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第85話 お茶はまだですか?

 体は子供、頭も子供。世界最強の名探偵、雨宮小春。始動…


『演劇部』の呪い、藤島さなえのご帰宅の為に中学で来る文化祭、演劇をする事に決定してから一週間が経過した。

 同士、妻百合初音の努力の賜物か、着々と演者が揃いつつある今日、その日は土曜日だった。


 7月に突入していたが相変わらず止むことを知らない土砂降りのせいで自宅マンションの二階部分まで水没する中、もはや災害クラスの大雨を掻き分けて僕は学校に登校していた。

 多発する呪いによる怪死事件のせいで土日祝日は生徒の登校が禁止されているがその日僕はすんなり正門を潜ることができた。


 ずぶ濡れの足で僕はそのまま校長室へと向かう。この一週間で研いだ武器を手に…



「……来たかね。座りなさい」

「おはようございマリージョア」


 正午ぴったりに朝の挨拶をぶちかます僕が座るのを待ってから待ち構えていた校長、教頭、生徒指導のゴリラの三強が口を開く。

 そしてまだお茶は出ていない……


「一年の雨宮君……だったね?」

「お茶はまだですか?」

「昨日君から電話を貰った時は先生、驚いたよ」


 校長のバーコード頭が油断なく輝いている。そしてお茶が出てこない。なぜ?

 バーコードを凝視しながら「校長先生はいくらくらいだろう?…360円くらいか?」と考えてる中彼らはお茶も出さずに話を続ける。


「……文化祭で劇をしたいと言うことだったが…」

「雨宮くぅん。なにもそんな事で電話してこなくても…担任にでも相談……」

「ならばこんな場を設けてくれなかったでしょう。五里山ごりやま先生…勿体ぶるのはやめませんか?」


 我が校の生徒達が恐れをなす最強の生徒指導を前にも養成所で培われたメンタルを持つ僕は怯まない。

 持参した大きな茶封筒を机に出しながら僕は視線を細めた。僕の雰囲気が変わったところで彼らも居住まいを正す。


「……雨宮君、我が校では劇はしない事になっている」

「お茶はまだですか?」

「文化祭での劇は許可できない」

「お茶が出てこないんですが…校長」

「……その封筒の中身が、電話で言っていたものかね?」

「お客さんにお茶も出さないのかなぁ…」

「じゃあ話は終わりだから」


 ごめんなさい調子乗りましただから一旦座ってください。


「ここは喫茶店じゃねーんだよ」と毒づく五里山。教頭はさっきから無言でブルドックみたいな頬肉を震わせているだけだ。確かに今日は寒い。


「……30年前、この学校で亡くなった藤島さなえさん…彼女の身に起こった事件……電話でお話した通り、その件について調べて来ました」


 大人を舐めんなよ?みたいな圧をぶつけてくる先生達を前に僕は封筒から写真付きの資料を取り出す。

 そこにはよく日焼けした白い歯が印象的な爽やかな中年の姿が映っていた。


「事件当時、この学校に在籍していた垢星玲二。今や世界に誇るリアルテニスの王子様だとか…在学中も沢山の大会で輝かしい記録を残してきたようですね?」

「……」「……」「……」

「うちの学校、テニス部が強豪ですもんね。彼が在学中だった頃は特に凄かったようですね…全国に誇る部活動は学校にとって大切な広告塔。学校としても全力で彼の活躍をサポートしたでしょうねぇ……」

「……」「……」「……」

「もし在学中の部のエースが何かやらかしでもしたら、学校の評判に関わる…そうですか?」

「……」

「彼は素行が悪かったようですね」


 続けて放り出したのはくたびれた中年になった数人のおっさんの写真。もちろん、垢星同様実名、住所、仕事、家族構成まで全て付随する資料に記されている。


「……当時は彼らとつるんで悪さをしていて…学校側も何度か彼を庇っていたようですね?」

「……雨宮君…」

「万引き二回、同級生に暴行一回、未成年喫煙、飲酒…いじめも主導していた様ですね?」


 どこで調べたんだと目の奥で動揺の色が揺れ動く。大人というだけの頼りない優位性がぐらつくのを見逃さず、たたみかける。


「……軽犯罪や校内での問題ならばいくらでもフォローできるでしょうが…殺人となればね……」

「なにを…っ」

「聞いてくださいよ、バーコードが乱れてますよ?校長」

「えっ!?」


 なぜ脅しよりバーコードの乱れの方が取り乱すのか……もしかしてその不毛の大地と化していく頭に対する悪あがきでしかないバーコードに拘りでもあるのか…?


「……30年前、文化祭を目前にしたあの日…彼らは生徒が下校した時間に再び学校の門を潜る…当日藤島さなえが夜遅くまで自主練で残る事を知った彼らは、彼女に暴行を加える為に……」


 藤島さなえと垢星一同の関係性は調べたが分からなかった。突発的な犯行だったのか、以前から“そういう”関係性が出来上がっていたのか…

 もしかしたら藤島さなえの周りを調べればいじめの事実も出てきたかもしれない…しかし僕は死者の墓を必要以上に掘り起こす様な真似はしなかった。する必要はないと考えた。


 僕はボイスレコーダーを取り出す。


「……その日警備員は校内に残っている生徒が居ないかの確認を怠り、学校を施錠して帰宅した…もしかしたら彼は慢性的にそのような怠慢を行っていて、何度か問題になった事があるのかもしれない……だからこそ、彼らは犯行のチャンスだと捉えた……」

