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第20話 デビュー戦

 教官の鼻をへし折って怒りを買ってしまった雨宮小春は養成所でのお稽古を続ける為に教官の提示した試練に臨む事になる!

 ようやく芸能界を目指すっぽくなってきたっ!


 どうも、地獄のハゲの怨念を倒した日比谷教教祖、雨宮小春です。



 --誰もが逃げ出す程過酷な撮影現場があるらしい。


 実にひと月ぶりくらいに養成所に来た僕を待っていたのはいきなりブランクを抱えた僕に現実を突きつけてくるような前フリであった。

 しかし逃げる訳にはいかない。

 この仕事をやりきらないと退学になる。

 何よりこれは僕のデビュー戦ではないか。


 レッスン期間中でもテレビデビュー出来ますよ〜とは入所時に聞いていた…

 しかし、いざ自分がカメラの前に立つとなると、移動中の車の中で早くも心臓が緊張で絞め上がってく。


「ガタガタガタガタガタ」「し…死にたくない…」「どうして私なの…?ママァ……」


 同乗した子役達は別の意味で心臓が絞め上がった。


 ……余程過酷な現場らしい…


 しかし、負けない。

 僕は彼岸神楽流五段、雨宮小春…奥義伝承で生皮を剥がれても耐えた男である。


 やり遂げてみせる。

 そして日比谷真希奈の場所まで一気に駆け上がる…


 ようやく始まった!僕の芸能人生!!


 *******************


「まぁ小春…とうとうデビューなの?」

「うん…お母さん……今まで心配かけたけど、僕やるよ……」

「ギャラはしっかり家に入れるのよ?全部とは言わないわ…ただし半分は貰うわよ?」

「……」

「それで?いくら位貰えるの?」

「えっとね、大体1万くらいって言ってたよ」

「そう、じゃあ5000円ね。チッ…」

「なんの舌打ち?お母さん……」

「で?なんの仕事?」

「CM撮影、なんかシューズのCMだって。知ってる?『爆速』っていう速く走れるシューズなんだって……」

「え?あの速水莉央はやみりおより速くなれるって話題の?」

「うん」


 速水莉央とは今オリンピック最有力候補の陸上選手である。お父さんの読んでたスポーツ新聞に「可愛すぎる陸上選手」って載ってた。

 が、日比谷真希奈に比べたらタニシみたいなものである。


「頑張るのよ、小春」

「うん!」



 --お母さん、僕頑張る。


「到達でーす。みんな車から降りてねー」


 ドライバーさんが急ブレーキ踏んだから子役が1人フロントガラスを突き破って道路に叩きつけられた。

 皆が驚いたろう……そのはずだ。車が停まったのはまず普通なら停車なんてしない場所。

 しかしここが今日の撮影現場なのである。


 普通デビューしたての新人役者なんかは現場までの移動は自腹各自なんてこと珍しくない。子役でも例外ではないようだけど、今回は撮影現場の都合で送迎付き。


 なんせ今日の現場は高速道路のど真ん中だから。


 10月の秋晴れの空の下、高速道路のど真ん中で既にスタンバっているスタッフさん達……反対車線を時速100キロで車がビュンビュン走り抜けていく…恐ろしい光景である。


「雨宮小春君、太田賢吾く--」


 ドゴォォッ!!


 不用意に車線を跨いだスタッフさんが車に撥ねられた。

 なるほど……恐ろしい現場だっ!


「--よろしくお願いします!!」


 --小春、逃げないっ!!



