第86話 必見!幽霊の口説き方!
名探偵雨宮、着々と準備を進める。
命懸けの舞台、かえるの王さまを成功させる為に僕は今日も方々を駆けずり回っていた。
全ては『演劇部』の呪いを解くため…
そして芸能活動に復帰し、憧れの人日比谷真紀奈ともう一度会う為。
そして『演劇部』の怨念、藤島さなえとの対決が迫っていた……
見える。
全てを解決して『渋谷戦争』を撮り終えて一躍人気俳優になってうんたらかんたらで『速報!俳優雨宮小春、日比谷真紀奈と電撃結婚』と新聞の一面を飾る未来が……
というわけで、日比谷教新規入信者募集中です。日比谷教教祖、雨宮小春でした。
我が中学の校長達を脅迫…もとい説得しタブーとされていた文化祭の劇開催に漕ぎ着けた。
舞台女優志望、妻百合初音が今共演者を集めている。今僕含め6人だ。
そして今日、日曜日……僕は水溜まりを踏みながら病院に訪れていた。
その日の雨は連日続く土砂降りの中でも最高の降水量を記録していた。この街が雨に沈むのも時間の問題なのかもしれない……
「こんにちはー、ジョナサン・小西先生。雨宮ですぅ」
「帰ってくれ!!」
問題の部屋を訪れた僕に返ってきたのは扉越しの拒絶…しかし尺の都合もある。ここでくだらないコントをしてる暇はないのでもう入っちゃう。
「入ってくるな!!」
贅沢にも個室を占領している世界でも指折りの霊能者、ジョナサン・小西はベッドの上で土色の顔をしかめて怒鳴り散らしていた。
彼には藤島さなえの除霊をお願いしたんだけど彼自身のコンディションが最悪だった事も相まって敗北してしまった。
もう彼は使えない……
「私はもう……引退だ……君の口車に乗った私が馬鹿だった……」
「先生、お願いがあって来ました」
「やめろ……私はもう死ぬ……嗚呼…山本五郎左衛門の鎮魂中にあんな仕事を受けるんじゃなかった…」
「先生を追い詰めていたのはあの山本さんでしたか……」
知らんけど。
「雨宮君…私は死ぬ……最期に約束を果たしてもらうぞ?」
「最期なんて言わないでください。あと、高鳴るライチとのラップチューですが、除霊失敗したのでなしという事で……」
「君にこの場で呪いを掛けることもできるんだぞ?」
時間の無駄だ。覚悟が揺らがないうちに僕は本題に入る。
「僕のお願い聞いてくれたら考えます」
「もうなにも聞かない」
「藤島さなえと話がしたいんです」
僕のお願いにジョナサン・小西、やつれた骸骨みたいな顔をギョッとさせ僕を見た。栄養失調のひょっとこみたいな顔だった。
「……なぜ?彼女の邪悪さは君も見たはずだが?」
「そんな事ありません。あの子はただの被害者ですから」
どこで見られてるか分からないのでゴマだけは擦っておこう。藤島さなえさん、僕は分かってますからね?
