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第79話 さなピー

 ジョナサン・小西と行く。北桜路除霊の旅。

 旅のお供は私、雨宮小春と妻百合初音でお送り致します。


「ヒューッ!ヒューッ!はぁ…はぁ……君…約束の件はちゃんと分かってるんだろうね…?」

「もちろんですよ先生」

「かはっ!はぁ……はぁ……本当に…小鳥遊らいむとラップ越しのチューを……」

「お任せ下さい」


 隣で多感な女子中学生が白い目を向けているけど、今彼の力がどうしても必要なんです。



 憧れの人、日比谷真紀奈に再会する事を目指して芸能界を躍進する僕に今最大のピンチが迫っている。

 我が中学に居座るかまってちゃん系怨霊…彼女の振りまく通称『演劇部』の呪いのせいで芝居をしたら死ぬという縛りを課された僕達はその怨霊にお帰り頂くべく、日本最高峰の霊能力者、ジョナサン・小西先生をこうして我が中学までお連れした。


 桜と温泉くらいしか取り柄のないこの街に、ヤマザクラの枝葉を打つ雨がまだ降り続いていた…



「もしもし?この間はどうも…わたくし、KKプロの雨宮と申しますが……」

『……先日はどうも』

「こちらKKプロの猿渡さんのお電話でお間違えないでしょうか?」

『恐らく…』

「すみません、実は高鳴るライチさんに是非お願いしたい事がございまして…」

『小鳥遊らいむですが…』

「あの今度…ライチさんとラップ越しで構いませんのでチューさせて頂けませんでしょうかとご本人にお伝え願えますでしょうか?」

『……は?』

「もしご了承頂けるのでしたら後日日程の方をご連絡させて頂きます」

『……なぜ…………ラップ越しに?』

「感染症対策ということで……」

『あぁ……なるほど……』

「いかがでしょうか?」

『………………伝えておきます』

「よろしくお願い申し上げます。それでは失礼致します」

『失礼します』


 隣で獣のような目をしたジョナサン・小西に僕はサングラスを光らせながら無言で親指を立てる。彼も無言で頷いた。その目には隠しきれない喜びが見え隠れしている。

 変態である。


「契約成立だ…がはっ!」

「先生」「おハンカチを……」

「必要ない……この吐血は来るチューの日に舐めとってもらうのだ」

「ラップ越しですからね?ジョナサン・小西先生」




 先生が弟子(小学校低学年くらい)のハンカチを跳ね飛ばす奥で休日の学校に攻め入った妻百合初音が老齢の警備員と攻防を繰り広げていた。


「ですので、除霊に来ました」

「いや……除霊て……」

「入れてください」

「ダメだよ…件の事件のせいでしばらく土日祝日は生徒は登校できない事になってる」


 例の事件とは校内で多発した生徒の不審死である。


「お願いします、一刻を争うんです。あのジョナサン・小西先生ですよ?」

「だからなんだね?」


 代わろう。


「初めまして、わたくし、こういう者です」


 国際霊魂人権委員会特務執行官 マーマヤミ・ルーハコ


「……」

「この学校で幽霊に対する誹謗中傷の疑いがあると匿名のタレコミがありまして、本人にお話をお伺いしたく参りました」

「嘘つけ」

「我々特務執行官は日本政府から無制限の活動許可が下りています。我々の邪魔だてをするというのならばこちらも然るべき手段を取らせて頂きますよ?」

「だから嘘つけ」

「雨宮さん、交渉下手すぎです。私の姉上を丸め込んだ手練手管はどこに行ったんですか?丸め込めてませんでしたけど……」

「ちょっと黙ってて。もう少しだから……」


 警備員さんは僕の名刺をそこらに放り投げつつ歴史を感じさせるシワの刻まれた目元を細めて僕ら一同を舐めるように睨めつける。


 僕はその目の色に微かな違和感を抱いた。

 この人……なにかに怒ってる……?


