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第84話 にゃん♡

 妻百合初音、諦めません。


 もはや天候兵器でも使われてるのではないかという豪雨が続きます中、私は休日の北桜路市に立っていました。

 なんか最近駅前に待ち合わせスポットとして熱くなる予定のテングザルの銅像が立ちまして、そこで私は今や遅しと目的の人を待っていました。


「……あの、アフリカマイマイさん…ですか?」


 土砂降りでも賑わう駅の雑踏の中緊張した声音で背中から声をかけてくる人が一人。その男性の声に私は振り返ります。

 その先では養殖もののパーマがしなしなしていました。


「あ、初めまして俺…大栗旬之助おおぐりしゅんのすけ……」


 傘をほんの少し持ち上げその人を見つめる私と目が合った大栗旬之助なる男はその瞬間フリーズしました。

 ので、私も丁寧に挨拶を返します。


「はじめまして出柄詩先輩。アフリカマイマイです」




 --『演劇部』の怨念、藤島さなえ。

 彼女の呪いを納める為に私達は彼女の未練を断ち切るべく、再び我が中学で舞台をするのです。

 その演者の一人として不運にも目をつけられてしまったのが彼、元『演劇部(予定)』メンバー、出柄詩一輝先輩。


 私達はとりあえず適当な店に入る事にしました。


「おかえりなさいませだにゃん♡ご主人様♡お嬢様♡」


 本日お邪魔するのはこちら、『きゃっと♡らぶ 港中央店』。我が北桜路市が誇るメイド喫茶だとネットのクチコミにありました。

 おや?…壁に飾られてるキャストの写真…このメイド(?)、あの橋本圭介にそっくりでは……?名誉給仕長だそうです。男でした。


「……妻百合さん、何故ここに?いや。君がアフリカマイマイさんで間違いないのか…にゃん?」


 この店では猫耳カチューシャを付けて語尾に「にゃん」をつけるのがしきたりだそうです。


「君……このプロフの写真…いや、確かに面影が……」

「加工しましたので。出柄詩先輩はこんな感じの女性がお好みなのですね」

「しかも…歳は20歳と書いてるじゃないか!何が看護学生だ!大嘘じゃないか!!」

「……外資系勤め大栗旬之助、年齢24歳…趣味はサーフィンとBBQですか……」

「やめろ」

「素顔をこういう場で晒すのは如何なものかと思います。出柄詩先輩」

「やめてくれ」

「結婚を前提に……ですか。その歳で?随分と気が早いのですね出柄詩先輩」

「頼む」

「子供は三人くらい…男〇器の大きさは18センチ……これ、盛ってますね?本当は何センチなんですか?」

「勘弁して……」

「ご主人様、お嬢様、ご注文は決まりましたかにゃ♡」

「婚活目的なのか遊び目的なのかどっちなのですか?」

「なぜ俺がこのマッチングアプリをしていると知っている!!」

「この前お声かけした時出会えるか分からない女性とのデートに想いを馳せておられたので…まぁマッチングアプリだろうと…それで虱潰しに徘徊しました」

「あー♡ご主人様、お嬢様!語尾はにゃん♡ですにゃん♡ぷんぷん♡」

「暇なのかにゃん♡お前は…」

「出柄詩先輩にお話があるにゃん♡」

「ご注文は決まったかにゃん?♡」

「……妻百合さん…まさか……にゃん♡」

「ええ、この前の話の「俺の事を…にゃん♡」

「決まったかって聞いてるにゃん♡尿道に爪楊枝刺すぞこらだにゃん♡」

「……にゃんにゃんオムライス、メイドさん生パンティ付きでお願いしますにゃん♡」




 なぜかオムライスに生パンティなるものが付いてきました。若干シミが付いてて怖かったです。


「……『演劇部』の話なら断ったはずだ…にゃん♡」

「どうしても、先輩のお力が必要なのですにゃん♡」

「断るにゃん♡」

「えー…「マッチングアプリは18歳未満はご利用できません」って書いてるにゃん♡」

「それはお前も同じだにゃん!!♡」

「これ、しっかり出柄詩先輩素顔ですから、学校にバラ撒いたら大変な事になるにゃん♡」

「おっ…俺を脅してるつもりか!?にゃん♡」

「学校にバレたらタダでは済まないにゃん♡しかも、大きさが18センチだにゃん♡」

「なっ…ならば俺も君のこのプロフを公開するにゃん!!♡」

「どうぞだにゃん♡」


 その時出柄詩先輩の顔が明確に歪みました。それはまるで得体の知れないものを見るかのような失礼してしまう表情でした。

「この女はそこまでの覚悟で…!?」みたいな内心の驚きが聞こえてくるようでした。


「……私達の舞台に出てくれるというのなら、今日の事はここだけの話にしておきましょう」

「にゃん♡を忘れているよ。にゃん♡」

「にゃん♡」

「……どうしてそこまで…だにゃん♡」


 理解が出来ない、という顔ですね。そうでしょう。私が出柄詩先輩の立場でも恐らく同じ顔をしたでしょうから…


「……私は『演劇部』の幽霊、藤島さなえさんに会いました、にゃん♡」

「なにを……にゃん♡」

「彼女言いましたにゃん♡「舞台に立ちたいにゃん♡」と…」

「いやにゃん♡とは言ってないだろにゃん♡」

「私は…彼女の最期の望みを叶えたい…にゃん♡」


 さっきから真剣な話をしているのに対面の野郎の頭に猫耳が生えてるせいでどうも締まりません。

