第29話 思ってたんと違う
お分かり頂けただろうか?
ドラマ『虚空』の撮影中、何度も何度も少年の耳に「聞こえるはずのない声」が聞こえていたのを……
共演者の芝原ききは過去にバラエティ番組の収録中にゲストが事故死したのを目撃したというのだ。
少年が聞いていたのは芝原ききに憑いてきてしまった、その時事故死したゲストの幽霊の声だと言うのだろうか……
『そうだよ』
「うぎゃあああっ!!」
「おーーっほっほっ!!やかましいですわーーっ!!」
雨宮小春、日比谷教教祖。小3!
神宮寺天連原作『虚空』のドラマ撮影がこの12月に始まった。
舞台は作品のモデルにもなった孤島。
そしてこのドラマ撮影、始まる前から既に不穏な空気が漂っていた。
そう、謎の幽霊の存在だ。
--曰く付きのドラマ撮影。
果たして僕はこの試練を乗り越えて日比谷真紀奈と再会する事ができるんだろうか……
「本番いきまーーす!!」
初日の撮影--ここで僕の演じる「洋太」役最大の見せ場が訪れる。
そう、ヒロインにヒロインの妹共々ぶち殺されるシーン。
全体的に陰鬱な空気感の漂うストーリー…
そんな中で相変わらず元気が良すぎる妹役城ヶ崎麗子、そして狂気のヒロイン役芝原ききとのシーンである。
リハーサルも全て終わり、本番の時が来る。
洋太と妹ヒロコの住むアパートの狭い部屋の中で撮影が始まる。
ヒロイン登場から惨劇の終わりまでをワンテイクで撮ってしまう。ヒロインの爆発する狂気を生々しく撮影し、視聴者を惹き込む…
色々言ってるけどつまり、大事なシーンです。
「……このシーンは中盤最大の山場にして物語が大きく動くシーン……ちゃんとやらなきゃ……」
『がんばろう』
こんな時なのにずっっっとサッちゃんの声が聞こえるんですけど!?
--そして始まる。
「…………ヒロコ、洋太…」
ボロアパートの、電球の切れた薄暗い部屋の中に、愛人を殺した直後の殺人鬼ヒロインが入ってくる……
手には包丁--
狂気的に剥かれた眼光は狭く逃げ場のないボロアパートの中で一層恐怖心を煽ってくる。
劇団「ゴクドウ」の実力派芝原きき…
処監督からその実力を「周りを食うスター」と評された彼女の怪演……その本領……
「…………お、オネェチャン……」
そのあまりの迫力は城ヶ崎麗子に高笑いを忘れさせたレベルだった。
きっとカメラも演者も--これを目にする視聴者達も、芝原ききに釘付けだった。
が、しかし--
「……殺しちゃった」
『なんてやつ』
「…………お願い……一緒にきて……」
『どこに?』
僕の視線は芝原ききの後ろに釘付けだった!!
なんか居る!!
いくら薄暗いとはいえ照明もある室内で、芝原ききの背後になんか異様に暗いシルエットがぼんやり浮かんでるんですけど!?
邪悪な気配をビンビン感じますけど!?
「…………オネェチャン…何言ってる…の?」
「ガタガタガタガタ……」
「いや…………来ないで…デスワ……」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……」
「…………お願い…」
『こわいこわい』
「………………死んで?」
--吐き出される吐息のような台詞、恐怖に余韻を持たせる間、狂気的でありつつも色香を漂わせる美しさ……
「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああっ!?ああああああああああああああああああああっ!!!????」
マジでビビり散らかすトップアイドル。
『だいじょうぶ?』
「ひっ……ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
全然大丈夫じゃねー僕。
「カット!!……いいね」
結論から言うと、カメラに納められたこのシーンは中盤の山場に相応しい、完璧なものになった…と思う。
芝原ききと同時に近づいてくる幽霊に僕が失禁したのは、秘密である。
「期待以上だな、雨宮君」
「…………いいね、まるで本当の殺人現場を撮ったみたい」
「お……おっほっほっ…ケホッ!喉が…」
監督、芝原ききから絶賛された僕の演技。
映像を確認してみたけど、芝原ききの後ろにはなにも映ってなかった。
怖い…………
「…………今までのシーンに関しては普通だと思ってたけど、中々やるね。君、次の仕事も一緒にどう?」
1人ガクブルしてる僕の横にやってきた芝原ききがそんな風に話しかけてくれた。
え?
劇団「ゴクドウ」の看板女優がこの僕に直々オファー!?
思わぬところで実力を評価された僕は思わず彼女の顔を見--
「…………どうかな?仕事紹介していい?」
『いい?』
「…………」
「…………どうしたの?」
『どうした?』
「……………………」
「…………もう演技はいいよ」
『いいんだよ?』
やっぱり憑いてる……
*******************
『もしもし?神楽です』
「あ、もしもし?小春です…」
『撮影頑張っていますか?あと、自主練は忘れてはいけませんよ?』
「あの師範……」
『む?心拍が乱れていますね?どうしましたか?』
「幽霊の斬り方教えてください」
処監督言ってた。「幽霊なんて居るわけない」って…
でもよく考えたら地獄からハゲの怨念が出てくるくらいなんだから幽霊だって居るよ。
師範は骨原斬ってたし、多分幽霊の斬り方知ってる。だって九尾の狐と戦ったらしいし……
『小春……』
電話口の師範がなんだか感極まった様子で声を震わす。
『ようやく彼岸神楽流の剣を極める気になったのですね?』
「違う」
『分かりました…戻ったら伝授しましょう。我が彼岸神楽流秘奥義「霊幻斬」を--』
「いや違うんですよ師範、戻ったらではなく今!今教えてほし--」
「きゃあああああああっ!!」
その時!現場に絹を裂くような悲鳴がっ!!