「……幽霊ってあの『演劇部』の?」

「プライバシー保護がありますのでお答えできません」

「君、あんまりふざけてると保護者に電話するよ?おじさん君のこと知ってるからね?入学初日で停学になった雨宮君だろ?」


 彼の目の奥の感情に違和感を抱きつつも、そんな彼から返ってきた拒絶の反応に僕は困り果てる。

 普通なら土日でも部活動などがあるので入るのは簡単かと思われたのだが……


「……いやな気配だ……ごはっ!はぁ…はぁっ!!」

「先生」「です」


 綱引きの最中の瀕死の先生がなにかの気配を感じ取ったらしい。ちなみに先生は別件で厄介な奴に取り憑かれたとかで瀕死だった。


「……そんな根も葉もない噂を真に受けて…こんな怪しい人を入れられるわけが無いだろう?」

「根も葉もないですが根っこはあります。ウラ取ってんですよこっちは」

「雨宮さんもう黙ってください」

「……周りがそんなふうに騒ぎ立てるからみんなパニックになるんだ……波風立てるのはやめてくれ」


 ……やはりこの警備員、変だ…


「あの……っ!そう思うのも当然かも知れませんが!お願いします!!あっ!実は昨日学校に忘れ物したんです!私っ!!」

「いい加減にしろよ?」


 妻百合初音の下手な嘘に警備員が凄んでみせる。とても中学生に対する態度じゃない。

 彼の目の奥に揺らめくのは…仕事だからで僕らを拒絶するそれとは別の……


「……」


 僕が彼の感情を読み解こうと観察する後ろでさっきから地面を吐血で汚すジョナサン・小西先生が苦しみ悶えながら一点を凝視する。


「……あれは…体育館か?」

「……っ!?」


 ジョナサン・小西の呟きに守衛が反応したのを僕は見逃さなかった。


「体育館が、なにか?」

「雨宮君……あそこだ……あそこから濃厚な負のオーラが立ち込めている」

「ふっ…負のオーラとか言うな!」


 警備員が噛み付くのを一旦無視して僕は問い続ける。


「なぜ?」

「……多分…その怨念の生まれた場所はあの体育館なんだろう……」

「彼女は今そこに居るんですか?」

「恐ら--」


「馬鹿な事を言うのはやめろ!!」


 ごうごうと地面を打ち続ける雨音にも負けない声量で警備員が怒鳴り、その場の空気が一瞬にして凍りついた。

 雨に冷やされた空気の中、凍結する時の中で僕の脳内CPUが高速回転する。


「……俺の脳内CPUがハジき出した結論は…」

「あ、雨宮さん?突然声が東堂葵みたいです……」

勝利ビクトリー!!!!」

「なにかこの膠着状態を打開する方法が浮かんだのですか!?」


 怒りすら顕にする警備員に僕はグラサン越しの視線を投げかけた。


「……警備員さん、あなたこの学校の警備はいつから?」

「……は?なんだ突然……」

「答えてくれたら帰ります」

「…………合併してこの学校ができてからだ……もう、40年になるが…」


 必要な情報を手に入れたのでカマをかけることにした。


「……警備員さん。あの体育館に行けば“あの子”に会えるかもしれませんよ?」

「……なっ…」

「あなたは、霊魂を信じませんか?」


 僕はできるだけ柔らかな声音を心がけ、サングラスを外し表情筋を少し緩めてみせてから、そっと彼の手を取った。

 雨天の外気に晒された彼の手は手袋越しにも関わらず冷たかった。


「でも、死んだ人間にもう一度会えるかもって考えたら……居なくなってしまった人に伝えたい事がある、“謝る”事ができる…」

「…………」


 目が揺らいだな……


「そう考えたら、そう悪いものでもありませんよ?」


 僕はあえて突き放すように手を離した。


「お仕事の邪魔は出来ませんので、仕方ないですが……」


 背を向けつつあえて狭い歩幅で歩いていこうとする僕の背中に再び雨音をかき分ける声量で「待ってくれ…」と声がかかる。


 なぜか若干引き気味の視線を僕に向ける妻百合初音は見えない振りをしつつ、僕は振り返って笑った。


「大丈夫、生徒が忘れ物を取りに来ただけですから」


 即落ちである。


 ********************


 まず、大前提として『演劇部』の呪いの発端になった『演劇部』所属の女生徒の凄惨な死は事実である。

 そして、あの警備員の態度……目の奥に揺らめく僕らへの怒りや、ジョナサン・小西の推測への驚き。

 彼の勤務年数。


 ここから僕はある推測を立て、彼を揺さぶった。彼を落す事は学校に入る事以外に意味がある事だと考えたからだ。




「……ずっとこの警備会社で働いてるんだが……来月で定年でな」


 40年、この学校を守り続けた老齢の警備員は控え室で僕らに暖かいお茶を淹れてくれた。

 夏も近づいてる時期ではあるけど、暖かいお茶が身に染みるくらいには、連日の雨はこの街を冷やしていた。


「……1998年に亡くなった『演劇部』の女の子を知っているんですね?」


 僕の問いかけに警備員はこくりと頷いた。空気の読めない妻百合氏「あれ?寝た?」と勘違いするもすぐに真相に気付いた模様。


「あ…頷いただけですか……」


 そんな妻百合初音に気分を害した…訳ではないおじいちゃんが妻百合初音に質問を豪速球でぶん投げる。


「君は『演劇部』を作りたいらしいがなぜだい?」

「え…舞台女優に憧れていて……」

「……あの子もそんなことを言っていたな」


 彼はその答えに懐かしむように遠くを見た。


藤島ふじしまさなえ…あの日死んでしまった女の子の名前だよ」

「「「……藤島さなえ」」」

「さなピーと私は呼んでいた」


 そんな情報は要らない。


「……その、さなえさん--」

「馴れ馴れしく名前で呼ぶな!」

「ア…スミマセン……」


 妻百合初音になぜかキレ散らかす警備員。この怒り様…まさか……親子?


