異世界83日目 6月22日(土) ⑩サマーフェス ~ルーミィ、遂に捕獲される~
ランタンの暖色の明かりが上下に揺れ、足元を照らしている。村から走り続けてきたが、激しい息切れに耐え切れず、遂に足を止めてしまったのだ。
やば……完全に見失っちゃったぞ……。
自慢では無いが体力には自信が無い。イリアさんとのやりとりで出遅れてしまった上、相手は十七歳、こちらはおっさん。まあ、こうなるわな。
しかし濃密な時間であった……もう何が本当で嘘か分からない、ああ、心の5Sを実施したい……。
ルーミィさんが走り去ったであろう方向を辿り、今は村と園とを結ぶ道の中間地点である川まで来たのだが、人の気配を感じる事は出来ない。この様子だともう園に戻ってしまった可能性もある。
周りを見渡してみるものの、小さな明かり一つ感じない。恐らくルーミィさんは明かりも持たずに飛び出したのだろう。
幸い月明かりはあるおかげで必要最低限の明るさはあるものの、誤って川に落ちたりはしていないだろうか……大丈夫だと思うが万が一という事もある。一応川の方も見ておくか。
川べりまで来てみたものの、人影は無く、川のせせらぎが聞こえるのみであった。まあ、良かったと思っておこう。となるとやはり園に戻って……。
振り返り、元来た道を戻ろうとした時、川にかかる橋の下に淡く光る桜色が見えた。遠目ではあるか確か淡くに光っている。
成程……そこに隠れてましたか。
「探しましたよ? ルーミィさん」
ランタンの優しい光が桜色の持ち主を照らした。その姿は膝を抱え座り込んでおり、急にかけられた声に驚いたのだろう、一瞬、体を震わし手首で涙を拭う仕草をした後、こちらに視線を向けてきた。ずっと泣いていたようで、その目の周辺が腫れぼったくなっている。
「……見つかっちゃった」
怒ってはいない、どちらかと言うと悲しんでいる表情である。
「その髪留めのおかげです。その光が目に入って」
ルーミィさんは髪留めに触れると少し笑みが浮かんだように見えたが、すぐに沈んだ表情へとすり替わった。
「そっか……。イ、イリアさんとは、ど、どうなっ――」
そこまで言って心の堰が決壊してしまったのだろう。言葉は続かず瞳から涙だけが溢れ出してきた。
しばらく無言の時間が流れ、気持ちを持ち直したのだろう、ルーミィさんは言葉を続けてくれた。
「……私、知ってたんだ。イリアさんがカズヤの事を気にしているの」
思い当たる節がある。『イリアさんを見てはいけない令』が代表的なものだが、異常とも言えるほとイリアさんに対して固執してたもんな。
「フラムからも忠告されてて……取られちゃうかもって。だから私勇気を出そうとしたの……でも恥ずかしくて逃げ出しちゃった。その間に、私がもたもたしてたから……遂に取られちゃった……」
ギルドでフラムさんとしていた内緒話はそれだったのか。本当に恋愛事が好きな子だ……。しかし女神様にそこまで言わすおっさんって……。
ただの一般ピーポーですよ? 女神様と釣り合う存在じゃないんですけど。
「私が居なくなった後、キス……したよね」
しました。いや、されましたかな? 頬にですが。
これ、言うのが正解なのか? 言わないのが正解なのか? ダメだ。そもそも俺は恋愛経験が全く無いのでどちらが正解かなんて分かる筈も無い。
この修羅場、レベル1で魔王と対峙するぐらいの状況と言っても過言では無い。まあ、魔王は牧場に居て何度もリアルに対峙してるけどね。
主に牧場の事やそこで出来る加工品についてだが……。決して世界の半分を譲る代わりに部下になれ。なんて交渉はされてない。
ええい、邪念が! こうなったらあれこれ考えても仕方無い! 正直に答えよう、正直者は救われる! と、信じたい!
「ええ、されました。頬に」
ルーミィさんが跳ねるように震え、一気に瞳に涙が溜まり出した。口はへの字になっている……だがもう後には引けない。包み隠さずに伝えよう。
「そして、イリアさんの思いも伝えられました」
「だ、だったら、は、早くイリアさんの所に戻らないとね……わ、私に構ってないでさ……」
必死に感情を殺しているのが手に取るように分かる。半ばやけくそなんだと思う。
「でも私はそのイリアさんに言われてルーミィさんを探しに来ました。もちろん、私の意思としても。それとイリアさんはルーミィさんをしっかり捕まえろと言っていましたよ?」
どうだ! 正直に伝えたぞ! 『ぐずぐずしてるといただく』と言うくだりは流石に伏せたけど。おっさんがまるで調子に乗ってると誤解されかねない。
一部隠ぺいしたものの、事の内容を話したところ、喜んでいるような、でも悲しんでいるような複雑表情を浮かべていた。とっても器用である。おっさんにはそんな難易度の高い表情は作れませんよ?