何事かと通話をぶち切って声のした方へ駆けていく…しかし僕は後悔する。
その先の光景は--
「おいカメラ止めろ!!」「ヤバいって!!」「早く助けろっ!!」
主人公が役所の職員であるヒロインの愛人と会うシーン……
役場のロケ地、屋外での撮影だったんだけど、突如として悲鳴に塗り潰された現場では愛人役(相仁人)が木の下敷きに…
「と、突然そこの植え込みが倒れてきて…」
あまりにもいきなりの事態で主演の鳴海誠也も呆然としている中、スタッフが大慌てで木をどかし演者を助けに入る。
僕自身も呆然と突然の事故現場を眺めていたんだけど……
--不自然にへし折れた植木…
その折れた根元付近に僕はまた見たんだ…
『--どうして?』
また、あの黒い影を……っ!!
『構ってよ……』
「うっ…うぎゃーーーっ!!」
「おーっほっほっほ!?如何されましたのーーーっ!?」
「こらぁ!!」「こんな時に笑ってんじゃねー!!」
*******************
「幸いな事に彼は大した怪我ではありませんでしたわーーっ!!おーーっほっほっほっほっほっ!!おーーっほっほっほっ!!」
「……君、ちょっと不謹慎じゃない?」
愛人さん役は幸いな事に大怪我にはならなかった。でも事故があったので今日の撮影は早めに切り上げられた。
数日のロケになるのでと現地で宿を取ってたんだけど、この狭い島には宿がひとつしかなかった。ので、必然的にスタッフも演者も同じ民宿に泊まる事になった。
そんな夕食の席で高笑いを連発したものだから城ヶ崎麗子がつまみ出されてしまう事件が……
--本気坂48の城ヶ崎麗子は我が唯一神、日比谷真紀奈と数々共演してる。
もし仲良くなれれば日比谷真紀奈と会えるキッカケになるかもしれない……
「……あれ?城ヶ崎さんどこに行ったんだ?」
そんな下心から民宿をつまみ出された城ヶ崎麗子を追って僕も外に出たんだけど……
……暗い。
街灯なんてろくにない孤島の町は日が沈めば無音の暗闇に落ちる。民宿を出てすぐに伸びる坂道の下にトップアイドルの姿は無かった。
「……雨宮君」
「うんぎゃぁぁあーっ!?」
ば、馬鹿な……っ!?
この彼岸神楽流五段の僕の背後を取るなんて…っ!てか最近後ろを取られすぎじゃないか!?
僕の背中--すなわち命を取ったのは芝原ききだった。
暗闇の中で猫の目のようにスターの瞳が輝いてた。
「……こんな暗い時間に外出たら危ないわよ?お風呂の時間だから行きましょう…」
「お、お風呂……?」
「……お仕事紹介するってお話、詳しく話させて?さ、お風呂に入ろう」
「一緒にですか!?」
「?」
雨宮小春に小さくない春が来た。冬だけど。
いや、僕は日比谷教教祖……しかし、なんだこの胸のざわめきは……
幼子の手を取る芝原きき。
妙齢の女性の体温にこの後の展開を想像し……バカを言うな僕はまだ小学3年生…
嘘を吐くな雨宮小春。お前の精神年齢はとっくに、この状況を理解してるんだろう?
「……檜のお風呂らしいわよ」
「ひのきってなぁに?おねぇちゃん」
「…………木のことだよ?」
「き?おきき?」
「…………急に知能レベル下がった?」
わくわく。どきどき。まさか大人になるより先にお母さん以外の裸を見れるとは……
『--待って』
その時、スーパー幸せタイムに水を差す声が暗闇から……坂の下の方から聞こえてきた。
その声に僕は立ち止まり振り返るけど、芝原ききはどうかしたのか?という反応。
やっぱり僕にしか聞こえてない。
本日何度目かの声が僕の耳に届いた時--
『待ってよ』
僕が立ち止まって振り返った事で芝原ききも振り返っていた。そして僕らは同時に目を暗闇に向かって剥いていたんだ。
真っ暗な坂の下に確かに誰かが居る。
それだけなら城ヶ崎麗子かもしれない。
でも、闇の中に溶けたその人影は明らかに異質なオーラを纏っていて、どう見ても普通じゃなかったんだ……
なにより、今日何度も聞いた声とその不意に現れた人影に僕は確信した。
ただ…………普通じゃなかった。
そう、普通じゃなかったんだ。
『待ちなさいよ』
スパーーーンッ!!
そう、普通じゃない人がそこに立ってた。
真冬の夜に真っ黒なボンテージ着て鞭を持った、明らかに普通じゃない……
SM嬢が立ってたんだから……