「……雨宮君」「おい、そのボイスレコーダーはなんだ--」


 取り上げようとしてくる五里山の手を押さえ唇に人差し指を立てる。


「……当時用務員だった溝口氏、彼と垢星達との間には上下関係があったみたいですね。その事は事件後に知りました?以前から?」

「……」

「あなたに訊いているんですよ?校長…事件当時、ここで教鞭を取ってたでしょう?」


 僕はボイスレコーダーの再生を始める…



『…その日垢星達から学校に侵入する手伝いをするように言われた。私は暴力で完全に屈服させられていたから、断れなかったんだ…私は職員だから、校内に出入りする為のセキュリティカードを持っている……だから事件当夜、私は奴らを校内に招き入れたんだ…体育館は施錠されていた……でも、体育館の鍵は職員室にある事を知っていたから、セキュリティを解除して校舎に入れば手に入る。そうやって私は……当時はまさか殺してるなんて思わなかった。だから翌日、誰よりも早く出勤して体育館を確認したんだ…そしたら……』


 ボイスレコーダーの内容に青ざめていく先生達。過去から蘇ってきた怨念を目の当たりにしたような表情。


『怖くて言い出せなかったが…警察にはバレた。取り調べで追求されて、私は直ぐに白状したよ…でも私も、垢星達も逮捕される事はなかった…不自然に捜査は打ち切られて…その後校長に呼ばれたよ……』

『…何を言われましたか?』

『…事件の事はなにも喋るな、と…金を貰った……』


 ここまでで僕はボイスレコーダーを止める。

 機械越しの声が止まった後、凍てつき固まっていた時が再び動き出す。息苦しい時間に一瞬、息継ぎの間が出来た。

 先生達はしわくちゃの口から太いため息をこぼす。


「……乱暴目的で藤島さなえを襲ったけど、抵抗されて殺してしまった……そんなところですかねぇ?」

「……」「……」「……」

「少年法があるとは言え、情報はどこから漏れるか分からない……当時でも週刊誌などで未成年犯罪者の実名報道が成された例はありますし、関係各所なら勘づく事もあるかもしれない。もし事件にされ、犯人が学校の広告塔だったと判明したら、折角築き上げてきた実績も意味を成さなくなる…」

「……」「……」「……」

「強豪であるテニス部が潰れるよりは、細々やってる『演劇部』が消えた方が学校にとっては助かりますか?校長、当時あなたは生徒指導員でしたよね?かつ、垢星の担任でもあった…事件の事は当然知っていたんでしょ?知ってて、隠したんでしょ?」


 沈黙を貫く教頭と生徒指導員からの視線に校長は居心地が悪そうにネクタイを締め直す。しかし彼らはもはや身内内での体裁を気にしている場合じゃない。


「雨宮君……これ……」

「ここにある調査資料はコピーです。ボイレコの音声も別の場所に保存していますよ」

「先生達を脅す気かね?」

「脅してません。ただこれらの証拠物を持って雑誌社に行こうかなぁと考えているだけです」

「それを脅しと言うんだ…ところで、私のバーコードは完璧かね?」「校長、今はそれどころではありません」「馬鹿な真似はよしたまえ…」

「よしてほしいという事は概ね事実だと考えてもいいんでしょうか?」

「どこでこんな…雨宮君、そんなデタラメな物を--」

「デタラメかどうかは問題ではないんですよ。マスコミにとっては情報の信ぴょう性より、数字ですから。ほら僕、芸能人でしょ?知り合いの記者から一面を飾れるようなネタは無いか?って訊かれてて……」


 こんな問答に意味はない。僕は過去の事件を掘り起こして彼らをいじめたい訳ではないのだから。

 まぁ僕の調査内容の信ぴょう性については先生達の反応が教えてくれた。それだけでもいじめた意味はあったかもしれない。


「皆さん御家族がいらっしゃるでしょう…?大変ですよ今は……夫の、お父さんの勤め先でこんな事があったなんて記事にされたら…今のインターネットは怖いですから……」

「雨宮っ!!」


 最低な脅しに校長が顔を赤くした時、彼のしわくちゃの口を閉じさせるベく僕は微かな怒気を分かりやすく放つ。


「……これらが本当に事実無根だと言うのなら怒ればいい…でも、これが事実でかつ真実を隠そうとしているのならばあなた達は教育者…いえ、人として最低です」


 彼らも人の子…親子ほども歳の離れたガキの説教は効いただろう。目の奥の光に後ろめたさという陰りが見えた。それはほんの一瞬、保身より罪悪感が勝った、彼らが人間に戻った瞬間でもある。


 僕は続ける。


「……心配しなくても僕のお願いを聞いてくれたら公に出すことはありません…」

「……お願い…?」

「最初に申し上げた、文化祭の劇の開催の許可です。それに全面的に協力する事…」


 半分腰を浮かしていた校長が倒れ込むようにソファに落ち、残り2人は校長に全てを委ねたようだ。

 乾いた口を動かして、掠れた声を絞り出す校長の言葉には懸念があった。


「……しかし、この学校でそんな事をしたら…」

「そんな事をしたら沢山死にますか?元凶作ったの誰のせい?」


 永きに渡りこの学校の歴史を見てきたこの老齢な校長も本気で呪いを恐れていた。

 それ程根深い呪いの怨嗟を……ここで断ち切る。


 深いため息と沈黙を了承の合図と受け取った。


「……約束ですよ?」

「……分かったよ」

「あと、もうひとつだけ」

「っ!?まだ何か!?」

「お茶まだですか?」

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