も、もしかして正直に話すのは不正解だったのか!? リップセレクト、ミスってました?
「……キスされたのどっちの頬?」
うん? 確か左だったような気がする……多分。あんまり覚えてない、だってあの時は錯乱状態だったし。
少し首を傾け、無意識にキスされたであろう左頬に手を当てた時、ルーミィさんがいきなり立ち上がり背伸びをして右頬に唇を当ててきた。
何? もうやめてよ……おっさんの精神ゲージはとっくにゼロなの。こんな短期間で急にいろいろあり過ぎです。完全にキャパオーバーだよ? 下手しい死んじゃうよ?
「これで……イリアさんとおあいこ……」
おあいこって……なんの勝負してるんですか……ここはギャルゲーじゃなくて乙女ゲーの世界だったんですか? じつは俺が攻略対象だったの?
しかし、美女と美少女からキスを頂くなんて……まさかこんな日が来ようとは。
戸惑いながらも浮かれている所にふと脳裏に冷たい思考がよぎった。
待てよ……俺は三年以内に神ポイントを貯めなければ消滅する。そして無事貯まった際には元の世界に帰る事となり、ルーミィさんの再研修も終了となる。
どちらにしてルーミィさんやイリアさんとは三年、いやもう三年弱しか一緒には居れない。
仮にどちらかと恋愛する事によって仲を深めたとしても、時が二人を引き離す事は決まっている。それはお互いに未練が残る羽目にしかならないのではないんじゃないか?
二人からの好意は神ポイントの試練達成、もしくは最悪の場合、消滅の期間がくれば全て置いていく事になる。
それらから導き出される結論、そして取るべき行動はただ一つ……。
俺はこの世界で恋愛をしてはいけない。
そうでなければ自分、そして相手を傷付けてしまうだけだ……それって酷くない? 俺、恋愛がしたくて異世界行きを願ったんだけど……。
「め、迷惑……だよね。その、ごめんなさい……」
あ、違う違う! 相当難しい顔をしていたのだろう。変な誤解を招いてしまったようだ。
「す、すみません! 少し別の事を考えてしまっていて。迷惑ではありませんよ」
「べ、別……やっぱりイリアさんの事ぉ……」
いかん! また泣き出しそうな顔になってる! そっちじゃないから、俺の人生について考えていたんです!
それに俺も今は泣きたい気分です……だって美女と美少女に好意持たれているのにお預けですよ?
でもこれ以上心配をかける訳にはいかない。とりあえず、この問題は改めて考えるとして、まずはこの場を収めなければ。
「いえ、違いますよ。ほら、もう泣かないで下さい」
そっとルーミィさんの頭を撫でた。柔らかく、流れるような髪の感触が手の平に伝わった。
しまった……。いつも園児達を褒めたりあやしたりする習慣が身に付いてしまっていて、自然と触れてしまった。
「あ、あの、違うんです! セクハラじゃないです! これは職業病の一種で! ほら飲食店で働いていると普段の生活でも咄嗟に『いらしゃいませ~』と言ってしまうのと同じで!」
急いで頭から手を離し、必死に弁解をしているとルーミィさんは満面の笑みを向けてきた。もう、反則ですよ、そんな顔するの……。
「さ、さあ。サマーフェスはまだまだこれからですよ? 村へ戻りましょうルーミィさん」
恥ずかしさも重なり背を向けて暗闇にランタンを向けようとしたところ、急に光源がブレた。
「……さんはもういらない。ルーミィって呼んで……」
理由は急にルーミィさんが俺のシャツの端を掴んだ為であった。少し頬を膨らました顔でとんでもない事をリクエストされた。
こんなシュチエーション……あるのか!? 現実に起こりえても良い事なのか!?
と、取り乱してしまった……と、ともかく女性を呼び捨てなんぞ今まで一度した事ないんですよ!? 今のままでいいじゃなないですか!?
「で、ですが、ルーミィさん――」
「ルーミィ。ねえ、お願い……」
シャツの端を持ったまま潤った瞳を一直線に投げかけてきた……はい、それも反則ね。そんな胸キュンな事言ったりされたりしたら拒否なんて出来無いじゃないですかぁ……。
「はぁ……分かりました。じゃあ、行きますよ? ル、ルーミィ……」
「うん!」
いつもの女神様スマイルだ。それにしても恥ずかしい……まあ、とりあえずは一件落着だ。フラムさんも心配しているだろうからギルドのブースに戻らないと。
もう園に戻って寝たいのが本音だけど……。