 ……CM撮影って数時間で撮影が終わったりするらしいです。この撮影の為に学校休んだ僕としては速攻で終わらせて速攻お昼ご飯を食べにおうちに帰りたいです。

 そう、あの流れ行く車達のように…


「ディレクター、演者さん揃いました」

「おう」


 スタッフさんに呼ばれて飛び出たのは危うく猿川急便に轢き殺されかける三十路くらいのおじさん。

 ディレクターと呼ばれてるので多分、この現場のドンである。


「……藤嶺ふじみねディレクターだよ」

「……何者?」


 解説を交えてくれるこの子に対しての問いかけである。


「業界じゃこだわりが強すぎるって有名な人なんだ。別名役者殺し…彼の要求するハードな演出で幾人もの演者が死んでる……」

「幾人って?」

「…………幾人は幾人さ」

「ピクミンじゃないのよ?」


 ピクミンではないらしい。そして僕らも無名の子役とはいえピクミンでは無い。引っこ抜かれて叩かれて食べられたらたまらない。


 なるほど……あの凶暴な養成所の教官達が過酷と評するだけはある。きっとこのぶっ飛んだ撮影場所も彼のこだわりの一つということだ。



 さて。撮影前の確認だ。

 驚いたことに使用許可を取っていないこの高速道路で撮るのは今回の商品『爆速、ソニック2』のCM撮影。


 ビュンビュン走る車達と爆速を履いた僕らが和気あいあいと競走する……という画をディレクターはご所望である。


「無論、君らには車に勝ってもらわなければならない。シューズの性能をアピールするCMで負けててはお話にならないからな…」


 なるほど、過酷だ。

 CGで良いのでは?


「リハはなしだ。速そうな車が来たら並走する。それを抜く…それが君らの仕事だ」

「ガタガタガタガタガタ」「……ひぃ」「知ってる?この現場でもう18人も潰されたって…」


「……質問いいですか?」

「何かな?」


 雨宮小春。藤ナントカさんに挙手。


「実際に『爆速』履いて走るんですよね?」

「当たり前だ」

「『爆速』には車に勝てる性能が……?」

「そんなことは俺は知らん。『爆速』の会社に訊け」


 奥で撮影現場を見守ってた『爆速』開発責任者の田口さんに伺います。


「いやぁ……子供用に作ってるのでそこまでの性能は……」


 だそうです。

 つまり自力で車に勝てと…

 なるほど過酷だ……


 …………そして奥の反対車線で行き交う車をものともせずにストレッチを行ってるこの方…

 共演者。陸上400メートルオリンピック代表、細川そほかわはや。

 腰まで届きそうなポニーテールは大会前には切断することで有名な日本陸上の星である。



「細川さんを手前に…そう。で、子供達が斜め前に向かって横並びで…細川さん側から見て子供達が被らないようにさ……」


 リハ無しといえど本番撮影前に入念な調整が入る。スタッフさん達の指示に従って指定されたスタートラインにてクラウチングスタートで待機。

 僕は細川はやの真横である。

 そして来るべきスタートの時を待つのだ…


「並走する車はスーパーカーがいいな…ランボルギーニとか…」


 と、ディレクターから指示。

 つまりランボルギーニが通過するまでこの体勢で待機だ……


「…チッ、こんな撮影受けるんじゃなかったわ…これで何回目の撮り直しよ……やっぱりガキ共の足じゃ私のスピードには着いてこれない…」


 そして陸上の星は口が悪かった。


「じゃあ、そのままの体勢でスタンバイお願いしまーす」


 いつ来るかも分からないランボルギーニに備えてクラウチングスタートで待機。そろそろ腰がへし折れそうだな……


 ……なんて考える暇もなくその時は訪れた。



 --ブォォォォォォンッ!!パツパツッ!!


 反対車線からパツパツ言わせて白いボディが時速100キロで突っ込んできた!!


