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第48話 演劇部(予定)

 私が9歳の時、高校を卒業した姉が家業を継ぎました。

 姉はわずか18歳…あまりにも早すぎる家元就任に当時私も兄姉きょうだいも驚きを隠せなかったものです。


 それ程までに、姉の才能は抜きん出ていたのですから……


 家業--日本舞踊を磨く事だけに捧げてきた人生…

 いつか家業を継ぐんだという自負と責任感から私は幼少の全ての時を舞に費やしました。

 ですが、そんな私を置いて姉は次期家元と呼ばれるようになり、他の兄姉は別の道を見据えて……


 幼い私にとって、当時姉が異例の若さで家元を……妻百合つまゆり流を継いだのには大きなショックを受けました。


 私のやってきた事…これまでの努力……

 それが全て、水泡に帰した気がしましたから…



 そんな時です。



「……舞台……ですか?」

「ええ、初音は少し元気がないようでございますので、気晴らしにいかがでしょうかでございます」

「姉上、悠々ゆうゆうさいもそうですがその喋り方、丁寧すぎて逆に変です」

「私の同好会の先輩の方がチケットをくれたのでございますです。しんちゃんもいかがですか?」

「いかねーよ!俺は……俺は家を出る!!」

「……え?」

「花蓮姉様が家元になった今、俺らは必要ねぇからなっ!そうだろ!?初音!!」

「……」「しんちゃん、何を仰るのでございますか?……これから姉弟で妻百合流を……」

「うるせーよっ!悠々斎だってバックパッカーになるんだろっ!さよならでござるっ!」




 ……とまぁ。

 そんな感じで当時、姉の家元就任で私の兄姉はみな荒れに荒れていまして…


 そんな状況を見かねた姉が私を連れ出してくれたのが、ある舞台だったんです--


 *******************


「…………あのー…」


 壁に貼り付けられたポスターを頼りに私は人気のないその部室の戸を叩きます。

『演劇部』の名も踊ってない部室(?)の戸を恐る恐る開いて中に声をかけると、息を吸い込むのも憚られる澱んだ空気が流れ出てきます。

 そのはずです。部室ではなく化学準備室でした。


 その棚に囲まれた薄暗い部屋を占拠していたのが、3人の入居者でした--


「……」「……」「……冷やかしなら帰ってくれ」


 なんか……荒んでます。


「あの……入部を…………」

「なに!?」「あなた今なんて…!?」「入部!?」

「いや……まずは見学……」

「見学!?」「本気なのね!?」「なんということだ……っ!」


 真っ先にパイプ椅子をこき倒して部屋の入口で入室を躊躇ってる私の手を取ってきたのはパーマをかけた茶色い髪色の優男さん。

 切れ長の目を見開いて彼は私の手をギュッッと強く握ります。


「ようこそ演劇部へ!!俺達は…君を待っていたっ!!」


 どうしよう怖い。




 ……座るスペースはないと言うので立たされました。


「よく来てくれた!俺が演劇部部長(予定)の2年、出柄詩一輝でがらしいっきだ。よろしく!」

「……いがらし?」

「でがらしだ」

「なんですか?(予定)とは…」

「それについては後で話すよ。ふはははははははは!」

「……」


「私、演劇部部長(予定)の2年、羽場愛夏はばあいか!よろしくね!!」

「あの……部長(予定)が2人も居るんですか?」

「気にしないで!」


「……僕は部長(確定)の加納弘樹かのうひろきです。2年生です。よろしく」

「部長(確定)とは……?」

「部長(確定)ということだよ」

「……?」


 なんか、帰りたいです。


 パーマの優男が出柄詩さん。黒髪ストレートロングで髪長すぎて半分貞子なのが羽場さん。もやしがなぜか襟足伸ばしてるのが加納さん……なんか放課後青春を持て余して校舎裏でバスケしてそうな面子ですね。

 覚えました。


「……初めまして、1年の妻百合初音つまゆりはつねです…」

「妻百合さんか…」「よろしくね!」「可愛い……日本人形みたいだ…このショートヘアが夜中伸びるんでしょ?」


 褒めてます?


