第49話 エヴゴラ流でやらせてもらう
あんなに部長の座を主張していたのに…
こんにちは。妻百合初音、新中学1年生です。
そんな私は今、化学準備室を飛び出して1枚の紙切れを揺らしながら職員室へ……
私、演劇部(予定)の部長に任命されました。
私が入部希望を申し出た演劇部は演劇部ではなく演劇部(予定)でした。
その上部の設立の為にこうして駆り出されてます。こんなはずではなかったのですが…その実私は少し、ほんの少しだけ嬉しくも感じてました。
妻百合流での存在意義が無くなってしまった私です。そんな私が新しく情熱を傾けられる場所と、必要としてくれる仲間を見つけられた気がしまして……
妻百合は走ります。
……ですが。
「…演劇部ねえ」
「設立の許可を頂きたいです。先生」
パイナップルくらいなら切れそうな固く鋭利な口ひげを生やされたこの先生は恐らく海賊王に最も近かったはず…
ですが、老齢に達していたとはいえそんな彼がなぜ頂上戦争にて敗れ転生しこうして田舎町の中学の教師をしているのか…
そんな事を考察している場合ではありませんでした。
「うーん…これじゃあちょっと……ねぇ?」
「え?」
「ほら?演劇でしょ?4人で何すんの?」
「4人でも可能です…というか、部活を設立するには4人以上必要と仰ったのは先生方では?4人揃えましたので、許可を」
「君には言ってない」
「屁理屈はいいので…許可を」
「でもねぇ…実際演劇部って何をする部なの?ここらじゃコンクールとかないし?学校にもそんな金ないし?顧問についてくれる先生も居ないし?」
「そんな……部活動とは生徒の自主性と社会性の成長の為に存在するのでは?別にコンクールが無くても…」
「いや、部活ってのは新規入学生を獲得する為の広告塔として存在してるから」
「……そんな…帝光バスケ部じゃあるまいし……」
「てか、君が部長なの?1年生でしょ?」
「……それは…………」
「とにかくそんな余裕はないかなぁ…」
まるで春を迎え終えた桜の花びらのようにヒラヒラと先生の手を離れて私の足下へと落ちていく申請届け…
折角、この胸に溜まった澱んだモヤモヤが晴れると思ったのですが……
「せんせー、新しい部活作りたいんですけどー」
「なになに?…トレジャーハンター部?面白そうじゃん。いいよ」
しかし、すぐ隣で繰り広げられる衝撃のやり取りが私の中の蝋燭に着火します。
「待ってください先生!なぜ演劇部がダメでこんな部活が通るのですか!?」
「は?こんな部活って何よ?」
「トレジャーハンター部って何をする部活なんですか?」
「なんだァ?てめェ……」
突然現れた『トレジャーハンター部』なる謎の部活申請を行ったのはコーンロウの髪型の色黒の、世界一危険な刑務所とかに居そうなこの女生徒……
トレジャーハンター部なんかが認められてオーソドックスな演劇部が通らないなんて納得出来ません!ていうか、アリジゴク何とか部とかあってなんで演劇部がダメなんですか?
