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第24話 太陽みたいな男の子

 --その日僕は東京に居た…

 車窓の外で流れる街並みの光景は勝手に思い描いてた東京のイメージ程近未来的でもなく当然車は道路を走ってる。交通網が全て空の上で完結する未来はまだ先らしい。

 つまりドラえもんはまだ居ない。


「……ドラえもんとのび太君が出会う未来が待ち遠しいよ」

「何を言ってるんだ?」


 隣で眉根を寄せるのは俺の名前は風見大和bot君。

 今回この雨宮小春が彼と共に東京に降り立ったのは日比谷教の布教活動の為ではない。



 単発ドラマ『虚空』--

 直木賞作家の超大作であるこの原作小説のドラマ化にあたってチョイ役である洋太君を演じる子役を決めるオーディションが行われる。

 そして同じ所属事務所ではあるが僕と、俺の名前は風見大和bot君がエントリーしてる。


 つまり今隣に居るのはライバル…

 この場で潰して(物理的に)おけばライバルが1人減るわけだけど…そんなことをしたらハンドルを握ってる黒蝶から鞭が飛んでくる。


 詳細は省くけどこのオーディションに受かり役を手に入れられなければ僕の芸能人生は終了する。

 つまり、僕は絶対負けられないのだっ!


「……信号が3色しかない…?」

「何を言ってるんだ?」「当たり前じゃない」


 --小春、負けないっ!!





 オーディションってテレビ局でやるんかなって思ったけど貸しスタジオなんだって。


 なんか北桜路市じもととあんまり変わらないなぁなんて思いつつ、ここまで道端にひとつもバロットの屋台が出てないことに違和感を抱きつつ、3色しか信号のない不可解な街に日比谷教教祖が降臨した。


 ……3色しかないのにどうやって交通整理するんだろ…


「KKプロダクションです」

「待ってたぜこらぁ…上で待ってな…」


 変な街だなって思ったけど受付の人は普通でちょっと安心した。


 ここで黒蝶、僕と俺の名前は風見大和bot君に向かって振り返り目線を合わせる。我が子を死地へ送る前の母親のような眼差し…

 知らんけど。母に死地に送られた事ないし。

 まぁつまり……母性のようなものを感じました。武闘派の黒蝶がこんなに優しそうな表情を見せるなんて…


「ここからは2人よ、頑張ってきなさい」

「ふん……」「はい!」



 オーディション会場になる貸しスタジオの前の廊下に並んだ椅子に僕らは座らされる。

 僕らの他にも何人か子役が来てた。中には洋太君役ではないだろう女の子や子役ではない大きな人とかもうろうろしたりしてた。


「……洋太役以外のオーディションも今日みたいだね」

「この中から俺の共演者が決まるわけだ」

「僕のだけどね?」


 こうしてる間にも僕は頭の中で洋太君を何度も構築していく……

 僕のイメージする洋太君…

 原作や台本を読んで作り上げた気弱で心優しく幸薄い洋太君を脳に焼き付けるように何度も何度もイメージする。

 ……洋太君というより、自分の中で洋太君に重なるあの子を……


 ……正直これで何が変わるのか分からないけど教官が大事な事だと言っていた、気がする…


「……」


 そんな僕を俺の名前は風見大和bot君が隣でじっと見つめていた…


 …………なんだろう。気が散るな。もしかして鼻くそでも付いてる?


「どうする…さっきトイレで確認すればよかった……ガタガタガタガタガ」

「あの子急にぶるぶるしてる」「寒いのかな?」


「--では洋太役の人は中に入ってくだちい☆」


 なんて震えてる間にその時が来た…


 雨宮小春、運命を掴み取る戦いへ--


 *******************


「じゃあ順番に座ってくだちい☆」と先程から人をおちょくってる案内役に従い横に並ぶパイプ椅子に腰を下ろすと、おそらくは人生を賭けた就活生すら逃げ出したくなるような異様なオーラが前から……


「それではオーディションを開始します」


 圧迫面接並みの圧力をこちらに向けてくるのは正面に座る大人達…

 その中でも中央に座る軽薄そ…優しそうな、多分30代くらいのお兄さんが音頭を取る。

 ところでなんで室内でサングラスをかけてるんだろう……?


 多分…制作に関わる偉い人達……なんだろうな。


 その中でこの彼岸神楽流五段の小春すらビビり散らかさせる剣豪のようなオーラを放つ男……

 長机の端に陣取ったなんか…一見浮浪者かのような出で立ちの白髪頭の初老のおじさん…


 彼こそこのドラマ『虚空』の原作者、神宮寺天連--

 ネットで『虚空』の事は沢山調べたので、間違いない。怖い…


 …………な、なんだ?この男の放つ圧倒的な強者感は…?これが文豪……?


「ガタガタガタガタ……」

「えーそれじゃあね、洋太役のオーディションを…どした?大丈夫そ?」

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」

「……(なんだコイツ)」「……(コイツには勝ったな)」「……(まだ震えてるよこの子)」「……(雨宮、ついにイカれたか?)」



 --これはオーディションという環境が起こす緊張か?いや違う。地獄のハゲと対峙した時を上回るプレッシャー…

 直木賞というのは相当な実力者(物理的)でなければ取れないらしい……

 この文豪…何者……?


 なんて僕のプレッシャーは置いてけぼりにオーディションが始まってしまった。



まずは一人ずつ簡単な面接みたいなものをさせられて--


「じゃあ一番さん、チェケラ」


 チェ…チェケラ?


「(俺の名前は風見大和bot君…チェケラって業界用語?なんて意味かな?)」「(黙ってろ貴様)」


「--はいっ!白羽しらはねハイルです!よろしくお願いしますっ!!」


 ……っ。白羽ハイル…

 一流の役者を目指す日比谷教教祖でありながらあまりテレビを観ない事で有名な僕でも知ってる。

 なんか…朝ドラに出てた人だ…っ!


 …………こんな有名そうな子でもオーディションでチョイ役なのか。


 …なんてちょっと舐めてた次の瞬間。


 彼が立ち上がった瞬間、なんというのだろう…その場の雰囲気が『呑まれた』ような気がした…

 オーディションなのだから当たり前だけど、皆の視線が彼に集まる。別に見ようと意識した訳ではない僕の視線も…


 無機質な部屋の空気が…彼の周りだけ暖かい色に染まったような……


 長めの髪の毛を後ろでひとつに括った少年の快活な笑みと明るく通る声全てが「俺を見ろ」と言っている…


 まるで太陽みたいな子だ……



 少年はスっと…一瞬スイッチを切り替えるかのように目を閉じた……気がした。

 そして、その目が薄ら開かれた時--



『…………僕は、お母さんのこと好きです』



 まるで空に雲でもかかったように太陽が陰った……


 そこに居たのは、親からの愛情に恵まれない不遇な境遇に産まれた心優しくも気弱な少年だったから……



 当たり前だけど、さっきまでとは別人。

 同じ人間とは思えないほど、さっきまで爛々と輝いていた瞳に悲しみの陰が差していた……


 これが……プロの演技なのか…………



 --この時、彼の演技を前にして僕は『役者』として初めて呼吸をしたかのような…そんな衝撃を受けていた。


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