舞台…それが今回僕らが演じるかえるの王さまなのだ。


 僕が観ているのは過去に彼女が出演した学生を対象にした演劇コンクールの映像…

 そこでは舞台の上で、物語の中で息づき、リアルに生きているように生き生きと演じる生前の藤島さなえが居た。


 藤島さなえは天才だった。

 舞台女優としてデビューを果たしていたら芸能史に名を残す女優になっただろう…

 そう確信するほど彼女の役者としての才能は輝いていた。

 それは僕より遥かに目が肥えているであろう希屋先輩も一目で感じ取る。


「…なるほどな。この台本を作った奴か?」

「分かるんですか?」

「分かる…この子の芝居の全てに、この台本に詰め込まれているものが凝縮されている」


 古びたかえるの王さまの台本を眺めながら先輩は言う。


「分かるか?雨宮…こいつの芝居のレベルが」

「…伝わる芝居です」


 画面越しでも、役を演じる彼女が…いや、彼女が演じる役がその時何を想っているのか。その表情、仕草の全てが感情を乗せて叩きつけてくる。

 魅せるのではなく、観客の心に叩きつける、伝える演技だ。

 だからこそ引き込まれるものがある。

 まるで自分もその物語の中に入り込んで、物語の進行を当事者として見つめているかのような…


 彼女の演技を観ながら思う。


 この人をお手本にしようと…


 ********************


「ただいま…っ!?」


 伝説の男、帰宅。

 中学一年生が帰宅するには遅すぎる時間に玄関を開く僕の背筋をその瞬間悪寒が襲う。同時にオカンが出てきた。

 その表情は固い。


「小春…おカテリーナ…お客さんが来てるわよ……」

「何奴?」

「私は恐ろしい……オソロシイ……」


 彼岸神楽流を発動しつつ僕はちゃんと靴を揃えて部屋へ上がる。見慣れたリビングからは骨の髄まで震え上がる程の圧が溢れ出ていた。


 僕は震えるながらリビングへ入る。


 そこではその獣のような威圧感を放つ何者かと思われる背中が床に座りつつ、人質を取るように我が妹、寧々ちゃんを膝に抱えていた。そんな寧々ちゃんはメルセデス・ベンツ500Kのミニカーを楽しそうに弄っている。

 父は失禁して倒れていた……


「まさか……」

「おい雨宮」

「あ、にぃちゃんおかえり」


 荒ぶる寧々ちゃんを抱えたまま振り返ったその人は、ついさっき話題にも登ったこの街の産んだ魔人、宇佐川結愛女史--


 ……分かる。ちょっと怒ってる。

 彼岸神楽師範と宇佐川結愛は僕がこの世で最も恐れる2人の人物…そのひとりが今ちょっとの怒りと共に降臨していた。


「……まずは土下座、いいですか?」

「うん」

「すみませんでしたァ!!」




 何故ここに?……なんて質問は野暮だろう。

 彼女は誰もが忘れたような依頼を完遂させる為にここまでやって来たのだ。


「お前うちの橋本いじめた覆面やろーはどうなってんだ?」

「な、なんの事でしょうか……?」

「とぼけんじゃねぇぞ?見つけて私の所まで連れて来いと言ったはずだが?」


 緊張感漂うリビングで魔人のお土産と思われる東京バナナを寧々ちゃんが貪っている。箱に顔を突っ込んで捕食する様はテ○ガレックスだった。

 今はそれはいい。


「誠意調査中です……」

「おい、名前まで分かってんだ。お前、探偵だよな?」

「いえ…僕非常勤職員なんであの……それ浅野探偵事務所の方に直接言ってくれませんか?」

「私はお前に頼んでんだ。今誠意調査中って言ったな?言ったよな?依頼は受理されてんだよな?(怒)」


 ……参ったな。

 この人にもう関わるなってさっき怒られたばっかりだし、探偵バイトこれ以上続けたらまた怒られる。下手したら除籍……!?


 なんとかお帰り願おう……


「……宇佐川さん、実は僕とっても忙しいんですよ。学校で舞台をする事になっててぇ…」

「だから?」


 魔人には通用しないらしい。彼女の目の奥には一切の情け容赦がない。返答次第ではここで殺すと言ってる。

 こちらの事情などお構いなしに彼女は一方的に伝える。


「覆面やろーの名前はジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世。私の旧友の娘らしい…」

「え?お知り合いなんですか?」

「母親とな…私が以前、この街に侵攻してきた関西煉獄会を潰したのは知ってるよな?」


 知らんです。


「その時一緒に戦った。知らねーモンは居ねぇ、伝説の傭兵さ。多分、その娘だ。三世だから間違いない」


 知らねーです。


「お知り合いの娘さんならご自分で探されては…?」

「娘とはお知り合いじゃねーだろ(怒)それに私は今忙しい。とにかく、依頼出してもうどんだけ経ってんだって話なんだよ(怒)さっさと連れてこねーとお前の左足地獄に落とすぞ?」


 左足だけ!?

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