異世界86日目 6月25日(火) ②決戦! 牧場VSアンノウン
アメリアちゃんとソフィちゃんが異変を感じたのと時を同じく、アレクとナーシャさんも同時に動いていた。怯えるアメリアちゃん抱えたルーミィが俺の元へと駆け寄った次の瞬間には、オープンテラスに居る筈の二人がいきなり俺の目の前に現われた。
「ナーシャ!!」
「はい!!」
アレクがナーシャさんを呼ぶ声と共にその手元に魔方陣らしきものが現れた。その中に手を入れる素振りを見せると流しそうめんで活躍した聖剣が魔方陣から抜き出された。
ナーシャさんの転移魔法の応用的なものだろうか、あの魔方陣の先は聖剣の保管所である事は間違いなさそうだ。
アレクは剣を抜き取ると目にも止まらぬ速さで構えた。そんな姿を眺めていると、急に視界が黄色く色付いた。原因は俺達の周りにドーム状の光の壁が出来上がったからだ。
「いいですか! 絶対にそこから出てはいけませんからね!!」
口調こそ変わっていないが、こちらも向かずにいつも優しいアレクとは思えない大きな声で言葉を投げ放たれた。その横にはいつの間にか取り出した神秘的な杖を握ったナーシャさんも構えている。
二人に寸分の余裕も無い事が簡単に伺える……嘘でしょう? そんな相手なんですか……。
緊迫した空気は秒単位で濃くなっていき、次第に息苦しさすら感じるほどになってきた。
「せんせ~……こわい……」
「……危険」
「だ、大丈夫だよ、アレクさん達が居るから……」
怖がるアメリアちゃんを抱きしめているルーミィを見て少し安心した。自分も震えているがそれでもアメリアちゃんを守る為に体を張ってくれている……そう出来るものじゃない。
俺も足にしがみついているソフィちゃんに少しでも不安を取り除くべく、強く肩を引き寄せ密着させた。幸い、神ブックは今回はしっかり装備している。いつでも神力が使える状態だ、作っておいて良かった……ブックホルスター。
緊迫した空気が極限まで高まったかと思った瞬間、空間が割れたかと思うとその中から人が現れた。魔方陣らしきものもなく、まさに虚空から現われた。
その容姿は金色の長い髪をなびかせ、透き通る様な白い肌に尖った耳が特徴的な顔立ちであり、一見女性に見間違えてしまう程の美しい男性であった。そして何よりその瞳の色に吸い込まれそうになる。緑、いや、碧色に……。
あれは……エルフ? じゃないのかな。
「ほう、聖なる力を持つ勇者と賢者であるか」
「何者ですか? エルフ族の方とお見受けいたしますが」
エルフと知っていながらも構えを解かないアレク。それは向こうに危害を加える気があるという証拠でもある。
「……おぬしらに用は無い」
「それならばお引き取りお願いしたいのですが?」
間髪入れずナーシャさんが口を挟んだ。一触即発の空気が漂うと金髪エルフさんは俺の方を見て指差して来た。
「そういう訳にもいかん。そこの者に用があるのだ」
まさかのご指名を頂いた……あの、俺、ただのおっさんですよ? あ、神ブック持ってるわ……狙いは、これか!?
「なら、尚更通す訳には行きませんね!」
アレクが聖剣の切っ先をイケメンエルフに向けて威嚇している……頑張って! 元勇者様!
「邪魔だ」
イケメンエルフが喋るのと同時に指を一つ弾いた。たった、それだけ。たったそれだけでアレクが持つ聖剣は光を失い、灰となり風に流れて消え去ってしまった。
「それも邪魔だ」
再び指を弾くとナーシャさんが作り出してくれた光の壁は、ガラスが割れたかの様な澄んだ音を立てて砕け散り、消えてしまった。
いきなり攻撃と防御を無力化してきた……一瞬の出来事であった……これは、まずい、神ブックを!
「止めておけ、その程度の神の力ではどうにもならんぞ?」
……見透かされていた。
「そろそろ諦めてもらおうか」
アレクとナーシャさんの足元から突如光の檻が現れ、反応する間も無く、二人は拘束されてしまった。ノーモーションでの魔法……だまし打ちは卑怯だぞ!?
「おぬしらに出しゃばられると面倒だ、その中で見ているが良い」
アレクは必死の形相で檻を破壊しようとしているが檻はビクともしていない……あのアレクが手も足も出ない!? 嘘でしょ!? ん、ちょっと待って、何? その手の平にある小さな球状の光! めっちゃスパークしてるんですけど!
「な、なんて魔力……あんなのが放たれたらこの村なんて一瞬で……」
「済まないがこれ以下の威力の魔法は使えない。これで最弱だ」
ナーシャさん、驚愕の情報ありがとうございます……ちょっと! そこのイケメンエルフ! 何て事をしようとしてるんだ!! そんな物騒な威力で最弱だって?
それに何処かで聞いた事あるぞ! そんな台詞!
落ち着け、あのイケメンエルフの狙いは俺、いや、神ブックだ。確かに試練達成の暁にはどんな願いでも叶う。
これはアメリアのパパさんであるカリムさんも危惧していたぐらいだ。でもね、他の願いを叶えると俺、消滅一直線になるから! 絶対しませんから!
