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第30話 こはるんってなに?

 皆さん、幽霊は信じますか?

 僕は信じます。幽霊は信じるし、地獄だって信じてるので、天国もあると思ってます。


 どうも、日比谷教教祖、雨宮小春です。

 恥ずかしながら教祖雨宮、大変にビビっております。

 何故かと言うと……



『……ねぇ』

「ガタガタガタガタ」「ガタガタガタガタ」


 目の前に謎のSM嬢が居るからです。


 --ドラマ『虚空』の撮影が始まって、僕らは東京の隅に置いとかれたような孤島へとやって来てた。

 しかしこの撮影では不可解な現象が連発している。


 例えば東京のテレビ局のスタジオからサッちゃんなる幽霊の声が聞こえたり……

 撮影中に木が倒れたり……

 宿の前の坂道のところに謎のSM嬢が立ってたり……



 宿から叩き出された共演者、城ヶ崎麗子を追いかけて宿を出てみたんだけど、劇団「ゴクドウ」の看板女優、芝原ききにお風呂に誘われたんでさっさと帰ろうとしたその時、僕らの目の前にその人は現れた--


 それは度々僕に声をかけてきた、あの不気味な声と同じ声音を発し、明らかに普通じゃない佇まいで僕らを見つめている。


 どれくらい普通じゃないかと言うと12月の夜に真っ黒テカテカのボンテージ&安っぽい鞭を手にしてた。

 顔は遠いのとなんか棘付きマスクでよく分からない。


 ただ普通の性癖じゃないか、エッチなお風呂屋さんの客引きかなんかなのかなってのは分かる……

 問題なのはその人が幽霊の声にそっくりな声で僕らに呼びかけてる点だ。


 僕の頭の中に過ぎる可能性……

 いやしかし……


「……サ、サッちゃん…?」

「あぁ……」


 頭で否定した瞬間その答えを芝原ききが肯定してしまった。思わず漏れる僕の「思ってたんと違う」の気持ちを込めた声、分かってほしい。


 今回僕らの周りに現れてる幽霊だけど、恐らく過去に芝原ききと共演した「サッちゃん」なる人物…のはずだ。

 僕はね?サッちゃんなんて言うからもっと可愛らしいというか……なんなら同い歳の女の子くらいなんじゃない?って想像してた。


 まさかSM嬢とは思わない。


 そして、とうとう満を持してそのサッちゃんが降臨してしまった。


「……えっと、芝原さん。彼女が例のスタジオで事故死した…サッちゃん?」

「……間違いないよ。そんな馬鹿な…」


 ほんとに馬鹿な。


『……どうして無視するの?』


「あの…サッちゃんって何してる方ですか?」

「…………例の事故の日「教えて!カシマ先生!!」の視聴者からこんな質問が来てた」


 なんか遠い過去を振り返りはじめた芝原きき。そしてそんな僕らの事をただじっと待ってくれるサッちゃん…


「「SMプレイのお店って痛いのが好きな人が行くところだと思うんですけど、プレイで怪我したりしないんですか?」……って質問」

「あぁ……」

「……あの番組はその道のプロを実際にゲストとして招いてカシマ先生と一緒に視聴者の質問に答えてもらう趣旨の番組…そこで呼ばれたのが……」


 カシマ先生というのはその番組のキャラクターだそうです。


「サッちゃん……」


 つまり、SM嬢なんですね?SM嬢の幽霊なんですね?


「……でも、サッちゃんは確かにあの時死んだはず…」

「いやだから、僕顔合わせの時からサッちゃんの声が聞こえてたんですよ…芝原さんに取り憑いてるんじゃないですか?」

「……私、声とか聞こえなかったもん」


 いやいや撮影の時真後ろに居ましたけど?


『こはるん』

「え?今こはるんって言った?こはるんって誰?」

『私の事、気づいてくれたよね?』


 スパーーンッ!!


 あぁやばい!すごい勢いで鞭振ってる!