「先生、今顧問についてくれる先生は居ないと仰りました。トレジャーハンター部はどうするおつもりですか?」
「いやぁ……はは……」
なんともバツの悪そうな顔で誤魔化すように視線を泳がせる先生の姿に、白ひげの面影は無いです。私の過大評価でした。
そこで「おいおい待ちな」と横槍を六合大槍レベルのインパクトで入れて来たのがギャングみたいな女生徒さん。
「お嬢ちゃんよォ……あたしらがなんの部活を作ろうと、それはお嬢ちゃんにはカンケーねえんじゃねぇのか?」
「……先に申請したのは演劇部ですので」
「早い者勝ちとかそういうんじゃねーだろ」
仰る通りかと……
「いえ、別にトレジャーハンター部がどうと言ってる訳ではありません。ただ、トレジャーハンター部が良くてなぜ演劇部がダメなのかとこの口ひげ野郎に尋ねているのです」
「く、口ひげ野郎…?」
「いいや待ちな。トレジャーハンター部の事を『こんな部活』って言ったろ?」
「……それは」
「お嬢ちゃん。あたしらに喧嘩吹っかけといて誤解ですじゃあ済まさないよ?」
職員室に一触即発の空気が充満します。今にも殴りかかりそうな凶暴顔の女生徒を前に先生はただ「いや、まぁ…はは」と繰り返すだけです。
もはやこの場は自力で収める他ないと……
「私はトレジャーハンター部を貶すつもりは毛頭ございません。どうしたら許してくれますか?」
「許す許さねぇじゃねぇ。1度喧嘩売られたら買うだけ。相手の言い分は関係ねぇ。それがエヴゴラ流さ」
なんですか?エヴゴラって…
「決闘だ。あんたとあたしの部を賭けて!」
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なんとも熱い展開になってきました。
「た、大変な事になったな妻百合さん…」
「大丈夫なの?」
「僕は恐ろしい。今からでも遅くない、部の設立申請を取り下げて菓子折り持って謝りに行こう…」
すっかりビビり散らかしてしまってるのは私と共に演劇部を設立したい出柄詩先輩と羽場先輩と加納先輩。
加納先輩は何故かスカートを履いてました。が、そんな事を突っ込んでいる場合ではありません。
グラウンドで向かい合う先には勝手に部活を賭けの対象にしてしまった決闘相手『トレジャーハンター部』の皆様が…
なぜか全員色黒で坊主とか剃りこみとか入ってて完全にアウトローでした。
「では、これより互いの部の設立を賭けて『トレジャーハンター部』対『演劇部』の代表者タイマン勝負を行います。見届け人を私、『爪水虫部』部長、安東が努めさせて頂きます!」
なんてことでしょう……
「おいおい…マジかよ」「これはあれか?この学校の覇者が決まるのか?」「私、心臓がドキドキして破裂しそう」「楽しくなってきやがったぜ!」
ギャラリーが沢山集まって来ました。なんてことでしょう…
「青コーナ!『演劇部』部長、155センチ47キロ!1年!妻百合初音ー!!」
なんということでしょう…私の身長と体重が暴露されてます…
「赤コーナー!『トレジャーハンター部』部長、184センチ62キロ!2年!エカテリーナ・ジョニー!!」
「うぉぉぉっ!!」「やっちまえ!!ボス!!」「あたしらの力を見せつけろ!!」
なんということでしょう…強そうです。こんな…圧倒的体格差のある相手とタイマンしたらこの妻百合、ボロ雑巾になってしまう…
「…お嬢ちゃん、誰に喧嘩売ったか思い知らせてやるよ…今回のタイマンはあたしらのマイタウン、エヴゴラ流でいかせてもらうよ」
「あの…今からでも菓子折りと一緒に謝るので--」
「ダメだ」
あぁどうやらどうしようもないようです…こうなったら実家で嗜んだ武芸百般、解禁するしかないのでしょうか……
「今回はエヴゴラ流、卵転がしで決着を着けたいと思います!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
しかし、覚悟を決めた私の前に差し出されたのは卓球のラケットの上に立たされた卵でした。
卵?
「ルールは簡単、このラケットの上の卵を落とさないように100メートル先のゴールまで先に到着してください。なお、卵が落ちた時点で失格です」
「……悪いなお嬢ちゃん。あたしゃこの勝負で負けたことがねぇんだ」
「……これ、運動会とかでやるやつ…」
「覚悟しな!!」
慎重に卵を受け取ってギャングさんとスタートラインに並びます。
歓声やら怒号やら不安そうな視線やら…綯い交ぜになったグラウンドで私はただ、ゴールのみを見据えていました。
…見たところ生卵。中で黄身が沈んでいるので重心は下に寄っています。新鮮で殻の凹凸も多い…安定させやすいはず。ちょっとテカってるのが気になりますが…
勝つ。この勝負に演劇部の未来が懸かってる!