「藤島さんとはどういったご関係だったんですか?」

「いや……登校してくる時挨拶をしてくれる程親密な間柄だっただけだ」

「おじいちゃんよく女の子に騙されませんか?」


 僕の質問に妻百合氏からの張り手が飛んだが顔を一切ブレさせずキープし続けた僕に勘違いおじぃは過去を語り出した……


「毎朝校門の前であの子は私に笑いかけてくれてね……それだけだったんだが…」


 しかしその過去というのがあまりに薄っぺらくて、僕は渾身の芝居で彼を懐柔したのを少し後悔する事になった。

 どうやらこいつに聞くことはなかったようだ。こいつに気を遣う必要も皆無だった。


「お邪魔しました」


「……彼女は自殺でしたか?ゴフッ…それとも他殺?」


 腰を浮かせかけた僕を遮ってそれまで沈黙の15分を守っていたジョナサン・小西先生がぶっ込んだ。

 彼にはまだ『演劇部』の呪いの概要は説明していない。ここに来てこのロリコン、霊能者としての本領を発揮してきた。


 それを感じ取ったか、おじぃもジョナサン・小西に向かい合う。


「……あの事件をどこまで知ってる?」

「なにも……げふっ!!」

「あれが……自殺なものか……」


 おじぃが震え出したのは寒さのせいではないはずだ。そしてジョナサン・小西はそんな彼の語る言葉が重要だと判断した。


「詳しく……はぁ…はぁ……時間が無い……」


 互いに震えが止まらない。どうやら2人の寿命は近そうだ。


「……あの子はあの日、文化祭でやる舞台の為にと遅くまで居残り練習をしていた…あの子は頑張り屋で、いつか舞台女優になるっていつも夢を語ってたよ……そんな夢を抱いた若者が、自殺なんかするか?」

「……では、他殺……?」


 警察によるとあの事件は自殺か他殺かはっきりしないまま調査が打ち切られたというなんとも後味の悪い結末で終わっている。

 警備員の話を全て信じるなら確かに自殺は不自然かもしれないが、年頃の娘の情緒は分からない。


 彼は続けた。


「居残り練習の為帰りが遅くなるからとあの日一人体育館に残ったさなピーは次の日…」

「……体育館のステージ上でぶら下がった状態で亡くなっていた…」


 妻百合初音がおじぃの言葉を追うように続ける。その横顔は傍から見ても顔色が悪い。彼女の目はここではないどこかの景色に囚われている。


「あんな死に方、1人じゃ無理だ」

「では…ごげふぅ!?……な、なぜ…事件と断定されなかったんですか……?」


 なんか……ジョナサン・小西がどんどん衰弱してる…?


「……犯人が捕まらなかったから…学校側がイメージダウンを嫌って手を回したから…可能性は色々あるが……」

「イメージダウン……はぁ……おぇっ!くっ!……げはぁ!!」

「先生」「先程から汚いです……」

「当時校長が話してたのを聞いたんだよ…「校内で殺人事件なんて心象が最悪だからまだ自殺の方がいい」って……」

「……はぁ…はぁ…立ち去れ!浮上なる魂よ!!おぇぇぇぇっ!!」

「結局、学校側が保護者に発表した内容は「捜査中につき詳しい内容はお伝えできない」だった……」


 おじいちゃんは悔しそうに手をプルプルさせている。決して寒いわけではない。そしてこの震えの根源は不誠実な学校だけに向かっているわけではないようだ。

 彼の目にあるのは--後悔。


「……あの日学校に誰かが侵入することは不可能だ。私達警備員は夜間も常駐しているわけではないが、もし誰かが押し入ったなら警備システムが反応したはずだ……」


「……学校内の誰かが殺した」とおじぃは震える声で言った。

 僕はそんなおじぃに後悔の核心に切り込む為質問する。


「……第一発見者は用務員となっていましたが、警備の方ではなかったのですか?普通、警備員が施錠して帰るのなら誰か残っていないか確認しますよね?」


 その質問への返答は無言で流れる彼の涙だった。

 つまりそれはその日残っていた警備員が自分であった事、確認を怠り藤島さなえを1人校内に取り残した事。

 いや、彼の言葉を信じるなら殺人鬼とふたり、藤島さなえを取り残した事を意味していた。

 事件が起きた時、当然彼の責任も問われたはずだ。

 にも関わらず彼が今だ警備員を続けられているのは学校側の「大事にしたくない」という考えの結果か…

 それも彼の悔しさ、後悔を濃くしているはずだ。


「……謝りたいですか?」


 僕の問いかけに彼は相変わらず震えていた。いや、もう茶化すのはよそう。


「……私の……怠慢がなければ……」


 これ以上聞くことはないと、僕とジョナサン・小西は互いに目を合わせ……


「かひゅ……」

「先生!」「せんせーーいっ!!」


 ジョナサン・小西は白目を剥いていたので一旦無視しよう。


「……では、本人に直接伝えに行きましょう」

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