第25話 風見大和は病んでます
どうも。紫色の信号機を探してる場合じゃない雨宮小春です。概要欄に『日比谷教』公式ホームページのリンク貼っときますので、よろしく。概要欄ってどこ?
さて、思い出したように芸能要素が深くなってきた僕のスターへの道程…ライバル達との熱い戦いがとっくに過ぎた残暑を呼び起こすドラマ『虚空』オーディション……
今まで剣豪としての道を邁進していた小春ですが、そろそろ本格的にデビューしようと思うんです。役者として。
というかこのオーディションに落ちたら僕、養成所退学なんです。
ライバル、俺の名前は風見大和bot君や強者達に混じり、『虚空』洋太君役を賭けて戦います……
……そんな僕ですが、早速自信が揺らいでる。
その理由はオーディション1番手、白羽ハイル君。
朝ドラで『おっかあ!!』とかほざいてツイッターとかでトレンド入りしてた気がするこの同い歳くらいの小僧…
彼の堂に入った演技--本物のプロの芝居を間近で見せつけられ、芸能人としては高速道路でランボルギーニと競走くらいしかしてない僕としては格の差をありありと見せつけられた気分。
そして彼程では無いにしろ、各々の表現力で洋太君を演じるライバル達……
今回のオーディション、幸薄ロクデナシ家庭で育って物語の途中で殺されるかわいそすぎるチョイ役、洋太君を演じるわけだが、渡された台本の台詞は2、3行…
演じるのに時間にして数秒から数分……
短い時間の中に濃縮されたそれぞれの洋太君。
ライバル達の演技を目の当たりにして僕は思う。
それは不思議な感覚……
みな台詞は同じで同じ役を演じてるはずなのに……それぞれが別の洋太君であること。
みな洋太君なのだろうけど…みな別人の洋太君だ。
誰1人として、同じような印象を抱かせる演技をしてない。
みんなそれぞれが、自分だけの演技を--表現力を持ってるんだ。
当然だ。みんなが同じ演技をするならオーディションはいらない。
個々の魅せ方--表情、声質、醸す雰囲気…
そのどれもが別々で、そして僕のイメージする洋太君とはどれも重ならない。
…………お芝居って、ちょっと楽しいかも。
役者さんが違うだけできっと、その作品はまったく別の顔を観せるんだろう。
だから僕らの演技は重要なんだろう。
……僕の持ってる演技ってなんだろう?
能力バトルもの、あるいは超人スポコン漫画にありがちな『俺だけの武器って……』という課題を意識してたら、その時が来た。
「…風見大和です。よろしくお願いします」
ちょっ……ちょっと!名前間違えてるし!?俺の名前は風見大和botでしょ!?
真横で自分の名前を間違える同期生に対して冷や汗を垂らしながらも、凛々しい顔で立つ同期生を見守る。
そして名前を間違えてもオーディション的には問題なさそうだ。誰も気にしてないもん。
--そして、俺の名前は風見大和bot君のスイッチが入った。
ハイル君同様、その瞬間彼の顔が変わったような感覚があった。
場の空気が変わる……
僕は俺の名前は風見大和bot君をじっと見つめていた。
彼の中にある洋太君を--
『僕はお母さんのこと好きです』
目を細め、胸の中にある痛みをこらえるような…そんな表情。
ハイル君の演技の中に見た感情が『悲しみ』なら、俺の名前は風見大和bot君の表現した感情は『苦しみ』…
「家に帰ってこないのに?」
審査役の1人が台詞を投げてくる。
それに対して、僅かに俯くように足下へ視線を落としてから、彼は歪めた眉根を寄せて笑う。
『うん……』
『僕のせいでお母さん大変なんだ。だから…』
『おじさんは?お母さんが好き?』
「……どうしてそんな事を聞くんだい?」
『--だって…』
……これが俺の名前は風見大和bot君のお芝居…
隣から零れてくるような声音を耳にしながら僕は淡々と思った。
…………僕より練習を沢山した彼より僕の方が実力が上だと思い上がるつもりは無い。
だけど……
多分、僕の方が洋太君になりきれる。
……だって、ハイル君と違ってこの洋太君を見てても「助けてあげよう」って思わないんだもの……
*******************
練習通りだった。
確かな感触があった。俺は完璧に洋太を演じられたと思う……
懸念材料は白羽ハイルだが…問題ない。
俺は誰よりもKKプロで練習してきた。役者になるという意思は誰よりも固い…
--風見大和は國園友三郎の息子では無い。俺は役者、風見大和なんだ…
俺の人生は父親の人生の延長じゃないんだ。
だからこんなところで躓いてられねぇ…
小鳥遊夢や雨宮とは違う……
俺には芸能しかない。俺にはこの道しかない。だから俺は誰にも負けないんだ…
「--雨宮小春です。よろしくお願いします」
俺の隣で落ち着いた挨拶から入るこの男に先程までの緊張感は見えない…
吹っ切れたみたいだ。
だが俺はコイツが今日まで何をしてきたのかを知ってるんだ…
雨宮小春--俺と共にKKプロの地獄を潜り抜けてきた男…
しかし奴は自ら俺の歩く道から降りた……
お前には負けない……
逃げたお前らには、俺は--
『……僕はお母さんのこと…好きです』
--俺は負けない。
小春の演技が始まった瞬間、俺の中でこの場で聞こえるはずのない声が聞こえた……
隣に居るのに聴き逃しそうになるほど弱弱しい声…震える声音…
心臓がキュッとするような衝撃があった。
思わず頭が跳ね上がる俺の真横に…“奴”はいた。
『……うん』
うじうじ動いて落ち着きのない見てたらイラつく指先。
焦点の定まらない泳ぎまくる目。
なにかに怯えているように震える唇。
常に泣いてるような湿った視線。
『…僕のせいでお母さん大変ダカラ…ヒィ…』
自嘲気味に薄ら笑いを貼り付け台詞をなぞる隣の男は『“アイツ”が男だったらこんなだろう』ってのを無意識に俺に解らせた。
隣に居る男の--顔がブレる。
「……っ」
『おじさんは……お母さん好きデスカ……?』
--コイツは誰だ?