「…やめておけ……彼女は強すぎる…長年あの場所で地縛霊として縛られ続けたせいで、土地に燻る陰気を取り込みとんでもない悪霊になっている…分かりやすく言うと佐伯伽椰子とタメくらいだ。私が万全だっとしても無傷で払えたかどうか…」
「話すだけです」
「命はないぞ?」
「ご心配なく。僕は幾度も彼女の呪いを跳ね飛ばしている男ですので」
何とかなりませんか?とお願いしつつ僕は高鳴るライチこと小鳥遊らいむの生ブロマイドを数枚差し出した。彼は病的なファンなのだ。
「……この香りは?」
「…まだ発売前のものですが…生高鳴るライチフレーバーの香水です。高鳴るライチエキスを使ってます」
嘘である。さっきそこの無印だよ良品で買ってきた。
彼はブロマイドを深く吸い込む…なんというかブロマイドってのに昭和を感じる。しかしそんな事はどうでもいい。
「……呼び出すだけならば弟子でも出来る。だが到底歯は立たないし、危険だ…」
「何とか……」
「……男の約束だ。ラップチュー…忘れるなよ?」
どうやら生きる希望を見出したらしいジョナサン・小西はブロマイド三枚で弟子の命を売ってくれた。
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ジョナサン・小西に取り憑いたという山本五郎左衛門だが、江戸時代に書かれた稲生物怪録という絵巻物に登場する魔王なんだとか。
ライバル、神野悪五郎と魔王の座を賭けて100人の少年を驚かせるというしょーもなさすぎる戦いを繰り広げていたらしい。くだらなすぎる。北風と太陽もびっくりだ。
しかし伊達にあの神野悪五郎とタメを張っていた訳では無い。知らんけど。神って入ってるくらいだからとんでもない奴に違いない。
とんでもない大妖怪だろう。
ジョナサン・小西は死んだ。
「彼岸神楽流…雲渡!」
そして僕は冠水する道路で水を掻き分けながらジョナサン・小西の小さすぎる弟子2人を背負って再びあの場所へ向かっていた……
「呼び出してどうするつもりですか?」「ですか?」
師匠はあんなザマなのにあの時霊をその身に宿した弟子はケロッとしてた。僕は前を向いたまま答える。
「僕の邪魔をしないようにお願いするだけです」
「?」「?」
走りながらも器用にスマホを取り出す。マイスマホは耐水性能もバッチリだからこの豪雨を前にしても物怖じせず仕事をこなす。その貫禄、まるで5年連れ添った相棒のような信頼感…しかしバッテリーパフォーマンスは100パーセントである。
そして相手である仕事のできる先輩はワンコールで僕の電話を取った。
『おう』
「お日様ブリーフ」
『舐めてんなら切るぞ?』
電話の相手は希屋凛斗--僕と同じKKプロ所属の先輩俳優。芝原ききと共に僕に芝居を教えてくれた選ばれしイケメンだ。
『雨宮お前…最近見ないけど仕事してんのか?あと、事務所に隠れてなんか怪しいバイトしてるって噂だぞ?』
「先輩…時間が無いので本題いいですか?先輩最近暇ですか?」
『……』
「暇ですよね?最近見ませんもん」
『偉くなりやがったなお前……』
「お願いがあります。僕に…いえ、僕“ら”にお芝居教えてください」
『……は?』
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--陰気な空気の漂う半壊した体育館。
そこに紫色の香が立ち込める…天井が潰れ、剥き出しになった鉄骨の隙間から覗く空から凍てつく雨が降り込む…
そんな場で厳かな鈴の音が規則的に鳴る。
「南無神光栄賽清心行光……」シャンッ
……巫女さんみたいな格好になった小学校低学年くらいの弟子2人が神楽鈴を鳴らしながらお経唱えて舞っている…それは『おひねりちょーだい』の神事の舞よりよっぽど神事の舞だったし、師匠の降霊の舞よりよっぽど降霊術だった。
なんてこった……
そしてその時が訪れる……
紫の煙が生き物のように揺れ動き輪郭を形作っていく。現場に走る緊張に引っ張られるように外から降り込む雨の勢いが増した。
あの時と同じ寒気を覚えながら僕は彼岸神楽流を発動する。
そしてその形が首の折れた小さな少女--藤島さなえの形に収まった。
「んがっ」
と間抜けに大口を空け、降霊した怨霊を吸い込み自らに宿らせようとする弟子その1。
しかしそれを阻むように雨が氷の粒に変わる。途端に増す冷気は7月とは思えなかった。
「ああっ!知覚過敏がっ!!」「ですっ!」
その寒さたるや弟子の知覚過敏を刺激する程だ…
僕はそのまま降臨なされた構ってちゃん系怨霊と対峙する。
「久しぶり。雨宮小春です」
『……』
極限の集中力の中でどこからか這い出して来たケーブルが電気の火花を散らしながら襲いかかってくる。それを彼岸神楽流、爆心活経により強化した手刀で弾く。
相変わらず殺意の塊である。
……ジョナサン・小西は言った。一方的に祓うのではなく、霊の意思を汲み取り、対話するのだと…
ジョナサン・小西も僕の彼岸神楽流も効かない幽霊だ。どの道懐柔しか手はない。
そう…いかに学校側を抱き込んで劇をしても、それがまた呪いを引き込んでしまっては意味がない。
阻止する為には、彼女と向き合う必要がある。
「今日はお話と、お願いがあって来たんだ」
続けざまに迫り来るケーブルと鉄骨の猛攻を必死で避けながら一歩ずつ進む。ゆらゆら揺れる藤島さなえのシルエットが顔の細かな輪郭まで形成していく……
「今度、舞台をやります」
やってみせる……中学生くらい落とせなくて……
日比谷真紀奈を落とせるものか……っ!
