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第80話 呪

「死んだ者と一度だけ再会出来る…『ツ○グ』という仕事をしてましてねぇ…」

「雨宮さん、流石にそれはまずいです」


 霊感商法はお手のもの、日比谷教教祖、雨宮小春です。


『演劇部』の呪い騒動に終止符を打つべくもはや本業がなにか分からなくなりつつも暗躍する僕は今、妻百合初音と共にジョナサン・小西先生を頼った。

 そして今、事件当時を知る警備員と共に惨劇の始まりの場、体育館へと足を運ぶ。

 これで終わってほしいですねぇ…



「ちょっと!生徒の登校は禁止ですよ!?」


 警備員と共に体育館へ向かう道すがら、「鬼の竹川」こと音楽教師、竹川先生に呼び止められた。

 現場は体育館へ向かう渡り廊下だ。


「実は生徒が忘れ物をしたそうでしてねぇ…」


 と、咄嗟に誤魔化してくれたのは警備員のおじぃ。しかし誤魔化しきれない不審者感を漂わせるのは他ならぬ、ジョナサン・小西とその弟子二人だ。


「げほっ!ごほっ!!おぇぇっ!!」


 ジョナサン・小西は瀕死だった。


「後ろの人は誰ですか!?」

「すみません先生、私の父と妹です」


 ナイスフォローをぶちかます妻百合初音だが、忘れ物を保護者同伴で取りに来るのは無理があったか……鬼の竹川の警戒心を解きほぐす事は叶わなかった。


「私が着いていきますので大丈夫ですよ」

「そういう問題ではありませんよ!?大体何を忘れたのですか!?」


 警備員のおじぃは余程信用がない様子。未だかつて誰一人逃れられた者の居ないという鬼の竹川の追求に妻百合初音--


「えっ……と…………た、体操着を…」

「体操着!?」

「し……下の方を……」

「下!?」

「先生、このままでは休み明け運動部の変態に初音さんの生パンツが餌食に……」


 僕のフォローに「んまぁ!?」と鬼の竹川もこれには納得せざるを得ない様子。


「……で?雨宮君はなにを?」

「え?あの……これから使うので……」

「なにを?」

「初音さんの……体操着を……」

「なにに!?」

「先生、年頃の男女の事を詮索しないでください」

「……」

「…………せ、先生もご一緒にいかがですか?」



 通してくれた。

 隣から刺すような妻百合初音の視線を受けているが、この人はいつも僕の事をゴミのような目で見る。気にしてはいられない。


 鍵束をガチャガチャ揺らす警備員に続きつつ鬼の竹川を目で追う。彼女もどこかで休み明けの授業の準備でもするのだろう…教室の鍵と思しき物を持っていた。


「……鍵って警備員と職員が持ってるんですか?」


 僕は警備員のぶら下げた鍵束にセキュリティのカードキーを見つけながら問いかけた。

 質問しつつ歩を進める僕らを一層強くなる雨が叩いていた。


「そうだよ。警備室と職員室で管理してる」

「そうですか……」


 渡り廊下から校舎の職員用出入口に設置されたカードリーダーを見つめながら僕は傘を取り出し、ぬかるんだ土を踏みつつ向かう。


 ……体育館へ。



 目的地は近づくと更に異様な雰囲気を醸し出していた。

 まるで僕らを拒むように陰気な空気を吐き出すその灰色の建物は普段授業で使っている時とは別世界のような気配だ。まるで心霊スポットにでも迷い込んだみたいだった。


 警備員が体育館の入口の鍵を開けるのを待ちながら僕は体育館の外観を観察した。

 改めて見ると体育館には警備会社のセキュリティは設置されていないのが分かる。施錠は引き戸についてる戸先錠だけ。


「あの……藤島さなえさんが出る予定だった文化祭の劇の演目ってなんだったんですか?」


 ここで妻百合初音が警備員のおじぃの背中にそんな質問を投げかけた。彼は鍵を開けるのにやたら苦戦しつつ背を向けたまま一言。


「カエルの王さまだ」


「開いたよ…」と警備員が緊張した面持ちで戸を開く。重たい引き戸を引けば薄暗い外の微かな光を反射した体育館の床が僕達を待っていた。


「……強烈な……負のオーラだ……げほっ」


 ジョナサン・小西は着実にダメージを蓄積している。


 過去に起きた凄惨な事件の現場--そう念頭に置くことでそこは普段生徒達が駆け回る学びの場から怨念渦巻く魔窟へと豹変する。

 隣で妻百合初音が苦しげに表情を歪める。


「大丈夫?」

「ええ……」


 彼女は一点、体育館のステージを見つめていた。額に浮かぶ脂汗はひんやりした長引く梅雨の冷気とは不釣り合い。


「……見えるんです」

「なにが?」

「……ここで死んだ……藤島さなえさんが…」


