異世界26日目 4月26日(金) 名探偵、和也
ケモミミは力無く倒れ、尻尾は垂れ下がり、黄色い瞳には涙が溢れており、既に流れ落ちた跡がある。アメリアちゃんの今の状態だ。
昨晩、絶好調などと浮かれていた矢先の出来事だった。あの元気ハツラツのアメリアちゃんにまさかの元気が枯渇しているのである。そんな姿を見ているソフィちゃんも心配している様子だ。
登園時も午前中も昼食の時も元気だった。午後しばらくしてからこの調子になっていたのだ。
ルーミィさんに聞くとやはり急に元気が無くなってしまったらしい。一体何があったんだ? 俺が昼食の片付けをしている僅かの間に……。
考えていても仕方が無い、本人に聞くしかないな。
「アメリアちゃん、どうしたの? 気分悪い? どこか体が痛い?」
アメリアちゃんは下を向きながら目も合わせず首を横に振ったが、小さなその手は堅く握りしめられてた。おそらくルーミィさんも同じような事を聞いてくれたであろうが、一応念の為に聞いてみたのだがやはり違うようだ。
「じゃあソフィちゃんと喧嘩しちゃった?」
下を向いたまま首を横に振られた。しかし、同じ素振りではあるが、先ほどより強く否定するように少し早めに首を振っていた。どうやらこれも違うらしい。
体調不良でも喧嘩でもない、一体何だろうか。まさかホームシックか? いやいや、それも考え辛い。アメリアちゃんは毎日保育園に来るのが楽しみと言っている。
こうなれば一番近くに居たソフィちゃんに聞いてみるしか無いな。
「ソフィちゃん、アメリアちゃんの元気が無いんだけど何か分からないかな?」
「……人化の事、聞かれた……その後、元気無くなった……ソフィがぁ……悪い事……ヒグっ……したかも……知れない」
細々とお話してくれるのだが、だんだん声が擦れて……いかん! ソフィちゃんまで泣きそうになってしまった!
俺もルーミィさんもどうしたらいいのか分からず、ただただ焦っている。今更であるが俺は保育士でも何でもないし、ルーミィさんに至っては神なのだ。子供の心理状態を理解する知識は持ち合わせていない。
「ソフィはわるくないの! わるいのはアメリアなのっ、アメリアがぁ……」
強く手を握りしめながらアメリアちゃんは遂に涙をこぼし出してしまった。ソフィちゃんもそれにつられるかのように両手で目を拭ってしまった。
完全なる修羅場……絶好調などと浮かれていた昨日の俺にドロップキックをお見舞いしてやりたい。
アメリアちゃんの言いたい事が何なのか全く分からない……ええい、保育知識が無い事は初めから分かっていた事だ! だがこっちはおっさんだ! 人生経験では一日の長がある! 考えろ、考えるんだ俺……!
元気がなくなった原因……人化についてアメリアちゃんがソフィちゃんに訊ねた。今はこれだけしか分かっていない。もう少し……もう少し情報が欲しい。
「そっか、ソフィちゃんは悪くないんだね。カズヤ先生、ちゃんと分かったからね。それと人化がどうかしたのかな?」
ソフィちゃんのフォローも含めた質問だ。これでソフィちゃんも少しは落ち着くだろう。
「ソフィは……ひっく……耳とかしっぽとかない……ひっく……アメリアはあるの……ひぐぅ」
嗚咽を混ぜながらも質問に答えてくれた。ここで新たなキーワードが出てきた。耳と尻尾の有無か。うん? そういえば確かにソフィちゃんは人化してても尻尾とか無いな。ドラゴンにも当然尻尾はある。つい先日、生で見た所だし。
アメリアちゃんの目線に合わせ、更に体勢を低くし、倒れたケモミミを撫でてあげながら一度情報を整理した。
人化、耳と尻尾が無いソフィちゃん……そう言えば白銀狼夫妻もケモミミや尻尾は無かったぞ? 別にある状態がデフォではないという事なのか。後、アメリアちゃんは最近人化が出来るようになったと言ってたな……。
……そうかっ! 最近人化出来るようになったアメリアちゃんにはケモミミ、尻尾がある。そして一つ年上のソフィちゃんの人化には尻尾が無い。そしてアメリアちゃんの親御さんにもケモミミ、尻尾は無い。
俺の導き出した答えは……劣等感、と思う。他の人は出来ているのに自分には出来なくて悲しんでいるのかも知れない。
「もしかしてアメリアちゃん、ケモミミと尻尾が隠せないのが悲しかったのかな?」
俺の質問にアメリアちゃんはそのまま静かに首を縦に振った。
よし、ビンゴだ。悲しんでいる原因は分かったのだが、しかしどうしたものか。人化がまだ未熟というのは、要は慣れの問題なのであろうが、果たしてその言葉で立ち直ってくれるのだろうか?
いや、きっと難しいだろう。やみくもな頑張れの声援や、時間が解決してくれるなどとアバウトな答えを出して幼い子は納得してくれるだろうか?
『じゃあ、いつ? 何回人化すればいいの?』などと聞かれたら回答に困る。どうする? どう伝えれば……ムリだ、分からない……ここから先は結局専門知識の領域だ。
ええい、こうなったら思っている事を直球で伝えてやる! 俺にはそれしか出来ない!
「でも先生はアメリアちゃんのケモミミも尻尾も大好きだよ! ケモミミはもふもふで気持ちいいし、元気に尻尾を振っている姿はとっても可愛いよ!」
ちょっと違うな、これじゃただのケモナー愛好家の一言じゃないか……。あ、ルーミィさんから『ピシッ!』って岩がヒビ割れそうな擬音が聞こえてきそうなぐらいに睨まれてる……。
ルーミィさんの態度に対し、恐怖に恐れおののいていた所、途端、撫でていたケモミミがピンと跳ね上がり、垂れていた尻尾も上がったのが見えた。
「ほんとう?」
「あ、う、うん。も、もちろん。ずっとそのままでもいいぐらいだよ?」
あれ? 意外と良かったのか? 思ったより悪くない反応に見える。その証拠に俺の一言でケモミミはぴょこぴょこ動き出したし、尻尾も振り出した。何より表情が一気に明るくなった。
すると、不意にアメリアちゃんが飛び込んで来た。そして次の瞬間、頬に小さな温もりを感じた。
あ、こそばゆい……って頬を舐められてる!?
そのましばらく抱きつかれて舐められた後、気が済んだのか、ソフィちゃんの方に走っていった。
ソフィちゃんは口に両手を当ててこちらを見ており、ルーミィさんは後ろに不動明王が見えそうなぐらいの気迫でこちらを見ている……。
やべえ、ガチギレしてる!?
違うんです! これはキスとかじゃなくて、そう、子犬がじゃれる感じです! アメリアちゃんは狼だし、犬の祖先も狼だし!
あ、でもモンスターだからこれに当てはまるのかな? いやいや当てはまる! むしろはめる! いや、はまってくれ!
「カズヤせんせ~! アメリアげんき出たよ! ソフィ、ごめんね、お砂場であそぼ~!」
「……うん。アメリア元気になって嬉しい」
二人は手を繋ぎ、運動場の砂場へと向かって走って行ってしまったのだが、背中にひしひしと気配を感じる……近い、すぐ後ろに居る。
ゆっくりと振り返ると、見た事も無い程の冷たい目で座り込んだ俺を見下すルーミィさんが居た。
あの~、確か本職は女神様、でしたよね? 慈愛に満ち溢れたお方がそんな冷たい目をするのはちょっとどうかと思うんですけどぉ……。