ま、待てよ、それはあくまで俺の事情であり、世界を征服される事を恐れて今の内に俺を消しに来たと言う線も……。イケメンエルフさん! それなら俺はそんな野望持ってませんから! まっすぐ元の世界に帰りますから!
そんな風に交渉してもダメだろうな……完全に殺る気で来ているし、その方が憂いが無くなるのだろう……。アレク達が敵わない相手に俺が勝てる訳が無い。ならば取る方法は一つ。
――ここに居る俺以外の人を逃がす。
あのイケメンエルフが狙っているのは俺であり、ここに居る人達では無い。俺のせいで巻き添えをくって命を奪われるような事などあってはならない。
「ルーミィ、今からここにいる人全員を神力で園に移動させます。後は……お任せしますね」
「ダ、ダメだよ! 和也も一緒に――」
「それでは意味がありません。彼の狙いは私のようですから……」
時間が無い、俺も死にたくないが……早く説得しなければここに居る人どころか村の方が全員死ぬ……。
「ダメ! あの魔法はとても危険! カズヤ先生死んじゃう!」
意外であった、ルーミィからの返答よりも早くソフィちゃんが答えた。しかしあのいつも冷静なソフィちゃんがこんなにも感情的になるとは。ルーミィも少し驚いているようだ。
ソフィちゃん、ご忠告ありがとう。俺も生きていられる自信なんてこれっぽっちもないよ、簡単に死んじゃうでしょうね……でも。
「アメリアちゃんとソフィちゃんを任せましたよ。私達は先生です、子供達は何としても守らなければなりません。……ルーミィ先生、お願いします」
足にしがみついていたソフィちゃんを優しく引き離し、ルーミィの方に向かって小さな背中を押した。
「いや! カズヤ先生居なくなるのいや! いやあぁ!!」
叫びながらこちらに戻ろうとするがルーミィが後ろから手を伸ばして引き留めてくれた。その傍らではアメリアちゃんも震えており、尻尾がピンと伸びきり硬直し、恐怖を感じているのが分かる。
「うぅ……和也ぁ、私もヤダよぉ……」
泣きながらもしっかりとその両手は園児達を力強く掴んでいる。すっかり先生が板に付いてきたようだ。これなら安心して任せられますよ……。
上司さん……ルーミィはちゃんと再研修で成長してましたよ。俺、死んじゃいますけどせめて合格にしてあげて下さい。
「別れは済んだか?」
「ええ、ですがその物騒な威力の魔法はいかがなものかと。ちんけなおっさん一人殺す程度ならそれ程の物使わなくてもいいですよ?」
「そうだな、直接お主にぶつければ被害は最小限に留まるだろう。我とて無駄な破壊はしたくない」
イケメンエルフはすぐ近くまで迫って来ており、スパークする光の球をこちらに向けている。なんとか村の崩壊は免れたとしても牧場一帯は吹っ飛ぶ可能性もある。
手遅れになる前に皆を神力で移動させ――
「これはまた珍客じゃのう」
緊張感の無いまったりとした口調が聞こえた。いつの間にか俺の隣におじいさんが居たのだ。そしてイケメンエルフと同じように指を弾く仕草をすると、光の球は小さく音を立てて虚空に消えた。
魔王様! そうだ、この牧場には魔王様が居たんだ! でも、アレクでも敵わない相手だし……やっぱり逃げて下さい!
あ、逃がすのは俺の仕事だったわ……。
「随分と老けたものだな、魔王を束ねる漆黒の王、暗黒魔王よ」
「おぬしは変わらんのお、全てを司る世界記憶」
なんかお知り合いのようですが、おじいさん、お名前はナイトメアって言うんですね。しかも魔王のトップだったんですね。魔王って結構な数の方が居るんだ……。
魔王なのに王様という矛盾はこれいかに……後、そこのイケメンエルフさんはアカシックレコードですって? 全知全能系ですか?
「どうやら先に貴様を倒す必要があるようだな」
イケメンエルフが初めて構えを取った。アレクと対峙しても取らなかったのに……おじいさんってアレク越えなの!?
「ほっほ、そうなるのう」
おじいさんの手には禍々しい杖が握られていた。いつの間に……あれ、なんだろう、あの杖を見ているとなんだか体の力が抜けて行くというか吸い込まれて行くというか……。
「カズヤさん、あまりこの杖を見ん方がいい。あちらの世界に引きずられてしまうでな」
あっぶねえぇぇ! マジで魂的な物が吸われる感じだったよ!? 怖いわっ! 物騒過ぎる! アレクの聖剣が可愛らしく見えちゃうわ! 灰になっちゃたけど……。
えっと、俺たちは牧場にアイスクリームを作りに来ただけなんです。異世界の頂上決戦を見たいと言った覚えは一切ございません!
「いくぞい!」
「ああ、かかって来るがよい!」
やはり神ブックでおじいさんも含めて園に移動させる! 運動場のイメージ、転移させるイメージ……ルーミィ、ごめん……さくら保育園は任せ――
「いつまでやってるんですか!」
「調子に乗り過ぎですぅ~!」
突然おばあさんと女性のエルフさんが現れ、今まさに衝突するであろう二人の頭に白い物を叩きつけるや軽快な音を牧場に響かせた。
あれ、知ってる。ハリセンだ。返して……俺の寿命と決意を。危うく神力発動させちゃうところだったじゃないですか……。