 どうやらここに彼女が居ると言うのは間違いなさそうだ。僕とジョナサン・小西は……


「おげぇぇぇっ!!」

「先生!」「先生ぇ!!」


 目が合わなかったけどまぁいいや。


「……ここで本当に……さなピーと会えるのかい?」

「……ええ。これから消し飛ばすので」

「消し飛ばす!?」

「除霊という事です」


 僕は警備員のおじぃに説明してやる。ジョナサン・小西の事を。


「ジョナサン・小西先生は霊と対話し、穏便に霊にお帰り頂く、そういう除霊を生業としているプロフェッショナルです」

「吐いてるが?」

「げぇぇぇぇぇっ!!なんという不浄なる魂……っ!」


 ジョナサン・小西は別件で厄介な霊だかなんだかに取り憑かれているだけだから気にしなくていいいです。


「先生、お願いします」

「はぁ……はぁ……では、降ろします……」


 大丈夫だろうか?


 ********************


 伝説の霊能者、ジョナサン・小西の除霊が始まる……


 僕らが見守る中、ジョナサン・小西は謎の紫色のお香を焚き、それが体育館中に充満するのを待つ。

 なんかの葉っぱで作った扇のようなものを構え、部屋の中に充満したお香が雨の匂いをかき消した頃……


「アーメンよーそらほーそらホイホイ!やーらんめーけれぺーけれホイホイ!」


「始まりました」

「あれはなんだ?」

「降霊の舞でしょう」


「ポケポケペケペケこんじらはーっ!!」


「ふざけてるんじゃないのか?」

「僕に聞かないでください」


 ロリコン渾身の舞。橋本圭介の神事の舞にはつま先も及ばないが、その珍妙な舞は周囲の香を掻き回し……


 最初に気付いたのは妻百合初音だった。



「……来た」


 彼女が呟く瞬間、周囲に鉛のような重たい空気が下りてきた。まるで胸まで水に浸かってるように息苦しい。

 原因不明の悪寒が事態がただ事ではない事を示唆する。

 そんな中だ……


「……なんて事だ…」


 おじぃが見つめる先、紫の煙が徐々に何かを形作る。それは正視に耐えないものだ。


 ぼんやり浮かぶのは首を吊った少女の輪郭。首が直角近くまで折れ曲がった少女のシルエットがぶらぶら揺れるように煙を纏い姿を現した。


「来たぞ……」


 ジョナサン・小西、彼の気合いと緊張の表情は自身がベストコンディションでない事以上に、現れた“モノ”の危険性を感じ取ったからであると分かる。


 そこからは一瞬だった。


 隣に控えていた弟子の一人がマンホールの蓋かよってくらい口をおっぴろげ、ダイソンさながらの吸引力を発揮する。

 周囲の煙は排水口の栓を抜いた風呂場の水みたいに抵抗すら許さずその口に吸い込まれて行く。


「あれは何を!?」

「ああして霊をその身に宿すのです」


 いちいち僕に訊くな。


 煙と共にその怨念の輪郭を呑み込んだ弟子をすかさずもう一人の弟子が羽交い締めにした。

 霊をその身に降ろした弟子の顔色はみるみる青ざめ、鬱血したかのように変色していく。やがて黒ずんですら来た頃、少女の目が白く濁ったままこちらを睨む。


 その瞬間、僕の背筋にかつてない悪寒が走る。

 意思に反して全身が小刻みに痙攣し、冷たい汗が噴き出した。


 ……これは……恐怖……


 目の前に現れたそれに僕は宇佐川結愛に匹敵する危機感を覚えていた。

 隣で妻百合初音は震えだしていた。

 これはやばい……


「……藤島さなえさんですね?ごほっ…」


 降霊の舞だけで残HPを使い切ってしまったと思われるジョナサン・小西が汗だくのまま弟子の体に入り込んだ藤島さなえと向かい合う。

 ロリコンと小学生女児の危険な距離感だ。


 僕らの前についに姿を現した『演劇部』の怨念は焦点の合わない瞳で体育館全体を睨めつけている…

 そして彼女のぼやけた瞳孔の輪郭が一点を捉える。


「……っ」


 その目の照準は妻百合初音に合っていた。


「……さ、さなピーなのか……?」


 僕の隣で震えながら警備員おじぃが立ち上がる。彼のその瞳は亡き娘…あるいは亡くした恋人と再会したかのように熱い雫を零す。

 忘れてはいけないのはこの二人、ただ朝挨拶を交わす程度の間柄だということだ。


「さなピー……」

「退がってください…初めまして、わたくし、ジョナサン・小西と申します」

『……』


 おじぃもジョナサン・小西もフルシカトする怨念の粘っこい視線はただだ妻百合初音を見つめ続ける。僕はジョナサン・小西に全てを託して見守る。


「まず、あなたの身に起こった事、本当に残念だ……私は今日、あなたの身に起きた真実を明らかにし、あなたに本来居るべき場所に帰ってもらうべくこうしてお呼びした。ごはぁっ!!」