『……だって…ハァ…ハァ……』
「……?」
『……えと…』
「……雨宮君?」「大丈夫かな?」
ジメジメとした声音で紡がれていた台詞が詰まる。
始まるまで雨宮に見えていたそれは途端に苦しげな呼吸を浅く繰り返し、その様子は目の前の審査員に心底ビビっているかのような……
……そう、いつも見ていた在りし日の小--
『うっ…っ!うぷっ!!』
「っ!?」「っ!?」「っ!?」
『おろろろろろろろっ!!』
………………その瞬間、本格的な冬の始まる前のオーディション会場の空気が一気に凍りついた……
べちゃべちゃと重たい水音と共に床にたれ流される黄土色の吐瀉物を前に全員が息を呑んだ。
てか、止めた。
真横に居た俺も息を止めた。
てか、飛沫が飛んできた。
てか臭い。
てか……
「は?お前なにして……うっ!おぇぇぇっ!!」
『おろろろろろろっ!!』
「うげぇぇぇぇっ!!」
「ぎゃあああっ!?」「まじか!?もらいゲロだぁ!!」「うわぁぁぁっ!!」
*******************
「……オーディションで吐いたんですって?」
帰路に着く車内でハンドルを握る教官、黒蝶が僕に問いかけてくる。
後部座席を占領するのはゲロと共に大量の水分を失った俺の名前は風見大和bot君。僕は助手席に追いやられた。
なんか知らん間に師匠ポジに収まろうとしてるこの教官、彼女の名前が本名なのかをそろそろ確かめたいところです。
「……演技です」
「演技で吐いたの?」
「演技で吐きました」
--僕は小鳥遊夢をそのまま演じた。
僕の中で作り上げた洋太君は、小鳥遊夢そのものだった。救われなかった小鳥遊夢だ。
だから吐きました。
しかし…オーディションで吐いたら失格だろうか?唐突な不安が僕を襲う。
大丈夫でしょ……KKプロのオーディションだって僕、ゲロまみれだったし。
ゲロに始まりゲロの道を駆け上がる芸能人生…こんな登り方で僕は日比谷真紀奈にカッコイイと認めてもらえるんだろうか…?
「……小春君、正直に言ってどうだったかしら?感触は…」
「……べちょべちょでした」
「でしょうね」
街の街頭が等間隔に照らす車内で疲れて眠るあどけない俺の名前は風見大和bot君を見つめて、僕は正直な感触を述べた。
「……俺の名前は風見大和bot君には勝てたと思います。彼は洋太君役には向いてませんから…」
「へぇ……大きく出たわね。彼は既にデビューしたプロだわよ?」
「一見威圧感すらある容姿の俺の名前は風見大和bot君は洋太君みたいな役とは噛み合わないと思います。俺の名前は風見大和bot君の実力がどうというより…僕なら俺の名前は風見大和bot君より僕を取る--」
「お待ちなさい?なに?俺の名前は風見大和bot君って……」
……え?何って?
「俺の名前は風見大和bot君ですが…」
「……?」
「……落ちるとしたら白羽ハイル君に負けてです…」
「……小春君」
その時教官はこちらを見ず、流れていく高速道路の進路をただ見つめたまま僕に言葉をかけた。
「……私はあなたの可能性に期待しているわ。あなたなら白羽ハイルにも負けない役者になれる」
「……じゃあ鼻潰したこと許し「それとこれとは話は別ですけどね(怒)」
…………この人、やっぱり僕の師匠ポジに収まろうとしてる?
虎視眈々と僕を狙う魔手--彼岸神楽師範に迫る師匠ポジ交代の危機。
様々な思惑は大きな歯車の回転に巻き込まれ、この夜空のような闇から迫ってくる。
闇の中でひとつ、大きく輝く一番星をそれでも僕は見逃さず、流れていく景色の中ずっと目で追ってた……
洋太君役は誰になるのか--
僕の師匠ポジは黒蝶か、彼岸神楽か--
この時、僕の運命はまだまだ遠くで見えはしない。
ただ、あの一番星を目指して……