「よーい…ドン!!」
爪水虫部の人の掛け声と共に両者一斉にスタート。
この勝負で1度も負けたことがないと豪語するだけあってエカテリーナ先輩、スタートから私を引き離す健脚っぷり。しかもスピードを維持したままラケット上を転がる卵を器用にコントロールしてます。
対して私は限界ギリギリのスピードを維持したまま、手首のみでバランスを取りつつ慎重に卵を運びます。
エカテリーナ先輩は前方で失速しました。卵に振り回されてフラフラと右へ左へ走りが流れていますから…
無理に飛ばす必要はありません。むしろスピードを出しすぎてバランスを崩した卵を立て直す方がタイムロス--
つるっ!
「おぉーとっ!?危ない!妻百合氏の卵がラケット上で突然踊ります!危なーーいっ!!危うく転落する卵を体を揺らして必死に留めています!」
「妻百合さん…」「お願い…っ!!」「頼む…っ!」
な、なぜ?突然卵が暴れます。大きくバランスを崩した訳ではないのに、ほんの少しの振動で揺れだした卵がその動きを止めてくれません。ラケットの端から端へと転がりまくり…
「ふははははっ!」
それは前方から飛んできたエカテリーナ先輩の高笑いでした。
相変わらず爆走しながら彼女は勝ち誇った顔で私に告げます。
「この卵にはオリーブオイルが塗ってあるんだよ!慎重に運んでったっていつかは落ちる!」
「なっ!?」
「スピード勝負なのさ!卵が油で滑り落ちるより速く、ゴールに滑り込むまでのな!!」
事実に気づいた時、既にエカテリーナ先輩はゴール目前でした。
卵も今にも落ちそうでしたが、彼女はぐねぐね走りラケット上に卵をキープしたまま、そのつま先が今、ゴールを越えようとしています。
そして私は……そんな光景を卵と睨めっこしながら見送るしかありませんでした…
ま、負け--
「はははははっ!あたしの勝利--」
ブォォォォンッ!!
その時、突然砂埃と共に謎の排気音がこちらに迫って来ました。
グラウンドを爆走するのは大型バイク。バイクに跨った2人の男性は人が居ることなどお構い無しにグラウンドを猛スピードで横断。
そして…
ブォォォォンッ!!--ゴギャッ!!
無情にも前方不注意の暴走車が私の目の前で、勝ち誇ったエカテリーナ先輩の頭をウィリーした前輪で轢きました。
「あぎゃっ!?」
『ボ、ボスーーーっ!?』
吹き飛ぶエカテリーナ先輩、そして卵。
そして2ケツしたバイクは激しく地面を削りながら群衆の前に停車しました。
煙たい砂埃と排気ガスを撒き散らした2人組は頭の上に時代遅れのフランスパンをお揃いで乗せていて、一瞥でヤンキーさんだというのが分かる容貌。
「ここらを仕切ってる永谷兄弟の縁だっ!弟の園が世話になったらしいなぁ!!」
「1年の雨宮ァ!!出て来いやっ!!」
…今の時代で学校に乗り込んでくるヤンキーなど居るのですね。弟の園さんは頭に包帯を巻いていたので多分、1年の雨宮さんとやらにやられたんでしょう。
騒然とするグラウンド。出てこない先生方。
「…雨宮って子なら停学で来てないけど(ボソッ)」
「あぁ!?」「なんて!?はよ雨宮出さんかぃ!!」
私達の決闘のギャラリーの1人がボソッと返した答えに永谷兄弟が爆発寸前。どうやら聞き取れなかったらしいです。
ので、近くでそんな呟きを拾った私がラケットの上に卵を乗せたまま……
「雨宮さんは停学中で居ないそうです」
と、親切に教えてあげます。
「舐めてんのか!?」「てめぇ一緒来い!!こらぁ!!」
「…………え?」