「ディレクター!アヴェンタドールです!」

「よーい……アァクションッ!!」


 くしゃみではない。撮影開始の合図だ。

 そんな声を聞いて体が備えたその時には--


 僕の横を一陣の疾風が走り抜けていた。

 それはまさに風…こちらがスタートダッシュを切ろうとするその瞬間にはもう彼女--細川はやの後ろ姿は視界の遥か先へ……

 そしてアヴェンタドール。流石のスピード。V型12気筒は伊達ではない。


 子役達がポカンとしながらアヴェさんと並走する細川はやを眺めていたら「カァァァァットッ!!!!」とディレクターが怒鳴った。

 決して痰を吐き出した訳ではない。



「…舐めてんのか?」


 息を切らして帰ってくる細川はや。

 このアヴェさんを逃がすまいといきなり前に飛び出して捕まえるスタッフ。

 そして僕らに強烈なプレッシャーを浴びせてくるディレクター。


「『爆速』履いてるお前らがこの画の主役だろうが?なに置き去りにされてんだ?あ?」


 そんなこと僕らに言われても……


「そんなこと僕らに言われても……なんだ?言ってみろ」


 思考が読めるのか。まずい。


「なにがまずい」


 茶番はここまでだ。


「お前らが細川はやと楽しそうに走ってランボルギーニを抜き去るのを俺はイメージしてんの。分かる?」

「ガタガタガタガタガタ」「ごめんなさい…」「きついです」

「てめぇら業界干されてぇの?」


 なんということだ…このディレクター、僕らの役者人生を握ってるというのか?


「ランボル姉貴現場入でーす!!」

「ギャラは弾んでよ?ギャラは」


 スタッフさんが新たな演者『ランボル姉貴』を連れてきた。

 ちなみにランボルギーニは「わ」ナンバーだったので間違いなくレンタカーである。


「はぁ……はぁ……ディレクター…私もうこんな仕事嫌です、降ります」


「おいおい…」「細川はやがまた始めたぜ…」「めんどくせぇんだ。この人がへそ曲げると……」


 ディレクターに詰め寄るのはアヴェさんと一戦交えたばかりの細川はや。汗だくである。


「細川さん……契約ってもんがあるからさ…困るよ」

「そもそもこの私をこんなガキと走らせて…無理があるんです。ランボルギーニはいいですよ?でも、私と走って着いてこれるガキがこの中に居るとでも?」


 ランボルギーニの方が着いてけねーわ…と言いたいところだが、この人さっきランボルギーニと並走してた。


「え?私のギャラ、たい焼き3個……?」


 ごねる細川。

 ごねるランボル姉貴。


「もう降ります。お疲れ様でした」

「おいおい!ちょっ……」


 ……まずい。

 この仕事には僕の芸能人生がかかってるんだ。こだわりの強いらしいディレクター、細川はやが降りたら撮らないとか言い出したら……


 僕は子供みたいに拗ねる細川はやを見る。

 彼女の目にあるのはプライド……

 なんで私がこんな足の遅い子供達とカメラの前で走らされなきゃ…--そんな走ることに対する圧倒的プライドである。


 間違いない。彼女の目は小一の図工の時間に紙粘土でサメ作ってたのに「それ、イルカ?」って訊かれた時の黛君の目と同じだ…


 あの日の黛君が彼女の目と言動から滲み出てた。

 ので……


「そんなっ!僕らに勝てないからって逃げないでくださいっ!!」

「………………あ?」


 声を張り上げた僕に返ってきたのは「ぶち殺すぞ?」と言わんばかりの殺気…


「この撮影……呼ばれた子役はいずれも世界陸上の原石も狙えるって言われる瞬足の子役達ですけど……」

「え?(心の声)」「は?(心の声)」「あれ?(心の声)」「誰が?(心の声)」

「でもこれは世界大会でもなんでもないので速さで負けてもなんにも恥ずかしくなんてないんですっ!!」


 集まる「何言ってんだこのガキ」って視線…


「…………いや、あんたら私がより遅かったじゃん、今…私がスタートしても--」

「え?細川はやより速いとまずいかなって理由でみんなわざと遅れただけですけど…あれ?もしかして手心加えられた事に気づいてない…?」

「舐めた口利いてんじゃないわよクソガキ!!その言葉が本当か!走りで証明してもらおうじゃないのよっ!!(激怒)」

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