「演目はかえるの王さま……主演は妻百合初音」
瞬間、幽霊からの攻撃が止まった。
煙の中から現れてくる目玉が不気味に動いた。その目には感情がうねっている……
「君が出られなかった舞台を僕達が完成させる…君の代わりに、初音さんが…」
『……』
「君は、初音さんと自分を重ねているね?だから、初音さんは君の気持ちを受け取ったんだよ。君の代わりに、君の夢を連れていくから…」
『……ァ』
「あの子は舞台女優になる--」
飛んできたのは鉄骨の返礼。地面を砕き一直線に向かってくるそれを鉄の腹筋で受ける。痛い。
「だから邪魔をしないで欲しい……」
この目の奥の色は……怒りか?
「もう生徒を殺すのはやめてほしい。じゃないと、舞台ができない」
『……マエガ…』
「ん?」
『……お前が…できるもんか……』
「……」
『お前…下手くそ……』
カッチーン。
「……ふー…それは、お芝居が?」
『……』
「そうかもしれない…でも、初音さんはきっといい芝居をする」
『…………ナンデ』
「君が見込んだ子だからだよ」
日比谷真紀奈に憧れ、僕に諭された小鳥遊夢は小鳥遊らいむとして別人のように生まれ変わった。
誰かに憧れ、誰かの意思を継ぐ者はその瞬間何人にも真似出来ない原石になるんだ。
「あの子はたった一度観た舞台の光景に憧れ、君の呪いも恐れず、君の夢を背負って、舞台に立つ…何かを成すと決めた人の目の色は違う……」
『……』
「彼女ならあなたの夢を継げる…かつて天才と呼ばれたあなたの……」
藤島さなえ--事件の調査と並行して美夜さんに調べてもらっていた彼女の調査報告が上がったのは昨日だった。
30年前、存命だった彼女はいくつかの芸能プロのオーディションを受けてた。
調査報告書に記されたオーディションの審査内容、中学で立った舞台の映像記録--それは役者の端くれである僕が見ても唸るものだった。
彼女は天才だった。デビューしていれば世間の記憶に深く刻まれたであろう…
彼女から見れば確かに、僕は「下手くそ」なんだろう。
「だから見限らないで……あの子の芝居を見てあげて」
いよいよ香のシルエットが顔の堀や服のシワまで形作る。
ゆらゆらと揺れる彼女は死んだその時の、そのままの姿で顕現する。
香が掃けていく……そこから現れるのは煙ではない、人間の質感を伴った幽霊の姿だ。
かかった縄から覗く折れた首には痛々しい絞殺痕。掻きむしったであろう首は血まみれ、そして鬱血した顔面は黒く変色し、充血した真ん丸な瞳は焦点が合わず、生前は天才役者として相応しい美貌を誇ったであろうその貌はまさに悪霊……
ビビるな……
掠れた呼吸音と共に顔が近づいていく……
「……君が学校に呪いを振りまくのは、自分の死の無念を踏み潰した学校への怒りからだ」
『……カ…』
「その無念は僕が晴らす。必ず。初音さんと僕が、君の夢も想いも必ず背負って遂げてみせる」
彼女の長い髪の毛が首にまとわりつく。じわじわと締め付けてくるそれに耐え、僕は藤島さなえの手を取った。
「初音さんは言ったよ……望んでくれる誰かが居るから役者は舞台に立てると…君の呪いでこの学校は誰も君の舞台を望んでいないけど…僕が必ず…みんなの目に君の作りたかったものを魅せる」
『……ァ……ァ……』
「だから……もう誰も殺すな……」
雨が…雹が……小降りになってきた。
『…………雨宮小春……』
スルスルと髪の毛が首から滑り落ちる…
握った彼女の手が僕の手から離れた。空気に溶けて消えていくように……
『…………お前が初音を……連れて行け…』
雨は止んでいた--