『……』

「藤島さなえさん……単刀直入にお伝えしますが…迷惑なんで帰ってくれませんか?」

『…………』

「みんな怖がってるんですよ」

『………………』

「お気持ちはよく分かる。お約束……ごふっ!げほっ!!はぁ……はぁ……しますよ。あなたの無念は私が必ず晴らすと……」


 外ではどんどん強くなる雨足が体育館にまで響いてくる。遠くで雷が鳴っている。


「……あの…なんか喋ってもらっていいですか?げほっ!くそっ!!こんな時に……っ」


 風も吹き始めて体育館の窓ガラスがガタガタと揺れ始める。体育館は昼間にも関わらず夜のような暗さに落ちていき、その場を包む空気もどんどん澱んでいく。


 そんな中で藤島さなえと妻百合初音の瞳だけがぼんやりと浮かび上がっていた。二人は共鳴するように互いを見つめ合う。


「……さなピー…さなピー……あの時は…本当にすまなかった……」

「…まだダメです」


 僕は歩み寄ろうとするおじぃを何とか抑える。しかし、老齢とは思えないフィジカルでなにかに魅入られたかのように僕の膂力を跳ね除け藤島さなえの方へ突き進む。


「雨宮君抑えるんだ」

「くっ!?このパワーっ!!」


 シアーハートアタックのパワーにびっくりする空条承太郎みたいにびっくりする僕を押しのけておじぃはジョナサン・小西と藤島さなえの下へ…


「本当に……あの時私がしっかり確認していれば……こんな事には……」

「おじぃ!!」

『……』


 その時、藤島さなえの白い瞳がおじぃを捉えた。

 その瞬間、妻百合初音が解放されたように大きく息を吐き出した。


「……だ、ダメです!」


 彼女の声に僕は彼岸神楽流を発動しつつ飛び出した。


「…さなピー……教えてくれ……お前を殺したのは……一体……」

『……』

「さなピー……っ!!」

「くっ…やはり今の私の力では限か…ぐはっ!!」


 ジョナサン・小西、吐血。なんかとんでもない量の血を吹き散らかしその場に崩れる。

 その瞬間なにかの均衡が崩れた気がした。


 弟子の体で少女の怨念が唇を動かす。雨音にも負けそうな声量で……


『…………いや、お前誰?』



 --『演劇部』の怨念、藤島さなえ。その第一声はあまりにも辛辣だった。



 直後体育館を襲う轟音は世界を白黒に塗りつぶす。地面ごと揺るがすような落雷の衝撃と同時に窓ガラスを全て叩き割った。

 頭上から降り注ぐガラスの雨--


「彼岸神楽流--炎斬っ!!」


 うねりをあげる僕の手刀が激しく空気を擦り発火。天に昇る龍の如く紅蓮の手刀の衝撃波は降り注ぐ透明な刃達を焼き溶かし体育館を突き抜けた。


「雨宮さ--」

「っ!?」


 一体どこからか……

 背後から強い力に引っ張られる僕の足が床から浮く。

 またしても僕の首の肉を食むのは手刀で割れた天井から垂れ下がった照明の電源ケーブルか…


「これしき……っ!彼岸かぐ--」

「ぎゃあああああっ!!」


 ケーブルを切断しようとする僕の耳をつんざくのはガラガラ声の悲鳴だ。

 見ると、体育館ステージ上に張られた幕が高波のように警備員おじぃに襲いかかり、その太い布は彼の首を締め上げながらステージ上へ引きづっていく。


「南無裟羅遠香……げほっ!ごふっ!」


 何やらジョナサン・小西がお経を唱えているが効果が見られない。

 彼の助力に期待する事なく僕はケーブルを切断し、おじぃ救助の為ステージ上へ--


 向かおうとする僕の首を片手で捕まえたのは小さな弟子の体に乗り移った藤島さなえだった。


 息苦しさとは別に全身の力が抜けていくような感覚。彼岸神楽流の術が練れない…!

 超至近距離で藤島さなえの瞳が僕を睨む。その目からは感情を読み取れない。


「ぐっ……くっ!な…何が……望みなの?なぜ生徒を殺す……!?」

『……』


 もうなんか痙攣し始めるジョナサン・小西の力は完全に怨念を抑え込めない。

 僕は吸い取られる生気を必死で心臓にかき集め心拍数を上げる。

 目前に迫る『死』をトリガーに死に際の集中力と明鏡止水の心を内側で練り上げていく…


 もう少し……


「やめてっ!!やめてくださいっ!!あなたは……何が望みなんですかっ!?」


 空気を切り裂くような妻百合初音の絶叫。

 その瞬間彼女を捉えた白く濁る瞳に一瞬、感情の色を見つけた。


 何かに縋るような……執着、未練、後悔。


 妻百合初音を見つめて藤島さなえはかすれた声をひねり出す。


『まだ……』

「……え?」

『……死ねない…………』



『舞台に…………立ちたいの……』




 --彼岸神楽流、秘奥義。


 霊幻斬。



 泣け無しの余力で練り上げた師範直伝の対超常用奥義が、体育館を青白い炎で包んだ--

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