 なぜこの店にしたのでしょう…ネットで見かけたオムライスが美味しそうだったから……


「同じ夢を抱いた者として…にゃん♡」


 それは幾度と口にした私の夢。

 だからこそ、出柄詩先輩は私の覚悟と言葉の重みをそれだけで理解したのでしょう。

 人質(マッチングアプリのプロフィールのスクショ)もある身…彼は根負けのため息を吐きました。


「……後悔すると思うにゃん♡」

「させませんにゃん♡」


 大丈夫。雨宮さんが居ます。


「……俺は何をしたらいいにゃん?♡」

「背景のお城にゃん♡」


 ********************


『この前警察が来たよ。心霊番組のロケハンなんていつしたんだい?』

「諸橋さん…今は僕を信じてもらいたい」


 タクシーの中でKKプロマネージャー、諸橋氏から怒られた。

 雨宮小春、色んな意味で崖っぷちである。


『あんまり勝手に事務所の名前とか使わないでくれる?謹慎になるよ?』

「諸橋さん、ちょび髭の手入れは怠ってませんか?」

『なんの話?』


 これは多分、体育館がぶち壊れた件で警察が確認したんだと思う。有能なるKKプロの皆さんは上手く躱してくれたみたいだ……

 流石に今回は言い訳が浮かばなくて僕は適当に話を逸らしつつ強引に電話を切った。これは早急に解決せねば……


 しかし僕は、言っちゃなんだが今まで散々やらかしてるのになぜかクビにならない。これも全て社長からの寵愛だろうか……?


 そうこうしてる内に僕を乗せたタクシーは目的地へ到着した。

 そこは古びた日本家屋。そよ風で倒れそうな歴史を感じさせる玄関扉を僕はノックした。インターホンなどという洒落たものはついてなかった。


「……新聞ならお断りだよ」


 引き戸を少し開けて顔を覗かせたその初老の男性は詩音探偵から貰った資料の顔と一致。

 彼の名前は溝口英信みぞぐちえいしん。今日限りの関わりなので名前を覚える必要は無い。年齢55歳。8年前に奥さんと離婚して以来一人暮らし。好物は塩麹……


 スーツ姿にサングラスの男を前にセールスかと思ったのだろう。彼は隠す事もなく不快感を露わにする。

 しかし直ぐにその顔からは色が消えることになる。


「突然すみません。私こういう者です」


 週間真実 間間宮大夏ままみやおおなつ


 懲りずにまたしても身分詐称。しかし浅野探偵事務所の名前を使うと事務所にバレてまた怒られる。


「……?……?」


 ……大人に見えるようにメイクしてきたし厚底ブーツで身長も出したけど…無理があったか?


「……週刊誌がなんの用ですか…?」


 いけた。サングラスは全てを解決する。大人に見える顔に産んでくれてありがとう、顔も知らないお母さん。


「30年前の事件についてお話をお伺いしたい。あなたが第一発見者となった…女子中学生変死事件の……」

「……」


 この顔。何か知ってる……


「……お話する事はない。警察に全て話した。今更何を--」

「私がお聞きしたいのは真実です。あの事件を誰が起こしたのか……」


 確証はない。しかしカマをかけてみれば彼の目の奥で明らかに怯えと動揺の色が浮かび上がった。

 この僕を前に嘘を吐く事は不可能だ。


 彼は人気のない玄関先の周りを伺うように視線を這わせる。考える時間を与えず僕は畳み掛けた。


「取材に応じてくださらないならこちらで知り得た情報を来週の記事に載せます。もちろん、あなたの事も……」

「…………とりあえず、上がってください…」



 彼がどこまで、何を知ってるのかは分からない。

 しかし、双子探偵から仕入れた武器を盤石にする為にはこの男の証言は必要だろう。

 その時お茶を持ってきた溝口が対面に座る。居間から見える中庭には雨がごうごうと降り注いでいた。


「どうぞ……」

「これは……?」

「トマトフレーバーのコーヒーですが…?」

「流行ってるんですか?」


 時間は無い。僕は早急に本題に切り込む。

 あの事件の第一発見者--当時の我が中学の用務員へ……


「あなたの名前はどこにも出さないと約束します」

「……」

「あの事件について知っている事をお話ください」

「…………」

「……どうせ警察もグルなんでしょう?今更警察は動きませんよ」


 ほんの少し背中を押してから僕はジャッケットのポケットの中でボイスレコーダーを起動した。


「……あの事件…藤島さなえを殺害した犯人は……」


 やはり他殺か。


「……当時在籍していた、垢星玲二あかぼしれいじという男子生徒と、その仲間数人です…」

「……あなたはどうしてそれを知り得たのですか?」


 問いかけにまず返って来たのは震え。50年以上を生きてきた男が怯えている。


「……全てを吐き出して、綺麗な体になりましょう。息の詰まる人生は今日で終わりです」


 彼は僕の目を見ないまま乾いた口を湿らす為まずお茶を一口…


「うわ不味……」

「……」


 なんでそんなもの出したんですか?


「…………私が……手伝いました…」



 そして、事件の真相がベールを脱ぐ……

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