「歓迎するよ妻百合さん!じゃあさ!早速だけど最初の活動を--」

「待ってください出涸らしさん」

「出柄詩だ(怒)」


 なんか勝手にギアを入れる3人に私は待ったをかけます。


「あの……まだ入部すると決まった訳では無いので…まずは見学を……」

「見学か…」「うちに見学とかないのよ?妻百合さん」「来たからには入部してもらう」


 悪徳商法……


「あの……普段はどんな劇を……?」

「普段なんてないよ」「そうそう!あー、楽しみ!」「ようやく僕らはスタートを切るんだぁ!」

「……え?」


 イマイチ会話が噛み合わない演劇部の皆さんにもう背中を見せて帰ろうと決心した矢先、出涸らし…間違えました出柄詩さんが1枚の紙を差し出します。


「…あのだから、入部するかは見学--」


 ちょっとイラつきつつその入部届けを突っぱねようとしたら……


 入部届けだと思っていた紙を見て私はぎょっとしました。



 --部活動申請届け


 既に3人分の名前が記入されている謎の書類を前に私は固まります。嫌な予感がしました。


「…この紙は?」

「部活動申請届けだ」「これからこの4人で、演劇部としてたくさんの作品を作ろうね!」「ワクワクし過ぎて歯槽膿漏になりそうだよ、僕」

「……」

「ところで部長だけどさー…」「私」「僕、お父さんがハリウッドで脚本してるから」


 あの……


「…あの、すみません。ここ、演劇部ですよね?」

「「「うん」」」

「演劇部(予定)ではなく?」

「「「演劇部(確定)だよ?」」」


 *******************


 なんてこったです。

 私が入部を希望した演劇部は演劇部ではなく、演劇部(予定)でした。


「…実はうちの学校、部活の設立には最低4人必要なんだよ」

「そう、だからこうして1年間、私達と共に部活動を立ち上げてくれる有志を待っていたの」

「ここで1年も!?」


 ああ……だからこんな狭くて臭い化学準備室で…でも、いいんでしょうか勝手に教室使っても…


 彼らが私をここから是が非でも逃がすまいとしている訳は分かりました。私が入る事でようやく4人、これで部として成立するという事ですね……


 しかし……


「…私、まだやると決めた訳じゃ……」

「そんな事言うなよ!!」

「演劇、やりたいんでしょ!?一緒に舞台に立とうよ!!」

「僕達なら出来る!!僕らは君を待ってたんだ!!まさか、こんな僕らを見捨てるなんて事、君はしないだろう!?」

「……」


 ……ちゃんとした部活だと思ったから来たのに…


 ですが、3人の熱い眼差しと言葉に嘘はなさそう。それに私も……


「…………まぁ、やって…みたい…ですけど、演劇……」

「「「そうだろう!」」」


 --長い時、費やしてきた情熱を失い行く宛ての無くなってしまった私のこの気持ち…それをぶつけられる拠り所になるかもしれないなら……


 なので私はこの哀れな三人衆に素朴な疑問をぶつけてみました。ここまで粘り強く部の創立を諦めなかった彼らの想いとは……


「……皆さんは、どうしてそこまでして演劇部を作りたいんですか?」

「「「……」」」


 3人は顔を見合わせて、そして私の顔を見つめてその問いに答えてくれました。


「……私は、お花塚歌劇団に惹かれてるの」

「…羽場先輩は演劇、お好きなんですね」

「別に」

「あれ?」

「だったらお花塚音楽学校に入ってるわよ。私はね、ある噂を耳にしたのよ…お花塚歌劇団について……」

「……噂?」

「知ってる?昔公演中に事故死した女優の霊が度々目撃されているのを……ところであなた、霊魂を信じてる?」

「……いえ」

「私はね、心霊にとても強い興味を持ってるの。そこで耳にしたのよ!お花塚と同じ噂を!昔ここでも文化祭中に事故が起きてその霊が--」

「心霊研究会って部活がこの学校あるらしいですよ?そちらへどうぞ」


 次。


「……僕かい?僕はね……」

「はい」

「女の子になりたいんだよ」

「は?」

「僕はね……女の子の役を……いや、女の子になりきってみたいんだ。綺麗な服着て、綺麗なメイクして、みんなから「可愛い」って言われたいんだ…劇なら、女形--」

「それは歌舞伎ですね。そちらへどうぞ」


 加納先輩がやりたいのは演劇というより歌舞伎らしいです。次。


「……俺がなぜ、演劇部に拘るのか…と」

「はい、お聞かせ願えますか?出柄詩先輩」

「話せば長くなるけど……いいだろう。実はな……」

「はい」

「特に理由はないんだよ」

「……は?」

「あれは俺がこの学校に入学した時まで遡る……そう、あの日俺は--」

「特に理由がないなら、別にいいです」

「待ってくれ!深い訳があるんだ!」

「理由はないと仰りました」

「待ってくれ!!」


 ……まぁつまり、彼らが1年も演劇部の創立を画策していたのは「青春」の暇潰し以外に理由はないと……

 かく言う私も芝居の経験者という訳でもありませんし…人の事は言えませんけど……


「そういう妻百合さんは、どうして演劇部に入ろうと思ったの?私達は話したんだから、妻百合さんも教えてよ」

「待て、俺はまだ話してない」


 …………私は……


「……私は、9歳の頃に姉に連れて行かれた舞台を観て、思ったんです…現実とは違う世界でスポットライトを浴びて輝いてる役者さんのお芝居を観て「こんなに生き生きと人は輝けんるんだ」って……それから、何となく憧れのようなものが……」



 --あの日観た舞台の光景は、妻百合の舞という『人生』を諦めた私にとっては、「人は無限に輝く可能性を持ってる」という事を形として見せて教えてくれました。


 私は姉のようにはなれない--

 私は姉のように妻百合流を背負って立つ程の才能は無い--


 でも……それだけが全てだと思っていた硬い私の頭は、無限の拍手と歓声に彩られたあの舞台で…………


「「「素晴らしい!!」」」


 その時巻き起こったのはスタンディングオベーション。

 狭い化学準備室に感動の涙と喝采が巻き起こり私を包んでいました。


 ……何?


「いえ…………私自身皆さんの事をやじれる程立派な理由じゃなくて……つまるところ私も役者ごっこができるなら…程度で……」

「君こそが演劇部に相応しい!!」

「あなたの愛!伝わったわ!!」

「君に未来を見た!!」


「……いえ、そんな……」


「君こそ演劇部を引っ張っていくのに相応しい!!」

「我が校の演劇部の新しい歴史はあなたにしか託せない!!」

「いよっ!大スター!!」


「…………いえ、あの……えへへ」


「祝おうじゃないか!新しいスターの誕生をっ!!」

「私達の未来は明るいわ!!」

「ありがとう!!ありがとう!!妻百合さん!!」


「…………えぇ、その…困っちゃいますけど…ええ?」


「「「じゃあ部長は君って事でよろしく。早速部活動申請届けを出してきてください」」」

「………………え?」

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