『どうして無視するの?』

「……呼ばれてるよこはるん」

「あぁ…これ僕に憑いてるんですかね?」

「……そうじゃない?こはるん」


 なんかムカつくなこはるんって…


 ……なんて、呑気にイラついている場合ではないというのを僕はすぐに把握する。

 しかしその時には手遅れだったのかもしれない。


『こはるん!!』


 突然目の前のサッちゃんにノイズが走った気がした。次の瞬間、目の前でサッちゃんが地面に四つん這いになり、ありえない方向に捻れた手足で蜘蛛のように高速で坂を駆け上がってくる。


 その瞬間ダッシュで背を向けて走り出す芝原きき。


『こはるん!女王様とお呼び!!』

「……っ!!」


 途端におぞましい声音に変化したサッちゃんが猛然と迫ってくる!!

 僕には腹を括る時間するなかった。

 ほぼ反射で僕は師範から受け継いだ技の構えに入っていた--


 幽霊に物理攻撃効くのか知らないけど、神楽師範は地獄のハゲの怨念も倒してみせた。

 信じるしかない!彼岸神楽流の力をっ!!


『こはるぅぅぅんっ!!』

「--彼岸神楽流奥義……」


 手の届く距離に迫ったサッちゃんはまさに異形……近づいてきた事により鮮明に視界に映るその姿は「怨念」と呼ぶに相応しい。


 ブリッジの姿勢で手足の関節はねじ曲がり、首はねじ切れたみたいにブラブラしながら真っ赤に染まった顔はこちらを捉えていた。

 端的に表現すると、瀕死の蜘蛛。


 まるで大事故に巻き込まれた直後の亡骸のような恐怖を煽る姿に僕は湧き上がる怖気を噛み殺し拳を放った!!


「……えぇ?あの子、幽霊と戦おうとしてるんだけど…」


「--奥義!!破殺金剛拳はさつこんごうけんッ!!」


 彼岸神楽流奥義、破殺金剛拳とは!

 彼岸神楽流の中でも徒手で屈指の破壊力を誇る必殺の拳!その破壊力は金剛石をも砕くという!彼岸神楽流伝統の「ダイヤモンドの試し割り」で使われる奥義なのである!

 ちなみに彼岸神楽流は資金難なので僕は試し割りでダイヤモンドを使った事はないっ!


 未だ未知数の攻撃をサッちゃんへ放つ!

 本気の奥義が炸裂。彼岸神楽流五段の放つ奥義はサッちゃんの遥か後方まで鋭い衝撃波を飛ばし空気の炸裂音を響かせた!!


「おほーーっ!?」


 ついでになんか坂道の向こうの暗闇から悲鳴が聞こえてきた。


 ……しかし肝心のサッちゃんに実体がなかった。

 師範ならそれでも叩き潰したんだろうけど、生憎まだ未熟な僕の拳はサッちゃんをすり抜け、すれ違い様に体に激痛が走った!


「ぐわーーっ!!」

『女王様とお呼びっ!!』


 スパーーーンッ!!


 肌がひりつくような痛みと派手な破裂音。トリッキーな動きでやたらアグレッシブな幽霊が僕の体を鞭で叩いていく。


「ぐぅぅぅぅっ!!」

「あっ…雨宮くーーんっ!!」


 僕の窮地に確実な安全圏まで退避した芝原ききが安全圏内から叫ぶ。

 そしてその声が宿に届いたみたいだ。


「なんだなんだ?」「何が起きてる?」「今の揺れはなんだ!?」「今、彼岸神楽流の奥義が炸裂した気がしたぞ!?」


『虚空』撮影スタッフがぞろぞろと民宿から出てきたのだ。


『……ちっ!衆人環視のプレイはオプション料金よ』

「逃がすかっ!!」


 何故か退散しようとするサッちゃんへ僕は再び技を放つ。磨いてきた彼岸神楽流をコケにされた恨みを込めて必激の一発を執念で放つ!


「奥義77っ!!毛根死滅剣っ!!」


 手刀から放つ毛根死滅剣。その一撃は僕の気合いと共に空を這い飛ぶ斬撃と化しどこかへ逃げていくサッちゃんの背中に迫る。

 ……が、やはりすり抜けるだけだった…


 ズバッ!!


「おっ!?おほほーーっ!?!?」


 暗闇に消え行くサッちゃんの幽霊に対して手応えはなかったけど、なんか闇の向こうでまた悲鳴が聞こえた気がした。


 ……なんて。そんな事を確認する余力も既に……


「うっ……あっ……」

「雨宮くーーんっ!!」「一体何が起きてる!?」「おいっ!運ぶんだっ!!」


 ドサリ--

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